時計+人形

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狂乱のヘアアクセサリー

初めて両親の「仕事」に最後までついていったのは10歳の時。
(…多分そうだきっとそうだその3日前に父が祝ってくれたから)
やったことと言えばマッピングと目印付けだけだったけど。
母が始めて「よくやった」と言ってくれて、見つけた金目の物の中から報酬に綺麗なラピスラズリをくれた。
初めて貰った自分の報酬が嬉しくて嬉しくて、当時知り合いになった細工師に髪飾りに加工して貰った。
母は「無駄なことを」と言い、父は「玉が傷つく」と言い、二人ともあまりいい顔はしなかったけれど。
決して取り上げられることは無かったので、ずっと付けていた。
だって、そうしないと、



×××



それは、いつも通りの夕暮れ時のこと。
「おっなかーがすーいた、はっらぺっこだーっと」
妙な節を付けて調子外れの歌を歌いながら、真逆は相変わらず眠そうな皆守と連れ立って寮への帰り道を歩いていた。
「きょ〜うのごっはんっは、なんでーすかっ」
「カレー」
「即答!? 他の選択肢は俺に与えられないの!?」
「色々あるだろうが、うどんも蕎麦もラーメンも」
「それ全部頭文字カレーだろーッ!?」
この二人の会話が意識せずに漫才になるのもいつものこと。この学園の地下に眠る遺跡を暴きに来た宝探し屋、といっても、彼は能天気すぎるその気質で学園生活というものを非常に満喫していた。
「まーチャンっ、皆守クン! 今帰りー!?」
「あ、やっちーだ! おーい!!」
「わざわざ声かけんな…面倒臭い」
テニスコートの中から目ざとく二人を見つけた八千穂が大声で呼ぶ。すぐに気付いた真逆は満面の笑みで手を振り返し、渋る皆守を引きずってコートの傍まで近づく。
「やっちー部活お疲れ様〜」
「うんッ! 今休憩中なんだ。ってアレ? まーチャン、それどしたの?」
「それってどれ??」
フェンスの向こうで形の良い足を惜しげもなく晒していた八千穂が、不意に首を傾げる。理由が判らず真逆も同じ方向に首を傾げると、八千穂は躊躇い無く真逆の顔の横、揺れる藍色の石を指差した。
「髪飾り、一個足りないよ?」
言われて皆守も始めて気がついた。今や彼のトレードマークになっている、ラピスラズリの管玉。いつもなら耳の前に一つ、後ろに二つ付けられているそれが、後ろに一つしか付いていなかった。
真逆は言われた意味が判らなかったらしく更に首を傾げ――――すうーっ、と血の気を引かせていった。あまりにも色を失いすぎた顔色に、八千穂も皆守も驚いた。
「まーチャンッ? ねぇ、どうしたの? 凄く顔青いよッ?」
「おい、真逆?」
二人の声に弾かれたように顔を上げた真逆は、左手を髪に差し込む。耳の辺りに何度も触れ、本当に石が一つ無くなっている事を確認し――――絶叫した。
「…うっぎゃああああああああああああああああああッ!!!?」
「ひゃあぁ!?」
「―――ッ!?」
その絶叫は二人のみならず、部活中や帰宅中の生徒達の殆どの視線を集めることになった。しかし真逆はお構い無しに、慌てた動作で鞄の中からH.A.N.Tを取り出す。
「…タイムリミットは24時間ッ」
「おい、一体何の―――」
「甲太郎ごめん! 俺明日の授業全部サボるから!」
「なッ――――」
端末のタイマーをセットし、それだけ言い捨てて全速力で走り出す。一体何が起こったのか判らず、皆守も八千穂も呆然と見送るしかなかった。


×××


それから2回、同じように仕事をして同じように報酬を貰った。
そしてそれを同じように髪飾りにしてもらった。
そろそろその国を離れる時が来て、最後の報酬である石を握り締めて細工師のところへ行くと、
事故にあって死んでしまった、と彼の仕事仲間にあっさりと言われた。
悲しくて、悲しくて、悲しくて、石を握り締めたままわあわあ泣きながら母の元へ帰った。
母はただ、「言った筈だ。持ち歩けないほど大きな物を、大切にするんじゃない。私達は何も手に入れられない」
その通りだと、思った。どんなに大切な人でも、ずっと一緒にいることなんて出来ない。
だから、本当に大切なものは、ずっとこのまま付けていけば良い。
母はこうも言った。「勝手にしろ。だが、それでももし無くしてしまった時は、――――」


×××


「間違いない、朝起きて学校行く時はちゃんと3本あった、鏡も見た」
捜索は寮の廊下から始まった。べったりと顎を床につけ、必死に這いずる。
「…真逆? 何をやってるんだ?」
自主休校していたらしい夕薙が自分の部屋から出てきた。
「あああ夕薙っ、俺の髪飾り知らない? ラピスラズリの!!」
「いや、見てないな。無くしたのか?」
否定の言葉に一瞬真逆の顔が泣きそうに歪む。事情を知らない夕薙でもつい謝ってしまいそうになるほどに。
「次、次は外…!」
しかしそれを言うより先に、真逆は粗方廊下を調べつくしたらしく、すっくと立ち上がって玄関に駆けて行った。追おうか如何しようかと夕薙が逡巡する前に、
「おい、真逆!!」
と玄関の方で声がして、やがて頭を掻きながら皆守が廊下を歩いてきた。顔を上げたところで夕薙を視線に捉えたのか、眉間に露骨に皺が寄っている。
「おう、甲太郎。一体どうしたんだ真逆のヤツは?」
「…石一個探して躍起になってるだけだ」
どこか拗ねたような響きが混じっていることに幸いにも夕薙は気付かなかったらしく、髭の生えた顎に手を当ててふうむ、と吐息を漏らした。
「考えてみれば、いつも必ずあれを付けているからな。あいつにとっての<宝物>なんだろうな」
そんな夕薙の言葉の後、アロマパイプの吸い口を銜えるかちり、という音が僅かに聞こえた。
「…あいつの行動をいちいち考えるだけ時間の無駄だ。俺は寝る」
「友達がいの無い奴だな。手伝ってやったらどうだ?」
「知るか。やりたきゃ自分でやりゃあ良いだろう」
夕薙の言葉を一刀両断し、悠々と皆守は自分の部屋に戻った。殺風景な部屋の中、ごろりとベッドに寝転がる。
「…あの、馬鹿が」
テニスコートで走り去った時も、先程玄関で擦れ違った時も。真逆は一度も自分の顔を見ず、どこへとも知れず駆け出していった。ただそれだけのこと、大したことではないと頭では判っているのに何故か心臓の傍がじくりと傷む。
「………くそッ」
何故自分に頼らないのか。そんな言葉が喉元まで出掛かって咄嗟に飲み込んだ。何を馬鹿な事を考えていると自分を戒めて、無理矢理電気を消して寝床に潜り込んだ。いつもなら安眠を約束してくれる紫の香りも効果がなく、暫く眠る事が出来なかったのだけれど。


×××


母はこうも言った、「それでももし無くしてしまった場合には、


×××


次の日、宣言通り真逆は学校に来なかった。正確には寮の部屋にも帰っていなかった。朝の迎えが無かった為、寝不足の頭を抱えながらも皆守が寮の部屋へ行ってみると、鞄は放り捨ててあったがベッドを使った気配が無かった。いよいよ不機嫌になり、授業中は全て睡眠時間の回復に当て込んだ。
昼休みが過ぎ、放課後が過ぎても、真逆はまだ戻ってこない。
「まーチャン、どうしちゃったんだろ」
「…まだ、探し物だろ」
窓の桟に肘を預け、詰まらなそうにそして寂しそうに溜息を吐く八千穂の声を皆守は一刀両断する。八千穂はちょっと拳を振り上げて、そうじゃなくて、と続けた。
「どうして、あたし達も手伝わせてくれないんだろ…?」
「…………」
その声に答えは無かったが、皆守も黙って赤くなりはじめた外の空を見ている。八千穂はなおもぽつぽつと言葉を続ける。
「遺跡の探検の時は、皆に来て来てって言ってるのに。まーチャンの宝物だったら、皆一生懸命探すのに…」
疑問に思っていたことを言われ、皆守も僅かに眉間に皺を寄せた。素人である筈の自分達を遠慮なく危険な自分の仕事に連れ回すのに、自分の物を探す時には見向きもしない。
転校してすぐの頃、風邪を引いても誰かに頼る事を考えもしていなかった彼の姿を思い出してしまい、皆守はぎりりとパイプの口を噛む。何気なく外を見下ろして―――植え込みに首を突っ込んでいる真逆の姿を、見つけた。
「―――ッ!」
考えるよりも先に、皆守は駆け出した。後ろから八千穂の呼ぶ声が何やら聞こえてきたが無視した。

×××


迷わずに切り捨てろ」と。


×××


皆守が植え込みのところに辿り着いた頃には、もう既にその場に真逆はいなかった。しかしざっと辺りを見回すと、グラウンドのど真ん中に這い蹲って、必死に探し物をしている姿を見つけた。
「真逆!」
「甲太郎ごめんちょっと待って!」
「なッ――――」
名前を呼んだ途端、こちらを見もしないままに撥ね付けられた。流石に腹が立ち、もう一度怒鳴ってやろうと息を吸った瞬間―――
ピピピッ、ピピピッ。
「………あー…」
腰に下げていたH.A.N.Tが、無情なアラーム音を告げた。地面に座り込んだまま真逆は天を仰ぎ、はあーっと大きく息を吐いた。
「残念、間に合わなかった」
「―――お前、」
「あ、さっきはごめんな甲太郎。何?」
いつもと同じ能天気な笑顔で、首を傾げて問うてくる真逆。その顔を見た瞬間、皆守は全て理解した。やはり、こいつは。
「お前…24時間、探して見つからなかったら、諦めるつもりだったのか…?」
「ん。残念だけど、無くしちゃったんだからしょうがないし」
あくまで何でも無いことのようにさらりと言い切る。その顔はやはりいつも通りで、後悔も嘆きも全く浮かんでいなかった。
「…大切なものじゃないのか」
「大切だよー。初めての報酬で、友達に作ってもらったし。その友達も会ってすぐ死んじゃったし」
「じゃあ何で、」
そんなに簡単に諦められる。そう言おうとした唇を無理矢理閉じた。何をむきになっている、らしくないと自嘲する。
そんな機微に気付いたわけでは無いようだが、膝の土を払いながら真逆はたはは、と笑って続けた。
「だって俺のものだもん。探して時間無駄にするわけにいかないよ、探さなきゃいけないものは他にあるのに」
その台詞はあまりにも簡単に吐き出され、皆守の心臓を抉った。そうだ、彼はあくまで仕事としてこの学校に来ていた。
簡単に馴染み、学生気分を謳歌している彼をいつも傍で見ているから、忘れていた。
一日二十四時間が、自分の行為に割けるぎりぎりのラインだったのだろうことにも気付き、皆守の頭の中に螺子が突き刺さるような苛立ちが沸いて来る。
「…お前は、それで良いのかよッ」
「う?」
どゆ事?と首を傾げる子供のような仕草に更に苛立ち、自分とそう幅の変わらない肩を掴んで思い切り揺さぶった。
「ぉうぉうぉうぉ」
「何で頼らねぇッ。こっちが嫌でも遺跡には平気で引き摺ってく癖に、何で―――」
揺らされて珍妙な悲鳴をあげながらも、真逆は皆守の言葉を吟味する。彼が怒っているのは、自分が頼らないからで、でも自分は既に沢山助けられていて、じゃあこれ以上どこで頼ればいいのかと考えて、
「あ」
「…何だよ」
「………頼んでいいの? 俺の髪飾り、探すの」
「……気が向いたら、付き合ってやる」
そこで捻りの入った台詞になってしまうのが皆守甲太郎という男なのだが、そんな言葉の裏読みなど当の昔にマスターしていた真逆にとっては、肯定で間違いない答で。
「…うひ」
「嫌な笑いは止めろ」
「だって。へへへ。嬉しい」
僅かに頬を赤らめて、俯いて身体を捩りながら真逆は言った。気持ち悪いから止めろ、と言いたかった皆守の言葉は、顔を上げた真逆の声に逆に止められてしまった。
「ありがと、甲太郎。愛してる」
「ッ―――――」
にー、と歯を剥き出しにして笑いながら呟かれた言葉に皆守は瞠目する。聞き飽きる程に言われた、素直な好意を伝えるだけの真逆の口癖。しかしそれはいつもハイテンションに抱きつきのオプション付きで行われる煩いもので。
こんな風に面と向かって、告白紛いに言われたことは初めてだった。
「…馬鹿か、お前」
「ぎゃふん。良いじゃんよ嬉しかったんだからさー」
顔を逸らしてそう両断することしか出来なかった。顔が熱く感じるのも気のせいだと思っておく。幸い夕焼けで真逆は気付いていないらしく、いつも通りの返答を返している。
「…あの、まっちゃん」
「う? おおうかまっち! いつの間に!」
不意に後ろから声をかけられて、真逆はくるりと振り向いた。目の前に、猫背のおかげで顔の位置は殆ど一緒だが、背筋を伸ばせば真逆より頭一つ分高いだろう長身の男、取手がいた。どうもかなり前からいたが、上手く言葉を挟むタイミングを待っていたらしい。皆守はばつが悪そうに、未だ置いたままだった真逆の肩の上の手をどけた。
「どしたの?」
「あの…今日、まっちゃんを探してたんだ。教室に何回も行ったんだけど、いなくて…」
その取手の言葉に、そういえば休み時間中廊下で姿を見かけたような気がする、と皆守は思い出した。うろうろするだけで入ってこなかったので、寝不足解消も手伝って声をかけることはしなかったが。
「あちゃー、ごめんごめん。ちょっと立て込んでてねー」
「ううん、良いんだ。僕が勝手に探してただけだから…。…それでね、これ」
真逆の詫びに慌てて首を横に振り、そっと長い手を差し出した。開かれた掌の中をひょいと覗き込んで、真逆は固まった。ぴしりと硬直した真逆を不審に思い、皆守も覗いて見る。
「お前、これ――――」
大きな掌の中に、小さな青い石が一つ。輝きは、間違いなくラピスラズリ。綺麗に磨かれ、管玉になっていた。
「今日朝、音楽室で見つけたんだ。昨日遊びに来てくれてたし、まっちゃんのだって解ったから、渡さなきゃと思って…」
「…音楽室、調べなかったのか?」
「…しらべた。けど、じかん、にじかんめ、ぐらい」
衝撃のあまり真逆の言語機能が軽くいかれたらしい。
「つまり、完璧に擦れ違ったってことか」
「ん」
「…もしかして…まっちゃんも探していたのかい? ご、ごめん…遅くなっちゃって…」
呆れと共に中空に紫煙を吐き出す皆守の言葉に、かっくんと一つ真逆は頷いた。二人の顔を見比べて、取手はおろおろと詫びる。
「……………………ッ」
僅かに、真逆の息を呑む音が聞こえた。あ、これは来るなと皆守は素早く察知し、一歩後ろに下がる。取手は気付いていないらしく、俯いてしまった真逆にごめんね、ごめんねと何度も謝っている。
沈黙の中、皆守は慣れた調子でカウントダウンを心密かに開始した。
5、4、3、2、1――――ゼロ。
「………うわ〜〜〜〜〜んかまっちありがとう〜〜〜〜!!! 愛してる――――――!!!!」
「ま、まっちゃん!?」
見立通りの溜めを終え、真逆は絶叫した。吃驚して立ち尽くす取手に思い切り飛びついて抱きしめると、青白い取手の頬はあからさまに紅潮した。予期していた皆守は生温かい目でそれを見守っていたが―――真逆のテンションはそれで収まりがつかなかったらしく、首筋にしがみついたまま取手の頬に思いっきり唇を押し付けて音を立てた。
「…………!!!!」
「んなッ…」
「うああ〜本当に嬉しいありがとう―――!!」
顔どころか肌全体を赤らめて硬直する取手と、絶句する皆守。真逆は構わずますます腕に力を込めて取手にしがみついている。――――皆守の行動は素早かった。
「何やってやがる馬鹿!」
「ぅおぅ!?」
大股で二人に近づき、べりっと音を立てて真逆を引き剥がす。取手の方はまだ復活できていない。
「何だよ甲太郎だって愛してるぞ! さあ遠慮なく俺のキスを受け取れー!」
「や め ろ !!!」
「ぶぎゅる」
そう簡単に収まらなかったらしく更に抱擁をかまそうとする真逆の突進を、皆守はべちりと手で口を塞ぐことで止めた。
思わず漏れた悲鳴に、漸く硬直から解けた取手が思わずくすくすと笑う。
「まっちゃん、ほらこれ。受け取って」
「むぁーありがとー…本当幸せ…」
手元に戻ってきた青い石をころころと転がし、本当に嬉しそうに真逆は笑う。手馴れた風に自分の髪を一房摘み、ぱちりと止めた。
「…そんなに大事なら、失くしてんじゃねぇよ」
「ん。大丈夫、今度失くした時には甲太郎に頼るから!」
「…だりィ」
「ノォー! 不健康優良児がここにいらっしゃいます!」
「あの、僕も手伝って良いかな…?」
「かまっち優しい…! 愛してるー!」
「だからそれは止めろ!!」
じゃれ合いながら、誰からともなく寮に向かって歩き出す。やはり止まらない真逆の背に、皆守の蹴りが炸裂するのはそう遠い未来ではなかった。