時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

traveling

誰にも気付かれないところへ行きたい、と思った。








「雪だ!」
隣の少女のはしゃいだ声に、留架も空を見上げた。もう闇となった空から、ふわふわと舞い降りてくるそれを、眼鏡の上に一つ受けとめる。
「寒くありませんか?」
「へーきだよ」
身体をばたつかせて嬉しさを現す亜輝の薄着を心配して声をかける。心配されたことが嬉しかったのか、ぺろりと舌を出して笑顔を返した。その後、すぐにくしゅっと小さなくしゃみをしてしまったが。
「寒いでしょう」
硝子の奥で僅かに亜輝を咎め、巻いていた白のマフラーをくるくると巻きつけてやる。最初うざがって頭を振ったがやがて大人しくなり、落ちつくとふわりと笑った。
「あったかーい」
子供のような笑顔に、留架も顔を綻ばせた。
その間にも、雪はどんどん降り積もってくる。
黒い道路に白い膜が出来初めていた。
もう何時になるのか、日付は確実に変わっているだろう。聖夜に浮かれてはしゃいだ人々も、殆ど暖かい家に帰り眠りについているだろう。
そんな中、二人でここに立っている。
二人だけで。





「静かだねー」
「えぇ」





声が、深々と降る雪に吸いこまれていく。
鎖に繋がれたままだった手が、きゅっと握り締められた。
「…亜輝?」
返事はない。
ただ、もう一度ぎゅっと手に力を込められた。
安心させるようにそれに答えると、くるりと俯いていた顔がこちらを向く。その顔には、悪戯っぽい笑みが浮んでいて、しまったと思ったが時遅し。
「踊ろっか」
「何を…」
「踊ろう!」
ぐいっと引っ張られて、たたらを踏む。つんのめって亜輝の足元を見ると、靴を器用に足だけで放り捨てていた。
「亜輝っ…!」
「ほらっ、行くよ!」
冷えきった固い大地に、白い足が降りる。
どんどん熱が奪われていっているだろうに、その動きに遅滞はない。
飛ぶような、跳ねるようなそのダンスに、留架はついて行くのがやっとで。
それでも。
止める気は、起きなかった。





誰も見ていない閉じられた世界で、ダンスは続く。
お互いがお互いの為だけにしか踊らない、箱庭のような世界。
この世で一番小さくて、一番脆いだろうそれ。
それでも、誰にも汚されたくない。





繋がれたままの舞踏には、やがて限界が訪れ。
「っ……!」
「うわっ!」
白く染まりきった地面に、二人で転がった。起き上がろうとした留架の首にくるっと左手が回されそれを妨げる。
「…亜輝」
「へへ。あったかい」
雪の中に寝転んでいるのに言われたその台詞に、留架は一つ溜息を吐いて、自分の右手を彼女の背中に回す。
少しでも、彼女を雪から護るように。



雪は間断なく、降り落ち続けている。
空だけ見ていると、それはとても永遠のものに見えて。

「このまま、埋まれるかな…?」

「かも、しれません」

「凍れるかな?」

「…春になったら融けますよ」

「そっか。なら、がまんする」

「えぇ」


それだけ、交して。

お互いの唇を、塞いだ。



end.