時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

志堂の呟きU

失敗した、と思った。
あの女が「ヤバイ」ことは前々から解っていたはずなのに。
迂闊にアキと二人っきりにするんじゃなかった。









病院の集中治療室の前に、あの女がいる。
さっきまで、両親が一緒だった。
「あんな男に任せたのが間違いだった」
男の方は、ずっと憤っていた。
「まさか由輝まで酷い目に合わせられるなんて…」
女の方は、ずっと泣いていた。
あんまり煩いんで、屋上に避難してたんだが、やっと帰ったらしい。やれやれだ。
あの女は―――泣きながら、両親を止めた。
「神父様は悪くないの」
「私が悪いの」
「亜輝ちゃんが、そんな酷いことするわけないわ」
「無理矢理あそこに連れ込まれて…恐かった」
「神父様は助けてくれたのよ」
エトセトラ、エトセトラ。
よくもまぁ、あれだけ口が回るもんだ。
だが、面白いとは思わない。不気味なだけだ。







らしくないまねをしてしまったかと、自分でも思う。

マサキの奴とあの女がつるんで、アキを抱えてあの店の奥に連れ込むのを見て、すぐさま留架に電話をした。思った通りすぐに来た。
自分でも妙だとは思うが。
あの二人を、離してはいけなかったんだ。
痛切にそう思った。
ままごとだろうが不謹慎だろうが、あの二人はずっとあのまま教会から出ないほうがよほど良かったんじゃないだろうか。


……やっぱりらしくねぇ。
苛々して、煙草をまた吹かした。






さっさとずらかろうとして後ろを振り向いた時、俺は確かに見た。
マサキの目の前に、鈍く光るナイフが落されたのを。
奴がそれを手に取った時、俺は無意識のうちにそれの出所を探していた。
狙いすましたように投げ捨てられたそれは、確かに、


店の奥にすっくと立った、あの女が投げたものだったんだ。





ぞくり、と背筋が寒くなって、俺は頭を振った。この寒気は絶対に、暗くなってきた外の肌寒さのせいじゃあない。
あの女は。
あの混乱の中で。
笑いながら。
一番効果的な方法で、マサキの殺意のスイッチを押したのだ。
それを自分を苦しめる妹に向けたのか、愛してやまない神父様に向けたのかは解らないが――――――
もしかして。
…どちらでもよかったのか?



何て奴だ。

あの女の危うさを、何で誰も気付かない?






弁護をしてやりたくても、俺のような住所不定・無職がのこのこ公僕の前に出ていったらあっという間に犯人扱いされるのがオチだ。
マサキもアキも、家だけはご立派らしいからな。
病院にもやがて警察が来るだろう。ほとぼりが冷めるまで、隠れていた方が無難だな。









留架。

早く目を醒ませ。

お前の半身を迎えにいってやれ。






…死ぬな。