時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

一月ぐらい前に、ちょっとした小間物屋への買出しに付き合った。
用が終わって帰るとき、ふと、如月が足を止めた。
何を見つけたのかと視線を追うと、そこには飴のような光沢を発する翡翠細工の腕輪があった。
確かにちょっとは洒落ているが、それだけだった。とても目利きとして評判の骨董品店の若旦那を魅了するほどのものではなかった。
それなのに、何故。
『…欲しいのか?』
揶揄するように聞いた。てっきり顔を赤くして怒るか、無視を決め込むかと思って。
ところが、反応はどちらでもなかった。少し、ほんの少し、笑って。
『いや、別に』
久しぶりに、その顔を見た。
自分と共にいる時では滅多に見せることは無くなっていた、
何かを諦めたような、笑顔。
それを見た瞬間、買ってやろうと決めた。


がたがたと、立て付けの悪い骨董品店の扉を空ける。
「よぉ」
軽くてを上げて挨拶すると、目録作りの為に手元に下げられていた目線が上がった。
「あぁ、今日は何の用だい」
「つれねぇな。用が無きゃ来ちゃあいけねぇのか?」
「生憎とここは休憩所でも談話室でもない。骨董品屋だ」
目線が再び下げられ、冷たく弾かれる。もっともこれぐらいでへこむ村雨ではない。
「別に俺ァ、休憩所や談話室のつもりで来た覚えは無いぜ」
「……じゃあ、何のつもりだと言うんだ」
不審そうにまた上げた顎を掴んで、上向きにする。
「自分の家に帰ってきて何が悪い?」
唇を触れるほどに近づけて、真剣な声音で囁いてやる。
「………離せっ」
憮然とした表情で、手を振り払う。
「照れんなよ。今更」
そう言った村雨の喉元に、ぴたりと玄武が押し付けられる。
「…それ以上余計なことを言うな」
「悪い悪い」
と、悪びれる様子も無く返す。
「お前はっ……!」
かっとなって声を荒げる瞬間、手を上げて降参の意思を示す。照れ隠しとはいえ、本気でやるのだこの若旦那は。
「悪かったって。それに今日は、ちゃんと用事がある」
「………何だ」
不機嫌さを隠すことなく問うが、一応切先は収められた。村雨はにぃ、といつもの不適な笑みを浮かべて、
「手ぇ出せ」
「…何をする気だ」
「いいから出せって」
警戒しているらしく、手を出そうとはしない。しかしなおも促す村雨に、しぶしぶといった様子で右手を差し出す。
かちり。
「…………?」
金属音と共に、冷やりとした石の感触。何事かと思って腕を見ると。
「…! これは……」
あの時の、翡翠の腕輪だった。
「誕生日、おめでとさん」
「えっ…」
不意に言われた言葉に呆気に取られる。その顔を見たのか、呆れた声が返ってくる。
「……忘れてたな?」
「……実は……」
正直、すっかり忘れていた。
「ったく。…自分の欲しいモンがあったらすぐ言え、我慢すんな」
きりり、と音がして金具が締められる。
「おい、きついぞ」
「これぐらいにしとけって、落とすぞ。それに…」
「何だ?」
「俺の物って感じがするだろ?」
「…五秒で外してやる」
「つれねェな」
見詰め合って、少しだけ笑った。


ふと、腕輪を月の光に透かして見る。色の薄い翡翠は、電灯の光より月光が似合う。
少し腕が痛む。金具を少し緩めると、手首に痕が付いていた。
「全く、あいつは………」
こんな風にいつも、自分の中に痕を残す。絶対に消せない、消したくもない、痕を。
溜息をついて、腕輪の金具を。
少し、ほんの少しだけ、きつく締めた。