時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-4:当惑:

「無理だ」
「へ」
あっさりきっぱりはっきり、ごく簡単に言い捨てられた言葉にジンは絶句した。
「鎧の主人登録を消すのは不可能だ」
「ちょ、ちょっと待て! 何でだよ!」
いつも通り自分のラボのデスクに座り、今日はロボットとやらの修理をしていた先生は、朝早くに飛び込んできたジンに容赦のない結論を下した。ちなみにジンは一人だ。仲間達と合流する前に済ませてしまおうと思ったのと、ゼロを一晩中立ちっぱなしにさせていた事にネジが怒り、「ゼロをこれいじょうはたらかせるなんてダメーッ!!」と家から無理矢理追い出されたせいである。畜生絶対あいつ機能停止させてやる、と息巻いてラボまで来たはいいが、思い切り無駄骨にされてしまった。
「いいか? 主人登録は、鎧にとって唯一無二の代物だ。自分が機動する為の理由であり存在の証でもある。だから鎧はそれを必死に守る。ちなみに『登録を解除する』って命令も不可能だからな。当然だろう? 伯爵がそんな事をする必要は無いからな。登録を消す作業自体は中心意識にリンクしてデータを消せば済む、ただしその為には抵抗する鎧を抑え付けて作業台に括り付けなきゃならんぞ。出来ると思うか?」
「う…」
言われて、ジンは昨日の戦闘を思い出す。あの出鱈目な破壊力を考えると、どう足掻いても不可能としか思えない。
「まぁ、手加減無しに機能停止させろ、と言われれば出来なくは無いがな。頭・胴体・四肢を粉粉に砕いて二度と再生出来ないようにするしかないが」
「そりゃ駄目だぜっ!?」
さらっと言われた恐ろしい台詞に、ジンは思わず叫んだ。それを聞いて、先生の口元に本当に珍しく、気づかない程に僅かな笑みが浮かんだ。
「何だ。邪魔だとは思うが、壊すのは忍びない程度には気に入ってるんだな、あいつの事」
「なっ…ち、ちがっ!!」
さぁ、と我知らず顔を紅くしたジンを見て、今度こそ本当に笑いそうになった先生は、さりげなく椅子を回して相手の視界から逃げ出した。
勿論、主が抵抗をするなと命令さえすれば、鎧は唯々諾々と従うのだが、本人が気づかない限り言うのはやめた。
もう少しだけ、希望を繋げたかった。






結局収穫無しのまま、ジンは街に戻り、仲間と合流してハクシの家まで来た。
「じゃ、じゃあ、ネジちゃんとあの鎧、今いっしょにいるの?」
「な〜んだよぅデイ。ジェラシイ〜?」
「ち、ち、ちがうよっ!?」
昼間から酒をかっ食らっている親父達で溢れ返る飯屋の片隅で、二人用のテーブルに無理矢理三人で座った。トクヤの膝の上に座っているデイが、ジンから受けた説明に思わず、という風に声を上げると、丁度全員分の食事を運んできたハクシがにまにま笑いながらからかった。いつも以上にどもって焦るデイの頭を、トクヤがぽんぽんと叩いて宥めてやっている。
「ま、今んとこは大丈夫だろ。下手に街まで連れてくるわけにもいかねぇし」
ハクシが盆から下ろす前にジンは自分の分の器を取り、湯気の立った薄い粥をかつかつと食べだした。何せ今朝は朝飯も食べずに追い出されてしまって、腹が減って仕方が無かったのだ。
他の皿も狭いテーブルに乗せてから、ハクシも適当に開いていた椅子代わりの空箱を引き寄せて座る。調理場からハクシの母の怒声が聞こえるが、息子は肩を竦めただけであつあつの肉巻きに齧りついた。
「あ、そ〜だジン、コレ。昨日の稼ぎ分、食事代はもう抜いてるから」
「ん」
じゃらっと狭いテーブルの上に広げられたルキルを指で数え、拾い集めてポケットに放りこむ。最近それなりに稼ぎは安定している。危険をおして搭の近くまで稼ぎに行っているかいがあるというものだ。…最も昨日は、とんでもないお荷物を拾ってしまったけれど。
またあれのことを思い出してしまい、ジンは不機嫌そうに音を立てて粥を啜った。






「んじゃ、行ってくっから〜」
「夕飯までには帰ってくんだよ!」
威勢の良い母の声に追いたてられるように、ハクシが最後に小走りで店から出てきた。ジンもデイもトクヤも親の顔は碌に覚えていないので、こういう光景を見ると思わず口を綻ばせてしまう。
「いや〜おまたせ。で、今日はどこ行く?」
「昨日の辺りはガンついちまったからなぁ…反対側に回ってみるか?」
「で、でもあのあたりって大人のひとがみいんな掘り返しちゃってるよ…?」
「…………!!」
てくてくと歩き出し今日の仕事の打ち合わせを始めてすぐ、トクヤが息を呑んで足を止めた。
…ドスッドスッドスッドスッ…
「「「「……………」」」」
聞き覚えのある足音が聞こえた。嫌ぁな予感に、四人は顔を見合わせる。
「オラオラオラ! 見つけたぜぇガキ共ォ!!」
「やっぱりかよ!!」
咄嗟に悪態をつき、ジンは左腕の偽鎧を起動させる。期せずして、店先が混み合って狭い道を、微妙なデザインの機動馬が辺りの人を跳ね飛ばしかねない勢いで疾走してきた。ざしゃあっ!と赤い砂とばらばらのジャンクパーツを弾き飛ばして止まった馬の上から、口汚い罵声が飛んで来た。
「オウてめえら、また会ったなぁ!」
「オイてめえら、あのべっぴんの鎧をどこにやりやがった!」
「オラてめえら、とっとと連れてきやがれ!」
お礼参りにやってきた無骨な機械は、いつのまにかきちんと修理・改造がされているようだった。どうするかと逡巡しているうちに、がちゃがちゃと彼等の腕につけられていた偽鎧が銃に変化する。辺りで状況を見守っていた他の住民達が、悲鳴をあげて後退る。
どうやら今回は、逃げさせても貰えないようだ。
「………ちっ」
舌打ちして、ジンは腰を落として自分の偽鎧を構え、視線を男達から逸らさないまま囁いた。
「…ハクシ。俺んちまでひとっ走りして、あいつ呼んで来い」
「え、えっ? けどあれって、お前の命令しか聞かないんじゃ〜…」
「ネジに事情話せば解るっ、とっとといけ! お前が一番足速いんだよッ!」
「わ、解った〜!」
ジンの怒鳴り声に飛び上がり、大急ぎでハクシは自分の両足の偽鎧を作動させる。一瞬の間の後、両足は黒光りするブーツのように変化し、足の裏から反重力を発生させて、物凄いスピードで走り出した。
「オウオウ、お仲間は逃げちまったぜぇ!?」
「オイオイ、友達がいのねぇ奴だなぁ!?」
「オラオラ、てめえらはどうすんだぁ!? 大人しくここでおっ死ぬか!?」
「トクヤ、お前も下がれ。…てめえらなんざ、俺一人で充分なんだよ!!」
小声で、隣で弟をしっかり抱きしめていたトクヤに話し掛けた後、挑発するように大声をあげた。黙ったまま自分の横顔を見返してくるトクヤに、ジンは一つ鼻を鳴らした。
「癪だけどよ、あいつが来るまでは保たせてみせるぜ。お前はデイを守ってろ」
一瞬の逡巡の後、トクヤはこくりと頷く。素早くデイを抱き上げ、踵を返して走り出した。
「ジン!!」
デイの悲鳴のような叫びに合わせて、男の一人が銃をトクヤの背中に向けて容赦なく引き金を引く。
ドンッ!!
「―――なめんなっ!!」
しかし放たれた凶器は、素早く間に入り込んだジンの左腕で弾かれていた。どうにか弾を受け止めた偽鎧はやや凹んでいたが、作動に支障は無いようだ。
「このガキィ!!」
「―――言っただろ、俺だけで充分だってなっ!」
「舐めやがって…ズタズタにしてやるぜ!!」
男達が一斉に、黒い銃口をジンに向けた。








「いーまはーとてもーとーおいほしー♪ あーおくーそーしーてとーおいほしー♪」
舌っ足らずな声で紡がれる歌が、空を流れていく。歌いながらネジは、家の前の物干し竿に次々と洗濯物を干していっている。いつもなら、籠を地面に置き、踏み台を何度も昇ったり降りたりしなければいけないのだが、今日は籠を持って傍に立ってくれている鎧がいる。
「けーしてーもーおーもーどれないー、とーおーいーとーおいほしー…おしまいっ!」
最後の敷布の一枚を竿にかけ、ばんざーいと両手をあげる。
「ゼロ、ありがとう! てつだってくれたおかげですぐおわっちゃった!」
「礼を言フ必要は那イ。ワタ志は命令に従ツただけダ」
「いーの! あたしがいいたかったんだから!」
ぴょんっと踏み台から飛び降りて、にこにこ笑いながらゼロと腕を絡ませる。
「おひるにしよう! ひとやすみしたら、こんどはあみものてつだってくれる?」
「理解シた」
「うーん。『りかいした』、じゃなくって、『わかった』とか『うん』でもいいんだよ? いうのたいへんじゃない?」
「…不都合ヲ感ジた琴は那イ。双シた方ガ良いのなラ場、そうスる」
「ううん、ゼロがいいやすいんだったらそれでいいよ」
少女の言葉を命令と取ろうとして、それを笑顔で否定されてゼロが一瞬思考を停止させる。彼女は良く、「ゼロがいいなら、それでいい」と言う。良好や不良の判断をするのは主であると、ずっと思ってきたのに。
命令を完全に遂行出来ないので、戸惑ってしまう。それも、初めてのことだった。
「それじゃあ―――あれ?」
「お〜〜〜〜〜〜〜い!! ネ〜ジ〜ちゃあ〜〜〜〜〜ん!!」
遠くから土煙を上げて走ってくる影を認めて、ネジがきょとんとした声をあげた。その影はあっという間に丘の道を駆け上がり、ネジとゼロの前まできてキキキキーッ!!と急ブレーキをかけた。
「ぜぇ〜…はぁ〜…」
「ハクシのおにいちゃん! どうしたのそんなにいそいで!」
久しぶりに全力で偽鎧を使い、その場でへたり込んでしまったハクシの傍にとたとたとネジが近づく。
「ね、ネジちゃん…大変だ、ジンの奴が!」
荒い息の下からジンの名前が出てきて、ネジとゼロが同時に眼を見開く。
「昨日の奴らに絡まれて…ぜ、ゼロを持って来いって…俺が知らせろって、それでっ」
慌てているせいで要領を得ない、それでも緊迫感の篭った説明に、大体の意味を理解したらしい。いつも健康的な薄紅色に上気しているネジの頬が、見る見るうちに青白くなっていく。小さな両手の小さな爪で、自分の服の裾をぎゅうっと握り締めた。
「…螺子」
その姿を視界に入れて、ゼロは思わず彼女の名前を呟いた。そう、思わず。言った後に、何故そうしたのか理由が解らない行動をとってしまった。
それには勿論気づかず―――、寧ろその声に後押しされるように、ネジが振り向く。大きな瞳に僅かに涙が浮かんでいたが、零れ落とそうとはしなかった。
「ゼロ…おねがい!! おにいちゃんのところへいって! おにいちゃんを、たすけて!!」
「―――理解シた」
その、命令に。
ゼロは最早何も考えず、駆け出した。