時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

17:激怒:

「―――馬鹿な娘達」
冷たすぎる声が、搭に響いた。
「このような戯言に心惑わせるなんて。貴方達にもう稼動する権利などありません」
エレベーターから降り立った、一際美しい女性―――一子は、軽蔑しか含まぬ眼差しで動かぬ妹達を見下した。
地面に倒れた美しい娘達は、目を見開いたままぴくりとも動かない。呆然とその光景を見ることしか出来なかったジンに、ゼロの意識が語りかける。
『…主人登録を、消去された』
「―――何、だって? だって先生が、そりゃ絶対消せねぇって―――」
『塵。私の主人登録は消されたのだ』
頭に響いたその言葉にはっとする。そうだ、だからこそ彼は自分を主と定められたのではないか。では何故―――
『その権限を与えられているのは、一子だけだ』
「何で、」
「私が特別だからですわ」
ジンの疑問に一子が口を開いた。かつん、と血のように紅いヒールが床を叩く。吹き上げる風に黒髪を遊ばせながら、一子は両手を広げ満足げに笑う。
「私こそが原初の鎧。お父様の為に作り出されお父様の為に戦う、たった一つの鎧。私がお父様の一番信頼に足る鎧だからこそ、この力を授かったのですわ」
艶然と微笑み、床に倒れ臥している妹の一人に、何の躊躇いも無く蹴りを入れた。
『!』
「てめっ…!」
思わず二人同時に声を上げるが、一子は何も動じた気配が無い。
「お父様の役に立たない鎧は必要ありません。消えなさい」
シュルオッ!!
一瞬、三筋の髪が走り、見た目よりも重い筈の鎧達を巻き取り、持ち上げた。
『一子!!』
「やめ――――ッ!!」
何をするのか咄嗟に理解した二人が同時に叫ぶ。しかし勿論それは歯止めにならなかった。


ぶんっ、と。


何の躊躇いも無く、三体の身体は奈落へと投げ入れられた。
「………ッ!!」
『二重! 三葉! 四摘!』
手を伸ばしても間に合わなかった。まるで、物のように彼女達の身体は、暗闇の底へと落ちていった―――。
「お兄様。貴方は所詮、『0』でしかない。貴方の存在はとうの昔に消去されているのです。―――他の鎧など、必要ありません。お父様を守る存在は私だけで充分です」
たった今、自分の妹達を投げ捨てたとは思えない口調で一子は続ける。その顔には―――酷く、満足げな笑みが浮かんでいた。
「ふざけんなよ…木偶女」
ぴくり、と一子の耳が動く。
「その呼び方、不愉快ですわ。訂正なさい」
「ざけんなっつってるだろ! てめぇ、自分の妹なんだと思ってやがる!!」
『塵―――』
激昂した。ジンの心の奥底に、分けの解らない苛立ちと共に怒りの炎が上がった。その熱さを感じ、ゼロは思わず主の名を呼んだ。怒りに震える瞳としっかりと目線を合わせ、それでも一子は心底呆れた声で言いきった。
「妹等、私にとって邪魔でしかありませんわ」
「ッ――――!!!」
ざわり、と首の毛が浮いたような気がした。腕の剣を構え、突撃体制に入る。臆する様子も無く、ただ不可解そうに一子は呟く。
「何をお怒りになっているのですか? あの子達とて貴方の敵でしょう。壊れようと、貴方には全く関係無いことではなくて?」
『一子! それ以上は言うな』
「貴方の言葉など聞く必要はございません!」
黙してしまったジンをどう思ったのか、ゼロの方から制止の声が飛んだ。一子は寧ろ更に感情を露にし、きっと黒い騎士を睨みつけてきたが。
「…てめぇにはわかんねぇだろうけどなぁ…」
搾り出すような声が、一子の言葉を遮る。訝しげに顔を上げた美女に、やや斜め上から真っ直ぐ突っ込んでいった。
「俺達ぁ――――、今滅茶苦茶ムカッ腹なんだよッ!!!」
剣先が閃き、それを迎え撃つかのように黒髪が広がった。




×××



「ちょっと痛いからな、目、閉じてろよ?」
「うんっ」
素直にぎゅーっと両目を瞑りスタンバイOKな少女に少し笑い、五樹はチュイン、と音を立てて人差し指を針に変える。ネジの柔らかい掌をそっと手に取り、その針を小指の先にほんの僅か、ぷつりと刺した。
ゆるゆると湧き上がってくる紅い水滴を、そっと舌で舐め取ってやる。
「…ん、もういいぜ」
「え? そうなの? ぜんぜんいたくなかったー」
ふは、と息を吐いて安堵する少女の肩を安心させるように叩き、床に放り出された偽鎧の足を手に取る。
「今度はもう少し痛い。から、ちょっと眠っててくれ。その間にすぐに終わる」
「う、うん…ねぇ、ほんとうにあたしのあし、きれいになるの?」
流石に不安が湧くのか、薄い眉がきゅうっと八の字になるので、宥めるようにそっと頭を撫でてやった。
「大丈夫だ。きっと全部終わってる。目が覚めるときには」
「うん…」
また大人しく目を閉じる少女の首筋に、ぷつっと針を刺す。かくん、とあっという間に眠りに落ちる身体を支え、後ろから抱きかかえた。
そして五樹は、驚くべき行動に出る。
「―――つっ!」
バチン、と無理矢理自分の右足の鎧からベルトを一本剥がし、少女の足を取り巻く無骨な擬鎧の端にそれを接続したのだ。
「装着<スレプト>―――」
痛みを堪え、五樹は小さく呟く。その瞬間彼の右足はブワッ!!と何百本もの黒い線に分解され、ネジの足に巻きついた!
鎧は偽物を押し出し、縊り潰すようにして自分達の領域を広げていく。偽鎧が鎧に成り代わられていく。
「ぅ…ぐっ、あああああああ!!」
痛みの悲鳴を上げたのは、五樹の方だった。どれだけ深い眠りに落とされたのか、もっと負担がかかっている筈のネジの方はぴくりとも動かず安らかに寝息を立てている。
「はぁっ…はぁ…は、あ…!!」
やがて全てが終わり。
ネジの脚は、ぱっと見れば気づかないほど、左右の区別がつかなくなっていた。綺麗に両方揃えられた、小さな脚だった。
しかし、五樹の足の方は、片足の膝から下が全て無くなっていて。
そして切り離された切り口から、とろとろと紅い色をした液体が流れ出ていた。