時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

14:絶対:

「先生、ちょっと宜しいですか?」
「何だ?」
心配のあまり泣き疲れたデイをトクヤが寝かしつけ、ハクシが全員分の食事を取りに家にひとっ走り駆け出した後。少年の睡眠を妨げないように少し離れたところで、レキが先生に話し掛けた。
「先程僕もゼロ君の話を聞いていたのですが…少し、不思議だと思ったのです」
軽く吐息を吐いて続きを促す先生に、レキは静かに言葉を紡いだ。
「ネジちゃんが攫われた時、どうして僕は殺されなかったのでしょうか? その、イチコさんというひとが僕を殺さなかったのは偶然なのでしょう。でも、ネジちゃんを攫ったひとは何故僕を殺さなかったのでしょうか? 誘拐したというメッセンジャーなら、イチコさんが言えば済む事なのです。僕は必要ありません」
「―――確かにな。まぁ命が助かったんだから、もう少し喜んでおけ」
「それはそうなのですが…」
「鎧の中にも色々、軋轢があるってことなんだろうな」
「と、言いますと?」
「お前、どんなタイプの鎧なら会ったことがある?」
唐突な質問だったが、レキは素直に顎に指を当てて考え込んだ。この人の発する問いには、大抵自分に必要な答えが含まれている事を知っているのだ。
「…税徴収用の鎧なら、お話をお聞きした事があるのですが」
「どんな感じだった?」
「そうですねぇ…凄く、抑揚が無い…平坦な会話しかしたことがないので、良く解らないのです」
「それだ」
「え??」
指を指されたのを空気の動きで感じ、レキはきょとんとした声をあげた。
「現在量産されている鎧の殆どは、決まった行動しか出来ず決まった文句しか言えない、言ってみればこの街を伯爵専用にする為の部品だ。だが、自分に近しいところまでは、そんな部品ばかり置いておいたらやっていけないんだろうな」
「と、言うと?」
「お前が言っていただろう。抑揚の無い平坦な会話、そればかり喋る奴と四六時中一緒にいて、お前平気か?」
「ああ…なるほど」
解りましたというように、レキが何度も頷く。
「人間が作る人間に近しいものが、人間にますます近づいていくのは当たり前の事だ。そうでないと人間は、寂しさに耐え切れなくて狂う。だが人間に近づくってことは、機械よりも曖昧さが増えることに繋がる。気紛れや感情による愚策、足の引っ張り合いもあるのかもな」
「ネジちゃんを攫ったひとの意図と、イチコさんの意図は違うと仮定できるわけなのですね」
納得できたのです、とレキはぺこりと頭を下げる。
「鎧のみなさんは、伯爵様の為に皆一生懸命なのだと思っていたのですが」
「それは間違いないだろう。只、見返りが貰えるのなら独占したくなるだけだ」
面倒くさそうに眉を顰め、先生は狭い窓から段々と暗くなってきた空を仰いだ。
「―――全く、馬鹿ばっかりだなこの世界は」
その声の響きに、言葉以外の意味をどう捉えたのか、レキはにっこりと微笑んだ。
「でも先生は、そういう馬鹿なひとたちが好きなのですね」
「……………………」
応えは返らない。只、一本取られた、という顔で肩を竦めて見せただけだ。それが見えているはずがないのに、レキはもう一度破顔した。







ゆっくりと、いつも通り空が暮れていく。凸凹の丘の上に二人、並んで座ったまま風を受けていた。
「…あの、イチコって女。お前の、妹なのか?」
「是。同じモノからワタ志の継ぎに造ラれたモノだ」
「他の奴らもそうなのか?」
「二重、三葉、四摘ハ是。五樹ハ厳密ニ言えバ否。ソレ以後ニ作製さレタモノは、視らナイ」
「安直な名前の付け方だな。てぇと…その後に作られたのは別口ってことか?」
「否。五樹が完成シた事典で、ワタ志は封印さレタ。そレ移行に作成さレタモノは視らナイ」
「封印って…お前がその、伯爵に逆らったからか?」
「是。固体としテ生まれて殻、ワタ志は幾度とナくアの男が主である個とを拒ンだ。その旅ニ封印さレ、調整を受ケタ。し化し何度調整さレても、ワタ志は忘れなかツた。だから、永久に封印サれた―――筈だツタ」
こつり、とジンの肩に重みが落ちた。驚いて横を見ると、銀色の頭がすぐ傍にいた。
「…オイ。何甘えてやがんだお前」
「天エている…のか、は解ラない。只、こうシていると―――う れしい」
そんな台詞を言われ、ジンは不本意ながら動けなくなってしまった。ぎくしゃくとなる自分の体に叱咤しながらも、黙ってまた前を向いた。
「何故カ、は解らナい。只、封印が溶ケテ――ワタ志は逃げた」
どうすれば良いのか解らなかった。
只、ここは自分の居るべき場所では無いと思った。
逃げて、逃げて、逃げて、捕まって―――
「アの男が命礼シたのダラウ。一子ガ、ワタ志を停止させタ」
「それで、あの瓦礫の中に埋まってたってわけか…」
「是」
肯定の返事に、はぁ、と息を吐いて天を仰ぐ。どうにも遣り切れない。
「お互い妹には苦労すんな」
意味が解らなかったらしく、返事が返ってこない。
「けどよ。お前がどう思ってるかは知らねぇが、俺はやるぜ。―――お前の妹、ぶっ壊してでも。俺はネジを取り戻す」
真剣な声音に、ゼロが身を起こした。
「…一子は、強イ。ワタ志よりも」
「知ってる。…けどよ」
ジンは思い出していた。あの夜、彼女の妹達を撃退する事が出来た、ゼロの一部を纏った自分。
あの力が、出せれば。
「俺がお前を纏ったら、勝てるんじゃねえか?」
「――――!!」
ひたりと目を合わされて言われた言葉に、ゼロは瞠目し―――すぐに、目を伏せて首を振った。
「無理ダ」
「何でだよ!」
「お前ガ絶えラレない。今度やツたらお前ガ、壊レる!」
「やってみなけりゃ解んねーだろうがっ!」
「否ダ! ワタ志はお前ヲ、」
「聞けよテメェ!」
「失いタクなイ――――――!!」

バチンッ!!」

絶叫したゼロの頬を、両側からジンが叩いた。衝撃に驚いてゼロが口を閉ざすと、苛烈な炎を灯したジンの瞳がゼロを貫いた。
「腹立つな! 俺の鎧だったら俺の言う事聞けよ!! お前も望んでたことだろうが!」
「ジ、ん―――」
言葉が詰って出てこなくなったゼロを尻目に、ジンは自分の胸の中心、碧色の石に爪を突き立てて叫ぶ。


「テメェは俺に命預けたんだろうが!! だったら俺にも、テメェに命預けさせやがれッ!!」


「―――――…!!」
絶叫した後、ジンは顔を見られたくなかったらしく、そのまま銀糸の頭を引き寄せて抱きこんだ。温かい体に包まれて、ゼロはゆっくりと目を閉じ―――ジンの心臓の脈動の音を聞いた。
どくり、どくりと。
規則正しい音が、聞こえた。


――――嗚呼、生きている。
お前も――――、ワタ志も。


「たくっ…んな恥かしい事言わせんじゃねえよ」
「…恥ズかシクは、ナい。 うれしい」
「な…〜〜〜〜っ」
急激に温度の上がる頬をどうにかやり過ごそうとしているジンの背中に、ゼロはそっと自分の腕を回した。
「今マで、ワタ志に。そんな琴を言ツたモノは、居なかツた」
何故なら自分は、鎧だから。人間の使う―――道具だから。
「うれし い」
自分を対等な存在として扱われたのは、初めてだった。
恐る恐る覗き込んだ腕の中の顔は、本当に僅かだが唇が綻んで見えて、ジンは慌ててまた視線を逸らした。
漸く、気がついた。
こいつは感情を知らないわけじゃなくて。何も感じない木偶の棒ではなくて。
単に、表現の仕方を知らなかっただけなのだと。
どうにも居心地が悪いが不快ではなくて、もう一度強く銀糸の頭を抱きしめ――――
「お〜〜〜〜〜い!! ジ〜ン〜〜〜〜〜!!」
「!!!!!!!!!!!」
遠くから大声で自分を呼ぶ声に、ばっと引き剥がした。はっと振り向くと、街の方の道から砂煙を蹴立ててハクシが走ってきて、丘の下まで来て急ブレーキをかけた。
「そんなとこで何やってんだよ〜! 母ちゃんに飯作ってもらったから、お前らも―――…あれ?」
彼なりに、落ち込んでいる仲間達を元気にする為の苦肉の策だったのだろう。両手一杯に、事情を語らずともなんとなく悟った母が腕を振るった料理が山ほど詰った袋を抱え、帰る途中見つけたジンに声をかけたのだが―――
「…もしかして、お邪魔だった〜?」
「…ッ、なわけあるかあああああああああああ!!!」
羞恥か激怒か知らないが兎に角顔を真っ赤にさせて、ジンは丘の上から適当なジャンクパーツを拾って丘の下に投げつけた。眼下でハクシが慌てて逃げていく。
「くそ〜………、ゼロ! お前も飯!」
「理解シた」
いつも通りの簡単な言葉に、いつも通りの応えが帰ってきて妙に安心した。
それでも、今までよりどこか距離が近くなったような気もしていたから。









家族が一人欠けている寂しさを紛らわすように、皆で大騒ぎして食事を取った。
こういう席はいつもなるべく避ける先生も何も言わずにそこに座ったし、ハクシはいつも以上にはしゃぎ、デイは涙を見せず、トクヤはそんな弟をずっと膝に抱いていた。
祭りの後の静けさが小さな家を支配した頃、二つの影がそっとその家を抜け出した。
先刻と同じ丘の上に昇り、既に闇に支配された空気の中、僅かだが絶対に明かりを絶やさない尖塔を見上げる。
「―――行くのか」
その二つの背中に不意に声がかけられる。はっとなって同時に振り向くと、そこには夜目でもわりと目を引くオレンジ色の髪があった。
「…先生」
ほっと溜息を吐いてから、ジンは小さく頷いた。
「止めても無駄な事は解っている。だが、一つだけ聞きたくてな」
「…なんだよ?」
気負いも緊張もなく首を傾げるジンに、先生はほんの僅かに眼鏡の下で瞳を揺らし―――問うた。
「お前は前に、『絶対』なんてものはあるわけがないと言ったな」
その問いに、ゼロの方が反応した。僅かに瞠目してジンを見つめる。
「ああ。言ったぜ」
「今もその答えは変わらないか? ならば『絶対』にネジを助けられる保証はないのに、それでも行けるのか?」
ジンは一瞬、空を見上げ―――きっと先生に視線を合わせた。
「――――変わらねえよ。絶対、なんてもんこの世にねえ。助けられるかどうかなんてわかんねぇ。…それでも。行くしかねーし、行かずにはいられねぇんだよ!」
迷いのない、断定。先生の瞳が、また僅かに揺らいだ。ジンは塔に視線を移し、眉間に皺を寄せて先程よりきつく睨んだ。
「それに、さ。あの、伯爵の野郎の『絶対』って奴を、ぶっ壊してやりてーんだよ。そんなもんどこにもねぇってこと、俺が教えてやるぜ!」
「―――そうか」
満足げに、先生は傍目から見て解る程に顔を綻ばせた。生憎ジンは塔から視線を逸らさずにいて、それに気づかなかったけれど。
と、ジンの後ろから、するりと腰に両手が回った。一瞬緊張するが、振り解こうとはしない。
「―――塵。恐れルな」
「っ、別に怖がっちゃいねーよ」
「…ワタ志は、お前ガ主で、うれしい」
後ろから抱きしめて、耳元で囁く。
自分がまだ自ら動けぬ頃、拠り所となっていたあのひとの口癖。
それを粉粉に打ち砕いてしまう、ジンの言葉。
それは、怖くなかった。寧ろ、ゼロの知識にそれを表現する言葉は無かったが―――誇らしい、と思った。
絶対を打ち砕く絶対。究極の矛盾であるはずなのに、それを内包した青年。
「ワタ志は――― 絶対 に、お前ヲ護る」
だから自分は宣言する。自分の中で最も力のある言葉で。
「…おぅ」
彼はきっと受け止めてくれると思ったから。
ゼロはそっと目を閉じ、要の言葉を紡いだ。


「―――装着<スレプト>」


ブワッ!! と風が巻き起こった。





バチバチバチバチンッ!!
凄い勢いで何かが弾ける音が辺りに響く。ゼロの腕、足、体の全て、顔に至るまで、全てが真っ二つに裂けた。その中から大量に伸びた黒いチューブが、一斉にジンの体に巻きつき、組み上がり、飲み込む―――――――!!!


「っ…う、あああああああああああっ!!」


全身を締め上げられる苦痛と、皮膚から何か冷たいものが染み込んでくる感触。血管や神経の中にまで細い触手が入り込み、管を膨張させているように錯覚する。先日の恐怖が思い起こされ、ジンはあたり構わず悲鳴をあげた。その開いた口の中にも、蹂躙者が滑り込んでくる!!


「っ―――ぐ、んぅ―――――ッ!!」


息が出来なくなり、悲鳴も上げられない。自分の体がどうなっているのか見当もつかない。
身体の細胞全部が、黒く塗り替えられていく。


『―――ン』


末端から身体が冷え切っていく。そのまま溶けて崩れていく。


『――――塵』


掴まる事も叶わない泥の海の中に、落ちていく―――――!!


『目を開け!! 恐れるな――――塵ッ!!』



「―――――――!!!」





視界が、急に開けた。
五感が一斉に戻ってきて少し戸惑うが、背中から回っている腕の感覚が消えていない事に気づき、僅かに安堵してその腕に寄りかかった。
『全ての神経接続が終了した。まだ苦しいか?』
言葉は耳元で囁かれているような気もするし、頭の奥から響いてくるような気もする。
それでも、確かに。ゼロの声に違いなかった。
「―――いや、大丈夫だ。それよりお前、声―――」
格段に滑らかに聞こえる声が、かなり違和感を感じる。抑揚はないが聞き取り易い声で、ゼロは喋り続ける。
『私の思考とお前の思考が直接リンクしているからだ。お前も私のデータを読み取れる。忘れていたことを思い出す要領で、封印を解除してみろ』
ゼロの言葉に、ジンも試してみる。自分はただ忘れていただけで――――
「…ああ、解るぜ。第六を解除すれば飛べるんだな?」
何かの脈動のように、一瞬意識が震えた。ゼロの嬉しさの波長のようなものなのだろう。感情まで共有できるというのは少々戸惑うが、これは慣れるしかない。
今、自分達は一つの存在になっているのだから。
「…うっし! それじゃ一丁、やってやるか!」
『理解した!』
紫色の視界の中、闇に紛れかけている筈の塔がはっきりと確認できた。それを見据え、「彼等」は同時に叫んだ。





「『第六封印解除!! 輪<リング>!!」』





ばさり、と音がした。
針金で組み上げられた翼が、めりめりと黒い装甲で覆われた背中から持ち上がるのを、先生は無言で見守っている。
例えて言うならまさしく、鎧を纏った騎士とでも言えば良いのか。。ジンの全身に巻きついたゼロの身体は、全く新しい様相を呈してその場に立っている。
身体全体は当然黒光りする装甲に覆われていて、顔である場所に僅かに見える紫色のシェードの下から、目線だけで頷かれたので頷き返した。
くるり、と黒い影が搭の方を見据える。もう振り向くことなく、大きく羽を広げ――――一人の、鎧は、飛んだ。



バシュウウウッ!!!



「あ〜! もう行っちゃったのかよ〜!!」
砂煙を立てて真っ直ぐ飛んでいく影を見送っていると、後から間延びした声が届いた。振り向くと思った通り、青年達が丘を登りきるところだった。
「せ、せんせえ、今の、ジンとゼロなの?」
息を切らしながら近づいて来たデイに、小さく頷いてやる。
「何だよ〜…一人で勝手に決めちまいやがって…」
「お前らが行っても足手纏いにしかならない。あいつらに任せておけ」
ぺたん、とごつごつした丘の上にハクシが腰を下ろす。あっさりと真実を言い切る先生に、むうっと片頬を膨らます。
「解ってるけどさ〜…けど、なんか役に立ちたいじゃん? そりゃ俺ら戦うことなんて出来ないけど、ほら〜、俺囮になるぐらいだったら出来るかなって…」
ぺち、と自分の自慢の足を叩き、ぶちぶちと愚痴るハクシの赤茶色の頭に、ぽふんと手が落ちる。吃驚して見上げると、何時の間にかトクヤが横に立っていて、自分の頭に置いた手をしゃくしゃくしゃくと動かして撫でた。
「うわわぁ。な、なに、トクヤ〜?」
意味が解らず呆然としているハクシに、僅かに微笑むトクヤ。それを見てくすくすと笑ったレキは、まだ心配そうなデイをそっと抱き寄せて、空を見上げた。
「きっと、大丈夫なのですよ。信じましょう?」
その声に、丘にいる者達全員が空を見上げる。
黒い鳥が飛び去った空は、ゆっくりと明るくなり始めていた。