時計+人形

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ハチミツの弾丸

・クリア前提のネタバレが満載です
・本編開始前の捏造です(やりたい放題)
・主人公×残姉です←ここ大事
・残姉の性格もかなり捏造です
・それでも良ければどうぞ


 初めて目にした薬莢は、きらきらと金色に光っていた。
 まだそれの存在理由も知らなかった彼女は、その輝きだけを見て「美味しそうだ」と思ってしまった。
 その金色と手ごろな大きさが、蜂蜜を固めた飴のように見えたからだろう。



 入学許可書、と日本語で書かれた書類を確認し、戦刃むくろはそれを適当に折りたたんで鞄に詰め込む。
 この国で最高峰と言える学び舎、希望ヶ峰学園。相応しい実力を備えなければ、どんなに望んでも入学する事が出来ない、その学校への片道切符だ。
 誰もが憧れ、一部の人間は喉から手が出るほど欲しがるというその紙を見ても、彼女は何の感慨も起こさなかった。
 何故ならこれは、茶番である。一年先に向けての、どうしようもない茶番。そのことを、彼女は良く知っていたからだ。
 校舎から寮に続く廊下を歩きながら、むくろは事前に妹に渡されていた携帯電話を取り出す。一件しか登録されていない番号を呼び出すと、相手はすぐに出た。
『おっそーい! 何してやがったんだよ!』
 ドスの効いた少女の声に、むくろは僅かに受話器から耳を離す。両親が離婚してからつい最近まで、会う事が無かった妹の声に、まだ慣れていないからだ。
『自分で手続きするっていっときながら、どんだけ時間かかってるんだよ!? アタシが飽きっぽいってこと、お姉ちゃんはようぅぅっく知ってると思ってたんですけどおおお!?』
 確かに電話の向こうの相手――むくろの妹・盾子は、子供の頃から非常に飽きっぽい、もっと言えば我慢が効かない性格だった。自分より恵まれた人生を送ってきた筈だとむくろは思ってきたのだが、彼女の性格はその程度では矯正されなかったらしい。寧ろ悪化している。これから一年かけて、とっておきの「絶望」を画策しているぐらいなのだから。
 謝ればいいのか、反論すればいいのか。別に命に関わることではないので、むくろは結論を出せない。結局、暫く考えてから、ぽつりと「ごめん」とだけ言った。それが更に彼女を激昂させる危険性があることも解っていたけれど。
『ゴメンですんだら、警察はいりませぇん! うぷぷぷぷ!』
 不意に甲高い声が受話器から聞こえてくる。最近お気に入りの、白と黒で塗り分けたクマのぬいぐるみに仕込んだボイスチェンジャーを試しているのだろう。機嫌は直っていないものの、これ以上姉を責めるつもりもないようだ。僅かに安堵の息を吐き、改めてむくろは言う。
「入学手続き、終了したから。これから寮に入る」
『オッケーオッケー! ちゃあんと二階にして貰ったわよねぇ!?』
「うん」
『私様は外で動くんだから、アンタはちゃあンッと中を調べる事! 特に設備に関しては徹底的に!』
「解ってる」
『残念なお姉ちゃんにこんな重大な任務を与えるんだからぁ☆ 失敗したらおしおきだからねっ!』
「……うん」
 一瞬、返事が遅れたのは、恐怖のせいだ。
 十代に入ってすぐ、自分の適性を突き詰めた結果として傭兵団フェンリルに入ってからも、恐怖という感情とは無縁だった。
 自分の身体能力は傭兵と言う職業に非常に合っていたし、精神的にもストレスは少なかった。
 どんな所にいたって、何を持っていたって、物は壊れるし人は死ぬ。死んだら、自分は勿論味方も敵も、肉と骨の詰まった皮袋になるだけだ。自分の手で簡単にそうなっていくのを見ていれば、人間の命が尊いものだとは、どうしても思えなかった。
 そんな風に思うむくろでも。――妹は、恐ろしかった。
 底が知れない、とでも言うのか、何を考えているのか肝心なところで解らない、というのが、彼女の恐怖を煽る。病的なまでの飽きっぽさは、一瞬前まで愛でていたものを何の躊躇いも無く放り捨てる。自分もその中の一つだということが、たまらなく恐ろしかった。
 親に必要とされぬまま育ち、傭兵団は全滅した。全てを失った自分を、どうやってかは知らないが、見つけて拾ってくれた妹。
 彼女に見限られたら――存在理由が、なくなってしまう。
『それじゃあ……私、入学ギリギリまでそっちいきませんから……せいぜい頑張ってくださいね……』
 そんなむくろの感情に気付くことなく、言いたいことだけ言って盾子は通話を切ってしまった。
 今度こそはっきり安堵の息を吐き、改めてむくろは荷物を抱え上げ、まっすぐ歩き出した。
 その間、雀斑の浮いたその顔は、一切表情を動かす事が無いままで。



 本来、新入生の寮室は一階を割り当てられるのだが、事前に「絶望」の一派が手を回していたらしく、二階に一室だけ空きが出来ていた。むくろが計算したわけではなく、この時期に手続きをしろと妹に言われただけだ。
 世界に絶望を味あわせるため、希望を奪い去る最悪のシナリオを用意する。そんな風に説明されても、むくろには良く解らない。
 ただ――絶望というものは、彼女にとって非常に馴染み深いものだった。
 求めれば奪われる。信じれば裏切られる。それは彼女にとって、もはや世界の不文律と言えるほど当たり前のことだった。
 だから妹に誘われた時、それでもいいかな、と思った。誰が絶望しようと、自身には関係ない。絶望は常に自分の傍にあるのだから、今更気にしない。
 妹は絶望を楽しめ、と言っていたけれど、そんなに楽しいものでもないことを知っていたし。
 色々と入って大きく膨れた鞄――持ち込めるだけの糧食と軍用キット、カモフラージュして持ち込んだ武器を合わせるとこれだけになってしまった――を担ぎ直し、階段を昇っている時、上階に人の気配を感じた。ごく自然にむくろは警戒し、足を止めて待つ。
 たっ、たっ、と軽い足取りで走ってきた人影は、そのまま階段を降りようとして、そこでむくろに漸く気がついた。
「えっ!? うわっ、わ!」
 むくろは人が通れるだけのスペースは開けて階段に立ち止まっていたのだが、相手はそこまで気が回らなかったようだ。避ける必要のないものを無理に避けようとして、つるっと足を滑らせ、どたたん! と階段に尻餅をついた。
「…………」
 予想外の相手の動きに、むくろは反応できなかった。自分はきちんと回避行動をとっていた筈なのに、勝手に相手が転んでしまった。ここで腕を掴んで助けたり、手を差し伸べたりする思考は彼女には無い。
「いっ……ててて……」
 角に思い切り腰を打ち付けてしまったらしく、転んだ少年は両手で背を抱えて呻いている。そこまで観察して、ここで何も声をかけないのは「不自然」であることに、漸くむくろは思い至った。誰かを気遣うことなど、今までやってこなかったから、この国、この場所での「常識」を思い出すのに時間がかかったのだ。
「……大丈、夫?」
 やっと喉から言葉を搾り出すと、少年はよろけながらも立ち上がった。
「う、うん。ありがとう」
 あっさりとお礼を言われ、むくろは戸惑う。礼を受ける行動など、自分は一切行っていない筈なのに。
「ごめんね、まさか他に人がいるとは思わなくて……」
 立ち上がって腰を伸ばした少年は、申し訳無さそうに笑ってぺこりと頭を下げた。謝られる謂れも無いので、やはりむくろは何も返事が出来ない。ただ、顔を見た事によって、彼が何者なのか思い出すことが出来た。
 苗木誠。学業、身体能力共に至って平凡。芸術的才覚も、特技があるわけでもない。極々普通の家庭に生まれ、極々普通の生活を送ってきた、この学校に不似合いなほど「普通」の高校生。
 単なる幸運――即ち抽選によってこの学校に選ばれた。馬鹿らしい肩書きだが、自分と妹がどんなに調べても、彼からは何の特殊性も発見できなかった。それこそがカモフラージュではないかと勘繰ったりもしたが、本当に何も発見できなかった為、妹はそうそう飽きて、他の「手強そうな」生徒達を調査し始めてしまった。
 しかしむくろは、どうしても彼が気になっていた。確かに重要だが、測ることのできない「運」だけでこの学校に選ばれることなどあるものかと思う。必ず何か、彼が選ばれた理由がある筈だと。当然、妹には一笑に伏されたし、自分ひとりで調べるのにも限界があったから、何の成果もあげられなかったが。
 気にかかっていたターゲットが目の前にいるのなら好都合だと、むくろはじっと相手を見遣る。やはり資料と変わらず、その肉体には特に秀でたところがあると思えない。
「ええっと……に、荷物、運ぶの大変そうだね」
 じっと見詰められるのが居心地悪いらしく、おずおずと苗木誠が問うて来た。一瞬意味を考え、否定する。
「……いいえ」
「そ、そう? 良かったら手伝おうか」
「いらない」
 見た目だけなら細身のむくろに対し、大きな荷物だった為に問われたのだろう。伸ばしてきた手を避け、素早く階段を上がる。迂闊に触れられたら、カモフラージュした中身がばれてしまうかもしれない。そのまま部屋へ向かう背中に、慌てたような声がかかる。
「あの! 僕、苗木! 苗木誠って言うんだ!」
 急に言われた言葉の意味がやっぱり解らず、むくろは振り返ってしまう。階段に佇んだまま、苗木誠は――人懐っこい笑顔を浮べていた。
「君も新入生、だよね? これから、よろしく」
「……」
 何故、解りきっている事を言われているのか、思考して漸く気がついた。つまりこの少年は、むくろに対して「挨拶」をしているのだと。
 無視をしようかと思ったが、あまり孤立しすぎて悪目立ちをすると、これからの行動に支障が出るかもしれない。
 どのような文面にすべきか、また思考して、相手が戸惑っていることにも気付かず――漸く。
「……戦刃むくろ。よろしく」
 それだけ言って、踵を返した。
 取り残された苗木誠が、「……やっぱり僕、場違いだよなぁ……やっていけるかなぁ……」とこれからの生活に対して漠然とした不安を覚えていたことなど、気付く事も無く。



×××


 高校生活が始まって一週間が過ぎた。
 クラスは全国から集められただけあって、少人数ながら、非常に個性的な面子だった。データ上に書かれた数値だけでは解らない、人となりを調べる為にも、むくろは人間観察を行わなければならなかった。
 こういうことは妹の方が断然得意な筈なのだが、外で色々と画策して動く方が楽しいらしく、地味で変わり映えの無い仕事は全部むくろに押しつけられていた。勿論、むくろ自身拒否することも出来ないし、しないのだが。
 最初にクラス委員を決めるだけでとんでもないひと悶着があった。まずは風紀委員の石丸が立候補し、大和田と桑田に煩すぎると却下を食らい、腐川が十神を推薦するも冷たく撥ね付けられ、喧々諤々、いつまで経っても終らなかった。収まったのは、ある程度意見が出揃った後、一人ずっと黙っていた霧切響子の鶴の一声が放たれた時だ。
「苗木くんを推薦するわ」
「え。……えええええー!!?」
 一番驚愕していたのが、まさに寝耳に水だった苗木本人だったことを付け加えておく。
 口々に不満を述べる他の面子を、「必要なのは、引っ張るリーダーじゃなく、全員の意見を聞いて緩衝材になれる人よ」という論で納得させた。一番難色を示した十神も、御しやすい相手がリーダーに入るのは悪くないと踏んだらしく、最終的には全員一致で採択された。
「これ、リーダーじゃなくてただの雑用係な気がする……」
 今日も、中々提出課題が集まらずに、ぐったりしていた苗木のぼやきを耳の端で聞きながら、むくろは教室を出た。
 目的地は、食堂、もしくは購買である。
 この学校に来てから、むくろはずっと食事を自分の部屋で取っていた。料理を出来るような設備は部屋内に無いので、当然持ち込んだ糧食、所謂レーションを三食食べていた。
 が、持ち込む量にも限度があるので、今日の朝で尽きてしまった。注文はしたものの、届くまでにまた暫くかかるだろう。
 やむを得ず、食料を得るために向かった、のは良いのだが――
「………………」
 無言、無表情のまま、むくろは固まってしまっていた。他人の目があるところで食事をするのにあまり慣れていないので、食堂でなく購買で何か買おうと思ったのだが、種類が多すぎる。お菓子からカップラーメンまで種類が有り過ぎて、何を買っていいのかさっぱり解らない。自分の好みで食料を選ぶ、など今までやった事が無かったのだ。
 どうしようか悩んでいるうちに、周りはどんどん注文を決めて買っていく。あっという間に品揃えが少なくなったので、とりあえずあるものを全部確保しようかと考えた時。
「あー、やっぱりもう殆ど無くなってる」
 残念そうな声が背中にかかり、すぐにむくろを追い抜いていった。課題を無事に集め終わったのか、それとも諦めたのか、漸く体が自由になった苗木が昼を買いにきたようだ。
「どうしようかな……あれ? 戦刃さん」
「……何?」
 そこで漸く苗木が気付いたらしく、佇んでいるむくろを見て不思議そうな顔をしている。何故話しかけられたのか解らず、むくろも首を傾げることしか出来ない。
「いや、もう12時半だけど、お昼買わないの?」
「……何を買えばいいのか、解らなくて」
 別に言っても支障は無いと思ったので、素直な事実を答えたのだが、苗木はやっぱり不思議そうな顔をしたままだ。暫く二人で見詰め合ったまま時間が過ぎ去り、やがてうん、と苗木が一つ肯く。
「ちょっと待ってて」
 そう言って購買の店員に向き直ると、適当に惣菜パンを二個掴み、代金を払っている。そのままむくろの前に歩み寄ると、ずいとパンを両手に持って差し出した。
「甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」
「え……」
 苗木の左手には、メロンパン。
 苗木の右手には、コロッケパン。
 見ただけではどんな味かむくろには窺い知れなかったのだが、ちゃんと苗木が説明する時に僅かに持ち上げてくれたので、左手のパンが甘くて右手のはしょっぱいのだろうと理解できた。
 しかし、どちらがいいかと聞かれても選ぶ決め手が無い。食べ物の味など、気にしたことが今までなかった。食事はエネルギーを補給する為の行為であり、それ以上でもそれ以下でも無かったからだ。
 固まったままのむくろを、どう思ったのか。苗木は――困ったようにだけど、微笑んだ。
「僕、今日はしょっぱいのの気分だから、こっちあげるね」
 すい、と差し出された、丸いメロンパン。それを見て、苗木の顔を見て、もう一度パンを見て――むくろは、断る理由も見つけられなかったので、受け取った。
「……ありがとう」
 頼んでもいないのだが、効率的に食料を手に入れられたのは事実なので、ここは礼をするべきだろうと思い、軽く頭を下げる。
 ほっ、と安堵の息が聞こえ。
「良かった」
 顔をあげると、何故か、とても嬉しそうな顔で、苗木が微笑んでいた。
 ぱん、と何かがはじけた音が聞こえた。火薬が小さく爆発したような、鋭い音。
「……?」
 その正体が解らなくて、むくろは辺りを見回す。少なくとも今、弾丸が飛び交う場所に自分はいない筈なのに。
「ど、どうしたの? コロッケパンの方が良かった?」
「今……」
「えっ?」
「……何でも無い」
 むくろの行動をどう思ったのか、不安そうに苗木が聞いてきた。先刻の音も、彼には聞こえなかったらしい。やはり気のせいである、と断じて、むくろは質問するのを止めて首を横に振った。
「そう? ……それじゃ、僕戻るから」
「うん」
 教室に戻って慌てて食事を詰め込むのだろう苗木の背を見送る。目的は果たしたし、ここに留まる理由が無くなったのでむくろも歩きだした。
 ぱり、と薄いビニールを破り、中から甘い匂いのするパンを取り出す。午後の授業までの時間があまりないので、手早く消費する必要があった。歩きながら、パンの端を齧る。
 初めて食べたメロンパンは、酷く甘くて、むくろはほんの少し驚く。
 そして彼女が、苗木に奢られたのだと気付いたのは、午後の授業が始まってからだった。