時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

物書きさんに20のお題・紫

01.すべり台
 
かんかんと音を立てて階段を上れば、あとは下り坂一直線。
「中々趣深いと思わないか」
家の近くの児童公園にて。
最早子供も遊ばないぐらいの鉄塔で出来たそれに戯れに昇ると、下で待っている男に問い掛けた。
「まあなぁ」
男はいつも通りの不敵な笑みを浮かべ、滑り降りる方から両手をついてするすると昇って来た。
「こういうのもアリだろ?」
「子供か、お前は」
らしいと思って、苦笑しか出来なかった。




02.肩
 
自分のそれが相手の腕の中にすぽりと収まるという事実により、
その場所の差異を嫌というほど理解して気分が悪くなった。




03.変換キー

「まぁとりあえず、何でもいいから入れて押してみろや」
「…帳簿、の濁点はどうやって打てば良いんだ?」
「……それ以前の問題だったか」



04.午前2時

夜の帳が降りて暫く。
こうなると、人の作った灯りも流石に形を潜め、静寂と暗闇が世界を支配する。
嘗て、この国が全てそうであった時と同じく。
じわじわと妖たちが溢れ出す時間。
幼い頃は恐れたそれも、今ではどこか懐かしいもの。
布団を被って、静かに、静かに。
息を殺して、二人で朝を待つ。



05.○△□

蔵の中から積木が出てきた。
「お前にもこんなんで喜ぶ時代があったんだなァ」
長い四角の棒を使って土台を作る。
「いや、僕は使った記憶が無い。多分、父さんの子供の頃のものじゃないかな」
きちんと固定して、柱を立てる。
なーん。
何をやっているのか気になったのか、うちの愛娘が寄って来た。
「雪白、あっち行っとけ。よく残ってたな」
言葉だけで追い払って、更に床を作ってみる。
なー。なーん。
「雪白、ほらこれで遊んでいてくれ。母さんが隠しておいたんだと思う」
一個だけ入っていた球体を転がすと、喜び勇んで追い掛けて行ったので息を吐き、三角の屋根を乗せる。  
「じゃあやっぱお前のモンなんだな」
段々と搭が高くなり、慎重さが求められる。
「…ん」
動揺しかけ、危うく崩すところだった。不覚、というように眉を顰めて見せる。
「これで全部か?」
「ああ、こうすれば――――」
全てのパーツを使い終わり、それなりに見目の良い天守閣もどきが出来―――――
んなー! ごろごろごろごろごろがしゃーん!!
「「あ――――――ッ!!!」」
…丸い球に大興奮の愛娘が、台無しにしてくれた。

  
 
06.スペシャルサンクス

いくら言っても足りないけれど、絶対に言ってやらない言葉。




07.宿題

「今取り込み中だ」
「んだよ、そんなん放って置けって」
「駄目だ。学生の義務だ」
「ちっ」
何せ今年の夏は、いろいろな事が有り過ぎたんだ。

 
 
08.一握り

いくら誇らしげに選ばれたと言われる血を内在しても、
お前の掌に残れなければ意味が無い。



09.暗がり

「誰も見てねぇって」
「ふざけるな馬鹿この痴れ者―――っんぐ!」
油断も隙も無い。



10.右回り

「お、発見」
「? 何をだ?」
「別に、大したこっちゃねェよ」
この位置だと良く見えるんだ、お前の旋毛が。



11.雨あがり

空気を洗濯し終わったような気持ちよさに、目を細めた。
縁側に出ようとして、草履を履くのをちょっと考えて止める。
裸足のまま、ぽんと叢の上に飛び出した。
ひんやりとする足の裏が気持ちいいが、着物の裾が濡れて色が変わり始めた。
しまったな、と思う前に。
「何餓鬼臭いことやってんだよ」
腰に手を回して抱き上げられた。




12.水彩絵の具

ぱんぱんに膨れた真新しいチューブは、
うっかり使う時に真中を押すと破れてしまう。
「…お前はうっかりそうしそうになったんだからな」
「あァ、解ってる。それが狙いだったからな」
「人非人が」
そうでもしなけりゃこんな綺麗な色は出せなかった。



13.痛いんです

言葉より空気よりその傷口より、何よりその瞳が雄弁に語っていた。
只只我慢しているのだと。



14.バイバイ

簡単に言おう。
「じゃ、またな」
「ああ…また」
また逢えるから。



15.サヨウナラ

絶対に言うのを止めよう。
「この命が尽きても」
「俺がくたばっちまっても」
自分の死を縛り付けたくないから。



16.守るべきもの

この国を。
この町を。
この家を。
友を。
我を。
君、を。



17.青いハート

戦う事に躊躇いは無い。
血に汚れる事は厭わない。
心を殺す事は当然のこと。
「…少しこうしていて良いか?」
「いつになく素直だな」
「放っておいてくれ」
それでもたまに、ほんの僅かだけ。
寄りかかる場所が欲しいんだ。



18.心のアルバム

思い出すと逢いたくなるから一人の時は絶対に開かない。



19.伸びたシャツ

「お前、これはちょっとだらしなさ過ぎるぞ」
「ああ? 言っとくが、原因はお前だぜ?」
「? どういうことだ?」
「ほれ、お前引っ張るだろ。背中掴んで」
「…ッ!! 誰がだ――――――!!!」



20.涙の色

たぶん自分しか知らないことだと思うのだが。
普段は黒曜石の黒。しかし感情が昂ぶった時には、鮮やかな翠に変わる。
だからもしかしたら、涙もそうなるのかと馬鹿なことを考えていたけれど。
「…あまりじろじろ見るな…悪趣味だぞ」
翠玉から零れる透明なそれを見た瞬間、全部頭の中が吹っ飛んだ。
何より、早く。
「! …祇孔? 何――――…」
その雫を止めたくて、目尻に口付けを落とした。
驚いたような制止が止まり、塩辛いそれを全部舐め取るまで、ずっと目を閉じていた。