時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

ソドミィ2

いつも通り、一人のホームレスが街外れの教会にやってきた。
「よう。飯食わせろ」
「…いらっしゃいませ」
傍若無人この上ない客人に対しそれでも礼を取ったこの教会の主は、普段から健康的とは言えない様相を呈しているが、今は更にやつれているように見えた。視線を降ろし、普段鎖で繋がっているはずの手が片方無い事に気付き、成る程と志堂は頷いた。
「まだ拗ねてんのか、あの餓鬼」
「…誰のせいですか」
「お前が玩具買ってやんなかったせいだろ」
珍しく非難がましい視線を向けられても、動じた様子も無く志堂はさらりと返す。却って留架の方がぐっと詰ってしまった。
理由は理不尽この上ないものなのに。
先日、志堂が明かした二人の学生時代の秘密によって、壮絶な修羅場が繰り広げられ、神父の片割れが凄まじい嫉妬と独占欲で危うくこの紅い髪の男を殺しかけて早数日。どうやら我侭悪魔の機嫌はまだ治っていない様だ。
「買ってやりゃ良いじゃねぇか。店なら教えてやるぞ」
「勘弁して下さい」
嫉妬の炎を消しきれぬ少女が頼んだのは、自分には絶対に不可能な事をなす為の玩具。しかし流石の留架でさえも、自らの矜持を粉々に打ち砕き兼ねない代物を自分の手で買いにいくのは当然ご免蒙りたいらしい。
「オーケイ、解った。俺が宥めりゃ良いんだな」
「…良いのですか?」
肩を軽く竦めて言った志堂の言葉に、留架が目を見開く。この男が自分の、総じて他人の言う事を聞くことなど有り得ないのに、と。
志堂は答えず、留架の隣をすり抜けて教会の中に入っていく。だから留架は気づかなかった、すれ違った後志堂の顔が、堪えきれないと言うようににやりと笑ったのを。
彼がこんな笑みを浮かべるのは、とてつもなく楽しい時。自分の食指を動かす程の面白いものを見つけた時だ。
彼の背中を見送って―――留架は、理由のない不安にぞくりと背中を震わせたのだった。





ごんごんごん。
鉄製の扉を無遠慮に叩く。当然中から返事は返って来ない。いつもこのドアを叩くはずの男とは、全く違うノックの仕方だから。
志堂は何事もなかったように自分のパンツのポケットを弄り、曲がった2本の針金を取り出す。掌に収まるぐらいのそれを、志堂はしゃがみこんで一本ドアの鍵穴に差し込む。それを持ち、何かを押さえるように力を込めながらもう一本も鍵穴に入れ―――
がちっがちっ、がきん。
ものの数秒で鍵を開け、扉を押し開ける。
その瞬間、枕が飛んできた。
ぼすっ。
志堂は予期していたようで、あっさりそれを片手で払い除ける。そしてベッドの上で親の仇のように―――否それ以上の憎悪を持ってこちらを睨んでくる亜輝と対峙した。
「いきなりご挨拶じゃねぇか、餓鬼」
「うっさい不法侵入者。出てけ」
両膝を抱えてこちらを睨んでくる瞳は赤い。本格的に餓鬼、と志堂は溜息を吐き、ふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「一つ試してみねぇ?」
「…? 何をさ」
唐突にかけられた誘いに、亜輝は目を瞬かせる。好奇心が僅かに疼いたらしい子供に、志堂は淡々と言葉を続ける。
「三人で」
「………………」
ひたりと、沈黙が落ちる。静まり返った部屋の中、漸く言葉の意味を理解した亜輝はむっと志堂を睨む。
「何であんたにまた、留架触らせなきゃいけないんだよ!!」
激昂と同時に、今度は分厚い聖書が飛んできた。それもあっさり避けて、まぁ待てと志堂は片手を上げて制する。
「お前セックスの最中、自制の効かなくなったヤツの顔見たことあるか?」
その言葉に、次は燭台を投げようとしていた亜輝の手が止まる。む、と唇をへの字に曲げて、悔しそうに呟く。
「………最後あたりは。大抵、あたしの方が、わけわかんなくなっちゃう、けど」
事実であった。その手のスキルに措いては相手より数段上のはずなのに、事が始まれば何時の間にか翻弄されてしまうことになる。それは当然身体だけでなく、心も欲しいと思える相手に出会えたお陰であるのだが、勿論志堂は指摘しない。
「後ろ試した事はねぇのか?」
「いっぺんしようとしたけど…留架、やがったから」
不躾な更なる問いに、ほんのちょっとだけ寂しそうに亜輝は視線を逸らした。こんなところにも「嫌われたくない」という片鱗が見え隠れしていて、志堂はやれやれと息を吐いた。
「一回きり後腐れ無し、お験しってことで如何だ? …お前も見たいんだろ?」
「う…………、いらないもん」
一瞬詰まった。かなり心が揺れ動いた証拠だ。何だかんだ言って、亜輝も志堂の事は嫌いではない。他の人間からこんな提案されたとしたら億が一にも首を縦に振らないだろうけど、志堂だったらまぁ、構わないのではないかと思える程には。
それでも、留架に自分以外の手が触れるのは嫌だ。それは間違いない。
しかし、相手が迷っていることを悟った志堂は、容赦なく追い討ちをかけた。
「じゃあ、オマケだ。駅前のマロームカフェ、オリジナルアイスクリーム引換券」
ぴっと懐から取り出した紙片に、はっと亜輝が視線を合わせる。この街一番の味と称される有名カフェの更に有名なアイスクリーム。只でさえ好物の上、この教会に来てからは渋ちんの保護者がいる為一度も口にいれていないそれ。ゆらゆら揺れていた亜輝の心を更に傾けるのには充分な代物だった。
「…ホンモノ?」
「勿論。拾ったブツだが、通し番号もあるし店に確認した。三枚有ったが一枚既に使ったからな」
それはかなり信憑性が高かった。かのカフェでその引き換えキャンペーンをやっていることは耳に入っていたし、それが三枚綴りであるのも知っていた。テレビでそのCMを見て、食べたい食べたいと駄々を捏ねて保護者を困らせたのは記憶に新しい。
「さぁ―――、如何する?」
「うううぅぅううぅううう」
亜輝は迷った。かなり迷った。しかし先日の件で留架に腹が立っていたことは確かだし、それより何より、余裕の崩れた留架の顔というものを―――亜輝は見てみたかった。それを目の前の男だけが知っているという事も許せなかった。その男の力を借りなければいけないというのは重ねて癪な事だったけれど――――。
「…………っ交渉成立!!」
何かを振り切るように叫び、亜輝はチケットを志堂の手からもぎ取った。矜持と不満と物欲により、悪魔は天使を神紛いに売る事になった。
「了解。よし…留架! どうせ居るんだろ、来い」
その声に答えるように、足音が聞こえた。やはり心配で、階段の下辺りで待機していたらしい。
「亜輝…っ」
天岩戸が開いていることに気づき、走りこんで来た留架を―――亜輝は最早きっぱり割り切る事に決めたのか、にっこり笑ってその手を取り部屋の中央に引きこんだ。
「留架ー。手錠貸して」
「亜輝?」
疑問符を飛ばしながらも、素直にポケットから無骨な金属を取り出す留架。亜輝はそれを受け取り、
「キョウ、パス!」
素早くベッドの側に立っていた志堂に投げ渡した。
「おし、留架。回れ右」
「?」
ぱしりとそれを受け取った志堂の言動の意味が解らないまま、素直に留架は後ろ、即ち亜輝の方に向き直った。その隙を逃さず、志堂は素早く留架の両腕を掴み―――
がきんっ。
「!? 志堂、何を―――ッ」
「ほれ、こっち」
後ろ手に拘束された事に驚愕し、声を上げようとした瞬間、腰に手を回され後ろに引っ張られた。抵抗する間も無く、留架はベッドに腰掛けた志堂の膝の上にすとんと着地する羽目になった。自分の格好に羞恥が沸き起こった瞬間、
「留ぅー架」
「亜輝っ…んんっ!?」
語尾にハートマークがつきかねない上機嫌の声で呼ばれたと思ったら、深く唇を吸われた。まるで口腔の唾液を全て絡め取ろうとするかのような動きに、抵抗できない。否、しようとしたが動けない。両手は拘束されたまま、更に志堂に抱きこまれているような形になっているからだ。
「ん、む―――…っ、ふ!? やめっ、志堂!?」
かけがえのない相手からの口付けに流されかけた思考が、不意に元の位置に戻った。襟元のホックが後ろから伸ばされた手で外され、その手が無遠慮に服の下に潜り込んできたからだ。
「何を、考えて―――、っうあ!?」
非難しようとした声が上擦った悲鳴に変わった。ぐいっと無遠慮に後ろから法衣を肌蹴させられ、首筋にがりっと噛み付かれたからだ。痛みは当然感じないが、却ってそれにより口腔の熱さと皮膚に潜り込む犬歯と濡れた感触を露骨に感じ、留架の血色の悪い肌に鳥肌が立った。
「む…やっぱり、留架責められる方がスキなんだ…」
反応が変わったことに気付き、亜輝は悔しそうに顔を歪ませる。そのあまりといえばあんまりな台詞に、留架も眉を顰めてしまう。
「失礼な事を…言わないでくださっ、く!」
反論はまたしても止められた。今度は露になった胸の上に、亜輝が吸い付いたからだ。まるで飴を舐めるように、大きく舌で身体を撫でられていく感触が、背中からの無遠慮な衝撃と相俟って留架を混乱させて行く。
「亜輝…止めなさい、これ以上はっ…!」
「やだ。今日は、留架が気持ちイイことだけするんだからっ」
もう完全に葛藤を振り捨てたらしく、静止にも亜輝は止まらない。そのまま唇を滑らせて臍まで降ろし、更に下履きに手をかけた。
「亜輝ッ、んぐ!」
「少し黙っとけ」
尚も続けられようとした抵抗は、口の中に志堂の筋張った指が二本突っ込まれたことによって止められた。喉の奥まで入れられて、えずきそうになっているうちに、亜輝の手が目当てのものを見つけ出した。
「ん…はむっ…ん、ちゅ」
「ふ…ぅ、くゥ……っ!」
それを亜輝が口に含むと、耐え切れないというように留架が口腔内の指を噛んだ。痛みにちっと志堂が舌打ちするが、指を抜くつもりは無いらしくされるに任せている。
「ん、ん…ふ、む、んぅ」
「ぐ…っ、つ、…〜〜〜!!」
容赦の無い亜輝の口技に、留架は喉を仰け反らせた。逃さずに志堂が脇から其処に噛み付き、尚且つ胸の突起を捻り上げる。がくんと身体を震わせて、留架はあっさりと亜輝の口に精を放った。
「んぷっ!? ふぁ…ん」
一度は驚いて口を離したものの、亜輝は嬉しそうにうっとりと笑い、もう一度そこを咥えると尿道に残っていた液も全て吸い取った。絶頂の後すぐに与えられた刺激に、留架のそこはびくびくと痙攣した。
「飲んだか?」
「ん。…うれしー。だっていっつも、あたしが口ですると、留架途中で止めちゃうから…」
白濁液を何の躊躇いも無く飲み込んで、亜輝は本当に嬉しそうに笑った。とても今まで淫靡な行為をしていたとは思えない程、無邪気な笑みで。そこには何の演技も打算も無く、今までこいつを抱いた奴はこういうところにハマッたんだろうな、と志堂は一人納得していた。
「よし、んじゃ本番行くか」
一つ頷き、志堂はぐったりと弛緩したままの留架の口から唾液でべとべとになった指を抜き取り、なんの躊躇いも無くそれを留架の下肢に後ろから運んだ。呆っとしていた留架が、その感触に気付きはっと身体を強張らせる。
「やめっ…志堂、それだけは…!!」
嘗ての恐怖を思い出したのか、上擦る悲鳴を無視し、志堂の指は留架の後門に遠慮なく入っていった。
「ひっ…ぅぁ、――――ッ!!」
内壁を直接擦られる感触に、留架が声にならない悲鳴を上げる。しかしその指が二本差し込まれ、隘路の中でばらばらに動かされると、じわりと鈍い熱さがその部分に篭ってくるのが解った。
「ぁ……っ…ふぅ…んんっ…」
「…ぅわ……るか、色っぽい…」
必死に沸き起こる快楽を堪えているらしい留架の姿に、亜輝の心拍数も上昇していく。無意識のうちに自分の指を舐め、湿らせたそれを、今まさに志堂が蹂躙しているそこに伸ばした。
「、きっ…やめ……ッ!! うぁああっ!?」
「あ、すご…熱い、なか…」
「そっち側の壁、擦ってやると悦ぶぞ」
「え、こぉ…?」
「ひ、ぃッ!?」
志堂の声に従って内部を掻き回す亜輝の細い指に、留架の理性の糸が全て引き千切られた。始めて見る愛する男の嬌態に、亜輝の声も上擦っている。志堂だけが一人冷静で、まるで作業のように留架の身体を解していっていた。
「留架…るかぁ……」
だから、亜輝がもう片方の手を自分の足の間に挟み、腰を揺らめかせていることにもすぐに気付いた。
「何だ、自分で弄ってんのか?」
「だっ、て…やだも、るかぁ…!」
指摘されてやはり恥ずかしかったのか、かぁっと頬を赤らめるが、すぐに我慢できなくなったようで、ワンピースを下から一気に脱ぎ捨てた。そのまま、留架の膝の上に圧し掛かり、志堂の首まで手を回してしがみ付いた。
「ふっ…ぁ、亜…輝ッ…!」
「ね、るかっ、ちょうだ、いっ…! お、ねが、んんぅっ!!」
もどかしげに擦り合わせられた腰はすぐにあるべきところに収まり、漸く自分の片割れと一つになれた二人は悦びの悲鳴を上げた。
「ちっ…早いっての」
毒づきながらも笑い、志堂は留架の後門から指を抜き取る。上着だけを脱ぎ捨て、自分の前を寛げると、留架の両足を支えて無理矢理持ち上げ、未だ狭い奥に自分の息衝きを差し込んだ。
「ぅ、あああああっ!?」
「ひゃうっ!? や、おっきっ…!!」
唐突に下から来た衝撃に、留架だけでなく亜輝も嬌声を上げた。許さず、志堂はその体制のまま腰を突き上げる。
「お前も、動けよ亜輝ッ…」
「ぁや、あ、むり、やンっ…! ふぁん、う、るかぁ…!」
否定の為首を振りながらも、亜輝も腰を動かし始める。前と後ろを同時に責められて、留架の意識は殆ど自失していた。
「あ、っ、か、はァ…! ぁあ、もうっ」
「るかっ、る、かぁ……!!」
「っ、く――――――――!!」
ぶるり、と留架がその身を震わせた瞬間、引き摺られるように他の二人も、達して、落ちた。





ごそり、と床に落ちた服に手を伸ばし、目的の物を取り出す。
「こら。吸うんだったら部屋でてけ」
それに目ざとく気付いた亜輝が、シーツの中から剣呑に睨んでくる。軽く肩を竦めて、「はいはい」と志堂は上着を抱え、上半身裸のままで部屋を出ていく。邪魔ものがいなくなった事に安堵した亜輝は、にーっと笑ってシーツの海にダイブし直した。その中に埋った三人目の男は、肉体的にも精神的にも疲れ切って動かない。それでも亜輝は満足げに、その身体に擦り寄って背中にキスをした。
「亜、輝………」
「んー?」
掠れた声で名前を呼ばれ、亜輝は笑顔のまま首を傾げる。留架は眼鏡が無くて霞む視界に眉を顰めながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「結局…何が、したかったんですか…貴方は」
「んんー」
ころん、と改めて留架の横に寝そべりながら、亜輝は言葉を紡ぐ。
「だって、ムカついたんだもん。あたしの見た事ない留架をキョウだけが知ってるって」
「―――――…」
僅かに唇を尖らせて言われたそんなどうしようもない台詞に。
留架は反論できず、再びがくりとベッドに顔を落とした。
呆れたから、ではない。もし自分の立場が逆だったらきっと同じ事を考えたであろう自分の浅ましさが恐ろしかったから。
その仕草をどう思ったのか、亜輝はまたもそもそと動いて、まるで留架を抱き抱えるかのように上に覆い被さった。
「大丈夫だよ? もう二度とやんないから。これ以上キョウに触られんのやだし」
慰めになっていないフォローに、溜息しか出なかったけれど。
それでも、久しぶりに触れてくる温もりが心地良かったので、留架の瞼は自然に下がっていった。




「―――やれやれ」
本来神に祈りを奉げる聖堂の中で、だらしない格好のまま志堂は煙草を燻らせている。もとよりあの部屋に帰るつもりはない。自分のしたい事は全て終わったのだから、もうあそこに戻る必要は無いだろう。
「ったく。下らねぇ事で離れてんじゃねぇよ」
煙と一緒に嘆息する。全くらしくないとは思うのだけれど。
―――あの二人は、離れてはいけないのだ。少なくとも志堂の目の前では。
それを実現させる為に、あんなお節介を買って出た。勿論、自分も思いきり楽しんだのだけれど。
志堂はもう一度美味そうに煙を吸うと、ふっとそれを中空に遊ばせ。
椅子の端で煙草を揉み消し、ごろりとその長椅子の上に横になった。
ステンドグラスから降りて来る光を受けとめて、とても満足げに。



end.