時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

贈り物の中身

遥か昔から土着の宗教を奉じてきた羽生蛇村には、異国の宗教の祭というものはとんと縁が無かった。
しかし、近代化が進んでいく中、宗教色を抜きにして、祭として楽しむのなら何も問題はあるまい―――という教会からの提案を、神代家がまぁ良かろう、と容認した為、ぎごちないながらのクリスマスパーティーが開かれることになった。
「皆さん、メリークリスマース!」
「わー、求導師様だ、求導師様だー!」
「求導師様がサンタさんだー!!」
普段の自分の服とは段違いに派手な赤と白の衣裳を着けて、教会に入って来た牧野に子供達が歓声をあげて駆け寄ってくる。白い付け髯を着けていても、この狭い村に顔が売れ過ぎている牧野だとすぐに正体が解ってしまう。しかし牧野は笑顔で用意しておいた袋から取り出したプレゼントを一人一人に手渡し、子供達は嬉しさに上気した頬でお礼を言う。付き添いで来ていた大人達にも菓子や酒が振る舞われ、初めてのクリスマスパーティーは中々の盛り上がりで終わった。
「今日はお疲れさまでした、求導師様。片付けは私に任せて、今日はもうゆっくりなさってください」
「ありがとうございます、八尾さん」
聖堂中に飾られたモールや鈴を外しながら、正しく聖母のように微笑んで促す八尾に、まだサンタの衣裳を着たまま髯だけ外した牧野は、安堵から笑いながらも、どこか残念そうな顔をしていた。
(…やっぱり、来なかったな)
この祭を提案したのは、牧野からだった。かなり緊張して八尾に願い出たところ、彼女はそれは村人達を労える、子供達の為にも良い事ですとにっこり笑い、神代へのお伺いまで立ててくれた。そんな彼女に感謝をしつつ、実は牧野の望みはずれた所にあった。
こうやって、眞魚教と全く関係ない祭を取り行えば、彼も来てくれるかもしれないと思ったのだ。
教会とは別の位置で、この村を司る宮田医院の院長。
何の因果か、何の皮肉か、同じ母の腹から生まれたのに道を真っ二つに分かたれた、牧野の双子の弟。
決して表沙汰にするわけにはいかない彼との関係を、もう少し別の形で増やせないかと思った、牧野の苦肉の策だった。
しかし、彼の医院に努める看護師達は、「お休みを頂きましたー」と教会を訪ねてくれたが、彼自身は全く姿を見せなかった。勇気を出して一人に聞いてみても、「患者さんがいないわけじゃないですから、先生はきっと一日詰めだと思います」と申し訳なさそうな返事が返ってくるだけだった。
かさり、ともうぺしゃんこになってしまった白い袋の中で、小さな音がする。一個だけ残っていたプレゼントは、期待と不安を抱えたまま、牧野が宮田の為に用意したものだ。村から出られない彼が、露骨に贈り物だと解る買い物もそうそう出来るわけもなく、他の子供達と同じように、手作りの菓子が入っている可愛いものだ。どうせ渡しても喜ばれないだろうし、突き返されるのが落ちだ。そう何度も自分を納得させようとするのに、燻ぶりが消えない。
外は雪が降っている。祭の後、村人達ももう寝静まっている頃合いだ。こんな静かな、外つ国では聖夜と呼ばれる夜にも、彼は一人でいるのだ。あの病院で、たった独りで。
「…すいません、八尾さん、ちょっと出てきます」
「えっ? 求導師様?」
「今日中に戻りますから!」
そう思ったら、止められなかった。驚いた八尾の声が背に当たるのを心で詫びながら、牧野は教会を駆け出す。
赤と白で彩られた、衣装のままで。



しんしんと降り積もる雪は、舗装の無い村の道を非常に歩き辛くしていたが、4、5回転んだ程度で牧野は漸く病院に辿り着く事が出来た。
手に持っているのは菓子包みが一つだけ。慌てていた為、白い息が忙しなく口から漏れている。
そして病院の裏口まで辿り着いたまさにそこで、牧野は怖気づいていた。
「………はぁ…どうしよう」
もう既に逡巡を始めてから五分ばかり経っている。被ったままの赤い帽子に、綿だけではない白い雪が積もり始めている。それでも、インターホンを押す勇気が無い。この裏口を使う人間はそう多くないから、押せば客人が誰か気付いてくれるだろうに。
「…やっぱり帰ろうかな……お菓子だけ、置いて帰ろう、うん」
結局そんな後ろ向きな結論を出してしまい、郵便受けをぱかりと開けて中に包みをそっと入れた。音を立てないように、細心の注意を払って。ほう、と息を吐き、よし帰ろうと踵を返しかけた瞬間、がちゃり。
「何やってるんですか牧野さん」
「ひぃあああああああ!!!?」
ドアの開く音と同時にむんずと肩を掴まれ、ひっくり返った悲鳴が上がった。求導師に狼藉を働いたその手の持ち主は、いきなり叫ばれた為、普段全く何の感情も見せない両目を驚きで見開いていたのだが、驚愕と恐怖に腰を抜かしてその場に尻餅をついた牧野は当然気付かなかった。
「…本当に何やってるんですか」
「あっ、ひ、す、すみません…! あの、お菓子を届けようと、でも遅いですし、それでっ」
今度は呆れ以外の感情を表情に見せず、宮田は腕組みして溜息を吐く。もたもたと言い訳しながら立ち上がろうとする牧野に決して手は貸さず、言葉のみで追い討ちをかける。
「最初不審者かと思ったんですよ、なんですかその格好は」
「あ、あのっ、これは…プレゼントを!」
「は?」
冷静に指摘され、牧野はいよいよ恥ずかしくて俯いてしまったが、何とか解ってもらいたくて必死に言葉を紡いだ。慌てたせいで物凄く端的な説明になり、意味が解らない、といいたげな一音で返されたが。
「で、ですから、その…宮田さんに、プレゼントを」
改めて言うと非常に恥ずかしい事だと思い、牧野の頬がいよいよ赤くなる。いい年をした男が何をやっているのかと、呆れるどころか蔑まれてもおかしくない。
俯いてもうもごもごと呟くことしか出来ない牧野をどう思ったのか、宮田は暫し沈黙を返し。
ふむ、と一息吐いて、牧野の手をむんずと掴んで引っ張る。
「えっ? え、宮田さん?」
突然の行動に牧田が目を白黒させているうちに、医院内に連れ込まれた。静かな病院の床に、二人分の足音が響く。あれよあれよという間に、宮田がいつも寝泊りしている宿直室まで連れてこられた。建物の中は夜であることが手伝ってやはり不気味ではあったのだが、この部屋はちゃんと暖房が効いていて、体の冷え切っていた牧野はほっと息を吐いた。着ている服はあくまで演出用の衣装に過ぎず、防寒機能はあるとは言えないのだ。
とそこで、折角のプレゼントが郵便受けに入ったままだと言う事に気がついた。慌てて顔をあげ、その旨を伝えようとして―――自分とそっくりの顔が、すぐ傍にあった。
「え――――んんっ!!?」
驚きの声を上げる前に、唇を塞がれた。咄嗟に反らそうとした首は手で後頭部から止められ、捩ろうとした身はもう片方の腕に押さえ込まれる。逃げられず、執拗に追ってくる舌を何とか自分の舌で押し返そうとして、逆に絡めとられた。
「んむ、ぅ、ふ…んんー…!」
上手く息継ぎが出来ず、眩暈がして、どんどん体の力が抜けていく。最終的に、両膝が床に着きそうになるのを、宮田の腕が支えてくれる格好になって、漸く唇が解放された。つい、と唾が糸を引いて互いの舌を繋ぎ、その淫猥さに牧野の顔が真っ赤になる。
「―――いただけるんでしょう?」
乱暴に自分の唇を白衣の袖で拭い、抑揚の無い声で問われたその言葉の意味が解らず、牧野はとろりと涙目になった瞳を宮田に向けた。
「クリスマスの、プレゼントを」
「ぇ、は、はい…でも、」
「貴方にしては、悪くない趣向ですね」
「え、んっ!!」
疑問を提示する前に、もう一度口付けられた。どうしてどうしてと混乱する頭で、ゆっくりと背筋から腰に向かって降りてくる宮田の手を感じ、漸く彼が何を指してプレゼントと言ったのか理解できた。理解できて、あまりの羞恥に思考が爆発した。慌てて何とか口付けを振り切り、必死に首を横に振る。
「ちがっ、違います!」
「今更逃げるんですか?」
「本当にっ、違うんです! プレゼントは別に―――」
兎に角これでは落ち着いて話も出来ないと、抵抗を続ける牧野に対し、宮田の眉間に明確に解る皺が寄った。そのまま、器用だが力もある彼の手が、赤い服の襟に伸びる。
―――び―――っ!!
「ひゃっ!? あっ、そんな…!」
止める間もなく、サンタクロースの服は真っ二つに引き裂かれた。そのあまりの狼藉に牧野は二の句が告げなくなる。宮田の方は全く悪びれた様子は無く、いっそ堂々と言い放つ。
「海外では、プレゼントの包みは乱暴に開けるのが礼儀だそうですよ。そうせざるを得ないほど嬉しい、と見せるために」
「包み、って…ひ、酷いです。これじゃあ帰れません」
「俺の服を貸しますよ」
「それに、これは八尾さんが用意してくれた借り物で―――」
泣きそうに顔を歪めて尚も言い募る牧野に、宮田の苛立ちがまた募ってくる。最初はまだ可愛げがあったが、ここまで来てあの女の名前を出すなど、宮田の逆鱗に触れるのと同じ事だ。
「…求導師様は随分と、未練がましくていらっしゃる。こんなもの、ただの布ですよ」
「でも、子供達も皆喜んで、っんぐ!?」
「少し黙っていてください。五月蝿いです」
赤い服を更に引き裂き、乱暴に丸めると牧田の口に詰め込む。そうやって口を封じ、両腕で無理やり自分と同じ大きさの身体を抱え、仮眠用のベッドの上に放り上げたのは最後の優しさだった。
「どんな理由があろうと、こんな時間に一人でここに来たってことは、貴方も期待してたんでしょう?」
「んーんっ! んんっ!!」
苦しさと冷たく言葉をかけられる羞恥からか、真っ赤な牧野の頬に涙が一滴、二滴と落ちる。そのくせ、ぼろぼろになった赤い服の隙間から覗く体は、少しずつ熱を帯び始めている。己の手指でそれを確かめ、心底馬鹿にしたように宮田は哂う。
「ほら、牧野さんも悦んでるじゃないですか」
「っ……!!」
ぶんぶんと首を振ることでしか答えられない牧野を呆れたように見下ろし、ぎしりとその体に跨って体重をかける。
「往生際が悪いですね。―――ああ、もっとこれを使い物にならなくすれば良いですか?」
いい事を思いついた、と言いたげに、自分に手を伸ばしてくる弟の姿を見て、牧野のその瞳は絶望で覆われた。



「ほら、口は外してあげます。声が出た方が楽でしょう?」
「ぅ、あ! いやっ…駄目、駄目ですぅっ! 宮田さ、宮田、おねがっ、やめて…!」
唾液でべとべとになった服の切れ端が取り除かれ、堪らず牧野は叫んだ。もう既に、服はサンタ衣装の下に身につけていたものも全て取り払われ、ぎしぎし軋む寝台の上で両手足を着いた格好になっている。そして、上から覆い被さっている宮田が、牧野の足の間を執拗に刺激している。赤い服の切れ端を、その場所に被せた上から。
「こういうのも、悪くないでしょう? 牧野さんは焦らされるのが好きですからね」
「ちが、ちがっう…! ちくちくして、いやぁっ」
荒い布が乱暴に擦り、もどかしい刺激が熱を責め苛む。それでも、宮田に与えられる快楽に慣らされた体は、どんどん反応してその熱を上げていく。
「駄目、駄目っ駄目…! 汚しちゃいますっ!」
がくがくと膝を震わせて必死に耐える牧野を嘲笑うかのように、宮田は手に力を込めながら、牧野の耳元で囁く。
「いいですよ、出しても」
「っぁ! あ! いやぁああっ…!!」
とどめとばかりに外耳に噛み付かれ、牧野は達してしまった。どろりと吐き出された白濁は全て赤い布の中に吐き出されたが、受け止めきれなかった雫がぽたぽたとシーツに落ちた。
「随分と具合が良かったんですね。ああ、それとも最近抱いてあげなかったから溜まってましたか?」
「ぅ、うぅ、うぅうー…っ」
辱めを続ける言葉に、耐え切れず牧野は嗚咽を零した。宮田の言葉が、彼が思ったよりも重く心に刺さったからだ。
この秘める関係が始まってから、何度も彼に犯された。恥ずかしい事なのに、許されない事なのに、その快楽に翻弄され続け、いつしか己も求めるようになってしまった。自慰の時、宮田の手を思い出して興奮して、それでも刺激が足りなくて達することが出来なくなってしまった。
結局今日の祭も、自分が不自然でなく彼と会えるように、汚い欲からお膳立てしたに過ぎないのかもしれない。
自分は、兄なのに。弟の為を思うのならば、拒まなければならないのに。
己の汚さに耐え切れず、牧野の嗚咽はますます酷くなった。
「ひっ、く、ごめ、なさい……」
「何を謝ってるんですか」
訝しげに――不機嫌にも聞こえるその声に、牧野の涙は止まらなくなる。
「こ、こんな、浅ましいっ…許してください、許して、」
「何に許しを乞うんですか? 貴方の奉じる、神とやらですか」
ぐいと後ろから髪を掴まれ、無理やり後ろを向かされる。涙で滲んだ視界に、やはり表情はいつもと変わらないけれど、息が僅かに弾んで頬が上気している。無様な兄を嘲笑っているのか、怒っているのか、それとも―――興奮してくれて、いるのか。
どくん、と既に熱を吐き出した筈の中心が疼く。何も外からの刺激を受けていない筈なのに、腰が揺らめく。熱を持った宮田のそれが臀部に当たり、耐え切れずに身体を震わせた。
「宮田さんっ…ごめん、なさい…あ、あなたのことが、欲しくて、もぅっ…!」
僅かに、息を飲むような声がしたが、気のせいだったのかもしれない。羞恥ともどかしい快楽に耐えられなくなり、牧野は腰をくねらせてまるで誘うように動いた。なんとかしてこの熱を、鎮められる唯一の相手に。
「―――牧野さん」
ぐ、と宮田が動く。熱が、まだ解れていない場所に擦り付けられる。僅かな恐怖が牧野に沸くが、彼は拘束をしたり叩いたりすることがあっても、決して肝心な部分を無理に傷つけるようなことだけはしないと知っているので、震える身体を何とか堪えて待つ。
「本当に、貴方は―――馬鹿ですね」
俺に許しを乞うなんて。そう小さく囁いた言葉を、牧野は聞き取ることは出来なかった。それと同時に熱が奥門に擦りつけられ、悲鳴をあげてしまったから。
「やっ、やああ! だめ、これ、熱っ…」
「この程度の刺激で感じるんですか。本当に今日は、どうしたんです?」
尻の間を往復し、悪戯に入り口を刺激するそれに牧野が身悶えていると、僅かな熱い息とともに耳元に疑問が滑り込んでくる。ああやはり興奮してくれているのかと思い、牧野の熱もどんどん増していく。
この、全く表情を動かさない、もしかしたら感情の一部が壊死してしまったのかもしれない弟が、自分にだけはこうやって明確な熱情を向けてくる。そのことが限りなく罪深い事だと解っていて、それと同時に嬉しくて、愛しくて。
「あげるっ…全部、宮田さんに、あげますからぁ…!」
「………っ、」
崩れそうになる膝を必死に支えて、シーツをぐしゃぐしゃに握り締めながら、それでも自分で振り向いて想いを告げると、今度こそ牧田にも解るほどに宮田は動揺して息を飲んだ。
「貴方って、人は…!」
しかしそれを振り切るようにぐいと牧野の身体を押さえつけ、その口腔に今度は己の指を突き込んだ。苦しそうにえずいても構わずに。或いは、その言葉を封じるように。
「ん、ぅぐっ!」
「ちゃんと湿らせてください」
「ぅ、うん、んんふっ…」
苦しさに上げた悲鳴は、すぐに必死な奉仕の音に変わる。その姿は、宮田にやはり明確な苛立ちを齎す。
何故、この人はここまで蔑んでも、綺麗なままなのか、と。
憎くて堪らない。愛しくて、堪らない。もう既に壊れてしまった筈の心臓は、彼が零す何かによって動き出す。己を人間に戻すのは、彼だけ―――たった一人の血肉を分けた、兄だけなのだ。
乱暴に指を抜き取り、躊躇わずにひくつく牧野の後孔に突き入れる。
「ぁふ、ひぃあっ! んぁ、んく…っ!」
「全然触っていなかったのに、柔らかいですよ。自分でもしたんですか?」
「っ、う、ちがぁ」
「嘘を吐くなら、止めますよ」
ずるりと本当に指を抜き取ろうとすると、悲鳴と同時に後孔が痙攣した。まるでその指にしがみ付くかのように。
「駄目、抜かない、で…!」
「いやらしいですね。こんな淫乱な人が、ここを弄らずに我慢できる訳ありませんよね?」
「んっ、ぅう、い、一回、だけ…!」
「そうですか。ちゃんと気持ちいいところは解りましたか?」
「んゃああああっ!! そこ、そこはぁっ…!」
もう既に把握している前立腺を擦り上げると、耐え切れないと牧野は身を捩って悲鳴を上げた。もう、快楽に押し流されて自分が何を喋っているのかすら良く解らない。
ただ、嘗て二つに分かたれてしまったものを一つに戻すように、もどかしげに弟の手を求めるだけだ。
「宮田さんっ、み、やたさ、」
「何ですか」
「も、もうっ、限界、です…! また、また出っ、いぁあああっ!!」
許しを請う声が途中から嬌声に変わり、牧田は再び白濁を吐き出した。立て続けに齎された絶頂に、牧野の意識は既に霞がかっている。
「ぁ――――っひぃ!?」
しかし、それを許さないとばかりに、宮田の熱がそこに割り込んでくる。刺激されすぎて熱を持っているその奥を、明確に狙い定めて。隘路に滑り込んだ熱は全くの情け容赦もなく、その壁を蹂躙していく。
「あぐっ、ひ、ん゛―――ッ!! ら…めぇ、もぉっ…!」
「―――兄さん」
「っ、あ!」
手加減なしに叩き込まれる快楽に翻弄される中、小さな囁きなのにはっきりとした弟の声が鼓膜に届く。その瞬間、とてつもない快楽が体中を駆け抜け、全身が痙攣した。宮田もその動きに煽られたのか、熱に浮かされたように何度も兄を呼ぶ。
「兄さん―――兄さん、」
「あっ、みや、あああっ、宮田さっ、待って…!」
「なん、ですか」
「だめ、これ、こわっ…落ちる、落ち、ちゃ…!!」
もう腕も足も力が入らないらしく、後から抱えられた腰だけで身体を支えている状態が、まるでどこかに放り出されるような気がして恐ろしいらしい。
「少し、我慢しててください…」
「っ、ふ、あああああああ!!」
それを汲んで宮田は一度動きを止め、牧野の足首を掴んでその身体をひっくり返した。勿論、奥に宮田の熱が入ったままなので、抉られた感触に牧野は耐え切れず、僅かに熱を吐き出した。それでも宮田は動きを止めず、寧ろ隙間が出来ないようにぴたりとその身体を重ね合わせ、背に回した腕に力を込めた。もう半分意識を飛ばしながらも、最後に頼れる場所なのだと言いたげに、牧野の腕も宮田の背にかかる。
「っ、ふ、――――!!」
「ぁ………ぁ…!!」
後は何も考えず、宮田も頂点に向けて無心で動く。最早牧野は悲鳴すら上げられなかったが、その腕は決して弟の背から離れることは無かった。




がさがさ、という音がして、牧野はまどろみから覚醒した。
身体を動かそうとして、全身にぎしりと軋みが走り、みっともない悲鳴が僅かに漏れる。
「起きましたか」
「…、ぁ」
「声、掠れてますね。水でも飲みますか」
「はぃ…」
答えると、宮田はすぐに隣の部屋に行き、水差しとコップを携えて戻ってきた。その姿は既にきちんと身支度が整えられていて、昨日の狂乱は微塵も見せていない。
「どうぞ」
「あ…ありがとう、ございます」
普段の冷たさ、そして夜の熱さとは裏腹に、こういう時の朝は何故か宮田は牧田に対し、穏やかに且つ甲斐甲斐しく世話を焼いた。身体は辛いけれどもそれが心地良くて、牧野はこうして宮田と過ごす僅かな時間がとても好きだった。
僅かに身を起こして渡されたコップから水をこくこく飲んでいると、またがさがさと音がした。ベッドの端に腰掛けた宮田の手の中からだ。不思議に思ってそちらに目をやり―――驚愕した。
「み、宮田さん!」
「はい」
「それ、私のプレゼントじゃないですか!」
そう、宮田が今まさに開けていたのは、クリスマス用のクッキーが詰まっている小さな包み紙。昨日牧野が持ってきて、郵便受けの中に放り込まれたままだった筈のものだ。
慌てる牧野に対し、宮田はあくまで淡々と答える。
「ええ、いただきましたよ、クリスマスプレゼント」
「そ、そうじゃなくて、だからそのクッキーが…」
「ですから今、いただいてます」
「え……え、と」
全く遠慮なく、摘み上げた人型のクッキーの首を齧り取る宮田にぽかんとして、やがて牧田の顔にじわじわと羞恥が上がってきた。
―――つまり、昨日の狂乱の原因は、全て私の勘違いということ、なのか?
そんな結論に対し、全く立つ瀬が無くなった牧野は、へなへなとベッドの上に突っ伏してしまった。恥ずかしすぎて、何も言えなくなる。
対する宮田は勿論、こんな簡単な言葉に引っかかって本気にしているのか、やっぱりこの人は馬鹿だな、としみじみ思いつつ、相変わらずの無表情で、空いた小腹を慰めるクッキーを咀嚼し続けている。
それがとても甘く感じるのは、手ずから作っただろう兄の味付けのせいだと、自分に言い聞かせながら。