時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Haar Spiel.


パーツ。


例えば、瞳。
いつも笑っているように見えるボク。
いつも怒っているように見えるキミ。


例えば、唇。
いつも両端を吊り上げているボク。
いつも両端を引き下げているキミ。


例えば、髪質。
柔らかいボク。
固すぎるキミ。


こんなに違う。



キミとボクは別の人。


×××



「手塚ー?」
部活の休憩中、不意に不二が座って大石と話していた手塚に話し掛けた。
返事をせずにただ視線をやる相手に、いつもと変わらないニコニコとした笑みを浮かべて。
「髪触らせて」
「……………」
手塚、無言。しかし眉間の皺は1.5割増し。対称的な二人を見比べて、大石は心配げ。
「ダメ?」
こくん、と顔を軽く横に倒して問う。それはもう、彼のファンの女生徒だったら諸手を上げてオールオッケイと言ってしまいそうな程、その笑顔は魅力的だ。
しかし相手は朴念仁手塚部長である。流石の不二スマイルもなかなか利かない。
「…………何故だ?」
「ちょっと触りたくなったから」
両手の指を顔の横でわきわきとやりながら、得手勝手としか思えない台詞を吐く。見守っていた大石は我知らず胃を押さえた。気苦労が耐えない副部長。
「……………」
「……………」
双方、しばし無言。
やがて、根負けしたのは手塚の方だった。ふー…っと一つ長い溜息を吐いて、
「…好きにしろ」
と後ろを向いた。
「ありがと」
語尾にハートマークがついていそうな返事を返し、ベンチの後ろに回り、自然に逆らって跳ね上がっているけったいな髪に白くて細い指を差し入れた。
「…大石、これでいいか?」
「…え、あ、あぁ。そ、それじゃ俺はこれで」
胃の痛みを堪え無理に笑顔を作って、青学の母はよろよろと去っていく。お疲れ様です。
「うーん、やっぱり固いねぇ」
端っこを抓んだり、そっと触ってみたり、横毛をかき分けてみたり、好き勝手に遊んでいる。左側に即席のちょんまげを作ったら、うっかり見てしまった桃城と海堂が揃って口を押さえて目を逸らした。
「ヘンな所で息合うねぇあの二人」
くすくすと笑いながら手の動きを止めない不二と、(後でグラウンド20周)と決意を固めている手塚。はっきり言って異様以外の何者でもない。
「…いつまで遊んでいるつもりだ」
「う〜ん、もうちょっと」
くるくると指の端に一房巻き付けて、ほどけていく感触を楽しむ。
「あ、白髪」
『!!!』
不二のどこか楽しそうな一言に、何故か周りで聞いていたレギュラー陣の方が驚愕する。
(白髪って! 若白髪って奴なのか気苦労で!? ってゆーか、年齢!!)
その時、協調性の薄い青学レギュラーの気持ちが一つになったらしい。こんなことに一つになってもどうにもならないが。
「と思ったら、なーんだ糸クズか」
髪に紛れていた白い糸を抓んで取り払い、不二が笑う。他のメンバーからも安堵の溜息が漏れる。何故。
「……………」
「びっくりした?」
「いや」
「もう。脅かしがいがないなぁ」
眉間の皺は更に深くなっていたりするが、不二の問いに首を振る。ちょっと拗ねたように言って、不二は首筋辺りから逆目に髪をかき上げる。流石に気持ち悪かったのか、じろりと手塚に睨まれた。
「ボクと全然違うね、髪質」
「そうか?」
「うん。ボクの髪ってぺたっとしてコシが無いから」
手塚ぐらいあってもちょっと困るけどね、とまた笑う不二を憮然とした顔で睨み付ける。笑いながらも不二はごめん、と謝った。
「不思議だよね」
「…何がだ?」
「同じ人間で日本人なのに。ボクと手塚じゃあ全然違う」
手を、髪をいじることから、頭を撫でることに移行させた。普段そういうことをされなれていない為手塚はどうにも居心地が悪いが、決して不快ではないらしくされるがままになっている。
「目とか、唇とか、勿論髪とか、性格とか…殆ど正反対って言ってもいいくらい」
「あぁ」
今更何だ、と言うような気持ちを込めて手塚は首肯した。
「だから、良かったなぁって思って」
「…………?」
意味が分からず、上を向いたら、うっとりと細められた目とかち合った。
「ボクと手塚が、同じ人間じゃなくて良かった。だって、もしそうじゃ無かったらこんな風に触ること出来ないし、テニスすることだって出来ないから」
「…………そうか」
可笑しな事を言うな、の意味が混じる首肯に、不二は苦笑した。
「だってボク、今ボクの側に居る手塚が好きだから」
さらっと、今日のご飯はカレーだよ、と言うのと同じくらい気楽に言って、不二は自分の腕を手塚の首に回して、後ろから頭を抱きしめた。
「………………………」
無言のまま、ぎぎぎっ、と音が出るぐらいぎこちなく、手塚は顔を正面に戻す。表情は変わらず、動かない。
照れているのだ。
それを勿論不二は理解していたから、ニコッと笑って後頭部に軽くキスする。
「…不二」
「何?」
「グラウンド30周してこい」
「はーい」
照れ屋な恋人を持つと大変だよね、と不二は心の内だけで呟いた。声に出したかったがもし出したら当然懲罰が増えるので。   
そして不二はいつもと変わらぬ嬉しそうな笑顔で、グラウンドに向かって走り出した。