時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Combat beginning!

ぺたし、と頬に冷たいモノが張られる。
「痛てっ」
「これぐらい痛い内に入るかよ、ったく貧弱な奴だな」
自分の頬にも同じく、先程ジャンク屋に渡された消毒パッチを張り付け、ダストは治療を終えた。ジャンク屋からかなり離れた、ナンバーの子供たちが声を張り上げて遊んでいる公園。そこの噴水の前に二人で腰掛けて、先程の頬の傷の治療をしていたのだ。
「…人付き合いするんだったら、その言葉づかい直した方がいいんじゃないか?」
段々ダストに対する脅えよりも反骨心の方が勝って来て、悠太は恨みがましそうにちらりと自分と同じ顔を薮睨む。
「はっ、お綺麗なナンバーみてーな言葉づかいなんて出来っかよ」
ダストは何も気にした風も無く、空になった箱を近くのごみ箱に放り投げる。シュッと音がして中で放り込まれた塵があっという間に焼失したことが解り、悠太は目を真ん丸にして其処を覗き込んだ。
「科学自体は本当に発達してるんだな…ここは」
「何だよ、ゴミ箱がそんなに珍しいのか?」
「こんな高性能なごみ箱なんてないよ」
「高性能? どこがだ?」
ダストにとっては公園においてあるものなど二昔前ぐらいの設備でしかない事を知っているので、首を傾げてみせた。
「さって、そろそろ行くか。なるべく遠回りして、V−4地区まで戻るぞ」
「あ、うん。シェイドも帰って来てるかな」
「多分な。時間にだけは正確だからな、あーいう奴は」
また少し不機嫌そうに、ダストの眉が顰められる。まずったな、と思った悠太の耳に、突然悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!」
女性の悲鳴だった。公園の地面に、赤ん坊を抱いたまま座り込んでいる。彼女の周りには、熱線で撃たれた焦げ痕が大量に出来ていた。それを発したのは当然、彼女の周りに直立不動で立っている、リバイブ達だった。
「あの人…どうしてっ」
「あいつ、ドロップだ」
「えっ! どうして解るんだ?」
「態度で分かるのさ、ドロップの歩き方は卑屈か剣呑かどっちかだ。偽の識別番号使って、上に出てきたとこを捕まっちまったんだろうな」
その光景を見据えたまま、ダストと悠太は小声で話し続ける。その間にも警備リバイブ達はじりじりと包囲の輪を縮め、女性も諦めたのか、赤子をしっかり抱き締め自分の身体で包んだまま動かない。他に周りにいたナンバー達は、遠巻きにしたまま、何も行動を起こさない。
「どうして、誰も止めないんだ…」
「馬鹿ッタレ。ナンバーが止めるわけねぇだろ、下手したら番号剥奪の後その場で排除だ」
冷たく言い放ちながらも、ダストの青い瞳はどんどん輝きを増している。つい先刻、悠太が見た怒りの輝きだ。どうするんだ、と問おうとした瞬間、
「持ってろ!」
ガシャッ! と重い銃器が一丁、悠太の腕に押し込まれる。
「う、わわぁっ!?」
その思いがけない重さと冷たさに悠太が尻餅をつくが、それを確認しないままダストは駆け出した。真っ直ぐ、リバイブ達に向かって。
「ってめえらああああああっ!!」
大声に、リバイブ達が反応する。しかしそれより早く白い風は、機人達の懐まで滑り込み、右手に握った銃把を思い切り振り回した!

ゴッ!!

鈍い音がして、一体のリバイブが身体を傾がせる。顎に決まった衝撃が、高性能銀セラミックス製の身体にも響いたのだ。
間髪入れずその動かない表情の額に、銃口を押し付ける。

ダダダダダダッ!!

容赦ない銃撃が、リバイブの頭を消し飛ばす。もう一体の機人が、慌てず騒がず武器を構える。

バババッババ!!

発せられる熱線を、ダストは地面に素早く這いつくばって躱す。女性とそのリバイブの間に転がり込むと、また引き金を引いた。
「ユータ!! こいつを頼む!!」
こちらを見もせずに言い放たれた命令に、悠太は漸くぎくしゃくと動き出した。使い方の分からない銃器を震える手で抱えたまま、まろぶように女性のそばに近寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ…ありがとぅ…」
何が起こったのか解っていないようだった女性も、漸く自分が助けられた事を知り、よろよろと身体を起こす。赤ん坊は、この騒ぎにも関わらず熟睡していて、拍子抜けた。
「先に行け!」
熱線と弾丸がまた交錯し、悠太は慌てて頭を抱えた。その前に立つダストの周りに、パトロール中だった警備リバイブ達が続々と集まっているのに気付き、悠太は戦慄した。
「ダストぉっ!」
「何やってる、早く逃げろ!! お荷物抱え込んでやりあう余裕なんかねーんだよっ!!」
本気で切羽詰まったダストの叫びに、嘘が無い事を確信するが、この弾幕の中どうやって逃げろと言うのだ。悠太一人では銃を使う事は愚か、あのマンホールまでたどり着けるかどうかも怪しいのに。
ザッザッザッと規則正しい足音と共に、リバイブが並んで銃を構える。何の遮蔽も無いこの公園で、あの路地のような波状攻撃を受けたら―――!

ババババババババババゥ!!!

「わああっ!!」
熱線の凄まじい音が響き、悠太は目を瞑った。











ガチャン!! と金属音が響いた。
「……………あれ?」
蹲ったまま、悠太ははたと目を見開いた。痛くない。熱くもない。自分は攻撃を受けていない。はっとなって横を見るが、女性も赤ん坊も無傷だ。ならば、と思ってダストがいたであろう場所に視線を移すと。
集まっていたリバイブ達が、あるものは首を落され、あるものは身体半分を失って倒れていた。まだ動こうとするロボット達を、ダストが容赦ない地上掃射で沈めている。
そして、全力掃射でエネルギーを使い切ったレーザー銃を捨て、まだ立っているリバイブ相手に素手で挑みかかり、

グシャッ!!

と相手の頭を握り潰しているのは、短い黒髪でバイザーをかけた一見青年に見えるロボット―――シェイドだった。自分と同じリバイブ達を眉一つ動かさず拳だけでどんどん潰していく。その容赦の無い動きには全く無駄がない。
「ったく、遅ぇんだよっ!」
銃のマガジンをワンアクションで入れ替えながら、ダストが漸く余裕の戻ってきた悪態を吐く。
「ダスト、集合時間に4分27秒の遅刻だ」
掴み投げで地面に叩き付けた敵の頭を踏み潰しながら、シェイドもさらっと抑揚の無い声で返す。
「うるっせぇ! 恩には着らねーぞ」
地面に転がって熱線を躱し、そのまま弾を敵にぶつける。息も切らせぬ戦い振りに、悠太も息を呑んだまま動けない。
と、目の前に倒れ込んでいたリバイブが突然上体を起こし、手首から生やしたレーザーブレードを悠太に向けた!
「ひっ!」
頭が半分吹っ飛ばされているグロテスクなその無表情に、悠太の身体が竦む。じりじりと緩慢な動きながら、半壊の機人は匍匐前進で距離を狭めていく。
「! ユータッ!!」
それに気付いたダストが、慌てて悠太の名を呼ぶ。武器を構えるが、彼の場所から撃つと悠太達にも当たってしまう。尚且つ、目の前に先程まで対峙していたリバイブが回り込んでくる。
「チクショウッ! ユータ、武器を持てッ!!」
「あっ…あぁ!?」
恐怖心が、自分と同じ声の命令によって凌駕された。ぎごちなく、ただ持ったままだったマシンガンを、何とか両手で持ち上げる。
「簡単だ! 怖がるな! 構えて、銃を頭に向けろ! 引き金に指をやれ!」
その声とともに、ダストは自分の銃を目の前のリバイブに突きつける。
悠太の腕も、ゆるゆると上がる。目前の凶器は、今まさに振り上げられようとしていた。震える指が、引き金にかけられる。
「撃てェ―――――っ!!!」
「っ、うわあああああっ!!」
目をぎゅっと閉じて、軽く、自分では触れただけだと思った瞬間、

ッガガガガガガガガッ!!!

あまりにも簡単に弾が吐き出された。
「わ、あ、あああっ」
動物のように手の中で暴れる武器を抑えておく事など出来なくて、弾とともに自分の腕から弾け飛んだ。ガラガラン! と地面に武器が転がる。
悠太と同時に撃ったダストの弾は、過たず目の前のリバイブの頭を粉々にしていた。ふっと息を吐き、悠太の側に駆け寄る。少し離れた場所で、シェイドが最後の一体の首を縊っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
息を荒く吐き出しながら、悠太はその場にへたり込んだまま動けない。
夢中だった。まだ手がじんと痺れている。上手く当たったのかどうかすら確認できていない。
「あのなぁ…」
と、頭の上から声が聞こえて、漸く悠太は目を開けた。しゃがみ込んだままの悠太の顔を、それと同じ顔が覗き込んでいた。

ごきんっ。

「いっ……」
「「てぇ〜〜〜〜〜!!!」」
目があった瞬間、間髪入れず頭を思いっきり殴られた。殴られた悠太も殴ったダストも、同時に両手で頭を抱えて蹲る。
「いっ…きなりっ、何するんだよ!!」
「うるせぇえ! 目ェ閉じたまま銃乱射する馬鹿ッタレが偉そうに言うんじゃねぇえええっ!!」
「仕方ないだろ、あんなの使った事ないんだよ!」
「甘ったれんなっつってんだろおお! 今度あんな危なっかしい真似したらこんなもんじゃすまさねぇからなー!!」
「二人とも、あと20秒前後で本隊が到着すると予測される。行くぞ」
シェイドの忠告も気にせず、自失している母親と赤子も放っぽり出して、同じ顔を突き合わせたままの二人の言い合いは続く。
そしてシェイドは、この二人の間の空気が朝とは比べ物にならないくらい、どこか柔らかくなっていることに気付く事は出来なかった。
「だいたい君は乱暴過ぎるんだよ! 忠告するにしたってもっと言い方ってのがあるだろう!?」
「かーっ、甘ったれの上に生意気になってきやがったなテメェ! 俺がいなかったら何にも出来ねぇ癖に偉ッそうに!」
「慣れなきゃどうしようもないってことだろ! いい加減吹っ切れたよ! 何があったって絶対帰ってやるからな!」
「おーやぁってみやがれってんだ! またべそかいたって助けてやんねーんだからな!」
「お前達、いい加減にしろ」
そのままアジトに帰るまで言い争いは続き、賑やかに帰って来た三人を、ヴォーイは不審げに、レイは驚いて、マリンはどこか嬉しそうに迎えた。