時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

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「ちっ!」
素早くヴォーイが懐からハンドガンを取り出して構える。シェイドは叫んだ後、何も言わずにただ坑道の暗闇を見据えている。
「えっ、え…」
「オイッ! ぼさっとしてねーでダスト達呼んでこい!!」
動揺して辺りを見まわす悠太に、ヴォーイの鋭い声がかかる。
「わ、分かった!」
がくがくと頷いて、梯子に繋がる扉を開け―――
ごづっ!
「ぎゃっ!!」
「ぐが!?」
―――ようとした瞬間反対側から扉が開き、思いっきり悠太はそこに頭をぶつけた。内側からドアを開けたダストも、同時に悲鳴をあげてよろめく。
「こっの…馬鹿ッタレ! 何ボケっとしてんだよ!!」
「っつ〜…お前を呼びに行こうと思ったんだよ!」
「…ちっ! 当たりやがった!」
悠太の反論に、ダストがきっと目を眇める。
「ダスト! お前なんで…」
「やーな予感がしたんだよ! 当てたくなかったけどなっ!」
呼ぶ前に降りてきた仲間に不審を飛ばすヴォーイを鼻っ柱でいなし、一瞬考える様に目を閉じると、
「ユータ!」
名を呼んで、相手の腕の中に自分の武器の片割れを押しこんだ。
「えっ…?」
「先に行け! レイ、先導してやれ!」
「うん! ユータ、こっちよ!」
「だ、ダスト達はっ…」
「さっさとしろ! お前等がいると足手纏いなんだよっ!」
もう既に、マリンの手を引いてレイは駆け出している。そちらと反対側の坑道から、あのザッザッザッという規則正しい足音が聞こえてきて、悠太は慌てて走り出した。





「どこまで逃げるんだっ!?」
「頑張って! こっちよ!」
ぐるぐると繋がる坑道を右に左に上に下に、がむしゃらに逃げている様だがレイにはちゃんと道が分かるらしい。やがて奥まった細い坑道の中に滑りこむと、壁に背を預けてずるずると座った。それに合わせて、否限界が来て、悠太も膝を崩折れさせた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「はぁ…、はぁ…」
「はー…はー…」
三人の荒い息遣いだけが、坑道に響く。
暗い中、ぽうと唐突に灯りが点く。マリンがペンライトを点灯させたのだ。
それ以外は暗闇。漸く息が整ってきて、耳を澄まして見ても、足音も銃声も聞こえない。
「…ダスト達…大丈夫かな…」
「きっと…大丈夫。こんなの、良く有ることだから」
「隠れてる場所がばれたのかな?」
「多分違うと思う。1ヶ月に一度くらい、大規模な『掃除』があるの。地区はランダムで選ばれるはずだから」
「………!!」
荒い息を吐いて、小声で会話していた悠太とレイの間、灯りを持ってじっと座っていたマリンがぴくんと空を見上げた。
「マリン?」
「や…」
小さい拒否の声を上げて、レイの腕をぎゅっと握り締める少女に、異変を感じて立ち上がる。思わず、腕の中に包んだままだった武器をぎこちないながらも構える。ずっしりとした重さに腰が引けるが、持っているだけで僅かに安心は出来た。
ザッ…ザッ…
足音だ。
「!!」
咄嗟に、走り出す。暗闇の中、背中にバッとサーチライトが当てられ、光の圧力を感じた。
「走ってッ!!」
悲鳴のようなレイの叫びに、縺れそうになる足を堪えて駆け出す。
ザッザッザッザッと足音が増えていく。既に距離も場所も捉えられているはずなのに、銃撃が来ない。マリンが狙われていると言うのは本当らしいと、どこか変に冷静な脳の片隅で思った。
「ユータァ!!」
「っわ…!!」
考え事をしているうちに、足を取られて転んだ。ずしゃっ!と水の中に足が落ちて、上手く動けない。
「ユータ!」
溢れる光源の中、自分の方に取って返してくるレイの姿が見える。
「来るなぁあっ!!」
咄嗟に、そう叫んでいた。自分一人になったら、間違いなく撃たれると思ったから。
はっと後ろを振り向くと、三体のリバイブが自分に向けて銃を構えている。
「ひっ…」
喉が引き攣れて声が出ない。ぎゅっと眼を瞑ることしか出来なくて――――




「―――――――伏せろっ!!」





ドゴオオオオオ―――ンン!!





「うわっ、ぷ!」
ぶわっと爆炎の圧力が熱風と共に自分の顔に当たり、悠太はよろめいた。腰半分まで水に浸かってしまったが、今は構っていられない。今の声はダストか? ヴォーイか? 沁みて痛む目を擦って、どうにか眼を開けようとする。
「ユータ!」
と、腕を取られて身体を引き上げられる。漸く開けた眼に、鮮やかな青い髪が映った。レイだ。
「レイっ…今のは、ダストが?」
「うう、ん。まだ皆来てないの…ほら…」
幾分戸惑いがちに首を振られ、身体を抱き起こされる。その時、何者かの背中が視界に入った。
足首まである白いコート。短く刈られた髪は、僅かにくすんだオレンジ色。
かなり背が高い。恐らく仲間内では一番のシェイドよりも頭一つ。
その肩には、巨大な武器が鎮座ましましている。リボルバー式の拳銃がそのまま大きくなったような、無骨な重火器。先程の爆発は、これの力だろう。一つの発射口が人間の頭ほどもある理不尽なそれを、その人間?は片手で床に下ろした。がづん!と鈍い音を立てて。
その人影は何の前触れも無くくるりと振り向いた。丸い眼鏡が光源を映してきらりと光る。
かつん、かつんと、その人影は自分たちの側まで歩み寄り、ざっとしゃがんだ。
「―――怪我は?」
グラスの下から真剣な瞳で問われたが、一瞬何を言われたのかは解らなかった。
「あっ…はい、平気」
同じく一瞬呆っとしていたレイが、軽く首を振って答える。
「そうか」
短い答えを返し、その男は再び立ちあがり、悠太に向かって手を差し伸べた。思わずそれに掴まると、軽々と身体を持ち上げられる。一瞬つま先が浮いて、とっとコンクリートの床に降りた。
まだ燃え燻っているリバイブの残骸からの炎で、辺りはやや明るく、人の顔もはっきり見えた。
「………お前は…」
一瞬。ほんの一瞬だけ、俯いていて上がった悠太の顔を見て、その男は小さく瞬きをした。だがそれだけだった。何かを考えるように、白い手袋に包まれた指を顎に当てる。
と、そこにレイから逃がされていたのだろうマリンが、おぼつかない足取りで戻ってきた。流石に目の前の男を判じ兼ねているレイの腰にしがみつき、きゅっと男を見る。その視線に気がついたのか、男がかなり下の位置にある眼と視線を合わせた。
「………………」
「………………」
驚いたことに、先に動いたのはマリンの方だった。おずおずと身体を乗り出し、小さく首を傾げる。男はほんの少しだけ眼を眇めると、その大きな手をぽふり、とマリンの頭に置き、やや乱暴に掻き回した。そのやり取りに、レイと悠太は漸く緊張を解いた。
「あの、助けてくれてありがとう。貴方は―――」
「悪いが、質問には答えられない。これ以上俺が動くと、アイツに感づかれる」
しかしレイの言葉は男によって遮られた。男はそう言い放ち、ただ黙って低い天井を見上げた。
「アイツって…ラグランジュ?」
問に答えは無かった。
「あ、あの…もしかして貴方は、俺がどうしてここに居るのか知ってるんじゃ…」
先程の彼の反応がどうにも気になって、悠太も口を出した。男がまた悠太の方をちらりと見て、緩く首を振る。
「悪いが、お前の事は全く知らない。ただ、昔の知り合いに少し似てただけだ」
それだけ言って、男は自分のコートのポケットの中から一枚のマイクロチップを取り出すと、指の先で抓んで悠太に差し出した。何度もそれと男の顔を見比べて、悠太は恐る恐る手を伸ばすと、その上に無造作にチップが落とされた。
「あの魔女に一矢報いたいなら、使ってみるといい。<反乱軍>…だったか。それを使えば、ラグランジュの機能を一時的にでも、麻痺させることが出来るかもしれない」
「そ…んなこと、出来るんですか?」
「俺はもうこの街を出る。使うか使わないかはお前等の勝手だ」
「出るって…そんなの、…貴方ナニモノ?」
ぶっきらぼうなのにどこか説得力のある男の言葉に圧倒されつつも、レイは最後の問を発した。その頃にはもう彼は踵を返して、通路の奥に消えて行きそうだったから。
「――――只の年寄りだ」
呟いたのに何故か地下道に響く、そんな言葉を残して。