時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

クロスオーバー

いつも通りに日が落ちて、いつも通りに日が昇った日のことだった。





俺はいつも通り路地裏の青いポリバケツの上に腰掛けて、そこらで拾った煙草を吸っていた。








ふと、隣のバケツに誰かが座り。



俺は珍しくもない客人に、あからさまに眉を顰めて見せたと思う。






「久しぶりだね」





そいつは、俺の顔を覗き込んでそう言った。







「どこがだよ。この前会ったばっかじゃねぇか」






不機嫌を露にして煙をそいつの顔に吹きかけてやる。咳きこみもせずに、そいつはまた笑った。





「8年と3ヶ月と19日と6時間2分44秒ぶりを、この前とは言わないと思うよ」





「この前なんだよ俺にとっちゃ」





「そうだね。君にとってはね」










全て解っているという風に肯定されて、俺の機嫌の波はまた一段下がった。







目の前の「これ」に出会ったのは14年前。



それからちょくちょく俺の前に顔を出して、埒もない事を喋って笑って去って行く。



二回ぐらい会って、俺はこれがどういうものなのか理解した。



だから俺はこれが嫌いだ。








「何の用だ? 遊びたきゃ他のヤツをあたれ」





「遊ぶのに不自由はしていないよ。話すことが出来るのは君だけだけど」





「大迷惑だ。とっとと行け」





「いや、今日は君を誘いに来たんだ」





「誘い?」





「うん。この前ちょっと面白いコマを見つけて遊んでるんだけど、君も一緒にどうかと思って」















前に会った時は、嗄れ声の爺の格好をしていた。



その前は、派手な服を着た女。



初めて会った時は俺と同じぐらいの餓鬼だったと思う。



今日は年は20くらいの、浮かれとんちきなデザインのでかい帽子を被った男だった。

















「誰が」





「うん、解ってる」





「だったら来るな」





「だって、満足に会話が出来るのは君だけなんだ。君が望むなら今すぐに、そんな有機物の身体なんか無くしてあげるのに」





「悪趣味だ。そうなったら一生お前とだけ膝つっつきあわせるはめになる。冗談じゃねぇ」





「うん、そうだろうね」





にこりと笑って、そいつは両手で自分の胸を指した。こいつは、自分を表現する為の言葉を知らない。勿論俺も。







「 と君はとても似通った存在だ。違うのはベクトルの方向だけ。 は外へ外へ向かい、君は内へ内へと進む」







言葉が切れる所で、そいつはいちいち自分の胸を指す。







「君はそれだけの意志と絶対的な自己を持ちながら、時間と空間を凌駕して、世界に干渉することに興味は持たない」





「ああ。今時分だけでも厄介なのに、これ以上ややこしいのは御免だ」





「そこが違うんだ。 と決定的に違う。 は何か探し続けていないと退屈で仕方ない」





別にどうこうする気はないけれどと言外に言い放ち、小さくそいつは両手を上に上げて伸びをすると、ひらりと立ちあがった。






「もう行くよ」





「ああ。もう来るなよ」





「それは約束できないな」













困ったような笑顔で首を振って、そいつは路地裏から出ていった。



何事も無い、普通の人間の振りをして。





あいつの姿は誰の目にも捕らえられないらしいのに。













なにものにも縛られず、なにものにも屈さない背中。



それが自分と重なって、とても腹が立った。










全ての時間と空間から切り離されたところにいる、この世の全てを自分の遊び道具としか思わない存在。





あれは、確かにこの世で一番俺が似ている存在で。





だから酷く胸糞が悪い。









―――こんなことを考えるのは、やはり俺がヒトだからなんだろう。







それを突き付けられるから、腹が立つんだ。





多分また来るんだろうが、こちとらもう一生会いたくない。







「―――――――あぁ、そうか」






ふと、思い出した。











「オマエなら、ああいうモノのことを」








もう側に居ない唯一の友人を。










「カミサマっていうのかもしれないな」













太陽に唾を吐きたくなった。