時計+人形

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グロッピングラブ

凄まじい緊張感が、居間を支配していた。
本来3人暮らしの狭い家に更に2人お客が乗り込んでいる時点で手狭だったがそれ以上に、小さなテーブルを挟んで今にも弾け飛びそうなほどに緊張が膨張していた。
玄関入ってすぐの席に、銀髪の美しい性別不明な青年―――ゼロ。
その左に彼の主である金茶色の髪の青年―――ジン。
そしてその真向かいに、長い黒髪を優雅に垂らした、ゼロと瓜二つの容姿を持つにも関わらず見紛うことなど有り得ない美しい女性―――一子が座っていた。
三方無言のまま、早1時間弱。いい加減この気まずさから脱却したいとは三人とも思っているのだが、何を言えというのか。お互いの価値観の相違から殺し合いになるまで争った相手に譲歩などそう簡単に出来るものではない―――少なくとも、ジンと一子は。
ので、やはりここで突破口を開くのは彼以外に有り得なかった。自分の主の顔を見、自分の妹の顔を見、ゆっくりとゼロは口を開く。
「…何時マで、黙ツていル積もりダ?」
「「こいの者つに聞けいて下さいませ」」
同時に答えが返って来たので、いまいち聞き取り辛かった。ゼロは僅かに吟味して後、「こいつに聞け」と「この者に聞いて下さいませ」と言われたらしいと漸く納得した。
「…ハモってんじゃねぇよ気色悪ィな」
「貴方が私の答えに被せたのではなくて?」
「ありえねぇ。逆なら有りかもしんねぇけどよ」
「私、そのような下卑た真似は致しませんわ。貴方等とは違いますから」
「…テメェさっきからケンカ売ってんのかアァ!?」
「それはこちらの台詞ですわ失敬な!!」
一度喋った事で塞が切れたのか、目を逸らしたままの言い争いを続けた後、唐突にバァン!!とこれまた同時にテーブルを叩いて二人同時に立ち上がる。
「大体何でテメェが俺んちまで来て居間に陣取ってんだよ!」
「私は主の命令に従っただけですわ! それを改変させる権利は貴方等にございません!!」
「それが一番気に食わねぇんだよ! 一体何言ってレキの奴をだまくらかしやがった!!」
「っ…その台詞は侮辱と取らせて頂きますわ! 訂正なさい!!」
自分の頭の上で矢継ぎ早に行われる口喧嘩に、ゼロはいちいち視線を動かすだけで口を挟めない。それでも止めねばならないと思っているのか、ちょっと二人が息継ぎに小休止を取った時徐に口を開いた。
「塵。一子、も。止メた法ガ善い」
「テメェは黙ってろゼロ!」
「お兄様は黙っていて下さいませ!」
これまた一度に叫ばれてしまい、流石のゼロも押し黙る。もしかしたらこの二人、かなり仲が良いのかもしれない。ゼロの思考では其処まで考える事は出来なかったが、
「お二人とも、凄く仲良しなのですねぇ」
「「どこがでだすか!!?」」
丁度台所から出てきたジンの友人であり、そして今や一子の主となってしまった青年、レキがにこにこ笑いながら突っ込んでくれた。二人の怒声が悲鳴っぽく裏返ったが、気にせずレキは持ってきた大皿をテーブルの上にことん、と置く。
「まぁまぁ、そんなに興奮しないで欲しいのです。ご飯も出来ましたし、皆さんで頂きませんか?」
皿の上に乗っているのはほかほかと湯気の立つ蒸かした芋。この街では主食と等しい、いつもの昼食だ。味付けは塩のみだが、湯気から香る匂いは食欲をそそってくれる。
「結構ですわ。私には食事は不必要だと、何度言わせますの」
主にはしたないところを見せてしまったと恥じつつ座り直しながらも、一子はつんと横を向く。
「でも、ご飯は皆さんで食べた方が美味しいのですよ」
やはり笑顔のまま、レキは両手をテーブルの上に伸ばす。脇に置いてある食事用の串の山を探しているらしいが、自分の家と勝手が違うのでちょっと手間取っている。
「…全く、世話が焼けますわね」
ふう、と一つ真っ赤な唇の隙間から息を吐き、一子はその白磁のような手を伸ばし、お目当てのものを手に取り渡してやる。「ありがとうなのです」とレキは当然のように礼を言った。
「…………………」
「…………………」
「…………何ですの。何か言いたいことがあるのならば言ったら宜しいでしょう」
「…や、別に。…俺らも食うか。ゼロ」
「是」
呆然と目の前の視線を外し、ジンは自分の鎧を促した。もう家ではゼロも一緒に食事を取るのが当たり前であったので。
伯爵以外に情け容赦の無かったあの鎧が、自分の友人と柔らかい空気を実にあっさり作り出したことは青天の霹靂であったけれど。
――――それでも。悪くないと、思ったから。
「はい、どうぞなのです、いちこさん」
「ですから私は―――…まぁ、命令でしたら従いますわ」
串の先にぷすりと刺した一口大の芋を差し出すレキと、僅かに顔を赤らめながらも口を開ける一子の情景がこそばゆくて、ジンはそれを誤魔化すように、自分も指で芋を一つ摘み、ゼロもそれに続き。





ぱく。




「っ――――――――…」
一瞬の間、の後。
がくり、とジンがテーブルの上に突っ伏した。
「…レキ……」
「はい、何なのですか?」
「コレ…お前が作った、な?」
「あっ、はい。そうなのです。…やっぱりお口に合いませんでしたか?」
「ちくしょ…匂いが普通だから油断してた…!!」
ともすれば遠くなりかける意識を必死に繋ぎ、ジンは自分の浅はかさに歯噛みした。てっきりレキと一緒に篭っていた自分の妹作の料理だと思っていたのだ。
塩辛い。兎に角塩辛い。地獄のように塩辛い。
ご存知の通り、レキには聴覚以外の五感が殆ど備わっていない―――味覚はその際たるもので、味見をしても無駄なので味付けはとことんアバウト。仲間内の誰もが、かの「食事嫌い」な先生すらその味が理由で「…勘弁してくれ」と一口でギブアップし、誰もが踏破出来なかったその料理を。
「何がご不満なのです? 図々しいにも程がありますわ。確かに褒めちぎる程のものではございませんが、悪くは有りませんわね」
しっかり口の中のものを飲み込んでから、何事も無かったように解説する鎧が一体。ちなみに彼女の兄は一口頬張った状態で固まっている。確かに鎧には味覚は備わっていないはずなのだが―――ハクシの母やネジに鍛えられてそれなりに舌が肥えたらしく、初めて食すレキの料理は中々のダメージだったようだ。
「どうだったー?」
ひょこっと台所から顔を出したのは、今までこちらの様子を伺っていたらしいネジだった。とてとてとテーブルに近づき、ひょいぱくっと芋を一摘み。
「う〜〜〜〜。レキ、おしおいれすぎだよこれ〜」
口をむにゅむにゅと動かしながら非難する少女に、レキは済まなそうにしながらも首を傾げる。
「申し訳ないのです。これぐらい入れた方が、ご飯を食べた気になるかと思ったのです」
「そうですわね。舌が少し痺れて、ちゃんと食事をしていると理解出来ますわ」
「お前ら…つーか知ってたんなら止めろよネジ!」
「だってレキが、どーしてもじぶんでつくりたいっていったんだもん。いちこちゃんにおれいしたいんだーって」
「お恥ずかしいのです…ちゃんとネジちゃんに教わったのですが、自分で味見をしているとどうにも」
「とんでもございません! お心遣い感謝いたしますわ」
照れながら深々と一子に対して頭を下げるレキに、一子は舞い上がった。何せ今まで主から与えられたねぎらいなど、自分の行為に対してほんの微々たるものだったから。
「…ま、良いのかもな。これで」
主の苦しみを察して素早くゼロが用意してくれた水を呷りつつ、目の前で生まれたばかりの主従のどこか不恰好な噛み合いに、ほんの少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。