時計+人形

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「はぁ―――…」


我知らず吐いた息は全部白くなって、辺りに散っていった。
きんと空気が冷え込み、冬の訪れを告げている。
鷹也は既に日の落ちたグラウンドで一人、赤から藍色に染まっていく空を見上げていた。
雪が振る前の最後の追い込み、ということで今日の陸上部の練習はかなり長引いた。
尚且つ部の仲間が引き上げた後も、一人でずっと自主練を続けていた。
いつも一緒にいる二人の友人は、どちらも寒さには凄く弱いので先に帰ってしまった。


だから、今は一人。




「広いなー…」



空を見上げて、誰に聞かせるでもない独り言をぽつりと呟く。
辺りは静まり返っている。当然だ、ここは学校で、きっともう用務員のおじさんしか残ってやしない。
周りは静かな雑木林で、人の気配があったら返って怖い。
勿論町はまだ宵の口で、寧ろ繁華街はこれから賑わう時間。
自分の家のある商店街は閉まり始めているだろうが、家に帰れば両親と祖父母と沢山の兄弟が自分を待っている。
そんなことは解っている。帰らなければいけないことも。
それなのに足が動かない。


だから、今は一人。




「…よいしょ」



唐突に、ごろん、とタカヤはグラウンドに寝転がった。
視界に空しかなくなったせいで、却って近くなったように見える。
まるでこの世界に、自分以外の存在がいなくなったかのように錯覚する。


だから、今は一人。




「…元気かなー」


最近、こんな事が多くなった。
いつも誰かと一緒にいる自分が、不意に一人になる時。
思い出してしまう。思い出そうとする。
もう自分の傍にいることはない、少女のことを。
その身に何事もなければ、自分と同じぐらい年を経て成長している筈だとは解っているのだが、自分の中にあるイメージはやはり、中学生の頃のままで。
自分以外のたった一人の人を選んで、飛び立ってしまった一羽の兎。
その道が酷く苦しい事を知っていても、引き返そうとはしなかった。
自分も引き止められなかった。


「とーこちゃん」


ぽつりと名前を呼ぶ。
当然返事は聞こえない。


だから、今は一人。


こんな思いを背負った事を、後悔なんてしていない。
自分は待とうと思った、待つと伝えた。彼女はそれならいいと、言ってくれた。
―――待っていて、とは言わなかった。


「…あう。ぜーたくモノ」


ぽく、と寝転がったまま自分の頭を叩く。
誰かを愛するという事は、多分に自分が愛されたいというエゴを内包する事に等しいぐらいもう解っている。
でも彼女には無理だと思った。あれが彼女にできる精一杯の返事だったということも解っていた。


だから、今は一人。





「…………よし! 考えんのおしまいっ! かーえろ!」


ぎゅっと一つ目を瞑ってから、足で反動をつけてひらりと鷹也は起き上がった。
自分は大丈夫と笑っていても、やっぱり時々不安が浮かび上がってくる。
何時の間にかこの思いが変容しているのではないかと、遣り切れなくなる時もある。
それでも。



「やっぱり、好きだよ。とーこちゃん」



珍しく苦笑混じりの顔で、空を見上げて誓う言葉は、やはり答えを貰えず空気に溶ける。





だから、今は独り。



fin.