時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

18. Doing Something Together

「宝物を取りにきたんだ」
 そう言って奴は笑った。
 なんでお前はそんなに能天気なんだ、と問うたら。
「だって俺、まだ死んでないし」
 当たり前のようにそんな風に言われて、一瞬息が止まった。
「死んだら何にも残らないんだよ。幽霊とか、ゾンビとか、もしかしたらいるのかもしれないけど、それは多分俺じゃなくて、俺の残り物みたいなものなんだと思う」
 淡々と、そんな風に言われて。死んだように生きてきた己を否定されたような気がした。
 ――だから、絶対にこいつの息の根を止めてやると誓った。
 何も知らないこいつの、目の前に立ち塞がった時、どんな顔をするのか見届けてやろうと思った。お前が友人と呼ぶ奴の正体はこれだ、ざまあみろ、という自虐でもあったかもしれない。
 だから、墓の底。薄暗い玄室の中で対峙した時、確かに奴は驚きに目を見開いたけれど――その後すぐに、いつも通りの腑抜けた顔で、ふへっと笑ったのが、信じられなかった。
「そか、これが甲太郎の我慢してたことだったのか。……良かった」
 怒る前に、呆れてしまった。何を言っているのか、理解できなかった。お前を殺すつもりで、こっちは此処に立っているのに、と。
「自分のやりたいこと、ずっと黙って、我慢してるのって辛いじゃん。だから、良かった」
 そう言って、笑顔と同時に銃を向けて来た相手に、勝手に傷ついた時点で、こちらの負けは決まっていたのだ。



 ×××


 闇の中に火を灯し、酩酊感を齎す煙を吸って吐き出す。ラベンダーではない、どこかいがらっぽいその煙にももう慣れてしまった。
「……あれ、甲太郎煙草吸うの? 体に悪いぞぉ」
 寝床から半分寝惚けた顔を出した真逆が、したり顔で説教してくるのがむかついたのでぐっと拳を握ると、しゃっと布団の中に戻られた。
「……お前がアロマパイプ、持ってったせいだろうが」
「うっ。それはごめんって……いや、その結果喫煙者になるのは俺のせいじゃなくね!?」
 苛立ちのまま相手の泣き所を突いてやると、本職が泥棒の癖に宝物を自分の物にするのが苦手な真逆はもごもごと言い訳し、途中で違和感に気付いたらしくすぐにずぼっと顔を出し直した。たまの再会に皆守も彼の顔をもっと見たかったので、満足げに口の端を持ち上げて――口に溜めた煙を全部その顔に吹き付けてやった。
「ん、ごっほ! ちょ、やめろって!」
 体が資本のトレジャーハンターの上、体臭が目立つのは仕事上拙いのだろう、咳き込んで慌ててばたばたと顔を叩く。顔が真っ赤になっていたのは単純に苦しかったからだろうと皆守は思っていたが、真逆の方は、やられた事が相手の所有権を主張する行為であると知っていた為、照れていたことに残念ながら気付けなかった。
「やだもう、ちょっと目を離してる隙に甲太郎がどんどんジゴロになる……」
 もす、と枕と再び仲良くしつつぼやく真逆の裸の背中が、薄闇の中で露わになる。大小さまざまな古傷が刻まれたそこに、自分が蹴り付けた痕はあるだろうか。大抵は殺すつもりで延髄か頭を狙っていたので、背には無いかもしれない。
 ……あの時彼を殺したかった気持ちも嘘では無い、が。彼に負けて、全てを奪われて、今は自分の意志でこの地にいる自分を顧みて――今のこの状況が、最良なのだろう、と柄にもなく思う。
 大切な人を失って、死にたいままに生きていたあの頃よりは、ずっと。その原因がこの能天気な宝探し屋だと思うと、素直に頷きたくないが。
 複雑な思いを口に出すのは嫌だったので、煙草をちゃんと消してから、またうとうとし始めた真逆の背にそっと唇を落とした。びくっと震える間もなく、強く吸い上げてやる。
「ひぇっ、わ!? こうたろ、今何っ」
「別に」
 眠気が覚めたらしく慌てて飛び上がりこっちを向いた彼の体を、腕を掴んでぐいと仰向けに押し倒す。前よりは柔らかくなったようだが、それでも男と女どちらにも見える体を見下ろしてやると、流石に昔よりは羞恥心が無くなったらしい相手がぱちぱちと青みがかった瞳を瞬かせる。
「え……もう一回?」
 その言葉に拒否は無かったので、額を押し付けてから唇にキスをした。ちょっと困ったように、それでも口を開けて導いてくれる舌を遠慮なく巻き取りながら。



 ×××


 覆い被さってくる相手の体温と重さが心地良くて真逆は自然と瞼を閉じるが、こうなる度に、本当にいいのかな、と思ってしまう。
 別に行為自体が嫌なわけでは無い。寧ろ好きだ。好きな相手と体と心をぴったり合わせるのは気持ちいし、嬉しい。
 ただ、世の中の恋人と呼ばれる者達とは、かけ離れているという自覚もあるので、申し訳ないな、と考えてしまうのだ。
 最低でも一年に数回は仕事の為塒を変える真逆は、どうにか時間を作って彼に会いに来ることしか出来ない。次がいつになるかと約束も出来ないし、物騒な仕事故、いつ命を失ってもおかしくない。
 つまり、自分は昔八千穂が言っていた、不良物件というものでは無いのだろうか。そう思って一度、頭の回転は速いが言語機能が直流タイプの真逆は、皆守に「甲太郎って他に恋人居るの?」と普通に聞いて、ブチ切れられた。あれは本気で怖かった。正直ここの墓に潜った時に敵対した時以上に怖かった。散々怒られて散々抱かれて、最終的に「お前がそういう奴なのは端から解ってんだよクソが」と言われて泣かれた。本当に申し訳なくて心底反省した。
 だから、皆守の気持ちを大切にしたかったので、自分も皆守以外とそういうことはしないと決めた。元々そこまで興味があるものでも無かったし、彼以外としたいとも思わなかったのもある。そこまで素直に言い募ると、漸く皆守は曲げた臍を直してくれたのでどうにか安堵できた。
「……オイ。集中しろ」
「んぅ」
 ぼんやりと考えていると、不満げな声と共に乳首を軽く噛まれた。男にしては柔らかいが女としてはちょっとボリュームが足りないそこを、丁寧に撫でられて溜息が出る。
 両性で、傷だらけで、傍にいられない、そんな己の体を宝物のように扱ってくれるのが心地良くて、どうにか引っ掛かっていた理性がゆるゆる解けていく。
「甲太郎、もっと……」
「ん」
 両腕を伸ばしてしがみつき、癖のある髪をゆっくり撫でてやると、口ではぶっきらぼうな頷き一つで、それでも安心したように息を吐いてくれるので、遠慮なく腕に身を委ねる。
 ……昔よりはマシになったようだけれど、彼はやっぱり、自分の欲しいものに手を伸ばす行為が苦手なようなので。
「ん、ぅ、あ」
 声を出すのは恥ずかしいけれど、自分の気持ちを堪えるのは真逆としては不可能に近いので、自然に喉が震える。強請るように両足を皆守の腰に巻き付けてやると、不満げな熱い息が耳を擽った。我慢することないのに、と逆に相手の耳をかぷりと噛んでやる。
「ッてめぇ……」
「へへ、っふぁ、あ! んくぅ……!」
 はっきりと興奮の滲んだ声を笑った隙に、長い指に中へ入り込まれて声がひっくり返る。それほど使い込まれていない、肉体的にも未熟な其処はずっと隘路だ。それでも、相手の指を受け入れようと必死に息を吐き、力を抜く。僅かな痛みはすぐに無くなり、柔らかく潤んだそこの音を我慢して聞き流す。相手に気付いてほしいが指摘はされたくない。幸い、皆守もそろそろ限界だったらしく、指を抜かれてすぐに熱の塊が押し当てられた。
「入れるぞ」
「ん、」
 促しに頷くだけで答えて、ゆっくりと繋がっていくことに安堵する。痛みを堪え、平気なふりをする。そうしないと彼がまた、自分を慮って途中で止めてしまいそうだったから。
 ――最初は、きっと俺を殺したかったんだろうに、優しすぎる彼は結局自分を曲げてしまった。
 だからせめて、彼がこれからいくらでも好きな事が出来るようにと願って、真逆は皆守のくしゃくしゃの頭をもう一度撫でた。