時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

この傘をたためば

「…あぁ畜生、雨止まねぇな」
「仕方ないだろう、梅雨だからね」
骨董品店の瓦を叩く雨音が聞こえる。
「しゃーねぇ、濡れて帰るか」
「あ……」
小さく、静止とも動揺ともつかない声が漏れる。
「ん? 何だ?」
「いや、傘なら貸すよ。客人を濡らして帰す趣味はない」
本当は、別の声が口から出掛かった。『泊まっていけば良い』と。
それを押さえて、普段と変わらぬポーカーフェイスを取る。
「そうか?悪いな」
「…いつに無く殊勝だな」
「人聞き悪ィな、オイ」
顔を見合わせて、くすくすと笑う。
「じゃ、借りてくぜ」
「あぁ……」
身を翻した、無防備な背中。手を伸ばせば届く距離。
指で触れかけて、躊躇して引き戻す。
きゅ、と手を握りしめる。軽く首を振って、村雨の先に立って玄関の引き戸を開ける。
もう一本傘を出してきて、雨の中で並んだ。
「……どした?」
甘い揶揄を含んだ、村雨の声。
「別に。少し雨に打たれたいだけだ」
雨は好きだ。
黙って立っているだけで、体が冷え切っていって。
何の邪念にも囚われず、生きていける『人形』になれそうな
気がするから。
今も、傘の上に落ちるぱしぱしという音が耳元に心地良い。
と、傘を持っていた手の上から、大きな掌が被された。
「祇…」
抗議しようとした口は、軽い口付けで塞がれた。
「ん…こら」
「打たれるんなら、傘はいらねぇだろ」
ゆっくりと、引き剥がすように指を獲られる。
ばさりと、雨に濡れた道路に傘が落ちた。
「こっちに入れよ」
「…まったく、お前は…」
傘の下で、抱きしめられる。どちらからとも無く、唇を合わせて呟く。
「そりゃこっちの台詞だ」
「………?」
訝しげに首を傾げる如月に、軽く詰るような口調で問う。
「言いたいことがあるんならはっきり言え。それとも無理やり言わしてやろうか?」
「……御免被るよ。…そんなことをされるぐらいなら、自分で言うさ」
自分より少し高い位置にある首に腕を回す。首と方の間に挟んでいたもう一本の傘が落ちた。
「………んっ」
自分から唇を重ねた。歯列を割って舌を差し込んでやると、すぐに答えてくれた。
舌がすごく熱い。合わせた自分が一瞬怯むほどに。しかしすぐに、そんなことも考えられないくらい激しく吸い上げられる。
「……祇孔」
「…あぁ」
「……泊まって、いかないか?」
「………そうこなくちゃぁな」
落ちた傘を素早く拾い上げ、如月の細い体を抱き上げる。
「おい、自分で歩く」
「野暮なこと言うなよ」
軽々と自分を持ち上げる相手に、小さな嫉妬と呆れと……どうしようもない愛しさを感じて、軽く溜息をつく。
「まったく…自分が馬鹿みたいだ」
「お互いさまだろ。俺はお前にイカレてる」
「僕はそんなことはないよ」
「へーぇ…そいつはどうかな?」
掠めるように、耳朶にキスされた。ぴくりと強張った身体ににやりとして、其処をしつこく攻めてやる。
「ん…もうよせ馬鹿!」
「わかってるって。後は家で、だろ?」
「…うるさい! もう帰れ」