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道行

茹だるような猛暑が終わり、涼しげな風が窓から入り込んでいるマンションの午後。
蓬莱寺京一は緋勇麻央の伸ばされた膝の上に上半身を預け、珍しく読書に没頭していた。否、正確に言えば家主が読書に没頭しているので、邪魔をするのが忍びなく自分も真似をしているだけに過ぎない。
麻央が手元に持っているのは、風水の大極と五行に関するもの……らしい。説明はされたが、理解はしていない。対して自分が持っているのは、中国の御伽噺を集めたような簡単な読み物だ。麻央の蔵書の中で一番読みやすそうなものを選んだが、それでも油断すると瞼が下がる。
しかし、ページを捲った先にあった記述に、京一は興味を引かれた。


逆鱗[げきりん]……龍の背中にあるとされる巨大な鱗。他の鱗とは逆向きに生えていることからこう呼ばれる。この部分は竜族の弱点であり、この下に心臓がある。また、この部分に触れられると龍は理性を無くし、怒り狂って辺りを破壊するといわれる。


「ヘェ…」
「…どうした? 京一」
声を上げた京一に、麻央が反応する。
「いや、別に」
「?」
実は、麻央の背中にはわずかに黄色みがかった、鱗の形をした小さな痣がある。子供のころ、これがいつか少しずつ広がっていくのではないかと恐怖したときもあったと、麻央は笑って言っていた。
麻央が体を起こし、自分の手元を覗いて来たので、ちょっと笑って本を見せてやる。
「ほら、これ」
「…あっ……」
先程の声の理由に気がついたらしく、小さな声をあげて頷く。その隙をついてひょいと体を起こし、すいっと背中に手を滑らした。
「!」
痣の辺りを薄いシャツの上から軽く擦ってやると、ぴくんと体が震えてその場にへたり込む。
「弱点には違いねェよなぁ?」
「や……京一………」
体を抱きとめてやって、しつこく背中を擦ってやる。麻央の体の力が完全に抜けて、京一の腕にしがみついた。
「ん…ゃ、京一ッ……くすぐった…」
「お前が俺のこと、ほっとくから悪ィんだぜ」
にぃ、と笑って口付けた。


こいつってもしかしなくても全身性感帯じゃないか、と思ったことがある。
背中への手とキスだけで完全に参ってしまった麻央を、そっとベッドの上に横たわらせると、心の中でそうごちた。
首筋に舌を這わせるのと同時に、シャツのボタンを外していく。
「きょ、京一……本当に、その…する、のか?」
顔を赤くして、麻央が問う。
「本当本当。いーだろ、最近シてなかったじゃん」
おどけて返してやると、ますます頬が赤くなって、ぎゅっと目を瞑る。そんな仕草でさえ自分を煽ることに、気づいているのだろうか。
ストイックなくせに、感じやすい。
そのことを解っているから、躊躇なんてしてやらない。
もう一度啄ばむようなキスをして、胸に指と舌を滑らせた。
「あ……っ」
小さく声が漏れた。慌てて口をふさごうとする手を、押さえる。そんな勿体無いことさせてたまるか。
「声、聞かせろよ、麻央」
胸の突起を含んだまま喋ってやると、びくん! と体が飛び跳ねた。そこを逃さずに背中とベッドの間に手を差し入れて、体を裏返してやる。
「えっ……京一?」
不思議そうに問う麻央の声を無視して、背中の痣に舌を伸ばした。
「あっ! 京…いち、其処は駄目だっ! はぁ…んんッ!」
静止の声が甘い喘ぎに変わるのに気を良くして、しつこく其処ばかり責めてやる。
「や…きょう……あぅ………ひぁあっ…」
相手の名前も呼べないほど良いらしい。シーツに顔を埋めて、嫌がるように首を振る。それと反対に、腰が少しずつ持ち上がる。ズボンの上から猛りを軽く扱う。
「あ…ンッ!」
びくびくん、と背中が痙攣して、膝と腕の力が完全に抜けて、麻央はベッドに突っ伏した。京一の方が驚いている。まだ下に廻したままだった手を、ズボンの中に差し入れてやる。
「ん……」
ぐちゃり、と濡れた音が聞こえる。手を抜くと、快楽の証がべっとりとこびり付いていた。
「すげ…、お前、マジに溜まってた?」
「ん……そうかも、しれない…」
顔を赤くしながらも素直に答える。まだ熱い吐息とともに吐き出される言葉に、京一は自分の欲望が猛るのを感じた。
「麻央…もうちょっと我慢、な」
そう言って、麻央のズボンを完全に脱がしてやると、どろどろの液体を潤滑油にして、指を最奥に滑り入れた。
「ひ……」
びくぅっ! と体が持ち上がると、しっかりと抱きしめてやり、両手の指を後ろに伸ばした。
ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てて、中を掻きまわす。
「ふやっ…あ…あぅう…きょお…いちぃ……!」
「麻央……」
指が何本入っているのか、それ以前に自分がどんな格好をしているのか、それすらも麻央には解らなかった。ただ京一の体にしがみつき、許しをこうていた。
指がどんなに伸びても届くことのない奥の熱さが、麻央を責め苛んでいたからだ。
「きょ…いち、きょういちぃっ……! あ…つ…、中……熱いよぉ…!」
「ん……どんな感じだ…?」
「ん…んっ、もっと…おく……」
「…これ以上は、指じゃ、無理だぜ…?」
「あ…もうっ、だいじょうぶ…だからぁ……」
涙を流してしがみついてくる熱い体を抱きしめると、京一は自分の猛りを麻央の体の中に押し込んだ。
「っ……あぁぁ…!」
「っく……キツ……」
ギシッとベッドが弾む。麻央の細い体を押し倒し、腰を抱え上げていっそう奥へ進んだ。
「あっ…あっ、きょういち! ダメ、だ……また…あ、あああっ!」
「……俺もっ、…!」
ぶるっ、と体が震えて、どちらからともなく、達した。
麻央の体が力を失って、ベッドの上に倒れこむ。京一はそんな麻央の涙に濡れた瞼にキスをした。


いっしょにいること
ふれあうこと
いっしょになること
とけあうこと

でもきみとぼくはべつのひと


「……きょういち…?」
「おぉ。…まだ寝てろよ、キツいだろ?」
「いや…もう大丈夫だ」
そう言って体を動かそうとするが、うまくいかない。京一は苦笑いをして、ベッドの中でその体を抱きしめた。
あの時は一つになった感じがしたのに。今はどんなに抱き合っても距離が縮まらない。
解ってはいるけど、でも。
「…麻央?」
「あ……いや、何でもない」
埒も無いことを考えている自分に気がついて、苦笑して首を振った。京一はしばらくそんな麻央を眺めていたが、ふとその黒髪を指で梳いてやる。
「……麻央。言っとくけどな、俺はこんな風に麻央に触れて…嬉しいんだぜ? 運命だの宿星だのはくだらねェって思えるけどな、お前に会えたんなら…悪くねェと思ってる」
「! ……京一…」
「だから、よ。今は無理だが……約束しようぜ。絶対に、置いてったり、置いてかれたりってのはナシだ。…俺が先なら、お前を連れてく。お前が先なら、お前のその手で俺を殺せ」
「…………」
麻央は黙って、泣きそうになって…それでも、小さく何度も頷いた。悲しかったからではない、嬉しかったから。
「一緒に逝こうぜ…」
「…あぁ、京一……約束する…」
それを誓うようにまた口付けた。
もう外は暗くなっていた。