時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-7:嫉妬:

次の日。
「いってらっしゃーい!!」とネジの声に背中を押され、ジンはゼロと連れ立って街まで向かった。
歩いていくと、辺りの人間が奇異の目、或いは怯えた仕草で二人を見遣る。
「あーもう…面倒臭ぇ」
頭を掻きながらジンが一人で愚痴る。自分の行動がこんな空気を齎すのは解っていたつもりだったが、それでもこの居心地の悪さは如何ともしがたい。
鎧は、伯爵の手先。自分達を搾取し、罰するものたち。この街でそれは純然たる常識だ。疑念や不安、酷い時には明確な苛立ちや不快まで視線で感じる。
「…塵」
「あん?」
「ワタ志は、家ニ入た方が良いカ?」
鎧から言われたその台詞に。ジンは躊躇いなく、ぺちりと銀色の頭を叩いた。辺りがまたどよっとざわめくが気にしなかった。
「バーカ。鎧の癖に気なんて使ってんじゃねぇよ」
それだけ言い捨てて、ジンはゼロを置いたまますたすたと歩いていってしまう。ゼロは言われた言葉をゆっくりと吟味してから、すぐに後を追った。






「よ〜! ジンと、ゼロ!」
飯屋の裏手の窓から顔を出し、ハクシが大声で自分たちを呼んだ時、ジンは我知らず安堵の息を吐いた。
「なんだよ〜、元気ないじゃん。あ、やっぱ昨日の怪我、キツイのか?」
笑いの後、急に心配そうに声を潜めてくる友人に、バーカと笑ってやる。それで安心したのか、ハクシはすまなそうに笑った。
「ごめんな〜、店の方だとお客が…」
「ああ気にすんな。歩いてくる途中嫌でも解った」
「うん〜…あ〜でもさ、気にすんなよっ? ゼロが俺たちの味方だってこと、俺たちはちゃ〜んと解ってるから!」
ゼロの方を向き、はっきりと宣言する言葉をゼロは無表情のまま聞く。
「……な、なあ〜ジン。ゼロの奴怒ってる?」
無言の圧力に耐えられなくなったのか、あっという間に萎んでひそひそ話し掛けるハクシに、ジンは大声を上げて笑った。
「ンな事ねぇよ。それよか蒸饅頭、5つ」
「あ、オッケオッケ〜。ネジちゃんに昨日心配かけちゃったもんなぁ〜」
全て解っていると言うように、ハクシがうんうん頷く。自分の母の得意料理の一つであるそれが、友人の妹の大好物だと知っている少年はすぐさま店に取って返し、大きな袋を持ってきた。煩ぇよと言いながらも、ジンもそれを受け取って代金を渡す。
「…あん? ハクシ、2っつ多いぞ」
袋の中を確認して、湯気の立っているそれがどう見ても7つあることに気づいて問うと、飯屋の息子はにーっと笑顔を見せた。
「母ちゃんからのサービス。お前と、ゼロにだって〜」
思わず顔を見合わせてしまう主と鎧に、ハクシはVサインを出す。
「だからぁ〜、大丈夫だって! 皆いつか解ってくれるさ!」
「…へ、バーカ」
思わず、ジンの唇からも笑みが漏れ、それを隠すようにすぐ踵を返してしまったが。前を向いたままひらひらと手を振ったので、ハクシも笑って振り返す。その二人の様子を交互に眺め、ゼロはその後を追っていった。








「ん」
「…」
早速歩きながら蒸饅頭にかぶりついたジンは、もう一個の心遣いをゼロに渡した。ゼロは何度も手の中の饅頭とジンの顔を見比べ、小さく一口齧る。
「―――塵」
「んあ?」
「白紙と、お前は。時タま会話を成律さセズに石を疎通してイるヤウに見える」
「そっか? まー長い付き合いだしなぁ」
そんなに大きくない饅頭を二口で食べ終え呑み込み、何でもない事のように言うジンを、感情の篭らない視線がじっと見つめる。
「…んだよ。言いたい事があるんなら言えよ」
「…永い付キ哀、ならバ会話を成律さセズ共良いのカ?」
「あ?」
「ソレでワ、ワタ志の―――」
「あ、あ、ジン〜〜〜!!」
ゼロの声は途中でかき消された。自分達の店先を掃除していたデイが、ジンを見つけて声をあげたのだ。ぶんぶんと振られる手に軽く答え、ジンはまっすぐデイとトクヤの家の前に向かった。ゼロも口を噤み、その後へ続く。
「ジ、ジン! ゼロも、きてくれたんだねっ」
「おう。頼んでたやつ、出来てるか?」
「あっ、う、うん! 中に入って、待ってて!」
ぱたぱたと薄暗い店内に入っていくデイに続いて、二人も中に入る。
中は所狭しとあちらこちらに修理中のジャンクパーツやら、女性向のアクセサリーやら、子供の玩具やらが散乱している。
自分達が拾ってきたものは即売り出来ないものが多いので、ここでトクヤとデイの手によって修理・改造して売っているのだ。
奥の椅子に座ってなにやら基盤をいじっていたトクヤが顔を上げた。
「トク兄、ジンがあれ取りにきたって!」
弟の声に頷き、更に奥の部屋に顎をしゃくる。デイが笑顔で頷いて走っていくのを見送って、トクヤは立ち上がってジンの傍まで行き、脇腹を軽く叩いた。
「ああ、もう大丈夫だって」
完全に痛みが取れたわけではないが、それぐらい何ともない、の意味をこめて笑うと、トクヤも安心したように息を吐いた。
と、右斜め後ろ45度からやや強くなった視線を感じ、眉間に皺を寄せて振り向いた。
「だーかーら。さっきから何が言いたんだテメェは」
「…矢張り、付キ哀が永いと会話は不要なノカ?」
平坦な口調のまま素直な疑問のように問う。
しかし、ジンより数段眼の機能が上のトクヤは、その紫色の瞳がほんの僅か揺らいだ事に気づいた。こくりと一つ頷き、トクヤはなんの躊躇いもなくゼロの傍に近づき。
ぽむ。
しゃくしゃくしゃく。
と、掌を銀糸の頭に乗せて掻き回した。トクヤはジンより頭半分背が高く、ゼロとジンはほぼ同じぐらいの背丈なので決して無理のある構図ではないが。
「……………」
「…トクヤぁ…お前、コイツを犬猫と一緒にしてんじゃねぇよ…」
理由が解らず固まってしまったゼロと、呆れたように呟くジン。
トクヤはそれを受け止め、やはりほんの少し笑って今度はジンの頭に手を乗せ、しゃくしゃくと撫でた。
「だぁ、止めろ! ガキ扱いすんじゃねー!」
ジンは慌てて手を振り払い、ゼロは未だ固まったままである。
「あ、あれ? みんなどうしたの??」
奥から程好く大きな箱を抱えて持ってきたデイは、静かな阿鼻叫喚の世界にぽかんとしている。只一人冷静なトクヤは別に何でもない、の意味をこめて首を横に振り、促すように手を翳した。
「う、うん。はい、ジンこれ」
「ん、おお。サンキュ」
渡された箱を、ジンは躊躇いなく開ける。その中には――――
「おお、良い出来じゃねー?」
思わずジンが呟いてしまうほど、綺麗に磨かれた赤い靴が一足。それはとても小さく、子供用であることは容易に知れた。
「えへへぇ。ひ、ひもの細工とかぼくがんばったから…ネジちゃんによろしくね?」
「おう、上出来だぜ。マジサンキュな」
顔を赤らめ俯きながらも得意げに言うデイに、ジンも笑って箱の蓋を閉めた。






兄弟に見送られ、ジンとゼロは家路についた。
「其レは、螺子に渡スのカ?」
「ああ。っていうかお前、何か妙に話し掛けてくるな」
動いた当初は話もへったくれもなかったのに――という疑問を込めて睨むと、
「良いタイことガ或るナら端っキリ言えと謂われたカラだ」
目を逸らさずにそう返された。
「…それも、命令だと思ったのか?」
「お前の言場ヲ尊守スる」
「…そうかよ」
何故かジンの中に苛立ちが沸き起こって、それを堪えるように大股で歩き出した。
後ろからはやはり規則正しい足音が聞こえてきたので、なかなか収まらなかったけれど。
「塵」
「あぁ?」
また話し掛けられて、不機嫌を隠さない答えを返す。しかし次に紡がれた言葉は非常に意外なものだった。
「其れヲ螺子に渡せ場、螺子は『うれしい』のカ?」
「―――――…」
驚きのあまり振り返って足を止めると、ゼロも足を止めた。黙ったままじっとジンの眼を見て、答えを待っている。
「………解んねぇよ、んなもん」
「ナラ場、何故?」
「あのなぁ。ネジがどう思うかなんてんなもんどーでも良いんだよ。俺が詫び入れたいからやる。それだけだ」
「………理戎、出来ナイ」
「はぁ?」
「何故反応の解らナい喪のを与ヘる?」
意味が解らずジンの声が跳ね上がる。それに構わず、ゼロは言葉を続けた。いつも通りの無表情なのに、どこか―――途方に暮れたような、顔で。
「我我ハ主の慶びを最上トシ、ソの為に稼動スる。反応ガ解らナい坑道をスる必要はナい」
はぁー…と長い溜息が聞こえて、ゼロは丁度そこで口を閉じた。乱暴に頭を片手で掻き毟りながら、ジンは掌の下からじろりと鎧を睨んだ。
「あのな。何をすれば相手が喜ぶかなんて、んなもん全然解んねえだろ。同じことやっても機嫌が良けりゃ喜ぶし、悪けりゃ怒るだろ。だったら自分のやりたいことやるしかねえじゃねーか」
「……………………………」
完全に沈黙してしまった鎧を置いて、ジンは踵を返して歩き出してしまった。
「―――ワタ志のやりタイ湖ととハ何だ…? 塵…」
だから、本当に小さく呟かれたその最後の問いに気づかなかった。