時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

祝福≒感謝

ほんの少しの昔、
ほんの少しの偶然で、
君はこの世界に生まれた。


さわさわさわ、と風が鳴いている。
遠い自分が生まれた国ではきっと雪が降るほどの寒さだろうに、この地はひどく暖かい。そんなことにも、もう慣れてしまった。
風と共に歩き、草を褥にする生活も、もうすぐ続けて二年にもなる。
決して楽な道程ではないのにそれでも自分が音を上げないのは、自分で決めた道であると言う事と―――、風と違い、自分には横を歩いてくれる者がいるからだと、京一は思った。
「京一?」
名前を呼ばれて、ふと我に返る。
「あ、悪ィ。今日はここまで、だな」
「あぁ」
もう既に辺りは夜の帳が落ちていて、月が明るいと言えどこのまま山道を歩きつづけるのは危険過ぎる。二人は手馴れた風に道端の草叢に腰を下ろす。ごろりと寝転がった京一と対照的に、麻央は自分の荷物から小さな手帳を出して何か書きこみ出した。旅に出てから一度も書き忘れたことのない簡単な日記。几帳面な彼らしくて、少しだけ笑った。
「麻央、そんなんいいからこうして見ろって」
「うん? ……あぁ、凄いな」
京一の声に、座ったまま視線を上に向ける。まさに降り零れてきそうな星の輝きに、感嘆の溜息を洩らした。
「へへ…ほら、首疲れっだろっ」
「わっ! …京一」
襟首を掴まれて、引き倒された。横を向くと悪戯っぽそうな笑顔に鉢合わせ、敵わないと言うように笑った。諦めたように手帳を枕元に置き、空を仰いだ。
「…本当に、凄いな…それ以外の言葉が思いつかない」
「…あぁ」
視界は、まさしく360度星空。じっと眺めていると、まるで天地がひっくり返って自分が空に落ちていきそうな錯覚に囚われ、隣の男の手をしっかりと握り締めた。
掴まっていれば、大丈夫だからと言うように。
「こんなん見てるとよぉ。俺達の存在なんか、それこそ鼻くそ以下のちっぽけなモンなんだろうな。癪だけどよ」
「そうだな…それでも。俺は、京一の存在が何より大切だぞ?」
ころりと、横を向く。揺るがぬ大地に頬を預けると、安心する。自分はここにいるのだと、安心できる。
「ありがとう。京一。この世界に生まれて来てくれて。俺と出会ってくれて、俺の側にいてくれてありがとう」
そう言って。はじめて出会ったときと寸分違わぬ柔らかな笑顔を見せられたから。
我慢できなくなって、口付けた。
「! …っ京一?」
「オマエな。…頼むから自分の言葉の破壊力を考えろ」
めちゃくちゃ照れる、と言ってやると、意味が解らなかったらしく目を瞬かせている。もう出会ってから二年以上経つのに、肝心な所が変わっていない。
勿論、そう言うところが気に入っているのだが。
「しかし…誕生日だろう? 今日は、お前の。だから、伝えておきたかったんだ…」
そう言われて、はたと気がついた。日にちを気にしないような生活をしていたので、すっかり忘れていた。
「そ、だったか? 悪ィ、忘れてた」
「やはりそうか」
くすくすという笑い声が、風に遊ばれていく。ちょっと腹が立ったので、もう一度キスしてやった。
「そう言う時は、オメデトウだろーが」
「しかし本当に「あぁもういーから黙ってろって」
これ以上恥ずかしい台詞を言われて堪るかと、本格的に口を塞いだ。



口付けは、自然に深くなった。
「ん…ふぅ………んむっ」
もう少し、もう少しだけ近づきたくて、もどかしげに唇を合わせた。
一端離すと一瞬だけ不安が麻央の琥珀色の瞳を掠めるため、それを打ち消したくてまた口付ける。
何が怖いのだろう。こんなに近く側に居るのに。
その恐怖が自分の心の奥底にあるのも気づいているので、尚更乱暴に口を吸う。
「ふぁ…京一、もうっ……」
身体が熱を持ち始めていることは解っていたので、上着の前だけ開いて手を這わせた。ひやりとした冷たさに、麻央の身体に鳥肌が立つ。そして次の瞬間その震えが熱に変わる。その繰り返しに身体はどんどん追い詰められる。
「あっ…京、いちっ……ぁ、はぁあッ……!」
白い肌に舌と吐息を這わせて、下着の中に手を押しこんでやると、一層掠れた嬌声が鼓膜を刺激した。
「んッ、あ…ぅ、もぅっ……」
身体の中心部が熱くなる。そのことを潤んだ瞳で訴えると、京一はにやりと笑って体制を変えた。
ひょいっと自分が下になり、座った腰の上に麻央を跨がせたのだ。
「え…っ」
いつもと違う視界に戸惑う麻央の着衣を下だけ取り払い、自分の象徴を跨がせてやる。
「このまま…出来るか?」
耳元で囁いてやると、きゅっと喉を鳴らす音がして、こくりと頷いた。
もう一度口付けて、細い腰に手を添えて促してやる。
「はぅっ…ク、あぅああああっ!?」
自身の先走りで濡れていたとはいえ、まだ固い門は侵入者を拒んだ。悲鳴のような嬌声が響き、慌てて自分の口に吸い込んだ。
小さく息を吐いて呼吸を整えていた麻央が、ふっと力を抜いた瞬間、腰を突き上げてやる。
「いっア! あぅ…くあ、あっあぁぁあ!」
がくん、と麻央が空を仰いだ瞬間、限りなく広がった星空が見えた。
――――落ちる!
恐怖が浮び、伸ばした手を京一の首に絡ませ、しがみついた。
「…どうした?」
荒い息の下で問う。
「は、ぅア、お、ちるッ……!」
「…大丈夫だッ、しがみついてろ…!」
しっかりと抱き合ったまま、鼓動と呼吸が早くなって、重なり合った時――――、
二人は、一緒に落ちた。勿論、地面に向かって。
草の褥は何事もなかった様に二人の身体を柔らかく抱きとめた。




(もう俺もハタチかよ…にしちゃ、ヤッてることはガキだよなぁ)
僅かな休息の後、目を覚ました京一は腕の中の麻央を抱き上げて、草叢に足を投げ出して座った。
麻央の方は気絶同然の眠りに引き摺りこまれてしまったらしく、目を覚ます様子はない。
それでも安心した様に規則的な寝息を立てる相手に、どうしようもない愛しさと慙愧の念が沸く。
「一月ぶんは俺の方が年上なのにな」
自分に苦笑して、頬に軽く唇を落とす。
どう考えても熱烈な告白にしか聞こえなかった先程の祝福の言葉を思い出して。
自分も同じ気持ちなのだと言いたかったけど、とても素面で口に出して言えるものではなくて。
その言葉の代わりになるように、何度も何度も口付けをした。


この世界に、生まれてきてくれてありがとう。
私の側に存在してくれて、ありがとう。