時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

インターミッション

暑い暑い夏が、やって来る。
学校と言う場所に似合いの、色々な行事を引き攣れて。





「うっぎゃあああああああああっ!!!」
授業中にしてはやけにざわつく廊下に、まさしく「この世の者とは思えぬ」程の絶叫が響き渡った。そう、それはまるで人の悲鳴ではなく、虎の咆哮のような――――
「何でっ…何でっ………何でまだ伸びてんだよおおおおおっ!!!」
音源は、ついさっき手渡された白い紙の中の内容を全て確認した後、信じたくない事実を突き付けられてしまった虎乎である。
「………理不尽だ………」
同じくその横では、廊下の窓によりかかったまま、眉間に皺を寄せ珍しくも苛立ちを顔面に浮ばせている尋巳が呟く。
「証拠隠滅ー!!」
と叫んで女子にしては大きすぎる手の平でその紙を握り潰す虎乎。そこにばっちり書かれていたのは、身長・体重・胸囲・座高・視力・聴力・その他諸々。つまり、健康診断書である。
ぐしゃぐしゃになった虎乎のそれに書かれていた数字は、身長180.4。ばっちり、1.4cm伸びていた。
「あああああ180の大台乗っちまったあああああ」
ぎりぎりと壁に爪を立てながらでかい図体を崩れ落ちさせる虎乎に、尋巳が冷ややかな目を向ける。
「それを握り潰そうと、お前の背丈が縮むわけではあるまい。我に返れ痴れ者」
数少ない友人に向けるにしてはいつになく冷たいこの物言いも、
「…しかし、何故だ。身長は前年と変わりないのに何故体重がまた減っている…? 生活習慣を変えた覚えは皆無…理不尽だ。理不尽過ぎるぞ」
納得いかない事象に対する八つ辺りである。虎乎もそれを解っているのでまともに取り合わない。取り合う余裕が無いと言うのもあるが。
「やばい…やべぇよ…どうするよオイ…こ、これ以上でかくなったら…」
そこで顔を青褪めさせ、言葉をつむぐことが出来なくなる虎乎。浮んだのは、愛しい長身の男を見下ろすことになってしまう自分の姿。
「うああああ嫌だあああああっ!!!」
「納得出来ん……」
太陽の光が差しこむ廊下の一角に出来る絶叫と怨嗟のトワイライトゾーンに、誰も近づかない否近づけない。ここに入り込めるのは勿論、
「トラちゃん、ヒロ、おまたっせー! ねぇねぇ聞いてー」
がらっと診断場所の教室からシャツを羽織りつつ出てきた、アニマルトリオの最後の頂点、鷹也。
「えっへへー。まだ伸びてた! 3cm!!」
ぶいっ! と二人のやや座った目の前にピースサインを突き出す。只でさえ高い彼の身長は更に上乗せされ続けているらしい。
「このペースだったら隼兄ちゃん抜けるかな〜」
ちなみに、鴻鮮魚店の次男坊にして跡取の隼は、現在20才にして身長2mを越えている。ついに鷹也も190の大台に乗ったので、このペースが続けば確かに夢ではないかもしれない。
がきっ。
「う?」
と、にっこにっこしていた鷹也の頭ががっちりホールドされた。犯人は当然何時の間にか間合いに入っていた虎乎。
「良かったなぁタカ。楽・し・そ・う・で!!!」
ぐりぐりぐりりぐりぐりり。
「痛い痛い痛い〜!!! ヒロ助けて〜!!」
容赦無しの拳骨ぐりぐりアタックに鷹也が悲鳴をあげる。助けを求められた尋巳は、その涼しげな瞳をすうっと眇めて、
「虎乎。友人割引は入れるなよ」
鬼の一言を言い放つ。
「ははは、するわけないじゃん」
「鷹也。骨は拾ってやる、安心しろ」
「いーや―――〜!!!」
乾いた虎乎の笑い、冷たい尋巳の呟き、泣き出す鷹也の絶叫。
「おーいそこの三馬鹿トリオ、いつまで遊んでんだ」
と、他の生徒が遠巻きにしている中、物怖じせずに近づいていった一人の男。
身長は流石に鷹也には負けるが長身、体付きもがっちりしている。左瞼の上に切り傷があり、目付きは剣呑、不精髭のオプション付き。知らない人が見たら間違いなく筋者だと勘違いしてしまうであろう容姿の持ち主である彼の名は、水基戌。ミズキ イヌではない、ミナモト シュチと読ませる。勿論生まれてこの方一発で読めた人間はいない。
そして、土生東校1年の歴史担当教師であり、虎乎・鷹也・尋巳の担任でもある。
「あ、センセー」
「測定終わったんなら、さっさと教室戻れ。午後からは授業あっからな」
「へーい」
「はーい!」
「心得た」
素直にじゃれるのを止めて返事をする3人。見た目強面でぶっきらぼうだが、テストが簡単(資料の持ちこみを許可してレポート系のテストを書かせている。大学なら兎も角、高校でこれをやっているのは珍しい)なのと贔屓をしないことから意外と生徒には慕われている。虎乎と鷹也にも、容姿や成績等に対する他の先生からの攻撃から守っていてくれている恩があるのだ。
じゃあ行くか、と踵を返しかけた3人の背中に、
「あ、鴻弟」
「う? 何、センセー」
ちなみに、戌は2年前には虎乎の姉・里馬と鷹也の姉・燕を受け持っていたので、下二人のことを瀬川妹・鴻弟と呼んだりする。
くるりんと振り返った鷹也に、戌はがしがしと短く刈り込んだ頭を掻くと、
「鴻のヤツ、昨日様子どうだった?」
「燕姉ちゃん? ? 別にフツーだったと思うけど…」
「そっか。ならいい」
鷹也がきょとんとしているうちに、戌は職員室に歩いて行ってしまった。




⇒虎 ⇒鷹 ⇒蛇