時計+人形

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オールソーキス

戯れの口付けならば、それこそ数え切れない程された。
振り向き様に上から奪われたり。
顎を掴まれて無理矢理されたり。
からかうように軽く、何度も啄ばまれたり。
ゆっくり味わうように深く、絡めあったり。
何度も何度も触れ合って、いい加減慣れてしまったのが悔しいが。
それでも、安らぎを感じていた事は事実で。




縁側の障子を開くと、思ったより甘くて暖かい風が吹いてきて、如月は僅かに頬を緩めた。
もう、春もたけなわ。風に乗って薄紅色の花びらがひらひらと庭に落ちてくる。
「――早いな」
高校を卒業してからもう随分と経つけれど、未だに春になるとあの頃を思い出して浮き足立ってしまうのは、やはりあの頃が自分にとって一番充実していたからだろうかと思う。
自らの使命を果たすと同時に、それ以上に大切なものを手に入れた日々。
どんなに遠く離れても、絆を違えずいられると思える相手に出会えたこと。
それは今の自分を律する為、主軸になる誓い。
もし彼に会わなければ、自分は只使命を果たした後、消えてしまっていただろうと思う。少なくとも如月翡翠という人間は、「飛水の忍」でしかなくなり、そしてそれに疑問すら持たなくなっただろう。
自分にとってそれが不敬であるとは解っているけれど、やはり僅かな恐怖にぶるりと身を震わせた。
自分の選択が正しいのか間違っているのかは解らない。只、後悔だけはしていない。
無意識のうちに指を伸ばし、自分の唇に触れた。
そこに与えられる熱を安らぎに変える事を望んで。




かたん、と店の方から音がした。
予感があった。
気配を感じた。
身を翻し、普段よりも早足でそちらへ向かう。
思ったとおり、休業中の札を出しているにも関わらず、その男は既に店内に侵入を果たしていた。
土間の部分で足を止めると、侵入者は昔と寸分違わぬ雰囲気のままに、と口元を上げ、
「――――よォ」
何でもないことのように挨拶した。5年近く離れていたとは思えぬ程に。
「…思ったより、早かったな」
自分の口から出たのはやはり相変わらず、可愛げの無い嫌味だった。当たり前だ、そう簡単に変わること等出来ない。
それでも――――。
たん、と裸足のまま土間に降りた。自然に身を近づけて、どちらからともなく両腕を伸ばし、互いの身体を抱き締めた。最初は緩く、そして強く、強く。
顔を仰のかせたのも、顔が近づくのも、ほぼ同時だった。
自然に瞼を閉じる。と同時に、触れる柔らかい感触。
ゆっくり押し付けて、ゆるゆると開いて、そっと絡んで、強く吸った。
「――――、変わってないな」
「そりゃそうだろ」
「てっきり上達しているかと思っていたぞ」
「練習する相手がいねェだろうが」
「…………」
特に悋気等無い、純粋な疑問のつもりだったのだが、僅かに眉を上げただけでさらりと言い切ったその台詞にやられた。
悔しいので、頬の紅さに気付かれる前に今度は自分から唇を合わした。