時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

闇に咲く華

空気を切り裂く、笛のような音。
その一瞬後、びりびりと障子を震わせる衝撃音。
夜空を彩る、華、華、華。
散り終えた静寂の中に、そよいでいく一陣の風。
縁側に吊るされた風鈴を撫でて、耳に心地良い音を奏でる。
「風流だねェ」
「堪能してるな?」
奥から汗をかいた麦茶のグラスを盆に載せてやって来た如月は、
我が物顔で縁側に腰を下ろしている浴衣姿の狼藉者の前にそれを置いた。
「何でェ、酒じゃねェのか?」
「贅沢者。少しは遠慮と言う言葉を知ってくれ」
同じく浴衣を着こなした若旦那は、軽く裾を捌いて同じく縁側に腰掛ける。
夜空に散った火花が、庭を明るく照らした。
「結構見えるものだな」
「あぁ、上等だぜ」
自分の家なのに知らなかったのか、と向けられる揶揄の瞳を軽くいなす。
「そんなものに目を向ける余裕など、なかったからね」
現実にあるものが全て無駄だと思っていたあの頃は。
「ヘェ…じゃぁ、今はどうだ?」
伸ばして髪を絡め取ろうとする指を緩く払い除けながら、少しだけ口の端を持ち上げた。
「……綺麗だよ」
音も色も光も。
たとえ、なにより美しく輝いた後消えてしまうものでも。
それが価値のある物だと、知ったから。
ふと、視界を塞がれた。
目の前に相手の顔が近づいたので、なにも考えずに目を閉じた。
唇の上の濡れた感触に、僅かに鍵を緩める。
そのまま、畳の上に寝かされた。
「…花火を見ないのか?」
「もう充分堪能したさ」
もう一度、夜空に火花が散った。
鼓膜を劈くあの音が、少し遠くなった気がした。
その音と同時に、耳元で囁かれた言葉に酔うことにしたからだ。
『……………』
それと同じ言葉をそっくり返して、後はただ、相手に溺れたかった。