時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

15:対話:

ごうごうと、耳元で風が巻いている。
「うっおおおおおおお!! すげぇ――――!!」
初めての感覚に、思わずジンは歓声を上げた。
紅い砂に覆われた廃墟の谷を潜り抜け、凄いスピードで飛び越していく。本来なら目を開けていられないほどのスピードのはずなのに、視界がくっきりと認識でき、その気持ちよさに顔が綻ぶ。
『塵! もうすぐ到着する!』
しかし頭の後ろ辺りから響いてきた警告に、すぐに顔を引き締めた。
明るくなった空の下、聳え立つ尖塔がすぐ間近に迫ってきていた。塔のあちらこちらの窓から、次々と警備鎧が羽を広げて飛び立ち、こちらに向かってくる。いつもなら恐怖から逃げ出してしまう光景でも、今は全く怖くない。
自分が護られている、と解っているから。頼ったり甘えたりするわけではなく、戦えるから。寧ろ口の端を不敵に引き上げて、戦闘体勢に入った。
「ゾロゾロ出てきやがった」
『お前はまだ戦いに慣れていない。索敵及び防御は、全てこちらで受け持つ。お前は迎撃に集中しろ!』
「へ、偉そうに…任せたぜ!」
『理解した!!』
悪態を吐きながらも、信頼の篭った『会話』を交わし、黒い翼の騎士は敵陣に飛び込んでいった。





×××



「ひいいいいい!」
上擦りまくった、情けない悲鳴が部屋中に響いて、五樹は眉を顰めた。どうやらゼロがまだ「稼動していた」ことに漸く気づいたらしい、あの伯爵様が。
「あ、あれは、間違いない! 奴だ! わ、ワシを殺しに、殺しッ―――!」
「お、お父様! 何故此方に―――」
五樹と共にモニタルームにいた一子が、今まさに部屋の扉を開けてしまい廊下に尻餅をついた男に慌てて駆け寄る。
バチンッ!!
差し伸べられた白魚のように美しい手を、脂ぎった醜悪な手が払いのける。大した痛みではないはずなのに、美しい鎧はそれと解るほどに顔を驚愕と悲しみに歪めた。
「い、一子! 奴はまだ動いているではないか! 馬鹿者! この役立たずめ!!」
「お父様…ッ」
「ああああ、ど、ど、どうする? どうすればいい? 助けてくれ、助けてくれッ…!」
自分で払いのけたはずの手に今度は慌てて縋りつく。その情けなさ加減にはもう腹も立たない。五樹が後ろでうざったそうに髪を掻きあげたのには当然気づかず、一子は漸く触れられた伯爵の腕に安堵し、それをしっかりと受け止める。
「ご安心下さいお父様。必ずやお兄様は、私が破壊致しますわ…ですからどうか、地下の方へお休みくださいませ」
「う、うむ、うむ…そ、そうだな。おおそうだ! 五樹、お前は人質とやらをまだ確保しているのだな!? それを使え!」
不恰好な親子の隣を通り過ぎようとした五樹の足がぴたりと止まる。振り向くと、伯爵は威高々の癖に瞳を怯えさせて、一子は不本意この上ないという顔で瞳に嫉妬の炎を乗せて―――こちらを見ていた。
―――――――ああ、面倒臭い。
「…了解」
それだけ言って、後ろを見ずに歩き去った。一子は反論したかったのだろうが、すぐにまた早く行けワシを守れぐずぐずするなと騒ぎ出した父親を宥めるのに精一杯になってしまい、それは叶わなかった。





×××





「うぉらあああああああっ!!」
ズパァン!!
裂帛の叫びと共に、左腕の剣が空を切り裂く。自分の意志すら持たぬ鳥達はその身を二つに切り裂かれ、地に落ちていく。その光景に怯えることなく、空を飛ぶ鎧達が次々と自分の腕を改変させた銃を構え、引き金を引く。
パパパパパゥッ!!
『背面集中/防御展開!!』
ドドドドドゥ!!
強力なエネルギー弾が背中に命中するが、鎧はびくともしない。命中する寸前に、ゼロが背中部分の細胞密度を増やして防御力を上げたのだ。
「ッチィ、面倒臭ぇ!!」
叫びと共に、ブワッ!!と上空に向かって飛び上がる。あっという間に包囲を抜け出し、敵全体を睥睨する位置まで来て止まり、両手を下へ向かって掲げる。何をするのかすぐに理解したゼロが、僅かに慌てた声を上げた。
『待て、塵!』
「待てねー!! …行くぜッ!!」
『…理解した!! 目標全索敵、捕捉完了!!』
躊躇は一瞬、ゼロは完全に主と意識を同調させた。



「『第伍封印解除!! 種<シード>!!」』



声に合せるかのように、鎧の両手が変形する。指の一本一本が銃口と化し、碧色のエネルギーが集中する!
「食らいやがれぇ――――――ッ!!」



キュドドドドドドドドドォッ!!!



放たれた十本のエネルギー波は、細かく分化し正確に、数多の数の敵を貫く!
悲鳴も上げず、羽の生えた鎧達はばらばらと地面に落下していった。
『敵影消失―――攻撃完了』
「へっ、ざまぁみやがれってんだ――――…っと」
脳裏に響くゼロの声に、得意げに笑って見せたジンだったが、不意に身体が傾いだ。運動神経系統を素早くゼロが担当し、それを堪える。
『警告:エネルギー残量注意。飛ばし過ぎだ、塵』
「うっせぇな…出し惜しみなんてしてらんねーよ」
紫色のシェードの下から、きっと塔を見据える。かなり上空まで飛んだはずなのに、天辺が見えないのが腹が立つ。
見下されているような気がした。美しい鎧達を使うだけで出てこない、人質などを取る卑怯な輩に。
「―――行くぜ、ゼロッ!」
『理解した!』
ぐんっ、と重力に逆らわずまっすぐ落下する。塔の途中に空いている鎧搬出用の穴に頭から飛び込んだ。






塔の中は――――空洞だった。
「うお、なんだこりゃ!」
これだけ高くて馬鹿でかい塔なのだから、中は当然入り組んでいるものだと思っていたジンは拍子抜けた。壁面には余すところなく配管が通り不気味な文様と化しているが、内部は完全に吹き抜けになっている。エレベーターが走る支柱と、そこに付属するように等間隔に取り付けられている小さな丸い床、それだけが延々と続くどうにも殺風景な場所だった。
『重要機器は殆ど地下部分に在る。地上の塔は監視及び連絡用以外に使われていない』
「贅沢過ぎだぜ…。じゃ、ネジも下か?」
『間違い無い』
「よっしゃ、んじゃ早速―――」
『! 塵!!』
改めて下へ向かおうと体を傾がせたジンが、ゼロの声に留まった。一番近い足場にエレベーターが止まり、その中から前に見たことのある3人の娘達が降りてきたのだ。
「やっぱ来やがったな、木偶女ども」
黒いドレスに身を包んだ娘達は、ジンの揶揄混じりの罵声にも反応を返さず―――只、じっと二人を見つめている。どこか酷く―――怯えたような瞳で。
「何だ? かかってこねーのか?」
『動揺している。お前が私を纏えたからだ』
「は、結局あいつらも、嘘っぱちに踊らされてたのかよ」
「…言葉を慎みなさい」
「お父様への侮辱は許しません!」
「貴方達を排除致します―――お父様の平穏の為に」
僅か俯いていたようだった美しい娘達はじりっと前に出て、責める瞳を黒い騎士に向ける。騎士は少しもたじろがず、左腕の剣を構えた。
「とっとと潰して下行くぜ。―――時間かけると、多分、ヤバい」
『理解した』
剣呑な声の中、僅かな不安が混じった事を感じ取り、ゼロはすぐに了承の返事を返し。
バサァッ!!と羽を広げ、戦いの舞台へ降りていった。





×××





「おにいちゃん! ゼロ!」
すげぇな、一発だよ、と歓声をあげる少女の後ろで五樹は僅かに嘆息した。
姉が伯爵を宥めすかしてどうにか地下のシェルターまで送っていった事を確認してから、五樹はネジを連れてモニター室まで戻ってきていた。塔の中間部で戦う鎧達の姿を見せた瞬間、彼女ははっきりと真実を思い出してしまった。どうなってんだこいつの頭の中、と本気で思う。
「ねえそうだよねっ!? あれ、おにいちゃんがゼロをまとってるんだよね!?」
嬉々として振り向くネジにおざなりに頷いてやると、やっぱり!と自慢げに胸を張った。
「ゼロがね、おにいちゃんにまとってほしいっていってたの! まとってもらうと、『くろいよろいのきし』みたいになるんだって!」
「へぇー」
もう兄らしい言動をとることもないだろうと、やはりおざなりに返事を返していた五樹だったが、次に紡がれた言葉に不意に目を見開いた。
「ゼロをつくってくれたひとが、そうやって『せっけい』したんだって!」
「―――まさか」
小さく、驚愕の言葉を呟く。幸いネジには聞こえなかったらしく、すぐにモニターに視線を戻す。
「ふたりとも、がんばってー!! …あれ? でもどうしてあたし、あなたのことおにいちゃんだとおもってたんだろ…?」
五樹の方を見返し、噛み合わない記憶に首を捻る少女に、五樹は苦笑して一歩前に出た。
「なぁ、お嬢ちゃん」
疑問には答えを返さず、五樹は小さな少女の前にすとんと膝を下ろし。
「自由に動く足、欲しくないか?」
そんな言葉を、呟いた。