時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-3:兄妹:

全員口数少なく、街までの道を歩いた。
やがて道の両脇にバラックが立ち並び、あちらこちらに乱立する鍛冶屋の槌の音が聞こえてくると、漸くハクシが口を開いた。
「え〜…っと、じゃ、じゃあまた明日な、ジン」
「…おー」
低く脱力した声でそれでも返事が返ってきて、ほっとしてハクシは荷物を抱え直すと「じゃあな〜!」と走って行ってしまった。
それを見送ったトクヤもデイの背中をぽむ、と叩いて促す。
「それじゃ、ね、ジン…。あ、あの」
「あー解ってるって…こいつは俺が何とかする」
ちらちらとジンの後ろに視線をやるデイに溜息を吐き、やや乱暴にジンは二人を追い払った。
「…………………さてと」
喧騒の中に消えていく仲間達を見送り、漸くジンは行動を起こした。
「―――ゼロ、来い」
直ぐに歩き出す鎧と、一定の距離を保ちながら町外れに向かっていった。






ジンの家は町から少し離れた、瓦礫で出来た山の上にある。この街で店を持たない人間は大抵こうやって外れた場所に暮らしている。払う税金の量が少ないからだ。ちなみにハクシの家は飯屋で、トクヤとデイは二人で小間物屋をやっている。
でこぼこの坂道を無言のまま、かなり緊張感を持って昇っていくと、石積みの煙突からぽこぽこ煙を吐き出している、バラック作りの小さな家が見えた。
「―――お。…ゼロ、ここで待て」
思わず、という感じで小さく声をあげ、後ろについている鎧を制した。ぴたり、と規則正しい足音が止まるのを確認してから、家に向かって歩き出す。
家の前の低い石垣には、髪の長い青年と髪の短い少女が腰掛けていた。少女がジンに気づいたらしく、ぴょんっとそこから飛び降りるとどこかアンバランスな走り方でばたばたと坂を駆け下りてきた。
「おにいちゃ―ん!!」
「ネジ! 走るな!!」
「わああああい!!」
ジンの笑い混じりの制止は効果を見せず、勢いをつけて駈けて来た小さな身体はジンの両腕にぼすんっと受け止められた。
「おかえりなさーい!」
ジンの腕の中で少女は満面の笑みとともにそうのたまった。
「ったく…、ただいま」
小さい体を抱き上げたまま、ジンも今までの仏頂面とは段違いの笑顔を見せた。
やや離れた位置からそれを見守っていたゼロは、不意に何かを「思い出した」。





ノイズ混じりの視界。
歪んで見える泡。

『―――絶対、…………出して……からな』

確かに聞こえた音。
沢山の像の中で、ただひとり

笑って






「ねえねえおにいちゃん! あのひとだあれ!?」
自分の方に向けられた言葉に気づき、ゼロは吾に返った。
見ると、地面に下ろされたネジと呼ばれた少女が、興味津々の眼差しでゼロの方を見ていた。
「あー…」
答えあぐねて視線を宙にさ迷わせるジンの傍に、今までネジと一緒にいた青年が漸く傍まで降りてきた。
「お帰りなさい、ジン君。―――そちらの方は…鎧なのですか?」
「ん、ああ…まぁな」
青年は目を閉じたまま、真実を言い当てた。青年の言葉を聞いた少女は目をぱちくりさせて、兄の腕から逃れてとたとたとゼロの前まで近づく。少女の左足には無骨な偽鎧が巻きついていたが、どう見ても身体に合っているサイズではなく、歩くのが少々不自由そうだ。
「わぁ…きれーい! おにいちゃん、このひと『ぜえきん』とりにきたの?」
やや俯いたゼロと視線を合せ、ネジはぱあっと顔を輝かせて素直な感想と当然の疑問を述べた。
「ちっがう。あー…なんつか…客みてーなもんだ」
金茶の髪をかき回しながら、どうにも歯切れが悪くジンがのたまう。まさか自分の持ち物だとはとても言えない。ネジは生まれてこの方本物の鎧に会ったことがない(税調達等の時は、危害が加われるのを防ぐ為にジンが隠していた)。従って恐怖や嫌悪より好奇心の方が先に立ったのだろう、にこにこしながら何の躊躇いもなくゼロの手を取り、引っ張った。
「こっちきて!」
少女の非力では勿論、重量のある鎧を無理矢理引っ張ることなど出来ないが、ネジは手を離さない。ゼロがどこか助けを求めるような視線でジンを見る。
「…よし。ゼロ、『ネジの言うことは全部聞け』。これは俺の命令だ、解るな?」
「理解シた」
こくりと顎を引き、ゼロは手を引かれるまま歩き出した。
「なまえはなあに?」
「零」
「ゼロね。いまいくつ?」
「…ワタ志は、秘とツでアリ無限」
「??? なんさいなの??」
「稼動年数ナら馬、3年に未タナイ」
少女は滅多に来ないお客様が嬉しいらしくひっきりなしに話し掛けている。どこか不本意且つ心配そうにジンがその後姿を見送っていると、
「大丈夫なのですよ」
と青年が口を開いた。
「あ? 何がだよ、レキ」
レキと呼ばれた青年は、目を閉じたまま口の端を柔らかく引き上げて笑った。
レキは生まれつき、五感の殆どを持たずに生まれてきた。視覚、嗅覚、味覚、聴覚。辛うじて思い通りに動かせる四肢はあったものの、それだけの感覚を全て補える偽鎧には、とても手が出せなかった。碌な仕事にも就けないため、ジン達の家より更に外れに暮らし、細々と自給自足の生活を送っている。たまに、よく家を空けがちなジンの依頼で、小さい妹の面倒を見に来ているのだ。
「彼からは敵意を全く感じないのです。黒血の流れがとても静かなのです。まるでたった今生まれてきた赤ちゃんの鼓動のような―――純粋な音なのです」
現在彼が着けているのは両耳の偽鎧だけだった。それ以外のものは高すぎて、レキの稼ぎではとても買えない。
その代わり、と言ってはなんだが、レキにはいつしか常人を遥かに超えた聴覚が備わった。他の感覚が使えない分、突出して機能が上がったのだろう、と先生は言っていたが。
「…そうか。そうなのかもな。動かしたのはたったさっきだしよ」
「そうなのですか?」
「まぁ…詳しいことはそのうち話すぜ。いつも悪いな、子守させちまって」
そう言ってジンはズボンのポケットから、この街で使われている硬貨代わりの石、ルキルを何個か取り出してレキに手渡した。
「お気遣いは必要ないのです。これは僕のお仕事なのですし、ネジちゃんとお話するのはとても楽しいのですから」
それを受け取るとレキはそう言って、にっこり笑ってお辞儀をすると、遅滞なく坂を降りていった。









「じゃあゼロは、はくしゃくさまのガイアじゃないの?」
「是。ワタ志の父ハアの男では無い」
「ふうーん。あ、コレそこのイスのうえにおいてぇ」
「是」
「ゼロ、シチューすき? きらいなものなにかある?」
「否。ワタ志に食事は必よう名イ」
「……………何で、そいつと会話が成立してんだ」
くぐり慣れた家のドアを開けた瞬間、思わずジンの口からぼやきが出た。玄関(という名の狭い土間)からまっすぐ見える狭苦しい台所の中を、ちょこまかと器用に動き食事の用意をする妹の姿は見慣れたものだったが、その隣に立ち、殲滅兵器である両腕に形の悪い芋がいっぱい入った籠を抱えている鎧がどう足掻いても違和感を醸し出しまくっていた。
「おにーちゃん、きょうのごはんはおいものシチューだよ! ゼロのぶんもすぐつくっちゃうからねっ」
踏み台代わりの箱の上に危なげなく立ったまま、鍋をかき回していたネジがにっこり笑って振り向いた。ジンは完全に脱力して、居間の床に突っ伏した。
「どうしたの? おにーちゃん」
小さいエプロンで小さな手を拭きながら、とたとたとネジがジンの傍まで近づく。当然のように荷物を抱えたまま、ゼロもついてきた。
「お前なあ…そいつは鎧なんだぞ? 何でそこまで和気藹々としてんだよ…」
「だって、ゼロはおきゃくさまなんでしょ? おきゃくさまはおもてなししなくちゃいけないんだよ、レキがいってたもん」
えへん、と胸を張ってみせる妹に、ジンは痛む頭を抱えた。もともとこの12歳離れた妹には頭が上がらないのだ。迷惑も心配も随分かけているという負い目があるため、あまり強い立場には出られない。
「…好きにしろ。ただし、そいつに飯はいらねー」
「なんでぇ!? だめだよそんなの、いじわるだよぅ!」
「否。ワタ志に食事は必よう名イ」
「いいんだよ、ゼロ! えんりょなんかしなくたって!」
「遠慮じゃねっての…」
すったもんだの末。
どうにか無駄な食糧の使用を防いだジンは、食べ物を入れただけでなく膨れる妹の頬を見ながら夕飯にありついた。ちなみにゼロは、低くて丸いテーブルのジンとネジの間に、大人しく座っている。
と、ネジが自分の皿から一匙、スプーンで掬ってゼロの前に差し出した。
「オイ、ネジ」
「わたしのをあげるんならいいでしょ! はい、ゼロあーんして」
勝ち誇ったように差し出されるスプーンをゼロはじっと見つめ。
「………口あけて、食ってやれ」
最終的に折れた主の命令に従い、薄い唇をそっと開けて、自分にとっては不必要な温かい有機物を咀嚼して飲み込んだ。
「おいしい?」
「………………」
「美味いって言え」
「もー、なんでおにーちゃんがこたえるの!?」
いや、だからな、と説明をしつつ、いつも以上に賑やかな食事が続いた。





食後の洗物はジンの分担だ。二人分の皿とスプーンを洗い終え居間を振り向くと、はしゃぎ過ぎたらしい妹は既に寝息を立てていた。――――ゼロの膝を枕にして。
「…ったく、無警戒な奴…」
呆れた溜息とともに近づき、部屋の真中に夜具を引っ張り出し、起こさないようにそっと抱き上げるとその上に寝かせた。
すうすうと安らかな寝息に安堵してから、未だに座ったままの鎧に向き直った。
「お前、結構普通に喋れるんじゃねえか」
「質門は命令と未なス。答えらレルのなら葉答えル」
無表情のまま、やはりたどたどしいが答えが返ってくる。
「じゃ、俺も質問して良いんだな?」
「是」
「まずひとつ。何であんなところに捨てられてたんだ?」
「ワタ志が故障シたからダ」
「故障?」
訝しげなジンの問いに、ゼロは僅かに顎を引いて頷いた。
「本来我我は、主人登録したモノ意外を主と認め名イ。ワタ志はそレを拒否しタ、故ニ廃棄されタ」
「てぇことは…お前、伯爵に逆らった、ってことか?」
「是。ワタ志の父ハアの男では無い」
「父ィ? なんだそりゃ。お前を作った奴のことか?」
疑問符を次々と飛ばしてくるジンに対し、ゼロはふと自分の今の主と目を合わせた。大きな深い紫色の瞳がこちらをひたりと見据えてきて、ジンは思わず息を呑んだ。
「ワタ志、の――――――」







分厚く隔てられたガラスの向こう側。
他の人間は皆一様に、不快そうな怯えを見せて自分達を見ていた。
そうでなかったのは、ただ一人。

『絶対だ。絶対に、お前達をそこから出してやるからな』

そう言って、笑っていた

私達の     







「な―――、なんだよ急に黙って」
漸く搾り出した、という風にジンが呟いた。無表情で自分を見つめていたはずのその顔が、何故か酷く、心細そうに見えたのだ。そんな馬鹿な、と直ぐに思い直したけれど。
不意に、ゼロが自主的に腕を持ち上げた。躊躇うように、戸惑うように、ゆっくりとジンの金茶の髪に向かって指を伸ばす。
「…ワタ志の、主は―――塵、お前ダ」
そして、冷たく平坦な声で、ゼロはそれだけ述べた。指先まで黒いベルトで包まれた手が、柔らかい髪の毛に触れ――――
「っ!!」


バシッ!!


咄嗟に、ジンは自分の左腕でその手を払った。
「は…馬っ鹿。俺は頼んでねえよっ」
はっと吾に返り、首を軽く振って立ち上がる。
仕方の無いことだ。あれの腕は、簡単に人の首を落とせる鋭利な刃物になるのだ。自主的に触られたいやつがいるわけがない。そう言い聞かせて、理由の解らない罪悪感を首を振って払拭した。
どちらにしろ、こんな疲れる代物を長い間家に置きたくはない。妹は反対するかもしれないが、相手は鎧なのだ。自分達の敵――――今は自分の言うことを聞く代物であるけれど、ああやってまた簡単に主を変えられる限り、とても信用など出来ない。
明日にでも先生のところへ行って何とかして貰おう、そう目論んで自分も上着を脱ぎ捨てて寝床に入った。
「お前、寝なくても良いんだろ?」
「是」
「だったら窓から見張りしてろ。誰か来たら起こせ」
「理解シた」
ゼロは直ぐにその命令に従い、窓の傍まで歩いていって直立不動で立つ。
それを確認してから、ジンは妹を起こさないように毛布に潜り込んで目を閉じた。