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寒夜のディスカバリー

その日は日曜の前日という日付を利用して、「片っ端から遺跡探検&クエスト踏破しちゃうぞツアー」というお題目で意気揚々と天香学園地下遺跡に潜り込んだ宝探し屋・夜鳥真逆。いつも通りうきうきしながらついてきた八千穂と、いつも通りうとうとしながら連れて来られた皆守と共にぐるぐると現在まで開いている遺跡の扉を全て回り、日付が変わってからから2時間ばかりオーバーして探索を終えた。…ここまでは良かった。
事件は探索を終え、寮に戻ってから起こった。こっそりと寮監の目を盗み中に入った真逆と皆守は、廊下に足を踏み入れた瞬間ほぼ同時に呟く羽目になった。
「「…寒っ!!」」
くしくも十一月の夜中、ただでさえ冷えている外気に負けないほど廊下がシンと冷え切っている。見た目よりもハイテクを誇るこの寮は、いつもなら例え生徒達が寝静まった後でもきちんと冷暖房完備が行われているはずなのに。
「えええ、何でこんなに寒いのさ中!」
「…これか。見ろ、真逆」
「う?」
思わず小声で叫んでしまう真逆に、皆守が渋い顔で廊下の掲示板に向かって顎をしゃくる。そこには探索に出る前には貼っていなかった即席の文字オンリーポスターが鎮座し、理由をしっかり語ってくれていた。曰く、日付が変わる辺りでボイラーが故障し、暖房が機能を果たさなくなったらしい。
今晩の復旧は不可能なので、寒さが気になる人は寮監部屋まで毛布を取りに―――等と書かれていた。しかし勿論、今時分から自分達がその方法で暖を取るのは不可能だろう。
「…あ、やっちーから返事来た。女子寮は大丈夫だって」
「ったく、よりにもよってこんな時にかよ…」
掲示板を見て、すぐさまメールで八千穂の安否確認をしていた真逆が返事を受けとったらしい。皆守は心底嫌そうな顔で、癖毛の頭をがしがしと掻く。
最悪な事に、先程まで遺跡の一番寒いエリア―――国譲り神話をモチーフにした、遺跡内にも関わらず雪が降るエリアでずっとクエストを行っていた。遺跡の外に出ても冬の夜、ろくに暖を取れることもなく、おまけにここまで帰ってきても寒さに悩まされることになってしまった。
「うぬぅ、ここまでオチをつけられるとは…」
「…仕方ない。大人しく部屋に戻って震えながら寝るか」
正直今からきっと冷え切っているであろうベッドに潜り込むのもぞっとしないが、眠らないよりマシだろうと皆守が踵を返す。面倒にぶつかればまず寝る、が基本スタイルの彼にとっては当たり前の行動である。
しかしその行動は、やや汚れてしまった学生服の裾をむんずと掴まれたことで止められてしまう。
「えー、今からベッド暖めるの辛くね?」
「このまま廊下で突っ立ってるよりかは100倍マシだろ」
「ここはエネルギーを節約すべきだと思うのですよ俺は」
「何が言いたい」
何となく嫌な予感がして、眉間に皺を寄せながらも皆守は振り返った。そこに「いいこと思いついた!」とばかりに、彼自身お気に入りの髪飾りと同じような色をした瞳をきらっきら輝かせながら笑っている真逆が居て、我知らず仰け反った。
―――まずい。と、皆守は思った。遺跡の中で、仕組みの解らない罠を前にして「取りあえずかかってから踏み潰そう」と言い放った時や、作ったカレーライスに「いや俺は美味しくなると思うんだよ!」とプリンを混ぜてみようとした時と、全く同じ瞳をしている。
あくなきチャレンジ精神。それは宝探し屋として必要不可欠なものかもしれない、だが、今はいらんと痛切に皆守は思った。
しかし悲痛な皆守の心の叫びは届く事はなく、真逆は満面の笑みでこうのたまった。
「一緒に寝ようぜ?」







「イェア、おっ邪魔しまーす」
「…本気かお前」
結局あの後、反撃の気力も沸かなかった(正確には理性が暖かな睡眠への欲求に負けた)皆守の部屋に、一度自分の部屋に戻り装備を解いて部屋着という名の学校指定ジャージに着替えてきた真逆が訪れた。
「何だよ甲太郎だってちゃんとドア開けててくれたんだろ?」
「開けてなかったらお前は間違いなく自力で開けるだろうが」
「あらばれた?」
てへ、と照れ笑いする真逆の頭を一発叩き、同じく寝巻きに既に着替えていた皆守は先にベッドの上に上がる。当然、頭をさすりながらも真逆もそれに続いた。
「うひー、やっぱ冷たいってシーツ!」
「だからわざわざ来たんだろうが。それよりお前、それ外さなくて良いのか」
何気なく指差した先には、真逆の左耳を囲むように髪を一房づつ束ねて揺れているラピスラズリの管玉。「あ、忘れてた」と真逆は片手でそれを外し、三本並べてベッドサイドに置いた。
「へへへ、何かわくわくするなー同衾って」
「嫌な言い方するな」
「あれ? 日本語で一緒に寝るって同衾じゃなかったっけ?」
自分を「どこか生まれあちこち育ち」の宝探し屋と称するこの男は、各国の言語力が達者なのだがたまに自信が無くなるらしく、違ったっけ、と首を傾げている。
「何でも良いから黙れ。もう喋るな」
「ふぁーい」
返事に欠伸が混ざったのを機に、二人で大人しくひんやり固くて狭いベッドの中に潜り込んだ。最初はやはり落ち着かないのと寒いのとでもぞもぞと身動ぎし続けていたが、段々とそれも収まる。
近くに聞こえる規則正しい他人の吐息が決して不快ではない事に気づき、皆守は心の内だけで動揺していた。
この学園で、否下手をすれば生まれてこの方、こんなにも近しい人間を作った事は無い―――正確には、近くに居ても不快ではない人間を。
自分のテリトリーに入り込まれることを何より嫌うはずのこの自分が、赤の他人のこんな暴挙を許している。馬鹿げていると思っていても、譲歩できる程に絆されている事実。
「甲太郎ー、言っても良い?」
「あ?」
不意に声をかけられて、思わず返事を返してしまった。無視していれば良かったと思っても後の祭り。真逆の少しだけはしゃいだ声が、暗闇から聞こえてくる。
「このベッドラベンダー臭い」
「落ちるか?」
「すいませんごめんなさい許してください」
寝転んだまま足を伸ばして蹴ろうとすると、慌てて離れる気配がした。子供のような慌て方に吐息だけで笑い、皆守は壁の方を向いて目を閉じた。とっとと寝てしまおうとばかりに。
暫く、沈黙が続く。壁に備え付けてある時計の秒針がやけに煩く感じる。
と、ごそごそと背中の向こう側の気配が動く。一瞬便所か、と皆守は思ったが、気配は確実にこちらに近づいてきて―――ぺと、と背中にくっついた。
「おいコラ」
「寒いんですってば」
「やめろ近づくな頬を摺り寄せるな足を絡めるな!」
「くっついて寝なきゃ折角同衾してる意味が無いだろーッ!?」
ほどなくごろごろじたばたと狭いベッドの上で取っ組み合いが始まる。馬鹿馬鹿しい理由ではあるがお互い必死だ。何度か体を縺れ合わせ、やがて真逆が皆守に圧し掛かる格好になる。
――――ふに。
(……………?)
ふと、重なり合った相手の体に妙な違和感を感じて、皆守は肩を押し返そうとする腕を止めた。お、観念したかっと嬉しそうに自分の上で笑う真逆に言い返すことは無く、ごく自然に違和感の原因を突き止めようとした。
ぐいっと片手で相手の体を軽く剥がし、違和感を感じた部分―――即ち真逆の胸の上に、ぽん、と手を置いた。
「ふぁぅあ!?」
「ッ!?」
誓っても良いが、皆守に本当に他意は無く、何か入れてるのか?と確かめたかっただけだった。しかしその行動は劇的な変化を相手に齎してしまった。
ひっくり返った悲鳴を上げた真逆は、胸を庇うように両腕を交差させ、ずざざざっ!!と音を立ててベッドの最南端まで後退り、そして―――暗闇に慣れてしまった目ならば解るぐらいに、ぐあっと顔を真っ赤に染めた。
「な――――ッ」
そのらしからぬ行動を見て、皆守の方も照れが先に立ってしまう。今までゆらゆらとまどろんでいた眠気も吹き飛び、思わずベッドの上に座って居住まいを正した。
「き、きっ、気づいたっ?」
「な…何をだよ」
「な、何って、あの、ほらっ」
わたわたと両手を振って慌てる真逆の姿を見ながら、皆守は先程の感触を思い出す。男らしからぬ、柔らかい肉の感触。元から筋肉がちゃんとついている割に腕や足も柔らかそうで、その事を指摘すると「どうせ俺はおデブですよ脂肪ですよ」とグレていたのだ、が。体育の着替えの時も普通に見ていたし違和感など無かったはずなのに、一度疑念を持つとそれはすぐ膨れ上がった。
「お前、」
「違う違う違う! そういうんじゃなくてぇ!」
しかしそれを問う前に、切羽詰った真逆の台詞が止めた。
「あいや、違うのはっ、性別…っていう、か。ほ、ほら一緒にトイレにだって行った事あるだろっ?」
「あ、ああ。まぁな」
別に女子じゃあるまいし誘い合っていったわけではないが、中で普通に鉢合わせた事はある。
「けど、さ。あの…あー…つまり………ぁるんだよ」
「…………何?」
小さく聞き取りにくい、しかししっかり聞こえてしまった皆守は、それでも問わずにはいられなかった。あまりにも寝耳に水、の話だった為。真逆ももう肝が据わったのか、未だ赤い顔ながらもきっぱりと、勿論夜中ゆえトーンは落としていたが、叫んだ。
「だからぁ! 両方あるんだってば俺の体っ!」
「―――――…、」
絶句した。自分の常識から30歩ぐらい外れた「真相」を聞かされて。
ぽかんとしている皆守に対して居た堪れなくなったのか、真逆は早口で簡単に説明を始めた。
「子供の頃はさ、知らなかったんだよ…ほら、俺ずっと両親と一緒にあっちこっちうろうろしてたし、ちゃんとした医者にかかることなんて稀だったし。自分の性別なんて改めて意識することも無いだろ? 親も俺も普通に男だ、って思ってたんだけど、さ」
それが間違いである、と判明したのは、それなりに真逆が年を経て、ロゼッタ協会に入会した時の事だった。身体検査を受けて、初めて自分が―――――両性具有であることを知らされた。
「それでもさ、何か自分が変わるわけでも無いし、協会のお医者さんは手術でどちらか切除したらどうか、って言ってたけど、病気でも無いのに手術なんてやだったし、別に不便感じた事も無いし、このままでも良いかなって…」
そこで言葉を切り、真逆は困ったように俯いた。でもさ、と頬の赤みを深くしながら再び言葉を紡ぐ。
「…今までずっと何の変化もなかったんだけど、最近、…ちょっとおっきくなってる、ような、気がして」
ジャージの上から自分の胸に軽く掌を当てつつ小声で話す真逆に、皆守は居た堪れなくなって目を逸らしてしまう。とにかく今は目の前に提示された現実を咀嚼するのが精一杯で、とても他の事に頭が回らない。そんな皆守の反応に気づいたのか、真逆は本当に小さい声でごめん、と謝った。
「―――? 何で謝るんだよ」
「だ、だって…やっぱ、気持ち悪いかな、とか、思って。はは、ごめん、俺―――」
「おい、待て!」
取り繕うような笑顔を向けて、ベッドから降りようとする真逆の動きに気づき、咄嗟に皆守は腕を掴んだ。
「う、わわ!」
「っ―――!」
咄嗟に反応できなかった真逆の体は、簡単にバランスを崩してベッドの上に逆戻り―――正確には、皆守の腕の中に飛び込んだ。衝撃に思わず身を固くしてしまう真逆は、自分の体がしっかりと抱きこまれる体勢になっていることに気づき、一気に顔を紅潮させた。
「こ、こ、甲太郎っ?」
「普段どこまでも能天気なくせに、こんな時だけしおらしくなるな。…調子狂う」
「へ…」
ぽかんと口を開けて呆けている真逆を引き寄せて、柄でもないと思いつつも腕に力を込めてやる。少なくとも皆守は―――所謂「らしくない」真逆の顔など見たくなかったから。
自分の心臓と同じぐらい早いリズムを刻んでいる相手のそれに気づき、呆然としていた真逆にも、やがてじわじわと喜びがこみ上げてきた。元々光の当たらない世界に生きる身分で有りながら、隠し事が大の苦手である真逆にとって、初めて手に入れた親友という相手に自分の本当の姿を明かせないということは軽いストレスになっていたのだろう。それが解消されて、おまけに拒絶もされなくて、反動で嬉しさが堪えきれなくなり自分から両腕を伸ばして皆守に抱きついた。
「嬉しい〜! うわーん甲太郎愛してるー!!」
「お前なァ……」
真逆の「愛してる」は本当に口癖のようなもので、本気に取る方が馬鹿を見るというのが仲間内の常識だが、今この状態でその言葉は少々刺激が強すぎた。軽い眩暈を感じて、皆守は無性にアロマが吸いたくなったけれど、今座っている場所からベッドサイドのアロマパイプへ手を伸ばすには少々長さが足りない。
「…ったく、マジなのかよ…」
動揺を抑えたくて思わず一人呟く皆守の台詞を聞き取ったのか、真逆はぱっと皆守の腕の中で顔を上げる。
「…見てみる?」
「はァ?」
ぼそ、と至近距離で言われた言葉が理解できなくて、皆守の声がひっくり返る。真逆はうん、と一つ頷き、未だ顔を赤くしたままだったけれど、その場でジャージのファスナーに手を伸ばしジーッと一気に引き降ろした。
「おいっ」
かなり上ずってしまった皆守の声に気づかず、それでもやはり恥ずかしいのか、ジャージの下に来ていたTシャツを恐る恐るといった風に下から捲り上げる。
あちこちに古傷があれど、綺麗に均整のとれた体。胸の部分は確かに言われなければ男の胸板とそう変わらない形と厚みをしていたが、やはり肌が柔らかそうに見える。
「――――…」
引き寄せられるように、皆守は自然にその肌に手を伸ばした。触れるか触れないかの位置でぴくん、と真逆が痙攣するが、静止はせずに只黙って待っている。長くて形の良い指がゆっくりと胸の上に置かれ、柔らかくそこを掴んだ。
「ふっ…!」
思わず、という風に真逆が身を固くする。顔には出さないが、思った以上の柔らかい感触に皆守もかなり動揺していた。きゅ、と指先に力を込めると、餅のように柔らかく形を変える。
「い、っ…」
それでも真逆には痛かったらしく、小さく歯の隙間から悲鳴を漏らす。はっと我に返った皆守が指を引くが、慌てていたのか軽く爪先で胸の頂点を引っ掻いてしまった。
「ぁっ…!」
「ッ!!」
思わず、上がった声と呑まれた息。一瞬の沈黙の後、ばばっと口を両手で抑えて俯く真逆と、手を引けないまま固まってしまう皆守。何ともいえない空気が、皆守の部屋に充満した。
しんとした空気。未だ冷え切っているはずなのに、変に体に熱が篭っている。このまま沈黙していてもやり過ごせないことも、二人とも気づいている。
「…くそ」
僅かな悪態が唇を突いて出て、皆守は苛立った時の癖で頭をがりがりと掻く。完全に赤面して固まってしまい未だ動けない真逆の腰に手を伸ばし、強い力で抱き寄せた。
「っ……」
驚いたように真逆が顔を上げるが、抵抗はしない。それで皆守も覚悟を決めたのか、まだ露になったままだった真逆の腰から胸にかけて、するりと手を差し込んだ。
「ぅ、わ、」
動揺の声が聞こえたが、気にせずにジャージを脱がしながら下のシャツを捲り上げる。再び眼前に現れた胸をそっと撫でて、色が一番濃い突端についと舌を伸ばした。
「ふぁっ…」
濡れた感触が触れた時に出たのは、間違いなく快楽の混じった声だった。それに後押しされて、皆守はゆっくりとその部分に舌を這わせ、擽った。
「んっ…ぅぁ…や、甲太郎ッ…」
ぐぐぅっ、と真逆の背が仰け反り、苦しそうに息が漏れたので、背を支えてベッドの上に倒してやる。体勢が楽になったからか、はぁ、と息を吐いてシーツに体を預けて、とろんと僅かに潤んでいる瞳で自分を見上げてくる姿から、皆守は必死に動揺を抑えようとした。
真逆は別に不細工というわけではないが、美形というわけでもない。それなのに、普段の能天気なテンションの高さがすっかりなりを潜めたその姿は、驚くほど艶めいて見えて、恐ろしい事にかなり衝動を刺激した。
「続けて、良いか?」
上擦っている自分の声が腹立たしいが、相手の耳元で問うた。こく、と顎が頷くように上下に振られるのを確認して、するりと相手の下肢に手を伸ばす。そこには間違いなく、自分と同じ熱さを訴える器官があった。着衣の上からそっと撫で上げてやる。
「ひゃ…っ、! や、こうたろ、そこはっ…」
快楽に悲鳴を上げ、それで却って我に返ったのか、慌てて真逆が体を起こそうとする。皆守も正直ここから進めるかどうか自分で解らなかったが…途中で止めたくはなかった。
「こっちも、見ていいか」
「あ…」
だから、問うた。こう言えばこのお人良しは逆らえないだろうという嫌な打算もあったが、好奇心でなく見たいと思う自分も確かにいた。
一瞬の躊躇があったものの、真逆はこくんと頷いて、自分でジャージを掴んで脱ごうとする。しかし座ったままでは上手くいかず、やるのなら早く済ませたいのだろう真逆の顔はこれ以上無いぐらい赤くなっている。
「貸せ。腰、浮かせろ」
「う、うん」
見かねて皆守が手を貸した。真逆の代わりにジャージを掴み、腰が浮いた瞬間下着ごと引き抜く。びくっと細い太腿が痙攣したが、気づかない振りをした。
既に勃ち上がっている中心は確かに見慣れたものだったが、それに付随する睾丸は見当たらない。代わりに、その下にしっとりと湿り気を湛える隙間が確かに息衝いている。まさしく雄蕊と雌蕊が混在する花のように見えて、皆守は思わずじっくりと観察してしまう。見蕩れていたという方が正しいかもしれない。
「あ、んまりじろじろ見るなァッ…い、一応コンプレックスなんだからなそれっ…」
今にも逃げ出したいのをどうにか堪えているような真逆の声で、ふと我に返って顔を上げると、目をぎゅっと閉じ、両腕で赤くなった顔を覆って必死に息を整えていた。
「ああ…悪い」
その仕草がうっかり可愛いと思ってしまった自分に心の中で上段蹴りを決め、皆守はそっと真逆のその部分に手を伸ばした。竿の部分を軽く擦って、同時に奥まった部分に指を差し入れる。くちり、と湿った音がした。
「濡れてるな」
「嘘っ!! う、そだ嘘だ絶対嘘だ〜ッ!!」
皆守は他意は無く、只事実を報告しただけなのだが、真逆にはとんでもない威力の爆弾だったようだ。上半身を無理やり持ち上げじたばたと暴れる足を腿を掴んで押さえ込み、抵抗を無くす為に竿の先端を軽く抓ってやる。
「ひぁう! …う〜、甲太郎の馬鹿やろ〜…」
「何がだよ。男が勃つのと一緒で、悦けりゃ濡れるだろここも」
「……本当に? 俺の、変じゃない? 呆れてない…?」
未だ暴れ続けていた足がぴたりと止まり、心細そうな声が聞こえてくる。男として過ごしてきた真逆にすれば、今まで恐らく触れもしなかった部分なのだろう。不安そうに揺れる眼差しに緩く首を振るだけで答えて、皆守は本格的に中心部を愛撫する事に決めた。顔を埋めて、竿を舌で舐め上げる。同じ男のものを口に含むのはずっと抵抗があったのだが、相手の体のことを考えてしまうとそういうことに拘る自分が馬鹿馬鹿しくなった。どちらも真逆の体の一部であり、今自分は真逆と触れ合っているのだから。
「んぁ、あー…ッ、や、だ、こうたろっ…それぇ…!」
「ん…ッ、気持ち悪いか?」
嫌なら止める、と顔を上げた皆守の目に飛び込んできたのは、快楽を隠そうとせず潤んでいる真逆の瞳だった。
「逆ッ…気持ち、良すぎる…! どうしよっ、甲太郎…!」
「っ…」
素直な悦びの悲鳴に、皆守の背中にもぞくりとした波が走った。それを堪えて、隘路の中に指を二本入れて思い切り掻き回す。
「っっ…〜〜〜〜〜〜!!!」
痛みなのか快楽なのか、はっきりしない衝動に貫かれて真逆は声にならない悲鳴を上げた。内部がひくひくと痙攣して、指を締め付ける。それに抵抗するようになお内壁を掻いてやると、痙攣が体中に広がった。
「ひぁっ! あ! やっあっあ…!!!」
「――――!!」
軽く抜いてやっているだけだった中心が、びくびくと震えて透明な液体を吐き出した。ゆるゆると弛緩する腹筋の上に、かなりの量が散らばっている。
早過ぎる頂点に流石に驚き、皆守も指をそのままにしたまま身を起こした。
「は…ぁ…はぁー…」
また罵声混じりの詰りが来るかと思ったが、期待は裏切られた。恐らく初めて与えられたのだろう内壁への快楽に呆然として、荒い息を吐くだけで何も言わない。視線はちゃんと皆守の方に向いているが、その目は涙で潤んでいて不思議な色を湛えていた。
「…………ちっ」
身を起こして指を引き抜くと、まるで追いすがる様に吸い付かれる。思わず舌打ちしてから、未だ着たままだった自分の部屋着を上半身だけ脱ぎ捨てる。同時に自分の前を寛げて、既に固くなっていた自分のものを、充血して色づいている花の中心に翳した。
「…ふぇ? えっ、こうたろ?」
「力、抜いてろ」
「え、ぅあ、む、り、無理だってぇ!」
押し付けられた熱さに気づいたのか、真逆が無理やり自分の体を持ち上げ、目に入った光景に慌てて抗議しだしたが、生憎皆守もここで止めるつもりはない。ぐっと先端を押し込めると、ひくりと喉が仰け反った。
「ぃっ…ぁ―――………、無理ッ…痛い…いたいって…っ!」
「もう少し、我慢しろ」
「鬼ッ…悪魔…化人―――ッ」
「酷い言い草だなおい」
こんな時にまで普段と変わらない漫才をやらかしてしまうのは何とも気が抜けるが、どうなっても自分達らしくて納得もしてしまった。
何となく気分が弛緩した一瞬の隙に、皆守は相手の腰を抱え上げて一気に奥まで貫いた。ぐ、と壁のようなものに当たったが、抵抗は一瞬で、更に飲み込まれた。
「ぃあっ! ア…!!」
「…―――、全部入ったぞ」
「ぇ…うそ? …ぅあ。ホント、だ。なんか、ぴったり、はまってる…」
きつさを堪えて息を吐き報告する皆守に、苦しそうにしながら真逆もぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けた。お互いの体の間に、確かに繋がっている部分があって、純粋に驚いた。只それだけの感想だったのだが、皆守にとっては自分を煽るカンフル剤にしかならなかった。
「…解って言ってるんじゃないだろうな」
「へ?」
「何でもない。…動く、ぞ?」
「ぅえ、わ、待ってっ、ア! や、いた、まだ動くとイタイッ…!」
隘路を無理やり動く蹂躙者に真逆は悲鳴を上げる。流石に余裕の無くなって来た皆守はそれに構えず、逃げようとする腰を引き寄せる。ぐちゃりと水音がして、結合部から紅い液体が滲み出ていることにも気づいたが、―――止まれなかった。
「うあ、あ、痛…ッ! や、だも…っ、んあああッ!!」
「ッ!!!」
「っ、ふンむ…ッ、ん、んん!」
容赦の無い注挿に耐え切れず、顎を仰け反らせて嬌声を上げる真逆の唇を咄嗟に自分のそれで塞いだ。真逆は一瞬驚いたようだったが、やっと縋る場所を見つけたというように自分から舌を伸ばして、両腕を皆守の首に回してしがみついた。
「ン、ふ、ぅ、ううッ、んンン―――ッ!!」
「く、ッ――――――!!」
自然に真逆の足が皆守の腰に絡みついて、皆守の腕も真逆の背に回る。隙間が出来ないようにぴったりと重なり合って、ほぼ同時に絶頂を迎えた。








暗闇の中、カチンッという音と同時に火が灯る。パイプの中のアロマスティックに火を移し、上がった煙をゆっくりと口に含んで吐き出す。
「うぁ。なんかすごい満足げで腹立つ…食後の一服って奴ですか皆守サンっ」
「誰がだ。別に満足も何もない」
「何だよぅ無理やり俺のヴァージン奪ったくせに〜」
「人聞きの悪い…いや、まァ。悪かった」
ベッドサイドに背を預けてアロマを吹かす皆守が、横でシーツに包まったままぐったりとしている真逆に詫びる。確かに成り行きからそういう行為に入ってしまったことは共同責任だろうが、許可無く最後まで進んでしまったのは自分であるのもまた事実な為。あそこまでがっつくとは自分もまだまだ餓鬼だという事なのだろうか。勿論、あんまり嬉しくない。
「あ、いや冗談だぞ? 中出しとかも気にしなくていいぞ? 俺さ、精巣も卵巣も未熟すぎて殆ど機能してないんだって。子供出来ないし責任取れとも言わないからさ」
「そういう問題じゃないだろ…」
額を掌で押さえて考え込んでしまった皆守をどう思ったのか、慌てて真逆がフォローにならないフォローに入る。ここは怒るべきなんじゃないか、と我ながら馬鹿だと思っている皆守からの問いに、真逆はきょとんとしながら答えた。
「や、だってさ。俺、まさかこういうコト経験出来るなんて思ってなかったし。一生縁の無いことだろうなーって思ってたし。寧ろありがとう?」
あっさり言われた礼に、皆守の方が面食らった。確かにどちらとつかぬ体を持てば、そうそう他人に晒す事は出来ない事も解るが―――
「それに甲太郎だって、中で出したってことは気持ち良かったんだろ? 俺の体。それなら嬉しいよ」
「ッ…!」
やはり照れ臭いのか頬は僅かに赤いまま、それでも躊躇い無く、本当に嬉しそうに言う真逆の笑顔に。―――甲太郎は躊躇無く、拳を一発振り下ろした。
「いった! 何だよいきなりー! ドメスティックバイオレンスー!」
「誰が配偶者だ! もういい、お前に気を使ってた俺が馬鹿だった。俺は寝る、布団返せ」
「あっ待て寒い! 寒いって俺今素っ裸なんだぞーっ」
火照った体の熱が冷めると、やはり冬の夜は酷く寒かったので、暫しの攻防の後結局二人で大人しく布団に包まることになった。
時計はもうすぐ日が昇ることを告げていたが、今日は週に一度の休養日。お互いの気が済むまで惰眠を貪る事になるだろう。