時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

終了条件達成

※PIXIVで見かけた「頭脳屍人宮田」&「羽根屍人牧野」の絵に多大なる影響を受けて書いてしまいました。
何か問題が発生すればすぐ削除致します。




終了条件2:「頭脳屍人」と「羽根屍人」の「鎖」の破壊。


紅い雨にぬかるんだ道を踏みしめ、須田恭也は走る。
「はっ、はっ、はぁっ―――!」
息が切れ、体が軋みを上げても、彼の足は決して止まらない。それが、もう傍にはいない彼女との約束だったから。
「はぁ、はぁ…」
小高い丘の上まで来て、眼を閉じて意識を集中する。相手の視界を盗み見るこの力で、幾度も危機を脱してきた。
この呪われた村に溢れる化け物を、全て殲滅する為に。
頭痛を堪え、更に意識を研ぎ澄ませる。激しい吐息は、犬屍人。羽音が聞こえるのは、羽根屍人。まるで虫の鳴き声のような奇妙な音を漏らすのは、ブレインと呼ばれる屍人達の元締めだ。それさえ倒せば、この辺りの屍人達の動きを止める事が出来る。
「よし―――」
ブレインであろうものの意識を捉え、そちらに向かおうとしたその時、奇妙な音を聞いた。
最初に聞こえたのは、何か呟くような声。それだけならば決して珍しいものではない、たとえその声が若干聞き覚えのあるものだとしても。先刻まで隣を歩いていた人間が化け物へと変わることも、もう慣れてしまった。
それとは別に、じゃり、じゃり、という金属音が僅かに聞こえてきて、その正体が解らずに恭也は眉を顰める。あまり聞き覚えの無い音で、あえて言うなら鎖が地面に引き摺られている音、のようだった。
警戒しつつ、再びそれ以外の屍人に視界ジャックをし直して―――ぞっ、とした。
高い所から真っ直ぐ丘を見下ろす視界は真っ赤で、その真ん中に立つのは、紛れもない自分自身だったからだ。
「っ―――!」
逃げを取る前に、足音が近づいてきた。屍人とは思えない程の速さで、地を踏みしめて真っ直ぐこちらへ向かってくる。見つかったのは羽根屍人なのに、何故と思う間もなく、それは恭也の眼の前に現れた。
「――――!!」
「っ、うぁ!」
どふっ、と鈍い音がして、ネイルハンマーが地面を削る。先刻まで恭也が立っていた場所を、見た目よりも重いその頭が抉っていた。必殺の一撃を殆ど勘で咄嗟にかわした恭也は、その襲ってきた相手を認めて眼を見開いた。
「あんたは―――」
顔を見ただけでは、誰なのか解らなかった。その頭部は既に海生生物のような触手に覆われ、判別が出来なかったからだ。紅い水と泥で汚れた服は、しかしまだ白衣としての白さを若干だが残している。
恭也は、生前のこの男と顔を合わせたことは無かった。本来ならば彼から手渡される神の炎を、この時の恭也は持っていない。しかし彼の声らしき音を聞いた時から感じていた既視感は、彼の足に繋がれている鎖を眼で追っていくと更にはっきりと感じることが出来た。
「―――!?」
足かせのように白衣の屍人に絡んでいた鎖はそのまま空に伸び、一体の羽根屍人を首輪によって戒めていた。それは黒い法衣を身につけ、まるで神に祈りを捧げるかのように天を仰ぎ、両手を組み合わせている。そちらには間違いなく、恭也にも見覚えのある姿だ。信じていたもの全てに裏切られ、途方に暮れていた求導師―――
―――がつっ!
「ぐぁっ!」
羽根屍人に気を取られているうちに、再びハンマーが襲いかかってきた。見つかれば逃げを打つ頭脳屍人であるにも関わらず、少しも怯まずこちらに向かってくる。本来屍人には有り得ない程その攻撃速度は速い。普通の人間と遜色無い動きで、恭也を殺しにかかってくる。
「こ、のっ!」
こちらも火かき棒を手に応戦するが、どんなに攻撃しても全く怯まない。焦りと怯えを堪え、がむしゃらに武器を振るっていると、
「………ギッ!」
「あ!」
火かき棒の一撃が、近くに舞い降りてきた羽根屍人に当たった。武器を持っていなかったそれは、僅かに呻き地面に膝を着く。すると、頭脳屍人の方の動きが変わった。地面に這いずる鎖を掴み、まるで羽根屍人を引き摺るように逃げ出したのだ。
「ハァッ、ハァ…」
理由は解らないが、安堵で息を吐く。少なくとも当面の危機を脱することが出来た。まずはその場を離れ、適当な家屋の中に入った。
先刻の視界ジャックの光景を思い出し、恭也は考える。恐らくあの羽根屍人は、頭脳屍人の視力を兼ねているのだろう。ならばこういう場所に潜伏すれば、とりあえず先に見つかる可能性は無い。
しかしいつまでも隠れているわけにはいかない。何とか相手の隙を突き、迎撃しなければ。幸い背には猟銃を背負っている。上手くいけば、見つかる前に頭脳屍人を倒せるかもしれない。
そう考えつつ、恭也は何か使えるものは無いかと廃屋内を探す。農具小屋だったようだが、錆びた鉈が一本落ちているだけで特に役に立ちそうもない。
「…待てよ」
直感というべきか、ある仮設が閃いた。鉈を拾い、邪魔にならないよう腰に括りつけると、銃に弾が込められているのを確認し、細心の注意を払って小屋を出た。



ダーンッ!!と夜の空気に銃声が響く。
幸い霧は出ていなかったので、遠距離からの狙撃はそれほど難しくは無かった。頭脳屍人の体力はかなり高いらしく、何発叩きこんでも怯まないが、近づいてきた時に逆に羽根屍人を撃つと先刻と同じように逃げ出す。それを繰り返し、少しずつ敵の身を削っていく。
すると、羽根屍人が何やら奇妙な動きをしているのが眼に入った。はっと気付いて視界ジャックを試みる―――周りの屍人達が、こちらへ向かってきている!
頭脳屍人の危機に、仲間達を呼び寄せているのだろう。時間の猶予は無い、恭也は必死になって何度も引き金を引く。
ダーンッ!!
祈るような心持で、最後の弾を叩きこんだ。
「ギ、ギ…!!」
体から溢れる紅い水で白衣をぐちゃぐちゃにした頭脳屍人は、ついにその場に膝を折った。近づいてきた屍人の気配達も、全て消え失せている。やった、と快哉を上げようとして、恭也は慌てて口を噤む。
同じように動きを止めるだろうと思っていた、鎖に繋がれた羽根屍人がまだ飛び回っている。勿論頭脳屍人が動かない為、逃げる事も出来ないのだが、やがて固まって動かないその傍に舞い降り、寄り添って動かなくなった。シェル化はしていないのに。
訝しみ、警戒しつつ傍に近づいても、羽根屍人は動かない。まるで頭脳屍人を庇うようにその体に覆い被さり、羽根を震わせている。
僅かな罪悪感が恭也の内に沸く。だが、このチャンスを逃すわけにもいかない。
ふと足元を見ると、二人を繋ぐ長い鎖が地面に広がっている。先刻思いついたアイディアを今のうちに試してみようと、恭也は鉈を手に取り、思い切り振り被った。
がちっ!! がつんっ!
錆びた鉈で鎖を切ろうとするが、中々上手くいかない。手間取っているうちに、頭脳屍人が僅かに身を震わせている。復活の兆しだ。他の屍人とは比べ物にならない程にその速度も速い。
「くそっ!!」
悪罵を込めて、振り降ろした何度目かの鉈が、ついにばきん!と鎖を切り離した。
「! ッ!! ……!!!」
それは、頭脳屍人に劇的な変化を齎した。今まさに武器を構え、恭也に襲いかかろうとしたその体は痙攣し、悲鳴すらあげられずにがくりと地面に突っ伏した。その瞳に明確な絶望を浮かばせたまま、動く気配が無い。
羽根屍人の方には何も変化がない。ただ、もう動かない頭脳屍人を抱き締めるように、また慰めるように蹲っているだけだ。その姿を見て、恭也は自分が思いついた仮説が間違っていなかったことを知る。
「あんた達は…二人でひとつの、屍人だったんだ」
有り得ない程の頭脳屍人の素早い動きは、羽根屍人からの動力供給によって叶っていたものなのだろう。だからこそ頭脳屍人は羽根屍人を守り、羽根屍人は頭脳屍人を手助けしていた。
しかし、動かないその姿を見下ろして、恭也は二人の繋がりがそれだけではないのではないか、と何となく思った。勿論これも勘で、上手く説明は出来なかったけれど。
寂寥を振り払い、恭也はその場を後にする。もう、羽根屍人は驚異では無かった。
僅かな嗚咽が風に乗って聞こえてきたような気がしても、決して振り向かなかった。


―――終了条件達成。



朦朧とする意識の中で、牧野はただひとつの大切な存在にしがみ付いていた。
動かない、愛しい弟。二人を繋いでいた鎖は断ち切られた。もう、声を届けることすらできない。
ずっとずっと、彼が恐ろしかった。己の罪を剥き出しにして突きつけてくるような恐怖を、勝手に感じていた。
しかしそれと同時に、彼を求めてもいた。ただの兄弟として、普通の家庭で、一緒に生きてみたかった。
「ぅ……ぅ、ぅ……」
虫の顎のような口から漏れるのは、嗚咽とも言えぬ呻き声。それでも、止めることは出来なかった。
この惨劇を作り出した罪人である自分に、この弟は終わりをくれた。もう恐れなくていいと、自らの手を汚してまで、引き金を引いてくれた。
それだけで、充分だったのに。こうやって、異形のものと成り果てても、繋がりあい、傍にいてくれた。
だから、己の全てを彼に捧げた。いつか必ず終わってしまう幸福だとしても、一分一秒でも長く、縋っていたかったから。
でももう、彼は動かない。自分と同じく、全てを兄に捧げてくれた弟は、最後の繋がりを断ち切られてしまった今、もう動けない。
「ぅぅ…ぅ―――…」
涙の代わりに紅い滴を眼から流し、牧野は弟の白衣を探る。目当てのものはすぐに見つけることが出来た。自分達の命を奪った、小さな拳銃。
もう、その冷たい武器を恐れることも無くなった。だってこれを使えば、弟の傍にまた行けるのだから。
(―――司郎。私もすぐに、行くからね)
やはりその声はもう、届けることは出来なかったけれど。
いっそ清々しい想いで、牧野は銃の引き金に親指を差し入れ―――嘗て弟が撃ちぬいた額に銃口を当て、思い切りそこを握り締めた。