時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

27. On one of their Birthdays

「ねぇ源くん、誕生日に何をするのか知ってるかい?」
 狭いベッドの上に寝転がったまま、いつもの煮蕩けた顔と声で岩崎が喋るのを、源は胡乱な目で睨みながら聞く。性欲解消が終わった後は何もせず寝たいのだが、岩崎は喋りたがる。以前指摘したらピロートークは大事なんだよ、としたり顔で言われたので腹が立ったから殴ってやったこともあったが、折れるつもりは無いらしい。
「驚いたことに、誕生日にはケーキを食べるんだよ。しかも六つ切りとか八つ切りじゃなく、丸いケーキさ。ホットケーキとも違う、スポンジがクリームでデコレーションされたものだよ? なんて贅沢なんだろうね」
 強請ってやがるのかな、と思いつつ話を聞き流す。源としても甘いデザートは魅力的ではあるが、戦時中の状況でそんなものそうそう買えない。岩崎とてその辺は解っているだろうし、本当に食べたいのならもっと金持ちにたかるだろう。……つまり、自分以外の誰かに。
 自然と不機嫌になっていく源に構わず、岩崎は小さな枕に頬を預けながら尚も続ける。
「しかも名前とお祝いを書いたチョコレートのプレートまでつくんだよ? 素晴らしいね。それに年齢分の蝋燭を立てて、火をつけて、歌を唄うんだ。聞いてるかい?」
「聞いてねぇ」
「うんうん、聞いてなくても返事してくれる君が好きだよ」
「うるせ」
 いい加減苛ついて横を睨むと、思ったよりも嬉しそうな顔をして毒気を抜かれる。
「昔、僕のことを拾ってくれた女の子が、一回だけそうしてくれたんだ。誕生日が解らないって言ったら、じゃあ今日にしましょう、って言ってくれて、お金も無いのに用意してくれて。嬉しかったなぁ」
 ふふふ、と笑う岩崎の顔は、随分と子供っぽく見えた。普段は飄々と周りを煙に巻いている姿とは対照的に。だからつい、口をついて出てしまった。
「……欲しいのか?」
 ぼそりと零れてしまった言葉を撤回する前に、薄闇の中で赤みがかった瞳がぱち、と瞬き、すぐに細まる。
「ううん、別に」
 その笑顔に隠し切れない諦めの色を見つけてしまった源は、いつか必ず絶対に用意して叩きつけてやる、と心に誓ってしまった。


 ×××


 転戦し、幻獣との決戦が近いと噂される南の島に陣を張って暫く。
 島に一軒しかないパン屋に、「誕生日ケーキ予約受け付けます」という貼り紙を見つけた源は、すぐにあの日の夜の事を思い出した。当然、材料含め諸々貴重品だろうから、値段も張るだろう。今の時代一番給料がいいだろう軍人でも、中々勇気がいるぐらいには。
 それでも、少しでも戦況が悪くなったらあっという間に注文が不可能になってしまうことは予想がついたので、躊躇いなく店に足を踏み入れた。
 時間はかかったし小さかったが、ちゃんと狙った日の前日にはに丸いホールケーキを手に入れられた事に安堵する。蝋燭は5本しか貰えなかったが、通常は年齢一桁の子供しか祝わないのだろうし許容範囲だろう。
「やあやあ、君に誘われるなんて今日はとってもいい日だ。夕飯は何を食べる予定だい?」
 いつも通りの煮蕩けた顔と声で、勝手知ったる源の寮室に入っていく岩崎の背を追いつつ、朝一で受け取って冷蔵庫に入れておいたケーキを取り出し、崩さないように注意しながらローテーブルの上に置いた。
「ほら、これ」
「うん? なんだい?」
 全く予想がつかないらしく、笑顔は崩さないまま首を傾げてくる岩崎の前で、箱の蓋を開けてやる。
「……げっ、あんだけ気ぃつけてたのに崩れてんのかよ」
 ケーキとはここまで脆いものだったのかと源は舌打ちする。折角の綺麗なデコレーションが端からずれて傾いでしまっている。真ん中のチョコプレートが割れたりはしていないのでいいか、と思いつつ蝋燭を恐る恐る刺していくが、何故か相手の反応が無い。
「おい、少しは喜べよ」
「え、ああ、うん? ええっと」
 顔を上げると驚いた。呆然としていた岩崎の顔が、一気に赤くなったのだ。何でこんな状況になっているのか漸く把握した、と言いたげに。源の方も何故か頬が熱くなるが、ぶんと首を振ってマッチを擦る。
「これでいいのか? 歌は知らねぇから行軍歌しか無理だぞ」
「いや、あの……うん。源くん、どうして、僕の誕生日、知ってたんだい?」
 そう、彼は決めて貰ったという大切なその日について、一度も口を割らなかった。そういう所が腹立つんだよ、と思いながら源は小さく舌打ちして簡単な種明かしをする。
「名簿見りゃ一発だろうが、隊長舐めんなよ」
「うんうん、うん? そうなんだけどさ」
 どうも思った以上に混乱しているらしく、岩崎の視線がうろうろと彷徨う。それでもちらちらとちゃんとプレートの乗ったケーキを見ているから、決して嫌では無いのだろう。心の中でこっそり安堵して、尚も促す。
「火はどうすんだ、このままでいいのか?」
「ああ、ええと、吹き消すんだけど……源くん、一緒にしてもらっていいかい?」
「はぁ?」
「お願いだよ。……嬉しくて、ちょっと、ひとりじゃできない」
 岩崎にしては珍しく、ストレートな言葉を出してきて驚く。彼の顔は全く赤みが引かず、訴えるようにそっと源の手を握ってきた。くすぐったさに堪え切れず源は天を仰ぎ――はあ、と大きく溜息を吐く。
「せーの、でいくぞ」
「うん、うん」
「せーの」
 二人で同時に息を吹く。五つの火はあっさりと消えた。これが何の意味があるのか源にはやっぱり良く解らないが――岩崎が酷く嬉しそうに笑ったから、正解なのだろう。
「ケーキ、食べてもいいかい?」
「お前のなんだから、好きにしろよ」
「うんうん、うん」
 こくこく頷きながら、渡したフォークを無造作に丸いケーキに突き刺す。結構大きく切り取った一欠けを遠慮なく口に入れて、幸せそうに笑った。
「うん、美味しい。本当に、美味しいよ」
「そりゃ、良かったな」
「源くんも食べる?」
「おう」
 自分もフォークを刺そうとすると、その前にずいと口元に岩崎のフォークが差し出された。当然その先にはスポンジとクリームがたっぷり刺さっている。思わず躱そうとするが、更に距離を詰めて来て追い詰められた。
「遠慮しなくてもいいのに」
「自分で食えるっつの!」
「はい、あーん」
「もがっ!」
 ベッドを背に追い詰められて、叫んだ瞬間口に突っ込まれた。普段は食べられない甘味の強い甘さに口元が綻ぶが、その後すぐにフォークが抜かれ、
「んむぐっ!」
 岩崎が覆い被さってきた。唇ごと吸い取らんばかりに噛みつかれる。舌がクリームを舐めとるように蹂躙し、互いの口から甘さが無くなるまで続けられ――ぶは、と漸く源が岩崎の肩を押して引き剥がすことで終わった。
「い、きなりなんだテメェ!」
「ごめん」
 引き剥がす手を軽く払って、更に岩崎は源の首に腕を回して抱き付いて来た。ぎっちりと力を籠められてどうにか抵抗していると、耳元でぽそりと囁かれる。
「ありがとう。好きだよ源くん」
「……、」
 今岩崎がどんな顔をしているかとても見たかったが、声が既に泣きそうになっていたので指摘はしないでやった。ぽんぽんと背を叩きながら促してやる。
「ほら、離れろ。ケーキ乾いちまうだろ」
「……残り全部食べていい?」
「おう、食え食え」
「食べ終わったら泊まっていい?」
「帰るつもりだったのかテメェ」
「好きだよ源くん」
「繋がってねぇぞ」
 随分とバグってしまった岩崎に苦笑しか出ない。確かに驚かすのが目的だったが、まさかこんなに効果があるとは。
「だってずるいよ……こんなの……」
 どうにか腕の戒めから抜け出すと、肩に埋まった彼の耳がすっかり赤くなっているのが見えて、やっと源は溜飲を下げた。


 ×××


 ケーキは遠慮なく全部平らげた。只飯に対する自分の胃の容量は無限なのに、あの一個でお腹がいっぱいになってしまった。
「源くん、源くん」
「おい、解ったから落ち着け、ンーッ」
 だって体の中が嬉しさで満杯なのだ、これ以上入れられない。適当にテーブルを片付けてから、風呂に行こうとした源の手をぎゅっと掴んでベッドの上に押し倒した。もう今日は、彼以外口に入れられないし入れる気もないから。
 ちゅうちゅうと赤子のように口を吸って、服に体温が遮られるのがもどかしくて乱暴に捲る。普段なら出来る余裕が全く体の中に残っていない。もっと、もっとと衝動だけが先行してしまう。息が苦しくなってきてやっと口を解放すると、上気した頬で源がは、と息を吐いた。
「っ、お前、今日そっちかよ」
「うん、ううん? 源くんの、好きにされたいなぁ」
「ばっ」
 ベッドに入る時、どちらが上になるかはその時々で変わるのだが、今日はとにかく彼を一杯感じたくて、頬を擦り寄せながら訴えた。怒りつつも重なった腰の下は既に反応を返してくれているので、遠慮をする理由も無い。
「だめ?」
「っ、だったら、おら!」
「わ」
 鼻先をくっつけて訴えると、腰をぐっと抱き込まれてひっくり返された。源の浅黒い腕が頭の横について、彼の体に閉じ込められたと錯覚出来て、安堵する。今日はここから出たくないと訴える為、ぎゅっと両腕で抱き付いた。
「おい、ちょっとは離れろ」
「んん」
「触れねぇだろ」
 引き剥がされそうになって首を横に振るも、もっともなことを言われて渋々腕を緩める。すぐに胸の頂きを唇で覆われて、またしがみついてしまったが。
「あっ、あ」
「ん、ぶ、ぅ」
「んぅ、あっ、ぁー……!」
 遠慮なく刺激されて、声を我慢するつもりもない。硬くしこった突起を解放されたと思ったら今度は指で抓まれて、腰がびくんと跳ねた。
「うん、っ嬉しい、もっとぉ……!」
「少し黙れ……!」
 ぎゅっと鼻を抓まれたけど、その痛みすら嬉しい。本当に、自分の中の箍が外れてしまった。ここまで幸せな今が信じられなくて、一瞬でも目を逸らしたら嘘のように無くなってしまいそうで、離れたくない、離したくない。
 世界があまりにも脆くて儚いことを知っている。明日戦いが起きれば、自分も彼も、命を落としてもおかしくない。ずっと理解していることだったのに、今、それが嫌だと泣き叫びそうになってしまっている。
「源くん、好き、好きだから……んぅ」
 黙れっつってんだろうが、という顔で唇を塞がれた。彼の耳が真っ赤になっているのがぼやける視界に映ってますます嬉しくなる。いつも彼を受け入れている場所が、自然に綻ぶのが解った。全身が、彼の愛――指摘したら起こるだろうから明言はしないけれど――を受け止めようと必死なのだ。耐え切れず、自分で手を伸ばして、後ろをそっと突いて解す。早く欲しくて堪らないから。
「――っ、お前なぁ……!」
 すぐにばれてしまい、流石に羞恥がちょっと湧くが、それ以上に我慢が出来ない。指は抜くが、自分の膝裏を両手で掴んで、ぐいと腰を起こす。
「……もう、だいじょうぶだから……はやく」
「いや、無理だろ……」
 がりがりと頭を掻き、源は自分の指をそっと差し入れてきた。既に知られている良い部分を重点的に引っ掻かれて、既に立ち上がっていた熱が弾けそうになるのを必死に堪える。まだ終わりたくない、ずっと彼を感じていたい。
「や、もぅ、いいから、お願い……!」
「っ、知らねぇぞ!」
 源の方も限界だったらしく、ぐいと膝を押して足を広げられる。咄嗟に息を吐いて体の力を抜くと、隘路にずりずりと熱が入り込んできた。
「ぁー……っ、んくぅ……!」
 痛みはある、だがそれ以上に悦びの方が大きい。じわじわ進む腰に却って焦らされてしまい、足を延ばして源の腰を引き寄せた。
「っんぅ!」
「馬鹿、無理すんなって……!」
「むりじゃない、じゃないからぁ……!」
 これ以上離れているのが耐え切れず、哀願が漏れた。普段どうにか保っている体裁など全部放り出して、一番奥底で繋がりたいと訴える。
「っのやろ……!」
「あ、っあ、んっうっあああ……!」
 必死の締め付けに耐えられなくなったのか、源が乱暴に腰を揺らす。嵐のような快楽に安堵しつつ、終わりたく無くて岩崎は絶頂を堪える。
「っぐ、あ……!」
「んっううん……! ぁ……!」
 それでも、中で源が弾けたことに耐え切れずびくりと熱を吐き出し、意識を飛ばしたが、絡めた手足が解けることは無かった。