時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

BROTHERS.

不二家(否菓子屋)の朝は、絶叫で始まる。
「周助――! てめぇえええ!」
爽やかな朝に不似合いな絶叫を発したのは、この家の末っ子・不二裕太。聖ルドルフ学園の寮住まいだが、今は夏休み中で家に帰ってきている。
本人は、出来ることならずっと寮にいたかった。その理由は勿論、自分の目の前のソファに座っている実の兄、不二周助である。
「ふぁあ………。おはよ、裕太。早いね」
まだ寝惚け眼の(といっても常に糸目なのだが)目を擦り、にっこり笑って朝の挨拶。ふてぶてしいと言うか神経が一本通ってないと言うか…気付いているのかいないのか、ますます弟のボルテージは上がっていく。
「てめ………」
ブチブチブチッ、と何本か血管が切れる音がした。
「俺の服着るなって言ってるだろ! 何回言やぁわかんだこの馬鹿周助!」
「あれ、やっと解った? 昨日一日着てたのに…」
いけしゃあしゃあと言う兄に、ぶんっと拳を振るう。寝起きとは思えない反射神経でひらりっとかわすと、心を読めない笑みを再び浮かべる。
「だって裕太の持ってる服、かっこいいの多いじゃない。つい、ね」
「うるせぇ! もう2度と、金輪際、着・る・な!!」
「ふーん。いいよ、じゃあ今日の服は由美子姉さんに借りるから」
気分を害した風もなくすっくと立ちあがる兄に、血の気が引く弟。
「姉さーん。今日出かけるから服貸してくれない?」
「あら、また? 今日もデートなの?」
「うん」
臆することもなく笑顔で問いかける姉と、満面の笑みで答える弟。二人の正体(?)を知らなければ、見目麗しい姉弟で済むのだろう。しかしこの二人の弟は、勿論この情景に恐怖した。
「どうする? スカートでいいなら、新しく買ったのがあるけど」
「うーん、それはそれで面白いんだけど、前着ていったら河村ボクだって気付かなかったからなぁ。いいや、上だけ貸して」
恐ろしいことを淡々と相談する姉弟に、末っ子の身体に鳥肌が立った。
「やめろおおおおおっ!!」



「ありがとー裕太」
結局弟のクローゼットから服を強奪した兄は、語尾にハートマークをつける勢いでにこにこしながら鏡の前でそれを合わせている。
ぐたりと力が抜けている弟は、恨みがましげにその背中を睨んでいる。
「……洗って返せよ……」
泣きそうな声で言う。仕方がない。姉の服で街中を闊歩されるよりは100倍マシだ。止めなければ本当にやるのだ、この兄は。
「でも、ボク別に姉さんの服でも良かったんだけど」
「ふざけんなー!!!」
涙目で叫ぶ弟に、くすくす笑いが返って来る。
「…自分の服着りゃあいいだろ。なんで俺の……」
「えっ、だって」
コーディネートを終えて、くるりと身体ごと振り向く。
「好きな人には、今まで見せたことのない格好見せたいじゃない。吃驚させたい、だけじゃ駄目?」
「………周助」
いつになく真面目な声音で言われて、一瞬驚く。しかしその時ぽろりと出た名前で、不二の目がまた細くなる。
「お兄ちゃん」
「は?」
「最近名前でしか呼ばないよね。ね、一回でいいから昔みたくお兄ちゃんって呼んでくれない?」
「ば! っかヤロウ、誰が!!」
「ねぇ、お願い。百歩譲って兄ちゃんでもいいから」
「嫌だああああああっ!」
じりじりと笑みを浮かべたまま寄ってくる兄に追い詰められて逃げ場がなくなる裕太。
ピーンポーン…
『あ、あの、おはようございまーす…』
「あっ、河村だ!」
するっと何事もなかったように身を翻し、ご機嫌な足取りで玄関へ向かう。
「…あ……あの野郎〜〜っ」
哀れ。



「おはよ、河村!」
「おはよう、不二」
「それじゃ、いってきまーす。あ、姉さん、ボク今日夕飯いらないから」
「あらそう? それじゃ、気をつけてね」
「うん。じゃあね、裕太」
「とっとと行っちまえ」
「そ、それじゃ、失礼します…」
丁寧に礼をする河村を待っていられないように腕を取ると、ずるずると引っ張っていく。
「……あら、いけない」
「?」
角を曲がったところで、姉がはたと手を打ち。
「下着のチェックしてあげるの、忘れちゃったわ。大丈夫かしら」
さらっと姉の口から流れ出た生々しい言語に一瞬思考が停止し。
「うあああああっ!! 畜生こんな家いつか出てってやる―――――!!!」
まだ涼しい朝の空気を、裕太の絶叫が揺るがした。


「…あれ? 今裕太くんの声聞こえなかった?」
「うん、そうだね」
「…またケンカしたの? 駄目だよ」
「ケンカじゃないよ、兄弟のスキンシップ」
実際、思った通りの反応を返してくれる弟が可愛くて仕方がないらしい。
「でも安心してね、ボクにとって一番可愛いのは河村だから」
「へ!? ええええっ!?」
「うそうそ、冗談」
真っ赤になる河村をくすくすと笑って。
「河村は可愛いだけじゃなくて、凄く格好イイから」
との言葉に、ますます河村の心臓はひっくり返るのだった。