時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-5:宣言:

ズシャッズシャッズシャッ!
ダダダダダダ…!!
「オウオウ、どうしたぁ!」
「オイオイ、逃げるだけかよぉ!」
「オラオラ、いい加減諦めなっ!」
無骨な足を振り上げ、自分を潰そうとする機械馬と、その上から容赦なく降り落ちてくる弾幕を必死に転がってかわす。何とか隙を見出し、偽鎧を伸ばして相手の武器を叩き落そうとするが、下から上に攻撃するのは圧倒的に不利で、上手く当てる事が出来ない。
「…っしょお!」
思わず悪態を吐く。もどかしく無様な戦いしか出来ない自分に。あのいけ好かない鎧に頼らざるをえない自分に。―――心のどこかで、あれを信頼していた、自分に。
(いつの間にこんなに、弱くなったんだよ俺は!!)
物心ついた時、両親は既にいなかった。ジャンクだらけのゴミ捨て場で、か細い泣き声をあげている妹を拾った。
空腹を癒し、初めて手に入れた家族を守るために、生きるためなら何でもやった。探し、盗み、腕を手に入れ、戦った。
一人っきりで生きてきたなんて、偉そうなことは言わない。本当にどうしようもなくなった時、ハクシの母親の飯屋にいかなければ死んでいただろうし、トクヤやデイに会ったおかげでジャンクパーツを修理し、ある程度安定した生活が出来るようになった。
それでも、自分達でいつでも、何とかしてきたのだ。
何故そんなに、あいつのことを信用出来る?
あいつは鎧で、自分達の敵で――――
「オラァ!!」
「!!」
―――――――ドガッ!!
思考が一瞬完全に遊離した瞬間、凄まじい衝撃を横っ腹に貰った。あの馬鹿でかい機械馬の脚で蹴り飛ばされたのだ。あまりの衝撃に痛みすら感じないが、体全体が痺れたように動かない。
「オウ、観念しな!」
「オイ、もう終わりかぁ!?」
「ジンーッ!!」
自分の名前を呼ぶ声に、無理矢理顔をそちらに向けると、トクヤの手を振り切ってデイが駈けて来るのが見えた。
馬鹿野郎、来るなと叫ぼうとしたが声が出ない。撃鉄を起こす音にはっと視線をやると、男の一人が容赦なく銃をデイの方に向けていた。それに気づいたデイが立ち竦む。後ろから必死に追いかけてきたトクヤが、小さな体を抱きこむ。男が引き金に指を当てた動作まで、はっきりと見えた。

「…め、ろおおおおおおおおおっ!!」

バチーンッ!!
絶叫と共に、寝返りを打った勢いで思い切り左手を振るう。一本の線のように伸びた偽鎧が、銃を弾き飛ばした。
「ぐおあ! このガキぃ!!」
激昂した男の声が聞こえる。その瞬間、辺りが翳った。巨大な足が、光源を遮ったのだ。このデカブツの全重量をかけて踏まれたら、自分は血と骨と肉を潰れて撒き散らす皮袋になることは間違いない。
「く…っ、そ…!!」
何とか逃げようとするが、体が思うように動かない。最悪、骨が折れているかもしれない。視界の端に、デイを抱えて逃げていくトクヤの背中が見えたのに妙に安心した。
「死ねやああああ!!」
グワッ、と空気の揺れ動く音がして、反射的にジンは眼を瞑った。そうしても惨劇から逃れられないことは解っていたのに。










―――――――――――――――――!!!






ギゴッ!!




音がした。
衝撃が来ない事に気づき、目を開けると。
本当に目と鼻の先に、紫色の瞳があった。



「――――――ゼロっ!?」

「――――――塵」




機動馬の足の裏を片腕で支え、両膝と片手で身体を支え、そしてジンを守る様にその身体に覆い被さっていた。
「あ、兄貴ぃ! 来やがったぜあの鎧!」
「ば、バカヤロウビビってんじゃねぇ!」
「そ、そうだ! このまんま踏み潰しちまえ!」
ググゥ、と機動馬の馬力が上がり、ギシイとゼロの腕が軋む。地につけた肘が曲がり、膝が地面に突き刺さる。それでもゼロは、動こうとしない。
「何、して――――」
そうだ。あれだけの力があるのなら、こんなモノはすぐに放り投げてしまえる筈なのに。
「塵、――――命礼、を」
「―――…」
上からの過重に耐えかねて、両腕が細かく震えているのに。
ひたりと、目線をジンに合わせて、そう呟いた。
「命礼、を。如何スレば良い…? 命、レいを―――呉れ…!」
抑揚の無かった、声が。搾り出すようなそれに変わった。
覆い被さられたまま、ジンは訳の解らない苛立ちに襲われた。



――――そうだ。こいつはいつも、ただそれだけを望むから。



それが無ければ、本当に途方に暮れたような顔で、こちらを見るから。



途方に暮れたような声で、自分を、主だと言うから。



木偶に気を使うなんて柄じゃない―――それでも、それでも。








「―――――ゼロ」





そんな顔、そうそう見たいものじゃないんだ。





「…人は殺すな。ただ―――このデカブツは、完膚なきまでにぶっ潰せ!!!」

「理解シた!!」



その瞬間、ゼロの片腕は、機動馬を弾き飛ばしていた。




ドシャアアアアアンン!!
「「「うおああああああっ!!!」」」
足元を掬われ倒された驚愕に男達が叫ぶ暇もあればこそ。
「第四封印限定解除。起動:雷<サンダー>!」
バチバチバチンッ!!
腰を低く落とし、前に伸ばされた左足のベルトを全て弾け飛ばす。そしてそれが組み上がる前に、ゼロは飛んだ。
ダンッ!!
機動馬の真上に飛び上がり、狙いを定めてそのまま、組み上がった巨大な鎚となった左足を真っ直ぐ装甲の上に叩き落した!





ドゴガシャアアアアアアアアアンン!!




装甲は全て拉げ、穴を開け、ぐしゃぐしゃに潰れきった。
「ひ、ひいええええええ!!」
最早矢も盾も堪らず逃げ出す男達を無視し、ゼロは容赦なく蹴りを振るい続ける。
ドゴッ!! ズガン!! ガギュンッ!!
あっという間に巨大な機動馬だったものは、スクラップに変わっていく。
「…出鱈目だな、本当に…」
呆れた様に呟き、ジンは漸く身体を起こせた。身体中の痺れはまだ取れないが、骨に異常は無さそうだ。
「ジンー!!」
「おう、デイ」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ぶじでよかった〜!!」
走ってきたデイが、顔をくしゃくしゃにしてジンに抱きついた。後からゆっくり歩いてきたトクヤも、ぽんとデイの頭を軽く叩いた。
やがて周りの店やら道から避難していた住民達も、戻ってきた。しかしジン達には――正確には、未だ破壊行為を続けるゼロを遠巻きにして近づいてこない。
「ね、ねぇ、ジン…」
その居心地の悪い空気に気づいたのか、デイが落ちつき無く辺りを見回す。ジンも一つ息を吐いて、立ちあがった。
「おい、あれぁ鎧だよなぁ…」
「鎧がなんで、盗賊を倒すんだ?」
「あんたら、早くこっちに来なさい…鎧が、」
「…あーったく! これだから嫌だったんだよ」
おずおずと声をかけてきた女性を無視し、ジンは乱暴にかなり赤砂で汚れた金茶の髪を乱暴に掻き回す。
そして何かを振り切る様に、つかつかとゼロの方に歩み寄る。べりべりと装甲を剥がして砕いていたゼロが、その気配に気づいて振り向く。
どよどよとどよめくギャラリーを一睨みして、ジンは――――なんの躊躇いも無く、ゼロの手を取り高く上げさせた。行動の意味が解らずただ呆っとしているゼロに構わず、ジンは大声で叫んだ。




「コイツはゼロ!! 俺の鎧だ、文句あるか!!」




ふわぁ、とデイが驚きに口を大きく開け、トクヤはほんの僅か安心した様に息を吐いて口元を緩め、ギャラリーは完全に沈黙した。
居心地の悪い空気を弾き飛ばす様に、ジンは不遜に構え。
ゼロはただ、紫色の瞳をいつになく見開いて、ジンの横顔をじっと見つめていた。