時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

It is maintaining it.

ガン! ガン! と金属同士がぶつかる遠慮会釈なしの音が空に響く。
「…ぃやっ!」
「遅ぇっ!」
がむしゃらに振り回された棒を僅かに身体の軸をずらすだけで避け、素早くしゃがんで軸足を払う。
「うわっ!」
「何度も言ってんだろ! 攻撃じゃない、自分の体を崩さない事をまず考えろ!」
「…解ってるよっ!」
武器を構え直し、再び殴りかかる。あまり鋭さの無いそれは、あっさりいなされて、反撃の刃が振りかぶられ―――
ぱかんっ!
「いっ…つうう〜〜〜〜!!」
「ってぇ…!」
二人に中々の痛みを与える結果になった。
「馬鹿ッタレぇー! これぐらい避けられねーでどーすんだっ!!」
「っ……自分も痛いからって八つ当たりで怒鳴るの寄せよ!」
「これが黙ってられるかコラァー!! 今日中に俺から一本取ってみやがれってんだ!」
喧嘩をしているのかじゃれあっているのか解らない会話だが、二人がやっているのは実際訓練である。そう訓練。
「何だか、随分仲良くなっちゃったわねー」
近くの給水タンクの上に腰掛けてくすくす笑って言ったレイの言葉に、彼女の膝の上に座ったマリンがこっくり頷く。その顔は普段通り無表情な静かな瞳をしていて、先日の恐れは全く見えなかった。
「いきなりそんな風に言われても、解るわけないだろ!」
「〜〜〜〜、わぁーったよ! 物覚えの悪いお前に、やさしー俺が教えてやるよッ! いーかぁ、刃物を持った相手の時はなぁ…」
「何だかんだ言ったって、ダストって世話好きなのよねぇ」
また、マリンも肯く。いくら自分の命が関わっていると言っても、そして言葉が乱暴でも、彼を…悠太を、死なせないように必死になっているのは紛れも無い事実だ。
「ったくあのヤロー、すっかり馴染んじまって…」
「何よ、駄目なの? ヴォーイ」
大きな銀色の工具箱の中身を揃え、それを担いで立ち上がったここにいる最後の一人、ヴォーイがふんと鼻を鳴らして悪態を吐く。不思議そうにこちらを向いてくるレイに、彼は不機嫌な表情で返す。
「考えても見ろよ。アイツがラグランジュのスパイかもしれないっていう疑いは、まだ晴れてないんだからなっ」
「え〜、まだそんなこと言ってるのアンタ? そんなこと、ある訳ないじゃない!」
「お前こそなんでそう言い切れるんだよ!」
「だって――」
疑り深い自分の仲間を咎めるように苦笑する。ラグランジュの突兵達は、人間だろうがロボットだろうが、どれも一様に表情に乏しく、相手を見下したような目線をする。悠太にはそれが無い。確かに危機感と身体能力の無さはどうしようもないが、それは彼がここに現れた経緯を全て信じれば当たり前の事で。
更に、レイはふと先日の夜の事を思い出した。自分の膝を抱えて、声を立てずに泣き出した悠太。
―――あんなふうに泣く人間が、あの忌まわしい電子頭脳の突兵である筈がない。
「見てれば、解るわよ。そんなこと有り得ない。それならよっぽど―――」
思わず其処まで口に出して、はっとなってレイは噤んだ。しまった、という表情で目の前のヴォーイを見ると…今までの不機嫌とは違う、別口の怒りが赤い瞳に浮かんでいた。
「よっぽど、何だよ」
「ごめん! ごめん、私―――」
「あいつはそんなんじゃねぇって言ってんだろ!! まだ疑ってんのかよぉ!!」
大声に、レイに抱き締められていたマリンがびくっと肩を竦め、何時の間にか話し込んでいたダストと悠太がはっとそちらを向いた。
全員に見られた事が居心地悪いらしく、ぺっと床に唾を吐くと一目散に地下水道に戻る階段を駆け降りていった。
「あちゃあ…失敗したなぁ」
ぽりぽりと外跳ねの青い髪を掻きながら、レイはすまなそうに呟いた。マリンが彼女の方を向き、慰めるように頬を撫でる。
「どした、何があった?」
近づいて来たダストに、軽く肩を竦める。
「言っちゃった。ついうっかり。シェイドの事、疑ってるんだろっ…て言われちゃった」
「はん、ただ拗ねただけだろ。気にすんな」
くだんねぇ、とふんぞり返るダストの側に悠太も近づいてくる。
「あっ、ユータ。お願い、ちょっとだけヴォーイの様子見て来てくれない?」
「えっ!? 何で俺が―――」
「お願いっ! 今私が言っても絶対こじらせると思うのよ〜」
両手を合わせて拝んでくるレイに、悠太は困ったように眉を顰める。喧嘩の仲裁なんて面倒くさい事をやりたくはないし、何よりヴォーイとシェイドの事はダストよりも苦手だ。ヴォーイの方は高慢のように見えて余り話をしていないし、シェイドは先日の容赦のない戦い方がまだ脳裏に残っている。
と、尻込みする悠太の肩を手がむんずと掴む、はっとなって後ろを振り返ると―――自分と同じ顔が満面の笑みを浮かべていて正直退いた。
「ユータ、休憩だ。行ってこい」
「…………………はい」
有無を言わせぬオーラに、悠太は肯く事しか出来なかった。





「どうしてああ強引なんだよ…」
ぶつぶつ言いながら地下水道への道を降りる。薄暗く冷たいここを1人で歩くのも、いい加減慣れてしまった。人間の適応力というのは恐ろしい。
と、普段真っ暗な下水道の中に明かりが灯って話し声が聞こえるのに気付き、慌てて悠太は角に身を隠した。この隠れ方もダストから「常識だ」と言われて教わった。勿論まだぎこちなく鈍かったが。
「こっちは良さそうだな…よし、次はこれだ。ちょっと我慢しろよ?」
しかも、その心配は杞憂だった。その話し言葉がヴォーイのものであることには悠太もすぐ気付いた。
ひょこりと路地の先に顔を出し、思わず「わっ」と声を上げてしまった。
両足を投げ出して壁に寄りかかったまま動かないシェイドの両腕を、ヴォーイが取り外して分解していた。大声にヴォーイははっと振り向く。
「なっ…ん、だよテメェか。脅かすんじゃねーよ」
悠太の声にほっと息を吐き、いつもと同じ剣呑な眼差しでこちらを睨んでくる。
「あ、ああ、ごめん…しゅ、修理してるの?」
「見りゃわかんだろ」
とりつくしまも無い。ぷいっと動かぬ機械の方に向き直ってしまう。挫けそうになったが気まずさに帰る事も出来ず、所在なげに一歩近づく。
「待ってろよー、すぐ具合良くしてやるからなっ」
自分と喋る時と段違いの明るい声で、ヴォーイは答えを返さないシェイドに話し掛ける。良く考えると、自分だけでなく他のメンバーにもヴォーイはあまり愛想が良く無い。それがこの機械にだけは、全幅の信頼を置いて頼っているように見える。
「…よっぽど大切なんだな、シェイドが」
ぼそっと口に出してから、しまったと思ったが、間髪入れずヴォーイが振り向いてしまった。その顔に―――満面の笑みを浮かべて。
「あったりまえだろー!? こいつは俺の最高傑作だからなっ!」
うきうきとした喜びを隠せないようで、床に散らばったパーツを放り投げて手に取る。
「そこらの量産型より高性能のCr−460搭載済みだし、ブレードはシック・スペシャルだ! 流石に最新型とは言えねーけど、俺が拾ってばっちり整備してる! あ、あと腰と肘と膝の稼動部分にシックコムとキャップ内蔵して動きは速いし、加速フレーバーは…」
「わ、解った。良く解らないけどすごいっていうのは良く解った」
訳の解らない専門用語を矢継ぎ早に並べたてられ、慌てて悠太は止めた。ヴォーイはまだ語り足りなそうだったが、手が止まっている事に気付きすぐに作業を再開する。
「…よっし。これでいいか」
両腕に何やら分解掃除を丁寧に終え、元通りに繋げ直す。首筋を何やらいじると、ヴンッと僅かに音がして、シェイドの無機質な瞳が開いた。
「…システムオールアップ。現状確認…異常なし」
「どうだ? どっか動かしにくい所あるか?」
ゆっくりと立ちあがり、首を巡らすシェイドにヴォーイも立って視線を合わせる。両腕をくるりと回転させ、肘を緩やかに曲げる。
「…稼働率1.86%UP。システムオールグリーン、問題無い」
「よっし!」
結論を出した従者に、満足げに笑って肩を軽く叩いた。一連の動作をぼうっと見ていた悠太も、ふうと息を吐く。
「…本当にロボットなんだよなぁ…」
「あ?」
また不機嫌そうに、こちらをヴォーイが振り向いたので慌ててフォローする。
「いや、その…本当に、俺のいた世界じゃ、こんな人間にそっくりのロボットなんて夢のまた夢なんだ。だからちょっと…信じられなくてさ」
「ロボットロボットって、言うなよ! こいつはシェイド、俺の相棒だ!」
がっと噛みつくように歯を剥き出しにされて、悠太は後ろに仰け反った。
「ふん! どうせレイに言われてこっちに来たんだろ。言っとくがなぁ、俺は謝まんないぜ! あいつもダストも、未だにこいつのこと疑いやがって…!」
「け、けど、シェイドはリバイブで…」
「それがどうしたっ!!」
どうにか反論しようとすると大声で押し返された。わんっと狭い坑道に音が反響する。
「ヴォーイ、大声を出すな。地上のセンサーに反応する可能性が有る」
立ちあがって辺りを見回っていたシェイドが視線を下ろし、主を諭す。眉間に皺を寄せたままでも、ややばつが悪そうにヴォーイは口を閉じた。
「自分のシステムは完全にラグランジュとの回線が不通になっている。自分の行動がラグランジュに伝達される事はない」
抑揚の無い声でシェイドは綴った。説明をされたらしいと漸く解った悠太は、こくりと頷いて唾を呑んだ。
「………シェイドは、俺のモンなんだ」
「え…?」
「…レイに聞いただろ? 俺は元々、ナンバーだった。親父がヘマやって、番号を取られた時―――本当ならこいつも没収されるところだった。だから逃げたんだ、こいつと二人で」
とん、とヴォーイが拳の甲でシェイドの胸を軽く叩く。主の手をジッと見下ろしたまま、シェイドは何も言わない。
「俺は必ず、もう一度ナンバーを取り戻す。その為にゃ、ダスト達とだって手ェ組むさ」
その言葉に、ああ、と悠太は納得した。ヴォーイとダスト達の間にある微妙な隔たりの原因に気づいたからだ。
ダスト達は、自由を手にする為に戦っている。それは今までずっと、円輪の中に縛りつけられていた彼らだからこそ思うことで。
ヴォーイは、そこから弾かれた人間なのだ。だから束縛を求めて戦っている。
何となく、シェイドに視線をやった。暗い穴倉の中でも鮮やかな光を放つ金色の瞳に、少し臆する。
――――彼は、何を思っているのだろう。
馬鹿馬鹿しくも、そう考えた。
と、突然シェイドの眼光が眇められる。
「アカウント!」
初めてシェイドの大声を聞いたと思った瞬間、坑道に緊張が走った。