時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

10:暗躍:

バツバツバツンッ!!と嫌な音がして、一斉にバンドがちぎれた。どろどろとした黒血が、鋭利な傷口からぼとぼとと地面に落ちる。
「な…はっ、お前、何、やって…!!」
凄まじい痛みの後、不意に楽になった自分の身体に気づき、ゼロが顔を上げる。自分の腕を切り飛ばした鎧は、平然と其処に立っている。
「―――第参封印解除。起動:大蛇<パイソン>」
ビュルウンッ!!
「うお!?」
ゼロの声に合わせて、ジンの左腕にたごまっていた鎧が組み直される。それは細く長く伸ばされ、1本の鞭に変わった。
「―――その形態ナらば、お前ガ1版使いヤ吸いダラウ」
「ば、かやろ、お前腕ッ…」
「ワタ志から切り離さレテも、暫くハ稼動可脳ダ」
よろよろと立ちあがる主を守るように、片腕が無いままゼロはきっと敵を見据えた。
「お兄様、何てことを―――!」
「長い時間核石<コア・クロム>から身を分断しては、何れ分断された部分は滅んでしまいますのよ!?」
「一旦滅んでしまえば、再生は不可能です! 何故其処までしてその人間をお庇いになるのですか!?」
「――――決まツテ、いル」
悲鳴のような声を上げる妹達を、静かなゼロの声が止めた。しんと静まり返る辺りに、その言葉ははっきりと紡がれた。





「ワタ志の主は―――――塵、だ」





「何を、愚かな―――!」
「理解できません! 理解できませんわ!!」
「お兄様、貴方は一体何を―――!!」
「―――塵!」
「くっ…おうよ!!」
ゼロの声に答えて、痛みを堪えて左腕を振るった。いつもの偽鎧を使う時と、同じ要領で。



ブオッ!!
ズバアアアアンッ!!




「「きゃあああああああああ!!」」
「んなっ…!」
あまりの威力に、振るったジンの方が驚いた。横薙ぎに繰り出された鞭は目にも止まらぬスピードで、強靭な鎧を二体いっぺんに弾き飛ばしたのだ。
「くっ…何てこと―――」
「―――第弐封印限定解除。起動:搭(タワー)」
「!!!」
咄嗟にどうにかそれをかわした四摘の眼前に、巨大な槍に変化した兄の足が迫っていた。




ズゴッ!!



「いやああああッ!!」
ガシャァン!!と地面に美しい体がもんどりうって倒れる。
「そんな馬鹿な―――有り得ません!」
「お姉様に、ご連絡を―――!!」
「退きなさい! 早くッ…!!」
パニックを起こしたように娘達は叫び、あっという間に闇の向こうに走り去っていった。




「ふ…はあ―――――…」
へなへなとジンの腰が砕ける。正直、駄目かと思った。たまに小競り合いで相手にする税徴収鎧や警備鎧とは比べ物にならない程強い奴等だった。
「―――塵。ス真海イ」
ザ、とゼロがジンの目の前に膝を折った。ひたりと合わせられる視線が、一瞬泣きそうに緩んだように見えて、ジンは思わず自分の目を擦った。
「お前ナラば―――、ワタ志を満タセると、思ツた。ダガ―――お前ヲ、傷つ卦タ」
動かぬ顔が、少しだけ俯く。言葉は、いつも通り淡々としている筈なのに、何故かとても苦しそうに聞こえて。
「…バーカ。何言ってやがる。お前のおかげで、助かったってーの」
ぺし、と空いている手で銀糸の頭を叩いてやると、はっとしたようにゼロが顔をあげたので、―――笑って見せた。これじゃネジと一緒だな、とこっそり心の中で一人呟いて。
「、と。それよかお前の方が大事じゃねーか! これ、この腕ッ、どうすんだ!」
目を見開いたまま固まってしまった鎧の右腕がごっそり無くなっている事を思い出して声が上擦る。夢から覚めたように、ゼロは問題ナイ、と呟いて、右肩の傷口をジンの腕の鞭に押し当てた。
「復元<リペスト>」
ズルルビュッ!!
嫌な音を立てて、ゼロの腕が組み上がって行く。鳥肌を立てながらも、自分の腕が解放されたことに安堵してジンも漸く息を吐いた。
「はー。何か、あの女共があれこれ言ってたけど、腕大丈夫そうだな」
「否」
「は?」
元通りに組み直った自分の腕をもう片方の腕で押さえ、ゼロはきっぱりと否定の言葉を返した。右腕は、だらりと垂らされたまま、全く動かない。
「全細胞ノ48%が破壊サレた。代謝ニ寄る復帰ガ完了するマで、動かせナイ」
「……………なっにぃ―――――――――――――――――!!?」
ゆっくりと白みかけてきた空に、ジンの絶叫が響き渡った。
















昼夜も関係ない薄暗いラボに、静かな声が響く。
「お前は、『絶対』ってモノがこの世にあると思うか?」
デスクに向かったまま、オレンジ色の髪の男―――先生が闇に向かって問うた。
「―――運命ってヤツのことかい?」
闇の中から、返事が返って来る。空いた作業台の上に腰掛けて、燃えるような赤い髪を揺らして笑う男は、悠々とした態度で先生の声に答えた。
「昔、『絶対』を作り上げる―――そんな夢を見た奴がいた。この街は、そいつの見る夢なんだろうと思う」
「大した悪夢だな」
「それはあいつが決める。それより、何の用だ」
赤い髪の男は、その両手と両足が鎧の証である無骨なベルトで覆われていた。しかし両者とも、特に緊張感を持つわけでもなく、まるで旧来の知り合いのように淡々と言葉を交している。
「アンタの正体は、何となく解ってるつもりだ。アンタにこれ以上動かれると、ちょっと厄介な事になると思ったんでね。釘刺しに来たんだよ」
「成る程―――、確かに他の連中より頭は切れるようだな」
「この辺が特別製でね。少なくとも姉貴達よりは使えると思うぜ」
赤い髪の男は、自分の米神をとんと指で指し、面白くもなさそうに台から下りた。先生はやはり視線を合わせないまま、あっさりと答えを返した。
「俺が出来る事は鎧の再起動ぐらいだ。後の事はあいつら自身が決める。俺はこれ以上干渉しない―――釘は別に必要ない」
「だったら良いさ。俺は好きに動かせてもらう」
「子供なら御し易いと思っているか?」
笑顔を見せた男の動きが、不意に止まった。
「―――アンタ、本当に油断がならないな。全部お見通しかよ」
「さぁな」
「止めないのか? あの兄妹はこの街じゃ、アンタのお気に入りだろう?」
「別に。言っただろう、俺はこれ以上干渉しない。干渉する必要はない。―――――俺はこの街に必要ない」
冷たささえ感じる言葉に、男はもう何も言わず出口へ向かう。その背中に、不意にもう一言言葉が飛んだ。
「けどな、年寄りだからたまに夢を見たくなるんだ」
「夢、ねえ」
赤い髪の男は、その台詞に軽く肩を竦めた。
「夢なんて見て、何になるんだ?」
「夢ぐらいしか、見るものが無いんだ」
「ははっ…成る程ね」
「まぁ、折角だから一つ忠告しておいてやる」
視線を合わせないまま続けられていた問答は、その言葉で終わりを告げた。
「子供はな、無知、無茶、無謀―――そして、無敵だ」
ぴくり、と男が何かを感じたように身体を揺らす。殆ど同時に、先生も顔を上げた。
一瞬の間もなく、すうっと男の姿がその場から消える。
バタン!
「よっ、先生。ちょっと見てくんねー?」
「どうした?」
間髪入れず開いた出口のドアから、ジンがゼロを連れ立ってやってくる。何事も無かったように先生は尋ねた。