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のんべんだらりんごった煮サイト

15. In a Different Clothing Style

「おう、着替えたか――んっ」
 その姿を見て、思わず呂蒙は噴出しそうになったのを全力で堪えた。残念ながら隠し切れなかった為、いつもよりも鋭い猛禽の瞳に睨まれたが、幸い今日はいつも腕に括っている刃は無い。上機嫌で、甘寧の間合いにも躊躇いなく足を踏み入れた。
「怒るな怒るな。似合わんのは俺も一緒だ」
 そう言って、豪勢な絹の上着をひらりと翻して見せる。呉の宮廷に仕えているにも関わらず、普段は山賊と言われてもおかしくないほど身なりに構わない呂蒙と、装束に個人のこだわりがありすぎる甘寧が、正式な朝服と冠を身に着けている。互いの部下が見たら驚愕に慄くか、思わず笑ってしまって死を覚悟するだろう。
 中原よりも暑い地方である呉ではそこまで装束に関する規則も厳しくなく、何より一番上の孫権が一切気にしていないので、眦を吊り上げて怒るのは張昭だけだ。ただ今回は正式な式典なので、元が無頼の呂蒙や甘寧も正装をしなければならない、というわけだ。
 正式なお披露目は明日だが、どうにも重くて動きにくい着物には呂蒙も辟易とする。こんな格好ではいざという時動けないではないか、と思うのも元武官としては当然だ。だが、都督の地位を継いだ今、こういう格好もしなければならないのだということも理解はしているので、一番逆らいそうな男の様子を見に来たというわけだ。思ったよりも素直に着替えていて安堵したが。
「あや、この分なら明日も大丈夫そうだな。では俺は帰――ぐへっ」
 踵を返した瞬間、襟首をぐいと引っ張り上げられた。呂蒙もかなり体格の良い方だが、甘寧の方が背丈も膂力も上だ――悔しいが。その男に軽々と引っ張り上げられ、苦しさと不本意さから胡乱げに睨み上げてやると、思ったよりも猛禽の瞳が不機嫌を訴えてきていて固まった。
「ど、どうした、そんなに不満か? 明日の数時間のことなのだからそれぐらい耐え――あやっ!?」
 拙い、と思い宥めの言葉が先に立つが、同僚一融通の利かない男の腕は呂蒙の腰をぐいと引っ張り、まるで荷物のようにその体を軽々と抱き上げる。唐突な状況に目を白黒させているうち、甘寧は全く体幹をぶらざずに呂蒙を運び、部屋の隅にある寝台に放り投げた。
「ぐへぇ!? 甘寧ッ、何をす――」
 硬い寝台の上に思い切り放り出され、慌てて起き上がる前に――胸の上に跨られた。完全に上位を取られてしまい、さあっと血の気が引く。見下ろしてくる鋭い瞳の、怒りの他に詰まっている感情に気付いてしまったからだ。本気で彼が苛立ちのままに殴り掛かってくるのならば、応戦できたのに。
 ぐっと呂蒙の襟ぐりに爪を立てて、思い切り左右に引っ張ろうとする太い腕を慌てて抑える。
「待て待て待て! 借り物なんだ、破くな!」
 チッ、と聞こえるぐらい大きな舌打ちが聞こえて、同時に胸元の厚い絹がぐいと開かれた。僅かに布が引き攣れる音が聞こえて戦慄するが、甘寧なりに僅かながら気を遣ってくれたのか、ぱっと見破けた様子は無い。安堵をしている内に武骨な掌が素肌に触れて来たので再び悲鳴を上げる羽目になったが。
「あやっ!? ど、どうしたのだ甘寧! 飢えているのなら色町にでも――っひぃっぐ!?」
 以前にも、褒賞と称して彼と褥を共にしたことはあるが、船の上や戦中ならともかく、王都の中でわざわざ呂蒙を選ぶ理由が解らない。肩を押し返そうとする前に、乳首というか胸板に噛みつかれて悲鳴を上げた。血が滲み肉を食い千切る程の痛みを必死に堪える。……獣に噛まれた時に引き抜こうとすると却って危険だからだ。
 なんで仁に噛まれた時の経験が今生きるのだ、と思わず遠い目をしてしまう。正直、主に従順な虎よりもこの男が扱いにくいことは間違いないので、懸命にも口を閉じる。
 そうこうしている内に、甘寧は呂蒙の体に噛み傷をつけながら、乱暴に正装を解いていく。このままだと本気で破られかねなかったので、どうにか腰を浮かせて帯を解き、脱がすに任せてやる。ここで抵抗したら更に面倒臭いことになるし――恥ずかしながら、ただするだけなら、呂蒙にも否は無い。何故甘寧が求めるのかが解らないだけで。
 肩、腹、腿、脹脛、肌が見える度に甘寧は其処に噛みついて痕を残す。痛みしか感じない筈なのに、他者を慈しむのにこういうやり方しか知らないのだと解ってしまっている呂蒙の体は、その中から僅かな許容と快楽を拾い上げてしまう。
「ぅ、く、んんぅっ……ぁ、っぐぅ! んー!」
 痛みに体が竦んで逃げ出そうとすると、許されず引き戻され、もっと強く首筋に噛みつかれる。堪らず、今度は両腕を伸ばしてぎゅっとしがみついてしまうと、甘寧の髪を纏めていた冠が外れ、床に転がっていく。拙い、とひゅっと息を飲むが、はたりと見詰め合った甘寧の瞳に、怒りは無かった。ただ、手を離せと言いたげにぐいと押しのけ、そのまま顔を呂蒙の股座まで降ろし――が、と開いた口に今度こそ背筋が竦み上がった。
「ま、て、待て待て待て駄目だそこは――いっあああ!!!!」
 ……他の箇所よりは、力を手加減してくれたのかもしれないが、それでも一番敏感な場所に立てられた歯の痛みは凄まじかった。それなのに、がくがくっと腰が震え、何か滴るものが流れ落ちて尻の谷間まで濡らす。何が起こったのか解らず、涙の滲んだ瞼を開けて――自分の熱が痙攣して、白濁を吐き出しているのを目の当たりにし、更にそれが甘寧の顔に散っていることに気付き、限界まで血の気が引いた。
 当の甘寧も、不愉快そうに眉間に皺を寄せ――散った白濁をぐいと掌で拭い、更にそれをいつのまにか脱ぎ捨てていた甘寧自身の絹で拭う。拙いと思ったが、原因が自分だから叱ることもできない。そのまま甘寧は最早使い物にならなくなった衣服を寝台の下に全て投げ捨て、容赦なく奥まった場所に指を突き立ててきた。
「いぎゅ、ぅ、ぐ――……ッ」
 これ以上見っともない悲鳴をあげたくなくて必死に堪えるが、指は全く遠慮なく内部に爪を立てて蹂躙してくるし、いい加減にしろ、と涙目で甘寧を睨みあげると。
「――あや」
 普段全く笑みを見せない、硬く引き下ろされている筈の甘寧の口端が。驚くぐらい満足げに、笑っているとはっきり見えて。
「ぅぉ……あ、ふぐ」
 鼻の粘膜からたらりと血が奥に落ちてくるのを感じ、慌てて顔を背けた。鼻からとろ、と流れてくる血をどうにかせねばと、苦しさを堪えて身を捩ろうとするが、それよりも先に呂蒙の異変に気付いたらしい甘寧が僅かに眉根を寄せて。
「うぇ、あ、すまん、こんな――むご!?」
 髭の生えた口元で、鼻を丸ごと食べられた。すわ噛まれるのかと身を竦ませるが、ず、ずる、と鼻の中の血が吸い取られる感触に気付いて、痛みとは別の衝撃でますます頭が逆上せた。
 零れそうな血を全て吸い取り、甘寧は心底不快そうな顔のまま、寝台の下にべっと吐き出す。そのまま――何故か触れても居ない筈なのに、下帯を思い切り押し上げていた己の熱を、ぐいと呂蒙の尻に押し当ててきた。
「へぅ、ふぇ――あっ」
 彼が自分の身体にそこまで興奮したのだ、という事実を目の当たりにして、呂蒙は慌てて自分の鼻を抓む。また盛大に鼻血が漏れそうになったからだ。そうこうしている内に、甘寧の体は無遠慮に、乱暴に、呂蒙の中を蹂躙してくる。
「いぅ、んぐ、かっは、ぁ、うー……ッ」
 潤みの僅かしかない中は引き攣れるように痛んで、目尻からぼろりと涙が零れてしまうが、まるで頬を噛み千切るような勢いで舐め上げられた。まるで自分の体がどこもかしこも食べられてしまうように感じ、――何故か、自分の熱が触れられてもいないのにびくびくと震えた。
「だ、めだ、もぅっもぉ――甘寧、甘ね、」
 激しい痛みと快楽でぐずぐずになった頭と声で、相手の名を呼ぶことしか出来なかった。蹂躙が、満足げに終わるまで。



 ×××


「……だから、だな。お前、なんでそんなに俺と、そう、したがるのだ」
 戦の時とは別口の傷で体中が痛むのを辟易としながら、呂蒙は寝台の上で大人しくしていた。甘寧の寝床だが、幸い追い出されることは無いようで、主は相変わらず上半身を壁に預けたまま瞳を閉じる独特の寝方をしていた。他者の気配のするところで寝るなどそうそう出来ないだろうに、これは会話を交わすつもりが無いという意志表示だろう。不満げに唇を尖らせ、呂蒙はなおもぶつぶつとぼやく。
「こんな状態では、俺も女を抱きにいけないではないか。せめて埋め合わせをしてくれなければ、割に合わん」
「――……」
 ふと、甘寧の目が開く。片目だけでぎろりと睨まれ、寝転んだまま呂蒙はぴゃっと身を竦めた。まだ夜明けには時間があるし、体力はまだ回復していないし、何より服が正装しかない。自分一人であの面倒な装束を着る自信は全く無かった。かといって甘寧の服は絶対貸してくれないだろうしな、とうんうん唸っていると。普段は必殺の刃が巻かれている男の手の甲が、すいと呂蒙の頬を撫でてすぐ離れた。驚いてぱっと顔をあげると、また元通り甘寧は目を閉じていて――ただ、僅かに唇を動かしてぼそりと呟く。
「……もう済んだ」
「……あやっ?」
 小さくだがはっきりと言われて、何度も目を瞬かせる。一体何にかかった言葉だ、と暫し考え――つまり、それは。
「……おう。うん? そ、そうだったのか?」
 埋め合わせ、だったのだろうか、この行為そのものが。女を抱けない代わりの性欲処理、だったのだろうか。
「いや、それでこの有様はやはり割に合わんぞ甘寧! お前がほとんど好き勝手しているだけではないかっ!!」
 色々な部分から不満が湧いてきて、思わず上半身を起こして怒鳴ると、一瞬ぴくりと不快げに甘寧の眉が動くが、返事は無い。これ以上口を開くつもりはないのだろう。憤懣やる方ないまま、改めて呂蒙は寝台に転がる。疲労から、瞼が自然に下がってきた。
「せめて……むぅ、明日、服を着るのを、手伝え……」
 もごもごと曖昧になる意識の中でどうにか告げて、完全に瞼を閉じる。柔らかい闇の中に沈んでいくその間際、
「――了解した」
 そんな、彼らしくない、己の不満を曲げた了承の声が聞こえた気がしたが、気のせいだったのかもしれない。