時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

29. Doing something Sweet

 従業員に対する福利厚生の低さに定評がある四畳半企画KKだが、流石に何かするべきか、とビンタは思った。明日が高校時代からの友人である狐太郎の誕生日だからである。
「おい狐太郎」
「なぁにビンちゃん」
 雑誌を捲りつつ名を呼ぶと、窓際のサボテンに水をやっていた狐太郎が普段通り振り向く。
「何か欲しいもんあるか?」 
 サプライズなどというしゃらくさいこともやる気が起きないので、ストレートに聞いた。眼鏡の下で割と大きな丸い目がぱちぱちと瞬き、数瞬後にああ、と納得の答えが返ってきた。どうやら理由に思い至ったらしい。自分の誕生日に対して鈍すぎるかもしれないが、成人した男の感覚なんてそんなものだろう。
「前もって言っておくが金はねぇ」
「うん知ってる。どうしようかなぁ〜」
 失礼な真実を言いつつも、なんやかんや楽しそうに考え込んでいる。せっかちなビンタにしては珍しく時間を取ってやったが、何か思いついたらしく笑顔になり、想像だけでいやいやと慌てる、というのを繰り返している。3回繰り返した時点でイラッとしたので、立ち上がって拳骨を食らわした。
「痛い!」
「思いついたんならさっさと言えよ」
「……怒らない?」
「何だよ一体」
 そんな無体をするつもりなのかと引きながら促すと、もじもじと指を弄りながら、目を合わさずにおずおずと。
「……一日だけ、ビンちゃんを好きにしたい」
 そんな恐ろしいことを言ってきたので、もう一回殴ろうかな、とビンタは真剣に考えた。もっと言うなら既に拳は固めた。
「いや冗談! 冗談だからね!? ちゃんと考えるから!」
 しかし、狐太郎の方が、顔を真っ赤にして慌てて否定してきた。こういう時は本音を言った上で遠慮をしているのだと、割と長い付き合いでビンタは知っている。チッ、とわざと強く舌打ちをしてから頷いた。
「解った。一日だな」
「えっ」
「流石に飯と睡眠時間はくれよ。実質稼働時間はまぁ、15時間くらいか?」
「え、え、えええええ!?」
 妥協案を出してやると、狐太郎の腰が抜けた。漫画のようにぺたんと床にしゃがみこんで驚愕しているので、それだけ意外だったのだろう。友達甲斐の無い奴だと思ったが、確かに学生時代から誕生日にやるものなんて、煙草かガムかその辺りだった気がしないでもない。急な贅沢に体がついていけないのだろう、とビンタは納得する。
「ほ、本当にいいの」
「おう。明日は臨時休業、外宮にも連絡しとく」
「じゃあ、じゃあ! 明日一日、俺の家に泊まって外に出ないで!」
 立ち直ったと思ったら、ちゃっかりとまさかの軟禁を提示してきた時には早まったかな、と思いつつ。男に二言はないと、ビンタは了承した。


 ×××


 食事の趣味が合わないのは周知の事実の為、コンビニに寄って適当な一日分の食事を各々買い――普通ならビンタが出すところだろうが狐太郎が嬉々として払った――狐太郎の家である安普請のアパートに帰った。
 だらだらと酒を飲みながら飯を食い、テレビを見ながら内容に突っ込みを入れ、狐太郎厳選の衝撃実話オカルト編のビデオを見る見ないで暫し争い、ジャンケンでビンタが勝った結果却下された。ちなみに一番風呂もビンタが貰った。
「この布団なんかジットリしてねぇ?」
「しょうがないでしょ干したりしてないもの」
 床に敷かれた布団に文句を言いつつビンタは遠慮なく寝転がり、携帯を弄っている。残念ながらこの家に布団は一組しかないので、客人に譲るしか狐太郎の選択肢は無い。せめてバスタオルとか床に敷こうかな……と色々考えつつ部屋をうろうろしていると、風呂上りで何のセットもしていない金髪の隙間から、ビンタの青い瞳が不思議そうに見てくる。
「寝ねぇの? お前」
「えっ、だって」
 反論しようとして信じられないものをみた。傍若無人を絵に描いたようなビンタが、布団に寝っ転がったままよいせと体を浮かし、布団にスペースをもう一人分開けたのだ。そしてがち、と完全に固まった狐太郎を胡乱な目で睨み上げてくる。
「何だよ、しねぇの?」
「な、な、なにを?」
「ナニを」
 あっさりと言われた言葉に、狐太郎は鼻血を吹くかと思った。己がビンタに向ける何とも形容しがたい感情の中には確かにそういう欲求も混ざっているが、それは果たせるわけが無いと最初から諦めている類の欲だ。まさかビンタの方から誘いがかかるとは全く想像の埒外だった。彼からの友情を疑うわけではないけれど、とてもそこまで出来るとは思えなくて。勿論、こういう時に彼が嘘を言わないということも長い付き合いでよく解っていて。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、許してくれるの」
 泣きそうで、途方に暮れて訴えると。ビンタは珍しく、不機嫌というよりは少し困った顔をして、ずっと咥えていた煙草を消した。
「……誕生日だからな」
 少し照れくさそうに呟かれて、心臓が破裂するかと思った。優しさも過ぎれば毒だ。そしてその毒を大喜びで飲んでしまう自分が、一番悪いんだろう、きっと。



 ×××



 ――勿論、その後もすんなりと行くわけも無く。
「……ッ痛ッてえええ馬鹿! いきなり入るかンなもん!!」
「ごめんビンちゃん!!」
 熱に浮かされるまま煎餅布団の上に押し倒されて、がむしゃらに狐太郎から触れられるのに耐えていたが、いきなり下半身を脱がして押し付けようとしてきたので、ビンタは不届き者の顎を力いっぱい殴った。
「童貞っぷりにも限度があんだろ、少しは考えろや!」
「仕方ないじゃん童貞なんだから!!」
 開き直られた。まあ商売女相手でも経験は無いだろうなと何となく予測はついていたので驚きはしない。寧ろ何故かビンタの中に、優越感のようなものが湧いてしまって慌てて頭から振り落とす。これは深く考えてはいけない奴だと思う。
 しかし布団の上でしょんぼりしてしまった狐太郎は中々自分から動き出さないだろうし、かといって煽って流血騒ぎになるのも御免だ。がしがし頭を掻きながら、溜息を吐き――ビンタは体を起こして、狐太郎の肩をどんと押して尻餅をつかせると、股座に顔を突っ込んだ。
「ビビビビンちゃん!!? 何してんの、ひゃあああ!?」
 思ったよりも既に元気な熱をぐいと無造作に掴み、相手の悲鳴も聞かず乱暴に擦り上げてやる。見る見るうちに硬く大きくなるそこに何故か敵愾心が湧く。後、狐太郎を翻弄するというのはビンタにとって楽しい事でもあるので――口を近づけて、先端をぺろ、と舐めてやった。
「ひぅっ、だ、だめだめだめ、ビンちゃん、ビンちゃ……っ!!」
「ぶわ!?」
 途端、ぶるぶると先端が震えて、大量の白濁が飛び散った。慌ててビンタも引くが避けきれず、生臭い液体がべたりと顔に貼り付く。
「お、前、なぁ……!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! でも無理我慢できないよぉ!」
 ぶちっと頭の血管が切れる音が聞こえた気がしたが、土下座しつつ言い訳する狐太郎に拳を振るえず下ろす。今日は本当に、こいつの望みを色々と叶えてやるつもりなのだ。ぐい、と乱暴に手の甲で顔を拭い、気合を入れ直す。
「ったく、世話の焼ける奴だな……」
 ぶつぶつ言いながら、指に垂れた粘液を見て、舐めるのも嫌なのでこれでいいか、と覚悟を決める。未だ狐太郎が自己嫌悪のままに顔をあげないうちに、手を後ろに回して、尻の間を弄る。
「……っ、く」
 こんな所に本当に入るのか、そして果たして快楽など感じ取れるのか、全く自信が無いがやるしかない。流血も、気持ち良くないセックスもする気はないのだ。
 緊張で狭くなっている場所にじりじりと指を入れ、中を緩く引っ掻く。確か男でも感じる場所があるのだと、刑務所内の下世話な話を嬉々として伝えて来た実家の下っ端達を思い出しながら。荒くなる息を必死に堪えながら弄り続けていると、
「っ、ビン、ちゃん……?」
「!」
 状況が変わったことに気付いたのか、恐る恐る顔を上げた狐太郎が驚愕に目を見開いている。一度熱を吐き出した筈の場所が既に力を取り戻していて、眼鏡の下の視線はぎらぎらと輝いて、欲情しているのが見て取れた。その瞬間、急に羞恥心が湧いてきてビンタは視線を逸らす。同時に腰に力が入ってしまい、手元が狂い――何かおかしな場所に、触れてしまった。
「んぅっ!」
「――ぇ、」
 びり、と奥から背骨に快感というには暴力的な刺激が走り、がくんと腰が落ちた。すると当然指は更に奥に入り、逃げようとしたらまたぶつかり――と、否が応にも快楽が追い立てて来て慌てる。指を抜かないと駄目だ、と思ったその時、
「っば、狐太郎! 離せこのッ、ァ――!」
「す、ご……ビンちゃん、すごくやらしい、よ……」
「るせ、っくぅ、ん――ッ」
 いつの間にか傍に来ていた狐太郎がビンタの手首を掴み、おずおずとだが揺らしてきた。僅かだが自分の意志と無関係の動きで揺さぶられて、息が弾み上手く糾弾を紡げない。せめて首を横に振って拒否の意志を伝えるが、思ったよりも柔く抱きしめられて、抵抗出来なくなった。
「ね、僕も、指いれてい?」
 調子に乗るな、と言いたかったが、熱い息が耳に触れるとまた変な声が出そうになったので堪える。すると答えも待たず、隘路に自分のものとは別の指が入ってきた。
「ぅあッ、やめ、ッ〜〜!!」
「熱くて、狭い、ね、すごい、気持ちよさそう……」
 うっとりと蕩けた声に反論したくても出来ない。指はどんどん遠慮を無くして中を掻き回してきて、引き攣れた痛みと同時に前立腺を掠めてくる。当然素直な体は快楽の方を追ってしまうので――逃げ道が、無くなる。我慢できず、自分の指を如何にか抜き取って、狐太郎の体にしがみついた。
「っ!! ビン、ちゃ」
「……も、いいから、早くしろ……ッ」
 兎に角もう終わらせたくて相手の耳元で訴えると、狐太郎の全身が一気に熱くなった。何をと思う間もなく、ずるりと随分な質量が後ろに擦り付けられる。
「――ッ、ぐ、ぁ……!」
 静止の声を上げそうになる唇を噛んで、蹂躙を堪える。指と比べものにならない質量がまるで体を二つに割いていきそうで、せめてもの恐怖を逃がそうと狐太郎の背をがむしゃらに掻く。血が出るかもしれないほど強く引っ掻いたのに、狐太郎の体は揺らがない。
「ビンちゃん、好き、好きだよ」
「……、」
「大好き、ほんとに、一番好き、離れないで、傍にいて……!」
 すっかり快楽と熱に浮かされて、意味の繋がらない懇願を譫言で言い続ける。それを聞いて、漸く素直になりやがったか、とビンタは安堵していた。
 いつからか彼の中に何らかの鬱屈があるのは解っていて、それをそう簡単に自分に言わないことも気付いていた。本当に望んでいることを、上手く口に出せていないのだということも。
 ビンタとしては、自分のやりたいことを我慢するなど絶対に出来ないし、狐太郎だってお得意のオカルト関係では周りを振り回すぐらい好き勝手にやるのに。変にいい子ぶって、我慢しようとするのが気に食わない。
 だから、それだけ欲しいって言うのなら、セックスぐらいしてやると本気で思った。気持ちが通じ合うとかそんな夢物語を信じるわけじゃない、愛なんてこの大阪では一番安価で取引されるものだろう。狐太郎が望むなら、答えてやりたいと思っただけだ。
「ちったぁ、素直になったか……?」
「ぇ――ビンちゃん、」
「つきあってやっから、動けよ。ゆっくり、な」
 どうにか息を整えて、自分の精一杯を伝えてやると、狐太郎は顔どころか耳から全身真っ赤になり――
「う、っんんん!!」
「は――」
 達した。あっさりと。ビンタの中に、先端を入れたまま。
「……」
「……」
 気まずい沈黙が続き――ぶちり、と今度こそビンタは自分の脳の血管が切れる音を聞いた。
「こ、んの、馬鹿野郎……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!!!」
 先刻までの甘い雰囲気を全てごみ箱に捨てて、いつも通りのやり合いに戻ってしまったが、そのまま疲れから一緒の布団で寝た。  互いに背中を向けて寝た筈なのに朝起きたら狐太郎の腕の中に抱きしめられていて、ビンタはもう一度彼の顎に拳を決めることになる。