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のんべんだらりんごった煮サイト

突撃のサプライズ

年が明けて新学期。
天香学園を常に覆っていた遥か古代の呪いは開放され、生徒達は皆本当の理由は知らないまでも、どこか清々しい開放感を胸に登校してきた。
それは事情を知っている元・墓守達にも言えることで、新しく光の溢れた時間に戸惑いながらもその幸福に身を浸している―――筈だったのだが。





「おっはよーッ! …ってあれ? どうしたのまーチャン、随分暗いよ?」
「う〜…ぁ、やっちーおはよ…」
いつも変わらぬ元気な笑顔と共に挨拶した八千穂に対し、いつもなら負けないぐらい元気に返す<転校生>真逆は、何故か今日に限ってぐったりと机に突っ伏したまま動きも鈍い。
「ね、皆守クン、まーチャンどしたの?」
「…何で俺に聞くんだよ」
隣の席で足を机に預けて座っていた皆守が、うんざりした顔で瞼を開ける。
「だって今日も一緒に学校来たんでしょ?」
「いいや。こいつはさっき来たばかりだぞ」
「ええッ!? じゃあ皆守クン、まーチャンに起こされないのに先に教室来てたのッ!?」
「…………まァな」
失言に気付き、不自然ではない程度に皆守は目を逸らす。遅刻早退サボリが当たり前だった自分を、朝もはよから「甲太郎ー!! 一緒に学校行こ!!」と毎日のように引き摺りだしてきた真逆のペースに、気がつけば慣れてしまったらしく、今日も奴が起こしに来る時間に自分では有り得ない程ぱっちりと目が覚めてしまったのだ。
どんなに寝直そうとしても全く眠気が訪れてくれず、やむなく今日は何故迎えにこないのかと真逆の部屋に行ったら何度ノックをしても返事が無い。苛立ちと僅かな心配を胸に学校に来たら、自分より遅れてやってきたその相手は普段の生彩を全く見せず、「ごめんなー今日朝行けなくて…」とだけ告げてぐたりと机に突っ伏してしまった。
「ね、まーチャン、具合悪いの? 保健室行った方が良くない?」
「あー…ん、大丈夫。ちょっと腹痛いだけだからさ」
「また妙なモンでも作って食ったのか」
「また、って言うなぁ。何か、普通の腹痛と違うんだよなぁ。いつもより下の方が痛いって言うか重いって言うか熱いって言うか、兎に角変な感じ…」
皆守のからかいにも混ぜ返しが弱い。「体調不良はひたすら待って治すべし」と常に言っている真逆にとっては当たり前の行動なのかも知れないが、それでも普段より格段元気の無い様子に八千穂は心配顔だ。
「やっぱり、ルイ先生に診てもらおうよ。ホント、辛そうだよ?」
「んー…」
顔を覗き込んで眉を八の字にする八千穂に流石に折れたのかそれとも自分でもまずいと思ったのか、のたのたと真逆が立ち上がる。八千穂がほっと息を吐き、皆守が心の中で小さく安堵したその時―――
ガタンッ!!
「まーチャンッ!?」
「――!!」
がくん、と真逆の膝が笑い、教室の床にしゃがみこんでしまった。八千穂が悲鳴混じりの声で真逆の名前を叫び、皆守が椅子から立ち上がった。
「やだ、まーチャン、顔真っ青だよ…! しっかりして!」
「ごめ、大丈、夫―――、ぅあ、なんか、すごい頭重い…」
「まーチャン、まーチャンッ!!」
八千穂の声に笑顔で応えようとして、失敗したらしくずるずると蹲る。泣きそうな声で何度も真逆に呼びかける八千穂の肩に、まるで安心させるかのように優しくすっと白い手が乗った。
「大丈夫よ、八千穂さん。多分、貧血だと思うわ」
「あ、白岐サンッ…」
「おい、取り敢えず真逆を保健室まで運ぼう」
「大和、お前も来てたのか」
「まァな。手伝うか?」
「いや、いい」
騒ぎに気付いたのか、自分の席に座っていた白岐と夕薙も側に近づいてきた。そう言えばこの二人も、新学期になってから朝から授業の出席率が格段に上がっている。勿論一番の理由は、今ぐったりとしている転校生に他ならない。皆守は一つ息を吐いて、真逆の腕を掴んで肩にかける。夕薙の手を辞退して立ち上がると、小さく声が聞こえた。
「こうたろ。ご、めん」
「…自分の体調ぐらい解っとけ。馬鹿」
「ん、」
心配を押し殺して憎まれ口を叩いてやると、それでも頷いて自分に体重を預けてくるのが解ったので、そのまま立ち上がり保健室に向かった。




大所帯で保健室に突撃すると、流石に瑞麗も驚いたようだったが、意識が朦朧としているらしい真逆を見てすぐに頷き、ベッドに促した。
「センセッ、まーチャンは…」
「解っている。少し静かにしていてくれ」
今にも泣きそうな八千穂を諌め、瑞麗はそっとベッドに寝かされた真逆の下腹部に手を当てる。
「…随分と陰陽の気が乱れていると思っていたが…成る程な」
「で、どうなんだカウンセラー。真逆は」
一人で頷き、納得している瑞麗に苛立ちを隠さず皆守が問う。他の面々も多かれ少なかれそんな感情を表に出している事に気付き、麗人の保険医はフッと笑った。
「心配するな。少々治療に時間はかかるが、大事ない。君達は授業に戻りたまえ、もうすぐ1時限目が始まるぞ?」
「でもッ、まーチャンがこんな風に倒れるなんて、初めてだしっ…目が覚めるまで、いちゃ駄目ですか?」
八千穂の声に白岐と、夕薙までが頷く。どんなに能天気に見えても、職業柄真逆の体調管理は非常にしっかりしていた。具合が悪ければ無理はしないし、遺跡の中ならいざ知らずこんな時に倒れるなど、本当に初めてのことだった。
「大丈夫だ。次の休み時間までにはもう回復しているよ。皆にここまで心配されると却って真逆も気を使うだろう?」
それをやんわりと抑え、瑞麗は八千穂達を外に追いやった。皆渋々だったが従い、廊下に出る。皆守は肩を竦めて真っ先に外に出たが―――一瞬振り返り、不機嫌そうに端麗を睨みつけるのを忘れなかった。
ぴしゃりとドアが閉められて、瑞麗は声を抑えてくく、と笑う。「成程、そういう事か」と呟いた独り言のせいかは知らないが、ぱちりと真逆が目を開けた。
「…れ? …ルイ、せんせい?」
「ああ、目が覚めたかね。気分はどうだい?」
「ぁー…まだちょっと腹熱いけど、平気、です」
「下腹部の気の巡りを強化したのだがね。一時凌ぎにしかならないから、これから覚悟した方が良いぞ?」
「へ?」
きょとん、として目をぱちくりさせる真逆に、瑞麗はにやりと人の悪い笑みを浮かべ。
「さて、じっくり聞かせて貰おうか。君のその―――身体について、ね?」
きっぱり言われた言葉に、さぁー、と折角血の気の戻っていた真逆の頬が再び青褪めた。





授業終了、の鐘が鳴ると共に、僅かな地響きを感じた。
「…ぅえ?」
「ふむ、来たか。如何するね? 君が話したくないのなら私が話すが」
「…や、大丈夫です。自分で、ちゃんと言います」
どどどどど、と強くなる地響きの正体を素早く看破したらしく、椅子に腰掛けたまま瑞麗が問う。ベッドで上半身を起こしている真逆は、一瞬迷って、それでもちゃんと宣言した。
「そうか。ならば頑張れ。幸い、何度も説明する手間は省けそうだからな」
「へ?」
がらぴしゃん!!
真逆が首を傾げた瞬間、物凄い勢いでドアが引き開けられ―――かなりの大人数が中に飛び込んできた。
「まーチャン大丈夫!?」
「もう、平気なの…?」
「大丈夫か?」
「ルイ先生、ありがとうございました。真逆くん…良かった、元気そうで」
「八千穂さんからメールを頂いて…本当に心配したんですよ、真逆さん?」
「まっちゃん、心配したよ…まさか君が倒れるなんて…」
「まーチャン、しっかりして下さいですの」
「ああッ真逆博士! 君にもしもの事があったら石研、否全世界の損失だよ!?」
「真逆ちゃんッ、アタシの愛を受け止めるまで死なないでェエエッ!!」
「鉄人、ボクが美味しいゴハン作ってあげましゅから、元気だすでしゅ〜」
「師匠、無事で何よりだ」
「隊長にもしものことがあれバッ、この墨木砲介ッ、潔く自決するでアリマスッ!」
「我ガ王、ゴ無事デミミヨリデス。ボクノ祈リ、アラーニ届キマシタ」
「もぅ、元気そうじゃない真逆。心配して損しちゃったわ」
「まだ顔色が悪いようですが…きちんと休息は取っていますか?」
「ったく、俺がアンタを倒すまで下らない理由で死んだらマジ見損ないますよ」
「お兄ちゃん…良かったですっ、本当に無事で…!」
「おお〜無事だったかい少年! いや連絡貰った時はビビったぜ」
「…まだ、生きていたか夜鳥真逆」
「お前まで来たのかよ…」
八千穂を筆頭に白岐、夕薙、雛川、七瀬、取手、椎名、黒塚、須藤、肥後、真理野、墨木、トト、双樹、神鳳、夷澤、響、何故か鴉室、しまいには阿門までやって来た。一番後ろからのんびり歩いてきた皆守が阿門に呆れたように突っ込む。
「何か最後に行くにつれて俺の病状悪化してる…」
真っ先に飛びついてきた朱藤をなんとかかわし、片手で自分よりも倒れそうに見える取手の手をきゅっと握ってやり、逆の手で縋り付いてきた椎名と響の頭をよしよし撫でながら、ぽちょりと真逆は一人ごちた。
「あたしが皆に連絡したの。だってまーチャンの一大事だし!」
真逆が目を覚ましていたことに安心したのか、八千穂がぐっと拳を握って宣言する。当りはついていたのでうん、と真逆も苦笑して頷く。
「で、結局何だったんだ原因は」
皆守の言葉にはっと全員が我に返り、一斉に瑞麗の方を見た。保険医は勿論それしきのことでたじろがなかったが、逆に意外そうに皆守の方を見返した。
「何だ、君は気付いていなかったのか、皆守?」
「何?」
「ああああああ先生それは無し! タンマ!」
意味が解らず、眉根を寄せる皆守と瑞麗の間で慌てて真逆が両手を振る。一同はきょとんとしているが原因究明を逃すつもりはなく、今度は真逆に注目する。視線の集中砲火を浴びせられ、ぎゅっと唾を飲み込んだ真逆は、保健室中を見回して、
「………生理、だよ」
『『『『『『『『『『は???』』』』』』』』』』
小さい声で聞こえなかったのか、聞いた言葉が理解出来なかったのか。思いっきりユニゾンする20人に対し、開き直って真逆は顔を真っ赤にして大声で叫んだ。

「生理が始まっちゃんたんだよッ!!!!!」

絶叫の後、痛いほどの沈黙。
やがて。
『『『『『『『『『『はああああああああああああああ!!?』』』』』』』』』』
それ以上の雄叫びが、天香学園全体を揺るがした。







「甲太郎、ヘルプ。かくまってーお願いぃー」
「…今まで逃げ回ってたのか、お前」
「もう無理、この体で走るのもう無理ー」
夕闇に染まる校舎屋上。人が来てもそうそう目に入る事の無い給水塔の上で、皆守は一人最近は滅多に吸わなくなったアロマを吹かしていた。とそこへ、へろへろになった真逆がやってきたので、取り敢えず手を伸ばして給水塔の上に持ち上げると、ぺしょりとそこに突っ伏してしまった。
「まァ、変に拒否られなかっただけ良いんじゃないのか」
「ん、それは正直嬉しかった、けど」
素直に真逆は頷く。先程の阿鼻叫喚の後、真逆は自分の体について懇切丁寧に説明した。仲間達は一同に驚き、呆然とし、信じられないと言いつつも―――決して、否定はしなかった。女性陣は驚きつつも納得し、男性陣も殆どはぎこちないながらも受け入れてくれた。しかし若干、別の思いで魂を燃やし始めた者も居たようだが。
「でもさぁ、何でそれで鴉室さんとか夷澤にまで追いかけられないといけないのですかー」
「…あいつらか…」
説明が終わった後、「じゃあ一個問題解決って事だな!」と何故かウキウキしていた鴉室(その後勿論瑞麗に投げられていた)と「ふざけんなよ何だよそれ!!」と何故か顔を真っ赤にしながら突っかかってきた夷澤に、体調不良の中学校中を追いまわされる羽目になったらしい。おまけに、
「すどりんなんかあの俊足で走りながら、『アタシ男になっても良いわよォオオッ!』ってゆってた…」
恐怖を思い出したのか両手で顔を押さえてめそめそする真逆に、流石に不憫に思ったのか皆守がうつぶせたままの頭をぽんぽんと叩いてやる。
「安心しろ、骨は拾ってやるから」
「捕まるの前提!? ひとでなしー! 何だよ急にその、なっちゃったのは甲太郎のせいなんだからなー!」
「…? 何でだよ」
「え、あっ」
がばっと起き上がって抗議するその内容に皆守が首を傾げる。はっと自分の言葉に気付いた真逆が口を両手で塞ぐが、時既に遅し。
訝しげに自分を見つめる視線に耐え切れず、真逆は先程はとても言い出せなかった瑞麗の言葉を紡ぎだした。


×××


「間違いないな。子宮は確かに未熟だが、きちんと機能している」
腹に置かれた手に気まずそうに身を捩りながらも、真逆が問う。
「で、でも俺、卵巣と精巣は無理だって言われたんですけどっ」
「ん? ああ、確かに。そちらは残念だが、使い物にするのは難しいだろうな。だが子宮はちゃんと動いているよ、確実に初潮だ、それは」
「ぅあ…」
ぴしりと言い当てられ、真逆の顔が真っ赤になる。くすくすと笑いながらも、瑞麗は丁寧に処置を終えた。
「何でまた急に〜。これから毎月こんなに苦しいんですかー? 女の子って凄い…」
「それが女というものだよ、真逆。健気じゃないか、君の体も必死なんだ」
「はぇ?」
首をかくんと傾げる真逆に、瑞麗は人の悪い笑みを浮かべてこうのたまった。
「惚れた男の子供が欲しいが為に、ホルモンの供給が今までより高くなったんだろう。せめて子宮だけでもと活性化させたんだ。…赤飯でも炊いてやろうか? この国ではそうやって祝うと聞いたが」
ぎゃあ、と喉の奥で悲鳴を上げて、顔を赤を通り越して黒くさせた真逆に、瑞麗は今度こそ声を立てて笑った。


×××


「…………って。ルイ先生、言ってた」
「………………………………」
両足の裏を合わせてそこを両手で掴み、ゆらゆら左右に揺れながら照れ隠しのように小さく呟く真逆に対し、皆守は口に銜えていた火の点いたままのアロマパイプをぽろりと取り落として慌てて手で受け止めた。
お互い何も言えず、暫く沈黙が続く。
夕暮れの空気が頬に優しい。綺麗にゆっくり沈んでいく太陽に二人同時に感謝していた。この光の中ならば、顔が赤くなりすぎても気づかれまいと。やがて、やはりどちらかと言えば打たれ強い真逆の方が先に復活し、にしゃあと唇を緩めて笑った。
「…うひひ」
「…何だその笑いは」
「いやさ、あとルイ先生が、責任とって貰えーって」
何言ってんだかね、本当にねーっ、と誤魔化すように笑いながら言葉を紡ぐ真逆に、皆守は何も言わず空を仰いで沈黙を守り。
「………まぁ、卒業したら」
「う?」
夕日を眺めたまま、何事も無かったかのように呟いた。
「考えてやらなくもない」
「………………………………うあ」
目を逸らしたまま言われた台詞に、今度は真逆が完全に固まった。皆守がその手の冗談を言うのが苦手なことは良く解っていたから。
「…………何か言え」
「へぅ、あ。えっ…とぉ…」
がりがり頭を掻きながら問う皆守に、真逆はこれ以上は無理だと言うほどに顔を染め。
「…………ふ。ふつつかものですが…」
「…何だそりゃ」
ふかぶかと頭を下げてしまった真逆に、皆守は呆れたように笑い、いつもの空気が戻ってきた。
それでもお互い火照りのひかない頬を、下校の鐘が鳴る前にどうにかしないとと思っていたけれど。