時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

志堂の呟き

俺は一人だ。

一人で生きて、一人で死ぬ。


俺は誰にも干渉しない。

だから、誰にも干渉されない。





今の世界は、「人との繋がりが何より大切」らしい。
何せ、「人類皆兄弟」らしいからな。
お笑いだ。この世にどれだけの人間が居ると思ってる?
世界のあちこちで、どれだけの人間が生まれて、同時にどれだけの人間が死んでいると思ってる?
いちいち我が子が生まれた様に喜べるか? いちいち身内が死んだ様に悲しめるか?
答えはNOだ。そうだろう?
ブラウン管の向こうでどんなに惨いことが起こっていても、それで眉を顰めるのは一瞬だけだ。
次の瞬間には、身近な「現実」におおわらわになって、忘れるに決まっている。
それなのにどうして、そんな嘘をつけるんだ?
理解不能。






ガキの頃から、いつも考えていた。
この世は、誰かと繋がらないと生きていけないのか。
いや、突っ張った言いかたをしてるんじゃない。
勿論、誰かが作ったものを食べて誰かが作ったものを着て、給料を貰っていなければ生きていけない。
それぐらい解っている。俺が言いたいのはそんなことじゃない。
周りを見てみると、隣の人間に寄りかかっているヤツのなんと多いことか。
悪いとは言わない。それが滑稽に見えてしょうがなかった。
どうして、そう思うのかって?


俺には、そんなものはいらなかったからだ。




これは、強がりでも何でもない。本当の台詞だ。


生まれた頃から、親はいなかった。
コインロッカーに捨てられていた俺を、ホームレスの男が拾って何気なく育てた。
いや、そいつは育てるという意識すら持ってなかったと思う。
腹が減れば残飯を漁り、暑くなったら水を浴び、寒くなったら地下鉄のホームで眠った。
俺は只そいつのあとに付いて行って、生き方を盗んだ。あいつには教えると言う意識すらなかっただろうから。
ただ、生きていた。
そいつの人生は唐突に終わった。ダンプカーに轢かれて、それっきりだ。
何の感慨も沸かなかった。
どれぐらい年数が経ったのかは解らない(何しろ自分の正確な年さえハッキリしないのだから!)が、俺がヤツから学んだことは総括して只1つ、

「人は一人でも生きていける」

という紛れもない事実だった。
一人で繁華街をうろついていたところを警察に補導され、生立ちを素直に答えたら同情され、施設に入る手続きをしてもらった。
そうされても俺は何も感じなかった。
どこに行こうと、俺の生き方は何も変わらなかった。
一人で起きて一人で動いて一人で眠る。それだけだ。
周りの人間は、何故か俺に干渉してきた。
俺を可哀想と言い、気の毒だと言い、何かと世話を焼いてきた。
別にそれが嫌だったわけじゃあない。ただ、どうにも煩わしかっただけだ。
いくら俺が必要ないといっても、そんな訳がないと断じる周りの人間。
人は一人では生きていけないのだよと誰もが言った。
だから俺は人ではないのだと結論付けた。
いや、人だったんだろうけど多分俺は、どこかその肝心な部分が少しずれてしまってるんだろう。
学校に通うのも、何となく面白いかな、と思っただけで。
人が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。こんな面白いもの他にあるわけない。
もし人が嫌いだったら俺は今ごろ出家でもして山奥に篭ってる。生活レベルに関する執着は俺にはない。
ただ、もしそんなことしたら俺は退屈で死ぬ。間違いなく。
折角寿命があるんだから、無駄使いはしたくない。
おっと、話が逸れた。
とにかく、俺は高校まで行くことにした。学費は夜のバイトで自分で稼いだ。
髪を赤く染めて、「不良」と言う奴になれば、ある程度の煩わしい干渉は避けることができた。
そんなに校則に煩い所でもなかったし、気楽だった。



そんな中。
俺ははじめて、純粋に一人の人間に「興味」を持った。




紀乃瀬 留架。
いつもどこか諦めたような顔をしている、辛気臭いヤツだった。
いきなり俺に基本的すぎる説教をぶちかまして来た、馬鹿なヤツ。
あまりにも「珍しく」て、笑ってしまった。
自分自身、一人でいるのに耐えきれなくてふらついているのに、他人に干渉する。
いや…多分、自分を必要としてくれる人を求めて、それで自分を立たせようと必死になってたんだろうな。
馬鹿だ、と思った。と同時に、哀れだと思った。
そうやったって、お前を気にかけてくれる人間なんていやしないのに。
必死になればなるほど、お前は喜ばれこそすれ孤立するだけなのに。

しかし俺はそれを伝えなかった。

俺は留架の干渉を拒んだ。友達付き合いと言う奴はしたが、俺は俺のしたいようにしているだけだ。
それなのに俺から干渉できるわけがない。
俺に、支える人間なんて必要ない。誰かの支えになれるわけがないし、なりたくもない。
ただ、それだけだ。






あのガキと出会ったのも、たしか高校生だったと思う。
俺がバイトしてた店によく顔を出していた。
アキ、と名乗っていたそいつは、舌っ足らずな誘い文句でその手のことが好きな奴らに絶大な人気を誇っていた。
曰く、金さえ出せば誰とでも寝る淫乱。
違うと思った。理由はよく解らないが、とにかく一回喋った時、執拗にこちらを誘ってくる声を無視した時のあの悲しそうな瞳は。
こいつは、干渉を望んでいる、と感じた。

だからそれっきり、話をしなかった。

俺は何もしない。何も出来ない。
ただ、それだけだ。






面白い。
久し振りに帰ってきた街で、俺が気に入っていた人間がいつのまにか繋がっていた。
縋ってくることを望む人間と、縋りつきたいと望む人間。
…お似合いじゃないか。パズルのピースの様に、ぴったりとはまるのが見えた。
嬉しくて、俺にしては珍しくかなり干渉してしまった。アドバイスなんて生まれて始めてかもしれん。
まぁ、手錠は喜んでもらえたらしいから良しとするか。







それ以来、紀乃瀬の教会は俺のお気に入りの場所になった。
あの二人は二人で世界を作ってくれるから、俺は只見ているだけでいい。
しかも、飽きない。飯まで食える。最高だ。
今日もご相伴に預かろうかと門をくぐった時、一人の女にぶつかった。


一瞬だけ、顔を合わせると。


涙に濡れた顔の中に、



どす黒い焔が燃えているのを、見た。






ぞくり、と背筋が寒くなった。




のこのこ出てきた二人に生返事を返しながら、俺は、ヤバイな、と思った。
ああいうのは、ヤバイ。
正気の中に狂気を含んでいる、一番ヤバイタイプの人間だ。
誰にだって、ダークサイドはある。
それをおおっぴらにするか潜めるかはそいつの自由だし、無理に抑えても別にいい。
それをダークサイドだと理解できているなら。
只…ああいう人間の場合、自分でもそれに気づいていない場合が多い。
もし気づいていても、それを認めたくなくて、自分のその手の行動に何かしら理由をつけて正当化したがる。
いつか、それは噴き上がるだろう。
自分の理性と言う正当化を得て。

そう思ったけど、勿論俺はそのことを誰にも言わなかった。








近しい人は、必要ない。


俺が死んだ後、俺のことを忘れてしまうぐらいの思いでいい。
存在が無くなってからもそれに引き摺られるなんて真っ平だ。
だから。




俺が死んだら、お前らは俺のことを忘れちまえ。



俺も、お前らが死んだらお前らのことを忘れる予定だからな。