時計+人形

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携帯電話

携帯が壊れた。
…これが水に落としたり足で踏んだりして「壊した」のではなく、純粋に、ある日突然「壊れた」となるとちょっと笑いたくなってしまう。情けなくて。
高校の時に買って以来新機種がいくら出ようがメールだ写メールだと言われ様が、別に使わないのだからと横着してかなり古いタイプをずっとずっと使い続けてきた。
その限界がつい先日訪れたらしく、もはやうんともすんとも言わない元・電話を目の前に起き、さてどうするかと大成は首を捻った。
これでもし実家暮らしだったら面倒だし金も無いし、と諦めただろうが生憎今は一人暮らしのうえ家電は無い。これでもし携帯が突如利用不可能になったら完全に連絡が取れなくなる。
「…仕方ない」
はぁ、と溜息を一つ吐いて立ち上がる。痛い出費になりそうなので、なるたけ安く済ませたい。こういうことに詳しいだろう友人を思い浮かべてから、連絡手段を無くしていることに気づく。当然のようにアドレス等も全部、もう動かない機械のメモリの中だった。
しかし大成は別に困った風もなく、履き潰したスニーカーをつっかけて外に出る。春の空が不健康な身体に眩しい。
目指すはいつものスポーツセンター。この時間なら誰かはいるはずだ。





「あー! 大成来た来たー!!」
ドアを開けた瞬間、太郎の突拍子も無い声が響いて思わず仰け反った。ビリヤード台が置かれているいつもの溜まり場には、何故か自分以外のメンバーが全員揃っていた。
「なん、皆集まってんの」
手間が省けた、とほっとする大成に、裾の破れたソファの上に陣取って苦笑する十一が答える。
「アンタの話題で集まってたのよう。たろが、お前の携帯通じないって大騒ぎして」
「でも、良かったですよ何事も無くて」
ソファの前に所在無げに立っていた一伊が、心底安堵したというような溜息を吐く。ソファの後ろにでかい図体で佇んでいる玄も、こくりと頷いている。
「何。俺、行方不明扱い? たろ重い」
じゃれついて後ろから首に組み付いてきた太郎を引きずりながら、ソファの前までやってきた。
「だってさ! いきなし『お客様の都合で現在、使われておりません』なんって言われたらビビるじゃん!」
べったり大成の背中にひっついたまま、太郎が声高に叫ぶ。耳元で音が反響して大成が眉を顰め、やや乱暴に大柄な太郎の身体を振り解いた。
「で、最終的に出そうとしてた結論が『困窮しすぎて携帯が止まり、やむなく質屋に売り払った』か、『困窮しすぎて携帯が止まり、そのまま部屋で餓死』かどっちかだったな」
十一の隣にどっかりと座っていた二志が、容赦の無い声音できっぱり言い放つ。
「餓死ですかい」
かくり、と首を落としてから、かくかくしかじかと説明する。
「…どっちにしろ困窮の弊害なんじゃねぇか」
心底呆れた、という声音でニ志が断じる。反論はあまり出来ず、大成は肩を竦めてソファの前の床に座る。
「んで、新しいの買おうと思うんだけどさ。なんかいいとこ知らない?」
「あらついに大成もメールデビュー出来るわねー」
膝の上に両肘を立てて身を乗り出しながら、オネェ言葉で十一が茶化す。確かに今時メールを使えない携帯なんて有り得ないだろうから、それにも反論はしない。今までのが前時代過ぎたのだ。
「…どんなんが良いんだ」
「安いとこ」
質問に端的に答えると、じろりと眼鏡の下から睨まれた。ふんと鼻を鳴らして、ニ志がポケットから自分の携帯を取り出す。
「これも結構前の奴だから、今なら3割4割安くなってんだろ。多分万いかねぇ」
「お、いいねぇ」
使えさえすれば大成に異存は無い。機種やメーカーを聞いて簡単にメモする。
と、いきなり背中に衝撃がどっすんと来た。
「ぐお」
「ずりぃ! ニ志、大成とおそろじゃん!」
「…あぁ?」
寒いこと言ってんじゃねぇ、とばかりに色素の薄いニ志の目が大成の肩越しに太郎を睨むが、臆した様子もなく太郎はぷんっと唇を尖らせる。
「ずりぃずりぃ! だったら俺も機種変する! 大成とおそろにする!」
「なんでそうなる?」
こゆい世界に俺を巻きこまないでくれ、と後から首にしがみつかれたまま大成が呟くが、勿論聞いていない。
「た、大成さんとお揃いですか…?」
知らず知らずのうちに一伊が自分の携帯を手にとってうっとりとトリップしている。どうもこのメンバーの中で一番大成に夢を見ているらしい一伊は、そんな乙女な行為にすら憧れを持つらしい。
「浪人。やったら俺の半径3メートル以内に入るの禁止」
「えええええ!? だ、駄目ですか?」
「駄目。たろも」
「なんでーなんでー!! にっすぃーばっかずりぃいー!!」
「煩ぇ、駄犬。解剖されてぇか」
絶望的な叫びを上げる一伊、駄々っ子の如き雄叫びを上げる太郎、それを絶対零度の響きで止める二志。寂れたスポーツセンターの2階、段々と阿鼻叫喚の様相を呈してきた。
「なんでこんなんで揉めんだよ…」
「もてもてね、大成?」
「助けて」
「ゴメンアタシには無理」
「酷いよハニィ、俺のことを愛してないのかい? …何? 玄」
薄情な幼なじみの助けを借りられず、太郎に抱き込まれたまま途方にくれている大成の目の前に、でかい人影が一つ。
「…………駄目?」
低い声が、ぽつりと呟く。
「………………お前もしたいの?」
沈黙の後恐る恐る大成が尋ねると、こくんと坊主頭が上下する。
「……駄目」
途端、普段は滅多に動かない玄の顔が情け無いほどにへしょげる。
「…………ま、いいんだけどさ、別にどっちでも」
不憫に思ってしまいつい流してしまうと、心底嬉しそうにこくこくと頷かれてしまった。
「あー!!! ひーきひーき! ちゃんと決めよーぜ! 勝負! 勝ったら大成と携帯おっそろー!」
「………………(こくん)」
「え、俺ビリヤードろくに出来ないんですけど…い、いえ! 頑張ります!!」
「つきあってらんねぇ…好きにしろ」
何故か勝負にまで発展している。エキサイトする太郎・一伊・玄から二志はあっさり離れて窓際に寄りかかった。大成はようやく太郎固めから解放されて、首をくきくき回しながら十一の隣に座る。
「なんでそんなん、したがるのかねあいつらは」
「そりゃあねぇ、勿論」
理解不能なり、と嘆息する大成を横目で見て、十一が煙草を燻らせながら笑う。
「繋がってる感が増すでしょ、ダーリン?」
「………そういうものなの?」
「そういうものなの」
「寒いよハニィ」
「アタシが暖めてあげるわよダーリン」
「寒い。もっと寒いよ十一」
「あら、つれないわね」
顔を見合わせてとぼけた漫才のようにやりとりする二人を放っておいて、高らかにブレイクの音が部屋に響いた。