時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

16:変化:

この街の中心である搭の中で、熾烈な戦いは続いていた。

ガキン!! ギイン!!

ジンが繰り出す裂帛の剣先を、娘達は腕だけで受け止める。
身体の強度は、警備鎧の数10倍にも及ぶらしい。僅かに傷が浮くだけで体を傾がせもせず、美しい形の腕や足を惜しげもなく振りかざし、敵にぶつけていく。

ドゴッ!!

「んがっ!!」
『―――第六封印解除ッ! 輪!!』
バサァッ!!
胸にもろに四摘の蹴りを食らい、黒い騎士が狭い足場から突き落とされる。咄嗟にゼロが再び翼を発動させ事なきを得るが、更に追撃で黒い槍が降って来る。
「――舐めんなッ!!」
ギャリインッ!!
左腕の剣で何本もの槍を一遍に弾き飛ばし、体制を立て直す。一対一ならパワーで押し切れても、三人のコンビネーションがかかってくると流石に捌き切れない。尚且つ、今まで消耗してきた分に加え、目まぐるしく変化する戦闘にジンがついていききれていない。
『塵、』
「余計な気ィ回してんじゃねえ。…防御に集中しとけ」
『――理解した』
しかしゼロが言葉を発する前に、ジンは荒い息の下からそれでも気丈に言い返す。
狭い足場からその二人の会話を聞いていた娘達は、三人とも同時に、僅かに眉間に皺を寄せた。それはどこか、子供がかんしゃくを起こすのを堪えているかのような―――酷く、羨ましげな視線を伴っていた。
「んだよ、てめぇら。鎧らしく纏って欲しいんなら、とっとと下から伯爵呼んできやがれ」
その方が手間が省けて助かる、と半ば本気できっぱりとジンは言い放った。しかしそれは彼女達に、劇的な変化を齎す言葉だった。
「お黙りなさい!!」
「貴方に何が解ると言うの!?」
「それはお父様への侮辱と取りますわ!!」
今まで滅多に感情を露にしなかった美しい鎧達が、激昂としかとれない叫びを放ち、その勢いに思わずジンは中空で仰け反
った。
「なん、だよお前ら―――…もしかして」
『塵!』
思いつきが口からついて出る前に、ゼロが制止した。その言葉の中に僅かな焦りの波動を感じて、ジンはいよいよ首を傾げた。
「どういうことだ、まさかお前ら―――」
『言うな、塵!!』
次の制止は、間に合わなかった。その疑問はジンにとって、あまりにも簡単な問いでしかなかった。
そして、美しき娘達にとって一番残酷な言葉が、ジンの口から紡がれた。




「纏われた、ことがねぇのか――――――?」




「「「いやああああああああああああっっ!!!」」」


悲鳴の三重唱が、塔の中にわんわんと反響した。三体の鎧は恐怖の悲鳴をあげ、がくりと床に突っ伏した。あるものはがたがたと震え、あるものは虚脱し、あるものは叫びを上げながら床を叩いた。
阿鼻叫喚、としか言えない眼下の風景にジンは呆然とする。
「お、おいお前ら―――」
『…伯爵は、鎧を纏わない―――』
「何!?」
頭の中に響かされた驚くべき真実に、思わず声をあげる。真実を告げるゼロの声は、どこか酷く辛そうに軋んで聞こえた。
『私が、精製されたとき。あの男は私を纏おうとして失敗した―――私の出力が強すぎて身体が保たなかった。それ以来あの男は鎧を纏う事を恐れた。だからこそ―――纏わずとも、自分の代わりに戦える自我を持つ鎧―――一子達を精製した―――』
「…他の奴らは―――知らなかったのか」
『その情報は入力されていない筈だった。だが皆―――感づいていた』
鎧にとって与えられた至上の心地は、主に纏われ戦うということだから。
それを叶えてくれない主に…伯爵に対し、沸いてはいけない疑念が生まれ始めた。
『それでも、それを口に出す事は出来ない。彼女達は私のように、思考制御が杜撰ではなかった』
改良を続けられた末、鎧は「自我を持ちながら自意識を持たない」存在として精製されるようになった。伯爵の為に最良の方法を模索する部品。それが求められたこと。そうして出来あがった人工の魂の形は、酷く純粋で、繊細で、脆いものだった。
だから、純然たる事実として残酷な現実を突きつけられると――――
「嫌、嫌ぁ、嫌あああああああっ!!」
「…………………」
「お父様…お父様…お父様…お父様…」
ジンの脳裏に、「自分を壊してくれ」と叫んだゼロの姿が浮かんだ。子供のように泣きじゃくる彼女達の姿が、それと重なる。
『塵―――…』
それに気づいたのか、ゼロが小さく主の名を呼ぶ。ジンは鎧の下で一瞬目を閉じ、呆れたように呟いた。
「バカ野郎。妹達を助けたいんだったら、早くそう言え」
『しかし―――お前は、螺子を』
「じゃあ何でさっき俺の言葉を止めやがった?」
返事は返ってこない。しかし、感情は確かに伝わる。
反抗すら出来ない妹達に対する思慕。主に対する申し訳なさ。そして、ジンと、ネジを護りたいという真摯――――。
「甘く見てんじゃねーぞ。それぐらい、やってやらぁ。伯爵さえぶっ倒せば、こいつらだって解放されるんじゃねーのか?」
『無理だ…主人登録は主人が死んでからも、消えない』
「だったら伯爵の野郎を引き摺り出して、命令させてやる。もう言う事聞かずに好きにしろってな」
「お…お待ち、なさい…」
口を動かさずに続けられる二人の会話に、今まで床に突っ伏していたはずの二重が起き上がって割り込んだ。見ると、他二人の娘も、どこか途方にくれているのにまだ生気を失わない瞳で、黒い騎士を睨んでいた。
「お父様に危害を加えるのは、許せません…」
「これ以上は、行かせないですわ…」
震えながらも紡がれる言葉に、ジンは一つ息を吐いて頭を掻こうとし、自分の頭が鎧に覆われている事に気づいて途中で止めた。そして、紫色のシェードの下から、きっと娘達を見回す。
「お前らな…現実見ろよ。お前らも結局、伯爵の野郎に騙されてたんじゃねぇかよ。尊敬するのは勝手だけどよ、それぐらい解れ」
返事は返ってこない。それほど打ちのめされているのか、娘達は反論もせずに俯いてしまった。後味の悪さを感じながらも、ジンは黙っていられず言葉を紡いだ。
「こいつ―――ゼロだって、変われたんだ。新しい主人見つけられたじゃねぇか。同じ鎧だろ? だったらお前らにだって、出来るだろ」
『塵、それは無理だ―――彼女達は』
「出来ねぇこたねーだろ。こいつらだって、疑問持ってたんだろ? 伯爵の設定した思考に、違和感感じたんだろ? ―――その時点で変わってるじゃねえかよ!!」
『「「「―――――!!!!』」」」
驚愕に、ゼロの思考がはっきりと揺れた。三人の娘達が一斉に顔をあげた。自分達が変化することなど―――考えた事もなかった、から。
「だったらもうちょっと気張ってみろよ。今居るところが辛いなら変えてみろよ。納得出来ねぇことがあるんだったら叫べよ。最初っから出来ねぇって思い込んでたら、変わるもんも変わらねぇじゃねえかッ!!!」
塔に、絶叫が響き。
沈黙が空気を支配した。
最初にそれを破ったのは、細い声でそれでもはっきりと呟いたゼロだった。
『――――…塵。私は、変化しているか?』
「自分で気づいてなかったのかよ。……少なくとも――、起動されてすぐよりぁ、まぁマシになったんじゃねーの」
急に照れが入ったらしく、返事を濁してしまうジンだったが、勿論思考ははっきりとゼロに伝わっていて、嬉しさの鼓動が意識を揺らした。
美しい娘達がその頬を偽物の涙で濡らしながらも、しっかりと顔を上げたその瞬間。


ドシュウッ!!!

殆ど同時に。
三人の娘の額が、貫かれた。


「『―――――…ッ」』


貫いた凶器の出所に、咄嗟に視線をやる。
今まさに扉が開いたエレベーターの中から、黒い線が幾筋も走り出ている。
それらは鋭利な凶器となって、娘達の額を貫いていた。悲鳴も上げず、身を捩りもせず、がくりと三体の鎧は同時に動きを停止した。
エレベーターから、凶器の発射人が降りて来る。
美しい黒髪が、地下からの風に緩やかに舞いあがった。