時計+人形

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メロンパンの攻防

・クリア前提のネタバレが満載です
・本編開始前の捏造です(やりたい放題)
・主人公×残姉です←ここ大事
・残姉の性格もかなり捏造です
・あと朝日奈×さくらちゃんとか大和田×ちーたんとか
・それでも良ければどうぞ




 苗木誠が、希望ヶ峰学園に入学して一ヶ月程が過ぎた。
 全くもって平凡な自分が、果たしてこの学校でやっていけるのか――当初は彼自身非常に不安だったが、頑張れば何とかなるもので。
 クラスメイトは皆個性的でアクが強いが、決して悪人では無く、なんだかんだと仲良くやっている。若干、クラス委員という名目で皆に使われている感はあるが。
 一番反目していると思われていた大和田と石丸が、サウナでの我慢比べの後に兄弟の契りを結んだり。
 不二咲千尋が実は男であることをカミングアウトして大騒ぎになったり。
 腐川がくしゃみをしたり気絶したりすると性格が別人のようになることが明らかになったりと、実に騒がしく突拍子もないが、楽しい日々が続いていた。
 大変ではあるけれど、この学校に来て良かった。そう心の底から思えるほどには、苗木も成長していた。
 そんな彼が、最近どうにも気になっている相手が、一人いる。
「…………」
 苗木の席の斜め後ろに、無言・無表情のまま背筋を伸ばして座っている女子生徒、戦刃むくろである。
 物騒な名前に恥じない、「超高校級の軍人」という肩書を持っている彼女と、苗木は新学期前に偶然寮で出会っていた。彼女の肩書はあまり外部におおっぴらになっていなかった為、名前を聞いてから改めて調べてみて吃驚したものだ。
 正直、その時恐怖が生まれなかったかと問われれば否と答える。
 だが、このクラスには他にも「超高校級の暴走族」だの「超高校級の格闘家」だのがいるのだ。傭兵であろうと、いつも物静かに一人で過ごしている彼女よりは、物理的に喧嘩っ早い大和田に絡まれる方が余程怖い。
 先日、そんな彼女が購買で困っているのに出くわし、苗木は驚きつつも助け船を出した。
 所謂普通の生活を送っていないという事は、こういう弊害も有るのかと思いつつ、メロンパンとコロッケパンを二択で差し出し、選んでもらった。それでも難しそうだったので、結局自分が食べたい方を先に選んでしまったが。
 その後、午後の講義が終わった時、物凄い早歩きで彼女が近づいてきた時には怒られる!? と身を竦めたが、無造作に120円を差し出されて「借りは、返したから」と言われた時には、その律義さと朴訥さに何とも面映ゆい気持ちになってしまった。
 それ以来なんとなく、苗木の目は彼女を追うようになった。このクラスの中でも、あまり誰かとつるむ事無く、何か用事が無い限り、じっと自分の席から動かない彼女の事が、前々から気になっていたことも相まって。
「…………」
 席にちょこんと座っている戦刃むくろは、手に持っていたメロンパンの包みをがさりと開ける。購買での邂逅から二週間ほど、彼女は毎日お昼にメロンパンを買ってきている事に苗木は気付いていた。
(……まさか、お昼は必ずメロンパンを食べなきゃいけないとか、思ってない……よな?)
 きっかけを作ってしまった自覚がある身としては、的外れだろうとは思うが責任を感じてしまう。不自然にならない程度にちらちらと斜め後ろを振り返っていたのだが、やがて彼女はパンに口を近づけた。
 かじ。
 メロンパンの端、一番硬い部分をかしかしと齧りだす。いつもぴんと伸びている背筋を僅かに丸めて、パンを両手で持っている様がまるでリスかハムスターのようだ。しかも、パンを少しずつくるくる回しながら、端の部分だけを先に食べている。
(うんうん、あの硬いとこ美味しいよね)
 ついつい小市民な感想を思ってしまう苗木の心は勿論知らず、むくろの口はメロンパンを一周してしまった。
「…………」
 何を思ったのか、今度は齧らずにパンをくるくる動かしながら、顔を傾けて色々な角度から観察を続けている。やがて確認が終わったのか、ふぅ、と小さく息を吐いたのが解った。
(……硬いとこ、残ってないか探してたんだ!? そして無くてがっかりしたんだ!?)
 その動きの意味に苗木が気付き、心の中だけで絶叫している中、彼女は更なる行動に移る。
 むしり、と適当な皮部分を指で千切り、口に入れる。ゆっくり咀嚼して、僅かに首を傾げ……もう一度じっとパンを見た後、改めて両手で持って、はくりと噛む。後は止まらず、さくさくと着実にパンを消化していった。
(……他の皮はお望みの硬さじゃなくて、諦めたあああ!!)
「オイ、苗木! 何ぼーっとしてんだよ」
「えっ!? あれ?」
 すっかり彼女の一挙手一投足に夢中になっていたら、ぽこんと後頭部を叩かれて我に返ることが出来た。叩いたのは、昼飯を手早く終わらせ、机の周りで駄弁っていた桑田である。同じく何をするでもなく、近くの席に座っていた葉隠が、げらげらと笑って言った。
「何だべ、苗木っち。腹でも痛ぇのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……その」
「んだよ、煮え切らねぇな。オラ吐けっ」
 ぐいぐいとヘッドロックをかけてくる桑田を押さえつつ、何とかもう一度後ろを見ると、手早く食事を終えたむくろが立ち上がり、教室を出ていくところだった。自分の視線は気付かれていなかったようなので、ほっとする。
 彼女の意外な一面を話そうかとも思ったが、本人のいないところで勝手に噂するのは憚られる。嫌がられるかもしれないし、と言い訳をしつつ、当たり障りなく答えることにした。――それが、他のクラスメイト達に衝撃を与える事に気付かないままで。
「なんていうか……気になる子がいるんだよ」
 ぽそっと呟かれたその言葉に、桑田と葉隠だけでなく、他のクラスメイトも何人か反応した。特にある女生徒二人の耳がぴくりと動いたことには、残念ながら誰も気付かなかったが。
「おおお!? なんだよセーシュンですかぁ!? 誰だよオイ!」
「どれどれ、相性占ってやるからちゃっちゃと話すべ!」
「リア充爆発しろ! 否羨ましくなんか無いですがね三次元ですし!」
「あっ違う違う! そういうことじゃなくて!」
 いきなりテンションが上がり食いついてくる二人と、いきなり巨体を割り込ませて加わって来た山田に仰け反る。そして自分が考えていた事とは別の解釈をされたのに気付き、慌てて両手を振って否定する。僅かに顔が紅潮しているので、毛ほどの説得力も無かったが。
「ただ、何してるのかが気になるっていうか、意外なところが見えて驚いたっていうか、本当にそういうのじゃないから!」
 言い募られた苗木の言葉に、三人は揃って肩を竦め、はぁ〜。と溜息を吐いた。
「苗木さぁ……それ、マジで言ってんの? お前ニブいわ、ニブ過ぎ」
「そーいうのじゃねぇって、そーいうのしか有り得ねぇべ」
「所謂ひとつのギャップ萌えという奴ですな。しかしこんなあからさまなフラグに気付かないとは、ギャルゲ主人公の素質がありますぞ」
「山田君、何の話?」
 どうも自分が馬鹿にされていることは解ったが、本当にまだ意味が解らなかったので、苗木はとりあえず的外れな事を言っているのだろう山田に突っ込む。当然、三人の追求はそれでは治まらず、苗木の机をばん! と叩いて全員で身を乗り出して来る。
「で。誰なんだよバシッと吐け!」
「今なら8割引きにするべ!」
「ヒロインのルートを確定させるのです!」
「だから何の話ー!?」
「……それ、私も聞いちゃって良いですか? 苗木君」
「興味あるわね。話してくれないかしら」
「え?」
 ずっと耳をダンボにしていたタイプの違う美少女二人が、我慢できなくなったのか、いつの間にか席の傍に立っていた。反射的に立ちあがろうとした苗木の両肩はぐっと二人の片手で押さえられ、逃げられない。
「ま、舞薗さん、霧切さん?」
「えへへ、いいじゃないですか。聞かせてくださいよ」
「純粋な知的好奇心よ。気にしないで」
(二人とも滅茶苦茶目が本気だ!)
 一人はにこにこ笑い、もう一人は無表情のままだが、どちらもその目に真剣な光が宿り過ぎているのが解る。何故彼女達がここまで食いついてくるのか理由は解らないが、迂闊に指摘したら命に関わることには何となく気付けたので、苗木は懸命にも突っ込みを喉の奥に飲み込む。
「あら、私も興味深々ですわ。話していただけませんこと?」
「ふ、不純異性交遊は許されないぞ苗木君! きりきりと白状したまえ!」
 面白そうな事に首を突っ込んできたセレスと、顔を赤くしてちょっとずれた叱り方をしてくる石丸までやってくる。更に朝日奈が、本人は真剣なのだろうが盛大な爆弾を落としてくれた。
「もー、はっきりしないなぁ。そんなに言いにくい相手なの? あっ……も、もしかして、さくらちゃんの事が好きとか!?」
「「「「「え゛えェ――ッ!!?」」」」」
 クラスメイトの殆どが一斉に叫び(一人我関せずで本を読んでいた十神も肩が跳ねていた)、名前を出された大神だけが「朝日奈よ、それは無いであろう……」と冷静に呟いている。
「で、でも、さくらちゃんが良いって言うなら……ううう、やっぱりやだー! さくらちゃんに彼氏が出来ちゃうなんてやだー!!」
「朝日奈よ、落ち着け」
 すっかり自分の考えにとらわれて混乱している朝日奈を宥めるように、大神が頭を撫でてやっている。困ってはいるが、決して不快では無いのだろう、いつも厳しい眼差しが幾分か優しい。
「ええい、埒があかねぇべ! 俺っちの占いで当ててやんべー! んむむむむ……」
 慌てて止めようとする苗木を大和田と石丸ががっちり押さえつけ、瞑目した葉隠の顔に全員が注目する。
 僅かな間の後、かっ! とその目が見開かれ――
「見えたべー! ズバリ、相手は不二咲っちだべ!!」
「えええっ!? そ、そうなの苗木くん!?」
「ンだとゴラアアアッ!!!」
「誤解ぃいい――!!」
 堂々と宣言された葉隠の声に、不二咲は両手を頬に当てて驚く。占いの真偽を確かめようとしたが、何故かその瞬間大和田の方がブチ切れ、苗木の胸倉を掴んで高々と持ち上げてしまった。
 床からゆうに30cmは持ち上げられ、苗木は苦しい息の下から無実を叫びつつ、昼休みが終わるまで針の筵を耐えるしか無かったのだった。