時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

18:双面:

「おおおああああっ!!」
獣のような声と共に、刃が美しい鎧に襲いかかる。
ブオッ!!
ガギン!!
「甘いですわ!」
バサッ!!
シュパァン!!
鋭く黒い刃は、たおやかとしか見えぬ髪の束によって弾かれ、尚且つそれは鋭利な鉄線となって騎士の身体を切り裂こうとする。
『防御展開/両腕両脚!』
ギュリリリィッ!!
死を齎す糸は確かに巻きついたが、ぎしりと止まって動かない。
「くっ…!!」
一子の顔に、僅かに焦りが生まれる。それと同時に、髪糸が緩んだ。
「――甘いのはてめーだろっ!!」
その期を逃さず、ジンは絡め糸を無理矢理振り解き、そのまま一子の懐に向かって飛び込む!
「させません!」
ブワッ! ガガガガッ!!
「ちぃっ!!」
しかし殆どフロア全体に広がった髪が、全て一子を護る繭になるかのように集まり壁になり、ジンの刃を防いだ。飛び退って距離をとり、思わずジンの口から愚痴が漏れた。
「ったく…やっかいだなあの髪ぁ」
『一子の動作は、攻撃と防御が一体になっている。処理速度は私よりも数段早い』
「けど、負けねえ。手加減なんざ出来ねぇぞ―――悪いが」
暗に、完膚なきまでに破壊する―――という意思を、込めたのだろう。凄惨なる決意に、一瞬だけゼロの意識がふるりと揺れた。
『理解、した』
一瞬だけ、返事が途切れた。ゼロはそれに気づかなかったし、ジンもそれに気づかないふりをしたけれど。
「―――流石、ですわね…」
一方一子も、人間ならば冷や汗をかいていただろう。処理速度は確かに一子の方が上だが、それ以上に相手とは出力の差があり、付属機能も充実している。
(7段階の封印機能なんて―――私だって持っていないのに)
意識が先程の慄きとは別の意味で揺れ、ぎ、と紅い唇を噛み締めた。自分以外の鎧が自分以上の性能を持っていることが、一子には許せない。
「…でも、負けませんわ」
僅かに跡のついただけの唇をゆうるりと舌で舐め、一子は再び戦闘態勢に入る。
「ここから下にはいかせません。決して、お父様には近づけさせませんわ」
全てを片付けたら、父は諸手をあげて喜ぶだろう。自分を誉めて、自分以外の鎧などいらないということに気づいてくれるだろう。それを考えるだけで、一子の心は躍った。
「―――さぁ、続けましょうか?」
絶対に、負ける筈が無い切り札を自分は持っているのだから。





×××





かつん、かつ、んっと不規則な足音が塔の階段に響いている。最早誰も利用しようとしない、旧時代の狭くて暗い階段だ。
背中に未だ眠ったままの少女を背負い、五樹は片手でありあわせの杖をつき、階段を下りていく。止血はしたのだろうが、未だ膝下の取れた足からは紅い雫がぽたぽたと階段に落ちていっている。
上ではまだ揉めているようだし見咎められる心配はないだろう、と五樹は踏んでいた。この階段の存在を知っているのは恐らくこの街で自分しか居ない。
否―――もう一人、居た。
かつ、かつ、と規則正しい足音が近づいてくるのを聞き取り、五樹は心底から安堵の息を吐いて、そっとネジを下ろしながらずるずると階段の踊り場に座り込んだ。正直もう歩くのは勘弁だったから。
やがて、階段を上ってくるオレンジ色の髪が見えた。
かつ、かつ、かつん。
「…遅ぇよ」
「半信半疑だったんでな」
目の前に立った長身の男は、相変わらず冷静な声で返事を返した。





「まずこれが動いたのが俺にとっては大ごとだったんだ」
言いながら、先生は白いコートのポケットから小さな機械を取り出す。それはかなり高性能の通信機なのだが、一度この世界が壊滅してからは使う相手がいなくなってしまった。恐らく今これを持っている者は、自分が縁を切っている者だけなので。
だからそこに唐突にメッセージが入った時心底驚いたのだ。しかも発信源は、この街の塔からだった。
それに入っていた言葉は、こうだった。

「本日、妹の方を略取した次第。
我が姉が出たが、人間2名存命、及び鎧1体稼動中。
但し瀕死及び半壊故、急ぎ回収されたし。

追伸――貴殿の言葉の意味が判明した後、人質を返し候」

それを事実と仮定して先生はハクシ達を集め、ジンの家に行ったのだ。
発信者の当たりをその時点でつけ、ハクシ達を街に返してからこうして搭に出向いてきた。
未だ地階に常備されていた警備鎧も、セキュリティも彼にとっては何の意味を為さない。
「…その様子じゃ、意味は解ったみたいだな」
「ああ…もう、嫌んなるくらいな」
床の上でころんと寝転がっている少女を見下ろし、どこか途方にくれたように五樹は呟いた。
「無知、無茶、無謀そして無敵―――か。参ったよ。その通りだった。子供ってのは凄いな…あんた、ここまで読みきってたのか」
「さぁな」
「どんな小細工も通用しない……負けだ負け。俺の―――俺達の、負けだ」
五樹は天を仰いだ。その視線の先には狭い階段の低い天井しかないのだが、それを突き抜けて遥か塔の頂きを見据えるように。
遥か上の方で、戦っているであろう妹に、自嘲の笑みを向けて。




×××




「うらああっ!!」
ガキガキガキガキガキィン!!
防御されるのに構わず、剣戟を連続で放った。
「小癪な…!!」
それを全て黒髪で受け止めながら、一子は反撃を構える。
『第二封印解除! 塔!!』
「ッ!!」
しかしそれよりも先に、鎧の右足が槍に変化し、死角から自分の脇を貫こうと繰り出された。咄嗟に全ての武器を引き、後ろに跳び退る。
「逃がすかぁ!」
「しつこいですわっ!!」
ザザザザザァッ!!
それを逃さず更に追撃する騎士を振り切るように、髪の雨を降らせる。足場一帯に降らされたそれに、黒い騎士は全身を貫かれた。
「『ぐああああああっ!!」』
悲鳴がユニゾンし、一子はようやっと安堵の息を吐く。しかしそれはすぐに、引き攣ってしまったが。
「っ…ま…だ、まだぁ…!!」
両手両足を幾千本もの髪の毛で縫い付けられたまま、騎士はその顔を上げた。ぽたぽたと、足場に黒と紅の血が飛び散るのも構わずに。
「い…い加減に、してくださいましっ…! 認めなさい、絶対に私には勝てないと―――」
「んなもん…誰が決めたッ…!!」
『私達は…まだ、負けていない―――』
絶対的に不利な状況、にありながら、彼等は叫んだ。


「『<絶対>なんざ、この世にはねぇっ!!」』


『―――そうだろう? 塵』
「おうよ。たりめーだ!」
紡ぐ音が違うだけの、同じ響きを持つ言葉が同時にぶつけられ、一子は我知らず一歩後退った。言葉に恐怖を感じたことに気づき、それを怒りに転化した。
「許しません―――もうお遊びはお仕舞いです!」
一子はセンサーを発動させ、敵の内部を探った。鎧の中心となる核石を探し、直接砕こうとしたのだ。今この状況なら、逃げられるはずがない―――だが、眇めていた一子の瞳はすぐに、驚愕に見開かれた。
「…嘘。どうし、て?」
見えなかった。必ず在るはずの核石が、ゼロの部分にはどこにも。
「何故―――何故稼動を続けられるのですか!?」
理解できず、初めて一子は疑問を叫んだ。美しい顔を歪めて仰け反る妹に、ゼロは教えてやった。
『私の核石は、塵の中に在る。私の中に見つからないのは、当然だ』
「そんな、馬鹿な!!」
「嘘じゃねえよ。てめぇのせいで死にかけた時、この馬鹿が勝手に俺に埋め込みやがったんだ。ま、助かったのは事実だけどな…」
立っているのが不思議なくらい、がくがくと一子の細い足が震えた。信じられなかった。信じたくなかった。だって、それは、


「お父様だって、そんなこと許してくれないのに―――――――!!!」


両手で頭を抱え、一子は叫んだ。髪が乱れ、ぶわっと広がり、統率を失ったかのように暴れだす。
『今だ―――塵!!』
「いよっしゃああっ!!」
体中の髪の毛を無理矢理引き千切り、両腕を突き出して叫んだ。

「『第七封印解除!! 咆哮<ハウリング>―――!!」』

ズギュルルルッ!!
嫌な音を立てて、騎士の腹の中から無骨な砲身が滑り出た。両手はそのままそこに繋がり、ポインターと引き金に変わる。
足場に膝をついたまま、その凶悪な銃口を敵に向かって合わせた。
「行っけえええええええええっ!!」


キュオン!!!


「っ――――――!!」
ぎりぎりで気づいた一子が、咄嗟に身体を捻ったが、遅い―――――――!!









チュドオオ―――――――――――ンン!!
「どわあああ〜!! なんだなんだぁ?」
碧色の光が、唐突に塔から発射された。その光はそのまま空を貫き、大穴を開けた。がらがらと破片が落ちていくのが、そこから遠く離れているはずの街からでもはっきり見えた。
「い、今のっ、ジン達かなぁ?」
しっかり兄にしがみ付きながら思ったまま呟く弟を抱きしめたまま、トクヤは解らない、と言いたげに緩く首を振る。
周りの人々も、何が起こったのかとざわざわと喋り始める。
「…今、何が―――」
「レキ〜! あのすげ〜音が聞こえなかったのかよぉ! 碧色の光がずば〜って…」
「聞こえま、せんでした」
「へ?」
きょとんとしたハクシの声にも構わず、レキは呆然と見えないはずの閉じた瞳を、虚空に向けて呟いた。
「無くなって、しまったのです。空の、軋みが。空気の震えが―――」
どこか心細げに、レキは自分の両腕を抱きしめた。
「確かにあったはずのものが、一部分だけ、切り取られたように。一瞬で、消えてしまったのです――――」






×××





「お前―――血が紅かったんだな」
何の感慨も持たないかのような冷たい声で呟かれた真実に、五樹はゆるりと頷いた。とん、と凶器にもなる人差し指で自分の米神をつつきながら呟いた。
「言っただろ。俺のココは特別製だ―――…って。…紛れも無い、人間の脳味噌なんだよ、作り物じゃなしに」
あっさりと明かされた真実に、先生は眼鏡の下でほんの僅かだけ目を見開いた。
「昔話を聞く時間、あるか?」
「―――いいだろう。付き合おう」
僅かに青褪めた―――恐らく貧血になっているのだろう―――五樹の言葉に、先生は頷いてその場に腰を下ろした。一つ息を深く吐いて、紅い髪の青年は語り始めた。