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終幕のサンライズ(最終話ネタバレ注意

―――あいつは、こんな時にも笑っていた。
「うん、まぁ、うすうす予想してたし?」
自分を欺き続けていた相手を目の前にして、
「お前だって譲れないんだろ? だったら、しょうがないや」
まるで、こんなことには慣れているとでも言うように、
「オーケイ。やろうか、甲太郎」
ほんの少しだけ寂しそうに、笑っていた。
笑っていた、のに。




一帯を覆っていた青白い光が、拡散して消えていく。
沢山の瓦礫が辺りに散乱する中、皆守、阿門、白岐の三人は所在無げに立っていた。
「…これで、全て終わったのか」
夢から覚めたような口調で、誰にともなく阿門が問う。
「そのようね…あの子達と、何より―――彼のお陰で」
白岐のその声に、皆守はふと辺りを見回す。彼女の視線の先に、彼はいた。
三人に背中を向けて、両足を子供のように前に放り出して、座り込んでいる。ただ空を眺めているような後姿から、その表情は伺えない。
皆守は一度頭を掻き、火の消えてしまったアロマパイプを手で弄びながら、その≪転校生≫―――夜鳥真逆に近づいた。
「あ―――、真逆」
ぴく、と真逆の肩が痙攣するが、振り向かない。当然か、と皆守は息を吐き、いつになく殊勝に折れることにした。――――思い切り、傷つけた。無心に与えられてきた信頼を、これでもかというほど裏切った。
「悪かった。許して貰えるとは思っちゃいないが…」
「………………」
「今更、親友面するのもおこがましいってのも、解ってるが…」
「………がう」
「真逆?」
ぽそり、と返事が返ってきて、それがいつもの明るい声音とは似ても似つかない低いもので、ますます皆守の良心を苛む。
思わず一歩前に踏み出そうとした瞬間、ざっ!と音を立てて真逆が立ち上がる。そして――――

「違うだろこのお馬鹿―――――――――――――――――――――――――!!!!!!」

…天まで響く大声で、こうのたまった。
「な…」
至近距離で叫ばれて流石によろけた皆守と共に、少し離れていた阿門と白岐も呆然としている。恐らく学校中に響いたであろうその声を発した真逆が振り向くと―――今にも泣きそうに顔が歪んでいた。
「あーもう! あーもう! いっつも俺の事馬鹿って言ってるくせに何だよその言い草は! 馬鹿! お馬鹿! 不健康優良児! 無気力カレーレンジャーッ!!」
「待て、最後の少し混ざってるぞ。じゃなくてまぁ、黙ってたのは―――」
「違うってんだろ!! 俺が怒ってるのはそっちじゃないっ!!」
「は?」
「あああああもう自覚無しかよ! お前なんかっ、甲太郎なんかっ、生徒会長と遺跡の底で一生乳繰り合ってれば良いんだ――――ッ!!!」
「嫌な言霊を絶叫するな!! どういう意味だッ!!」
「…何の話だ」
今まで蚊帳の外だったのがいきなり巻き込まれ、不機嫌から顔に浮く血管を2割増しで阿門が一人ごちる。
「てぇーいっ、生徒会長! お前もだ! 罰として反省文レポート用紙10枚から提出! 上限無し!!」
「最低10枚かよ」
「だから、何の話だ一体…」
ずびし、と阿門を指差して更に言い募る真逆と律儀に突っ込んでしまう皆守に対し、阿門の血管が着実に増えていく。
「…ああ、解ったわ。真逆さんが、何で怒っているか」
「白岐?」
一人超然と立っていた白岐が不意に口を挟み、阿門が訝しげに眉を寄せる。そんな阿門を見やり、未だに言い争いなのか漫才なのか解らないことを続けている二人に視線を移し、白岐はほんの少しだけ口元を綻ばせた。
「私も、昨日の夜に怒られたもの」
「…?」
眉間の皺を深くさせる阿門を放っておいて、真逆のテンションは更に激しさを増していった。
「甲太郎が副会長だったーとか、滅茶苦茶強いの隠してたーとか、そんなのどうだって良いんだよ! 戦う前に言っただろ! 慣れてるんだよそんなの!!」
「じゃあ一体―――待て。慣れてるって、お前」
殆ど高さの変わらない視線をぴたりと合わされて、皆守の言葉が喉に詰まった。信じられない事だが、この男は転校してきて後、一度も嘘をついた事が無い。言うべき事は全て本当のことで、それを言う事に微塵も躊躇いはない。たった三ヶ月の付き合いだが、皆守には良く解っていた。嫌になるほど、一番近くで―――見せ付けられていたから。
「こんな仕事やってれば、裏切られるのなんて日常茶飯事なの!! いちいちそんなの気に病んでたりショック受けたりしててもしょうがないだろ、俺が信じたいから信じたんだからさ!! お前がどう思おうと俺はずっと信じてるんだからいいの! この話はおしまいっ!!」
「っ、待て、真逆」
かなり恥ずかしい台詞を吐かれて、皆守は軽く眩暈を感じた。後退って逃げようとするが、両肩をがっちり掴まれて動けない。
「俺が怒ってるのはなぁ―――」
鼻先が触れ合うほどに顔を近づけ、真逆は絶叫した。
「お前も生徒会長も、簡単に『死ぬ』なんて言ったからだ!!!」
「――――――!」
ひゅ、と思わず、皆守は勿論阿門ですら息を呑んだ。その台詞は今までの激情混じりの声でなく、明確な「怒り」の篭った声だった。
「死ぬってのがどういうことか、解ってんのか!? そこでおしまいなんだぞ、もう止まって動き出せないんだぞ、何にもなくなるんだぞ!? 生きてるものが絶対行けない壁の向こう側に行っちゃうんだぞ!?」
「まさ、」
「幽霊になろうがゾンビになろうが骸骨になろうが、死んだらもう何にも出来ないし手に入んないんだよ!! 何でそんな簡単に言うんだよ諦められるんだよ!! 反省しろ、馬鹿ーッ!!!」
その言葉に、皆守は思い出した。あの、最後の玄室で、狂える神に向かって真逆が言った言葉を。

『あんたがずっと、苦しみ続けてきたのは解った。でもさ…あんたはもう死んでるんだ。死んだ奴は、生きてる奴のいる場所にいちゃいけないんだよ。そうしないと…どっちもずっと、不幸になるだけなんだ』

金色に輝く剣を構えて、真逆はただ悲しそうに言った。自分達を苛み続けてきた悪霊に対する怒りは全く無く、ただ結末を告げることだけを提示した。
それは、ずっと宝探し屋という仕事を通して見つけた、彼なりの「死」に対する真摯な答えの一つだったのだろう。
ばたばた、と大粒の雫が落ちる音がして、皆守は我に返った。自分の制服を濡らしているその水は、紛れも無く真逆の両目から零れた涙だった。
普段から涙もろい兆候はあったものの、ここまであからさまに泣かれたのは初めてで、皆守はかなり動揺した。
「泣くなよ、オイ…」
「泣くよ! 泣きもするよ! これが泣かずにいられるかぁ!! もーいい、甲太郎なんか絶交だ〜〜〜〜!!!」
泣くなと言われたことで却ってスイッチが入ったのか、子供のような絶交宣言をしてからうわーん、と本格的に真逆は泣き出してしまった。途方にくれる皆守は何とかしてくれ、とばかりに視線を動かすが、阿門は不自然なまでに顔を逸らし、白岐は軽く首を振って微笑むだけで何も言わない。
「…ったく、餓鬼かお前はッ」
ぐいっ。
「う?」
がしがしと癖っ毛の頭を掻いて、皆守は真逆の後頭部を片手で掴んで、自分の肩に引き寄せた。べふっと鼻を潰されて真逆がむぎゃ、と変な声を上げたが、暴れる事もせず、今までの激情が嘘のように大人しくそこに収まった。
「…こうたろー」
「…何だよ」
「あったかい」
「俺は寒いぞ」
「生きてるね」
「…あぁ」
「………良かったぁー…」
心底安堵した、と言いたげな吐息混じりの言葉と共に、真逆の両腕が皆守の背中に回った。おいおい、と思いつつも、皆守は少し迷って結局されるがままにさせた。
「生きてさえいれば、いーんだよ」
「…………」
「生きてさえいれば、何だって出来るんだからな…」
「…あぁ。そうだ、な」
ずっとまどろみの牢獄で揺らめいていた自分にとっては、余りにも苛烈な光であったけれど。
それに照らされ、確かに自分はちゃんと命を貰った。
そんな皆守の思いに答えるかのように、太陽の光が空を切り裂き始めた。
「くそ…結局徹夜だったな。あ〜…眠い」
「うー…流石に、今日は朝から授業は無理かも…ごめんヒナ先生…」
いつも通りの台詞を吐くと、いつも通りの会話が返ってきて、我知らず皆守は安堵の息を吐いた。肩に相手の頭を抱えた不自然な体勢ながらも、そのまま歩き出す。
「だな。取り敢えず寮に帰って寝るか」
「ん。でその後、甲太郎レポート提出な」
「まだ言ってんのかよ」
「生徒会長もだかんな」
「…俺を巻き込むな…」
「幽花ちゃんはもうちゃんと反省してるから出さなくてもいいからね」
「えぇ…ありがとう」
「お前も乗るなよ白岐」
朝の光に背中を押されながら、アンバランスな四人はゆっくり瓦礫の山を歩いていく。
墓地の向こう側から、八千穂を始めとする友人達の、真逆達を呼ぶ声が聞こえてきた。