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スタンス

「へっへへ〜!」
程好い大きさの箱を目の前に掲げ、ご機嫌な足取りで歩く少年が一人。
その中には、努力のかいあって手に入れた靴が入っていた。
買おうとしてから金が足りない事に気がつき、家まで駆け戻って(他の荷物を人質否物質にしてまで)不足分を握り締め、汗だくになりながらようやく手に入った代物だった。
「これで、都大会の準備は万全!」
その大会まで間が無かったのもあるが、気に入ったものはすぐこれ! と決めてしまうタイプなので、どうしても今日中に手に入れたかったのだ。
欲しいものを手に入れて、次にすべきことは………自慢だろう。
「そだ、大石に見せてやろ―っと」
すぐさま思い浮かんだのは、頼りになる相棒の涼しげな顔だった。
道端にしゃがみこみ、箱の中から靴を卸す。周りの通行人がちらちらと目をやるが、勿論本人は気にしていない。
「……よしっ」
軽くジャンプして履き心地を確かめると、近いとはいえないその家に向かって駆け出し始めた。




「え、留守?」
「そうなのよ。今日は手塚君と病院に行くからって」
「あー…そういえば」
そんなことを言っていたような気がする。自分には関係ないことと、全然聞いていなかったが。
「ごめんなさいね、菊丸君。もうすぐ帰って来るだろうから、上がって待ってる?」
「あ、いいです。別に約束してなかったし」
そう? と詫びる大石の母に会釈し、門を出た。



「ちぇ…」
今まで軽かった靴が、急に重くなったような気がした。
てくてくと、アスファルトの道を歩く。
「なんだよ、早く帰って来いよなー」
ぶちぶちと、理不尽な詰りが口をついてでる。自分でも解っているのだが、今まではしゃいだ分の反動が一気に来たらしく、止めることが出来ない。
長くなった影が、道に真っ直ぐ伸びている。
と、その影が道の先にいる人の足に触れた。菊丸は俯いているのでそれに気づいていない。
「…英二?」
名前を呼ばれた。恐らく、中学に入ってから一番呼ばれた声で。
ばっ! と顔を上げる。
「大石っ」
ぱぁぁ、という音が似合う勢いで笑みが顔に広がる。今までの不機嫌が全て払拭されている。我ながら現金な奴だと思う。
「どうした? 何かあったのか?」
「んーん」
ふるふる、と首を振って、大石の目の前まで駆け寄ると、両足を揃えて軽くジャンプしてやる。
「あれ、靴変えたのか?」
ほらね。
大石ならすぐ気付いてくれると思ったから。
「そだよん。似合うだろ!」
「うん。明日に備えてか? 気合入ってるな」
「当ー然! 何だよ、大石は気合入ってないのかよ」
「まさか」
顔を見合わせて、笑いあう。それだけで充分。
「どこで買ったんだ?」
「あ〜そうそう! 聞いてくれよ〜」
手に入れるまでの経過を身振りを交えて説明してやると、呆れたように笑われた。
「だから、買い物に行く時は財布の中身を確かめろって言っただろ?」
「う〜。しょうがないじゃん消費税のこと忘れてたんだから…」
むう、と口を尖らせる菊丸の頭を、よしよしと撫でてやる。
「今度から気をつけろよ?」
「ん」
同い年とは思えないやり取りだが、この二人の間では良くあることである。
「家寄ってく?」
そう聞く前に、二人は既に歩みを進めている。
「寄ってっちゃ駄目?」
「そんなことないって」
飛び跳ねる様に歩く菊丸に合わせて歩むスピードを変えていく大石。
我侭だとか、甘やかしすぎだとか言われるかもしれないが、二人にとっては当たり前のことなのだ。