時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

12. Making Out

「ノリキ様。お手を拝借しても、よろしいですか?」
「ああ」
 不意に不躾な願いを言われたにも関わらず、ノリキは一瞬の躊躇いも無く妻へ自分の手を差し出した。それがどれだけ幸福な事か良く解っていると言いたげに、氏直は恭しく両手でノリキの手を取った。
 長年の労働と訓練で、胼胝だらけになっている手だ。指の背は潰れているし、肌はがさりとしていて触り心地は全く良くないだろう。だが、彼女はまるで何か宝物のように、頬を擦り寄せてくれる。
「ん」
「っ」
 そして指先にそっと唇を触れさせてきたので、ノリキは咄嗟に息を詰めた。ぴく、と震えた指が逃げると思ったのか、更に先端を咥えられたので動かせなくなる。
 幸い、ノリキの弟妹は教導院や漸く初めた仕事で留守だ。昼間と言えど、降って沸いた2人きりの時間を有意義に過ごさない理由はないのだろう。ちゅ、ちゅ、とはしたなさを忘れたように何度も指を吸い、口付ける。まるで子供が飴を舐めるように、夢中で。
 嬉しさは湧くが、やられっぱなしは性に合わないので、僅かな詫びも込めてそっと手を握りこみ、そのままぐいと引き寄せる。
「あ、」
 驚きの声が氏直の唇から漏れた時には、彼女を胸元に抱き寄せていた。ずっと一人で立つことしか出来なかった彼女が、自分に素直に体重をかけてくれることがいじらしい。繋いだままの手を取り返して、お返しのように褐色の指先に口付けてやった。
 ふわりと氏直の頬の色が濃くなるが、抵抗はない。目の前の指先は、沢山の剣を操っていたと思えない程細くて美しい。一切傷などないその姿に――ほんの少しだけノリキは、今は大分薄れてしまった筈の眉間の皺を濃くした。
 彼女を全てから解放するために振るった自分の拳で、彼女の手指はぼろぼろになった。勿論、痕ひとつなく修理されており、そうであったことなど全く見えないが――傷つけたこと自体が消えたわけではないと、ノリキはずっと思っている。
 贖罪では無いし、謝意でもない。ただ――彼女を癒したいという気持ちも嘘では無い。
 爪先に触れて、手の甲に押し付けて、掌を軽く食む。逃げ出したそうに指がひくりと動くが、不快では無く単に恥ずかしいだけだと知っているので、逃してやらない。
「ノリキ様、」
 困った声で名前を呼ばれた。胸元に縋りついたまま自分を見上げて来た氏直は、いつも通り目を伏せたままだ。――その瞳も、自分のせいで失わせてしまった。
「ん、」
「……!」
 瞼にも唇を落とし、舌で軽く睫毛を舐めてやる。必要であったことだと解っているし、酷い矛盾だという自覚はあるが――決して、彼女に傷をつけたいわけでは無かったのだから。
「――ノリキ様!」
「、ん」
 どうやら氏直の方が先に我慢が効かなくなったらしく、寄り掛かっていた寝台の上に押し倒された。……自分としてはこのまま、只管愛でているだけでも満足だったのだが、彼女の強請も勿論嫌では無いので、素直に受け止める。柔らかい唇で、自分のかさついたそれを塞がれる感触を享受しながら。


×××



 はしたないとは解っているけれど、氏直は止められなかった。
 唇を合わせたまま、自分から良人の服を解く。抵抗は無い。吝かでは無いと思ってくれているのなら、とても嬉しい。
 ノリキの頤に舌を這わせる。ほんのちょっとだけ、髭の生えた感触があって心地良い。そのまま喉仏をはむはむと頬張ると、擽ったそうに身を捩られた。良人の手がゆるりと腰を撫でてきて自然と反ってしまうが、堪えて首を横に振った。
「ん、駄目、です……今日は、私が」
「解った……ん」
 素直に応じて寝台に寝そべり直してくれたので、綺麗な胸筋に唇を下ろし、胸の頂きに音を立てて口付ける。徒に何度も繰り返すと、彼の手が自分の頭に伸びて来た。止められるのかと思ったが、自分の頭に生えた牛角をそっと撫でられた。何、と思う間もなくその先端に口づけられる。そこまで触覚に敏感なものでは無いのに、ぞわぞわとした快感が旋毛に走って、一気に顔が紅潮する。
「ノリキ様ぁ」
 甘えた声が出てしまう。高い温度の舌が、角を飴のように融かすかの如く舐めあげてきて、腰が震える。悔しいので、逃げるのも兼ねて頭を下げ、解けた白布の下から覗く臍に舌を差し込んでやった。
「っ、ぅ」
 ぴくん、と自分の乳房の下で熱が跳ねたのが解る。嬉しくて、遠慮なく臍を穿るように舌を動かしながら、前を寛げてやる。
「こら」
「駄目、ですか?」
 煽るつもりだったのだが、自分の声が思ったより懇願になっていて情けない。しかし良人には効果覿面だったようで、僅かに眉を顰めつつも起こしかけた体が元に戻った。
 遠慮なく、自分も上着の前を肌蹴て、既に大分硬くなっているその場所を柔らかく包み、両腕で締め付けるように挟む。じわりと湧いてくるぬめりが、汗と一緒に谷間を濡らして音を立てるのと同時、自分の奥まった部分もじくりと熱を持つ。
「っ、はぁ……」
 堪えるようなノリキの溜息が聞こえて、我慢できなくなって、むくむくと大きくなったその場所を挟んだまま先端を舐める。びく、と震えるそこが分泌する透明な液の味が酷く甘露に思えて、夢中で吸ってしまう。
「氏直、もういい」
「ん、駄目れふ、もう少ひ……」
 いやいやと駄々を捏ねてもっと喉の奥に飲み込もうとするが、腹筋に力をこめてぐいんとノリキの上半身が今度こそ起き上がり、顎と頬をを宥めるように撫でられた。そうすると今度は口付けされないのが我慢できなくなったので、素直に熱を解放する。口を拭おうとする前に、彼のそれを押し当てられた。
「ん、ぅ、ふぁ」
 舌で口の中を思い切り舐められて、先刻までの味が無くなるのをほんの少し残念だと思いつつ、一生懸命相手の唾液を飲み込んでいると、下穿きをするりと脱がされた感触に腰が震える。つるりと滴り落ちた雫の感触まで太腿に触れたので、尚更。
「濡れてるな」
「仰らないで……」
 耳元で囁かれたのは、揶揄では無く素直な感想だったかもしれないが恥ずかしいことこの上ない。その後すぐにぬちゃりと熱の先端がぬかるみに触れ合った為、それどころではなくなったが。
「このまま、いいか……?」
「はい、ぁ、遠慮な、く、ぅんん……!」
 ずるんと隘路に入り込まれて、咄嗟に大声を上げそうになる唇を噛む。貧乏長屋の壁の薄さを舐めてはいけないのに、抱き寄せられた腰を遠慮なく前後に揺らされてしまう。
「ぁ、駄目、です、声が――ぁん」
 涙を目端に浮かべて訴えると、すぐに唇が塞がれた。少々動きにくいが、それは自分がまた体重をかけて腰を動かせば良い事。今は激しい動きよりも、ぴったりと深く重なり合いたい。ノリキも気持ちは同じだったらしく、ゆっくりと自分の上に妻の体を寝そべらせた。
 隙間が出来ないように抱き合う。何せ自分達はずっと離れすぎていたのだ、その分を取り戻す為にもくっついていたい。互いの汗ばんだ体が滑り、氏直の腰が我慢できずに揺らめいた時、待ちかねたようにぐいと下から突き上げられた。
「はぅっ、ん、ぁ――……!」
 蹂躙では無く、最後の隙間にぴったりと嵌るピースのような感覚。うっとりとそれに溺れそうになると、腰を抱かれてころりと寝転がらせられる。結果、抱擁が解けてしまい、ノリキが氏直の腰を抱え直したところで、
「や……」
 局部以外が離れてしまった今の状況が寂しすぎて、両手を伸ばして強請ってしまった。後から思えば子供じみた己に猛省してしまうだろうが、今は無理だ。良人はそんな妻を見てどう思ったのか、吃驚するぐらい優しい、嬉しそうな顔で笑って、今度は自分から体を重ねてくる。充分な重みを堪能して、漸く氏直は安堵の溜息を吐いた。
 そのまま、互いの体を揺らし合って、ゆっくりと高め合って、じわじわと果てる。自分の中に熱が広がっていくのが心地良くて、尚も甘えるように首筋に顔を擦り付けてしまう。これでは武蔵の王に侍る銀狼を笑えない。
「氏直」
 ちょっと困った声で名を呼ばれる。解っている、果てたのならば離れるべきだ。だが、倦怠感に加えて離れがたさが勝っているので無理だ、と己に言い訳をして、目は伏せたまま。それでもちらりと顔を見上げると、良人も笑顔だったので悪く無い筈だ。
「……チビ達が帰ってくるまで、な」
 そう、こうやって遠慮なく一番近くに居られる時間はまだそう長くないのだから、堪能すべきだ。持前の処理能力を全てそんな言い訳に使用して、氏直は遠慮なく、髪を遊ぶように撫でてくる良人の手に身を委ねた。