時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-6:嘆願:

ざくざくざくざく、ジャンクパーツを蹴立ててジンが歩く。
がつがつがつがつ、その後を同じテンポでゼロが付いていく。音が違うのは勿論、ジンがブーツでゼロがヒールだからである。
ざくざくざくざく。
がつがつがつがつ。
ざくざくざくざく。
がつがつがつ、ぴた。
「―――塵」
ざくざく、…ぴた。
「…………何だよ」
嫌々ながら、という感情を隠しもせずにジンが振り向くと、ゼロは無表情のまま薄い唇を開く。
「ワタ志の主は、お前ダ」
「………だからっ!! なんなんだよさっきから!! 何べんも何べんもそればっかり言いやがってそれがどうしたー!!」
そう。先程針の筵と化した商店街から立ち去り、とんぼ返りで戻ってきたハクシと合流し、何故か笑顔の仲間達と別れ家路を急ぐ中―――ほぼ等間隔に、何度も何度もゼロはその言葉だけを繰り返していた。少なくとももう10回は言っている。
しかもそれ以降何か続けることもなく、只黙ってじいっと見つめられるから居心地の悪い事この上ない。
やはり今回もそれ以上言葉は紡がれることは無く、沈黙が続く。がしゃがしゃと金茶の髪を掻き回して、ジンは再び前を向いて歩き出す。
勿論ゼロもそれに続くがしばらくするとまたぴた、と止まり。
「塵。ワタ志の主は―――」
「いい加減にしろテメェ―――――!!!」
そんな漫才を繰り返しながら、漸く家のある丘の麓までやってきた。
家に続く道(ジャンクパーツの落ちていないところ)の入り口に、小さい体がうずくまっていた。
「! …ネジ!!」
それに気づいたジンが、大声でその名前を呼んで走り出す。はっと呼ばれた少女は顔を上げ、その顔をくしゃくしゃに歪め―――走り寄ってきた兄の腕の中に飛び込んだ。
「おにいちゃん! おにいちゃ〜ん!!」
「ネジ! …悪かった。心配、したか?」
「う、うんっ、ううんっ。へいき、だったも…! ゼロが、いってくれるっていったから、へいきだったもん…!」
自分の胸の上で頷いた後、必死に首を横に振る小さな妹に対する慙愧の念が沸いた。どれだけ不安だったのだろう、どれだけ心配させたのだろう。
「ごめんにゃさいっいっ…お、おにいちゃん、あさごはん、たべてっないっのにっ」
泣きじゃくりながら自分の冷たい態度を詫びる妹を、ジンはもう一度きつく抱きしめた。
「バーカ。んな事気にすんな」
「う、うんっうんっ…ふゅぅ。あ、ゼロ、ありがと…おにいちゃん、たすけてくれて」
やっとしゃっくりが収まったネジが、ジンに抱き上げられたままゼロに礼を言う。
「礼ヲ擦る必要は那イ。ワタ志は―――」
「ほんとに、ありがとう!!」
抑揚のないゼロの言葉が途中で止まった。ネジが、兄に体を抱き上げられたまま、近づいてきたゼロの首に抱きついたからだ。主ではない有機体の温もりを感じ、ゼロは完全に戸惑った。
「…ほい、パス」
「…………………」
「こら、ちゃんと支えろって。危ねぇ」
ジンが両手を離すと、小さな体は何の躊躇いも無くますます鎧にしがみ付いた。本来兵器であるはずの両腕でぎごちなく、ゼロは少女を抱き抱えてやった。






妹のお詫びのこもった温かい夕飯をつついていると、隣から紫色の視線を感じて振り向く。
「―――塵」
「まだ言うかテメェ」
「ワタ志の主は、お前ダ」
「だから! もう聞き飽きたっつーの」
「どうしたの??」
更にサービスということで、地下倉庫に隠してあった缶ジュースを2本持ってきたネジは、声を荒げた兄にきょとんとする。
「さっきから延々同じことばっか言って煩っせぇんだよ。あーそうだよ認めるよ俺がお前の主だってことは! これで満足なんだろ!」
苛立ちと照れを半々に叫ぶ兄と、表情を動かさない鎧とを交互に見比べ…ネジは、ぱっと顔を輝かせてゼロの隣に座った。
「ねぇ、ゼロ。そういうときは、『うれしい』っていえばいいんだよ!」
「――――?」
意味が解らなかったらしく、僅かに首を傾げるゼロに、ネジは笑みを絶やさない。
「おにいちゃんがゼロのこと、じぶんのガイアだってみとめてくれたのがうれしいんでしょ?」
「な……バッカ、ちげぇだろ。こいつらにそんな感情、あるわけ、な――――」
揶揄の声が、途中で止まった。ひたり、と紫色の瞳が自分の方を凝視して、固まらざるをえなかった。
「――――塵」
「な…なん、だよ」
妙に喉が渇いて、妹の手からジュースを一本引っ手繰って乱暴に煽った。構わず、ゼロはたどたどしくも、言葉を紡いだ。


「ワタ志は―――お前、ガ。主デある殊が――――『うれし い』」


「……………………ッ」
目の錯覚だと思いたかった。だが、視力の良さには残念ながら自信があった。
ほんの僅か、ほんの僅かだけれど。
目の前の、美しい鎧の口元が。
緩み、持ち上がったように―――見えた。



「…っ、っバァカ! 改まってンな事言ってんじゃねえよっ!!」
頬が熱くなっている事を必死に意識しないようにしながらジンはそっぽを向いた。
「ゼロ、おにいちゃんてれてるよ〜〜〜!!」
「てんめ、ネジッ!!」
「きゃー!!」
ゼロの膝の上に身を乗り出し、嬉しそうに手足をばたつかせる妹を捕らえようとすると、悲鳴をあげながら鎧の背中に逃げられた。
その後暫くばたばたとゼロを巻き込んだ追いかけっこを続け、そのままなし崩しに三人で床に入った。ネジが何時の間にか、右手にジンの、左手にゼロの手を握ったまま眠ってしまったからだ。
やはり不安と寂しさが拭いきれなかったのであろうことを理解していた兄は、呆れながらもそのまま無理矢理夜具を引っ張り出して自分達にかけてそのまま寝入ってしまった。






ゼロは無言のまま、暗い部屋の中で隣に眠る兄妹を見ていた。
鎧は睡眠を必要としない。彼等が眠るのは、主が存在しない時だけだ。彼等にとって、眠りと死は同義なのだ。
―――――嘗て、自分を目覚めさせた「あの男」を、自分は主と呼ぶのを止めた。あの男も、妹達も、それが故障だと言った。それは自分でも理解している。それでも、あの男は主ではないと思った。
自分が覚えているのは、歪んだ視界、ガラスの向こう側、金色の髪、笑顔。

『絶対に、お前達をそこから出してやるからな』

そう言って、笑っていた、笑顔。
自分の主は、あのひとだった。それはきっと既に確定していた事なのだ。あの男は間違いで、あのひとの方が正しいのだと、思い至った。
だから自分は廃棄された。
そんな自分を再起動させてくれた。
「―――――塵」
「む……ぅ」
小さく名前を呼ぶと、子供がむずかるようにうめき、すぐ又眠りの淵に落ちていった。
自分は本当に故障しているのだろうか、という疑問が生まれた。
何故なら今自分は稼動して、彼の傍にいる。
彼と彼の妹の傍にいる時間は、今まで稼動していた時間に比べればまだほんの僅かなはずなのに、新しい知識がどんどん入ってくる。

主に所有される事が「うれしい」など、今まで知らなかった。

二人の真似をして、目を閉じてみた。
全く視界を開かない暗闇は、自分が停止していると錯覚しそうになったが。
繋がれた手から、二人分の震動が伝わってきて。
自分が稼動していると確認することが出来た。
主以外の存在を認識する事など、今まで必要なかったのに。
―――何故か、恐らく未だあの男に仕えているのであろう妹達のことを思い出した。
…彼女達は、自分と同じように、あのひとの記憶を持っているのだろうか。そんなことが、ふと気になった。
確認をしたかったが、自分が起動している事が知れれば彼女達は今度こそ自分を廃棄するのだろう。
あの時は―――、逃げた時は、唯々諾々と従った。自分は故障していると思っていたから。
だが、今は。
「…ワタ志は…、壊レてなド、井那イ」
稼動は全く問題ない。主に所有を認められた。後は、後は。
「―――ワタ志を満たシて呉れ。塵」
呟いた願いは静かな空気に溶けた。