時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Experience value work.

ガキッ!!
何十回目かの手合わせの後、一本の武器が高く空中に舞いあがる。カララン、と回りながらコンクリートの床に落ちたそれを見もせずに、自分の得物を肩に預けて白色の髪――ダストが苛立ちまみれに叫ぶ。
「テメェ、本当にやる気あんのかよ! 全ッ然駄目! 阿呆か!」
叩き付けられる罵声に、だらしなく座り込んだ悠太はなにも反応しない。疲れきって、体中痛くて、何も考えられなかったからだ。言い返しもしない目の前の男に、ダストの苛立ちは更に高まる。
「情けなくねーのかよ! 五十回だぞ五十回! これだけやられて反撃する気も起きねぇのか!?」
ダストの方も必死だった。身の守り方のいろはも知らないこの少年は、この町ではあっという間に命を奪われてもおかしくない。そして彼が死ねば自分も死ぬかもしれない。そんな理不尽なことは許せなかった。
「っ…そんなの…」
荒い息の下から、やっと悠太も答えを返す。
「今まで…格闘技なんてやったことないし…当たり前だろっ…どうせ俺なんか、あんたの足元にも及ばないよ…もう止めてくれ、たくさんだ!!」
唐突すぎる環境の変化で摩耗した悠太の強いとは言えない神経は、とうとう千切れてしまったらしい。膝を抱えて拗ねたように蹲ってしまった悠太を、ダストは今度は完全な軽蔑の瞳で見下ろした。
「あーあ、もういい。何やっても無駄だ、無駄。もう止めちまえ、とっとと殺されちまえ!」





「…………………」
目が覚めても、そこには味気ない部屋の天井しか見えなかった。
普通こういう状況だと、夢の中では自分がもといた世界で普通に過ごして、何だあれは夢だったんだと思った瞬間現実に引き戻される―――というのが当たり前ではないのだろうか。寝ぼけた頭をぐしゃぐしゃ両手で掻きまわしながら、悠太はそんなことを考えた。昨日の出来事と夢の中身が殆ど同じというのはちょっと泣きそうになる。自分にとっては本当に天地が引っくり返った以上のショックな出来事だったから、脳味噌もそうせざるを得なかったのかもしれないが。昨日からの疲れが二倍になり、ぐったりと悠太は変な臭いのする毛布にもう一度身体を預けた。
「ユータ、起きてる?」
と、部屋の唯一の扉が開き、青い髪の少女・レイが笑顔で入って来た。後ろには、彼女の腰ほどまでの背でしかない少女、マリンがしっかりくっついている。
「あ、うん…」
「ぐっすり寝てたわねー。ま、ダストの訓練に付き合ってたんなら、無理ないけど」
両手に持ったお盆を床に置き、自分も床に胡座を掻きながら、レイはそう言って笑った。
「キツイこと言われたみたいだけど、気にすることないわよ? あいつの手加減無しの訓練についてこれるのなんて、シェイドぐらいだわ。ヴォーイなんて始めたやった後2日ぐらい動けなかったんだから」
笑いながら言われた恐ろしい内容に、悠太は素直に笑えない。自分がもし本気の訓練を受けていたらこれぐらいで済まなかったのだろう。あれで手加減されていた、という事実に気付いて戦慄する。
「お腹減ったでしょ。食べて」
「ありがとう…」
目の前に出されたのは、いまいち正体が解らない固形燃料のようなものが二、三個と、僅かに塩の匂いがするカップスープだけだった。口に入れればそれなりに不味くはなかったが、本当に味気ない。
「いっつもこんなの食べてるの?」
「私達が食べるのなんて、みんなこれよ? ナンバーだったらもっと、美味しいもの食べられるのかもしれないけど」
粉っぽい食物を無理矢理租借しながら、何とも言えない表情で言う悠太。食わせてもらっている分際で嫌な態度だが、レイは気にした様子もない。
「あの…」
「うん?」
小首を傾げてこちらを覗いてくるレイのどこか子供っぽい仕種に、悠太の方がどぎまぎとする。今まで気付かなかったが、彼女は中々顔貌は整っている。
「その、ナンバーとか、ドロップ…?って、一体なんなんだい?」
「うーん。説明より、見て貰った方が早いかしら。これ、見て」
そう言いながらレイがポケットから取り出したのは、悠太には小さな機械の欠片にしか見えないデータチップ。この大きさで、現在のCD−ROMの1050倍の容量がある事も勿論知らない。レイはそのチップを、マリンが持っていた小型の立体プロジェクターにセットし、起動させた。ヴン、と小さな音とともに、中空に一つの立体画像が浮かびあがる。
「これは…」
例えて言うなら、ちょうど半分土に埋まっている丸いボール。それの中心に一番大きなビルが直径分の高さで建ち、地上と地下を繋げている。そこから放射状に段々とビルの背は低くなり、一つの町を作り上げていた。
「これが、エレン。真中にある一番高いビルが、このドームを管理してるメインコンピュータ『ラグランジュ』。その周りのビルは、地上がナンバー…まぁ、普通の人達の住居区域で、地下が食料品とかの工場。中心に近いほどお金持ちなの」
「…俺達がいるのは?」
「このへん」
レイの細い指は、ついと立体映像の端、球体の下側、壁に近い部分を指す。
「ドロップは皆、地下の方に隠れて住んでるの」
「何か…差があるのかい? その、ナンバーとドロップに」
首を傾げて悠太が尋ねる。この隣にいる少女達は自分が見る限り普通の人間と変わりない…敢えて言うなら髪と目の色が派手すぎだが。
「ナンバーは、ラグランジュが決めた通りに出来た子供。ドロップはそうじゃないの。あたしもマリンもダストも、性衝動で生まれた子供だから」
「っ、げほっ!?」
さらっと言われた際どい台詞に、スープを飲もうとしていた悠太は危うく吹出しかけた。マリンが大丈夫?とでも言うようにその背中を摩る。
「どうしたの?」
あたし何か変な事言った?とレイがまた小首を傾げる。
「そ、そんなの当たり前じゃないか! その…っ、セックスすれば誰だって…!」
妙に慌てる純情男にレイはぱちぱちと目を瞬かせて。
「ラグランジュが決めた通りにしなかった、ってことよ? 避妊さえすれば絶対大丈夫なのに、わざとせずに生まれちゃったり性暴力で、ね」
「そんなの…そんなことまでコンピュータに決められてるのか!?」
自分の常識外の法律に、悠太が思わず声を荒げると、マリンがびくっと肩を震わせてレイにしがみついた。その頭をよしよしと撫でながら、レイは何でもない事のように続ける。どこか怒り混じりの悠太がとても不思議だというように。
「だって、そうしないとエレンに人間が溢れちゃうもの。そういう取り決めがあるのは仕方ないのはあたしにも解るわ」
「あ…」
確かに、外に出る事が出来ない閉鎖空間の中では、人口の増加を抑える事は死活問題だ。それぞれが思うがままに家族計画を立てたら、あっという間にこのドーム都市は飽和状態を迎えるのだろう。
「でもね」
納得しかけた悠太の耳に、どこか淋しそうな声が届く。はっとなって横を見ると、妹分を抱き締めたままレイがきゅっと眉根を寄せて床を眺めている。
「だからって、生まれちゃったあたしたちまで、排除するのは止めて欲しいの。あたしたち、ちゃんと生きてるのに、モノと同じように壊して捨てるなんて」
独白を続ける姉に、マリンがますますきゅっとしがみつく。それを抱き抱え直して、レイはまた笑顔を見せた。
「だから、あたしたちは戦おうと思ったの。ラグランジュとね」
「戦う…」
彼女らのしている事が所謂レジスタンスだと漸く理解できて、悠太は溜息を吐いた。とんでもない事に巻き込まれた、とまた落ち込んで。いい加減覚悟を決めるべきなのかもしれないが、それでも、次に目が覚めたら今までのは皆夢で、自分は病院のベッドの上で目が覚めるんじゃないかという期待を捨て切れない。殺伐とした、色気も味気もない灰色の世界に、早く、逃げ出したかった。






「こういう言葉、知ってるかぁ? 働かざるもの食うべからず」
悠太の鼻先にぴしっと指を突きつけて、そう宣言したのは長い金髪の青年―――見回りから帰って来たヴォーイだった。目を瞬かせるだけで何も返せない悠太を馬鹿にしたように見、隣に直立不動していた自分の従者の方を向いた。
「シェイド、こいつと一緒に上の様子見て来い。良くわかんねーけど、こいつが死んだらダストの奴も死ぬかもしれないんだろ? 悪ぃけど、面倒見てやれよ」
「了解した」
短い黒髪の青年、としか見えないその男は、それだけ主に返すと白色の瞳で悠太を見下ろした。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺なんか役に立つはず…」
「お前、今日の分の飯食ったよな? あれ、俺達がわざわざ工場から死ぬ思いして毎回盗ってくるのを、仕方なーくお前に分けてやったんだぜ?その分の稼ぎくらい自分で―――てっ!」
「恩着せがましいんだよお前は。…なんだよシェイド、やるか?」
得意げにふんぞり返っていたヴォーイの頭を後ろからぽかりとやった、同じく見回りから帰って来たダストは、冷たい目を向けてくるシェイドに不敵な笑みを返した。
「やめてよ皆! …ユータも、この街を知る良い機会だと思うから、行ってきたら? 大丈夫、シェイドがいれば周りはナンバーだと思って手を出さないから」
不穏になりだした空気をレイの声が止める。安心させるように悠太に笑いかけ、くるりとダストの方を振り向く。
「心配なら、ダストもついてけばいいじゃない」
「「はぁあっ!?」」
奇しくも、声がユニゾンした。殆どトーンが同じ声が。ダストは誰が心配してんだ! という憤りを込めて、悠太は何でこんな奴と! との不満を前面に出して。
綺麗に重なった悲鳴に、レイはくすくす笑う。
「ほら、息ぴったり♪」






カツーン、カツーンと足音が暗い地下道に響く。
「何でお前と行かなきゃいけねぇんだよ」
「それはこっちの台詞だよ」
「あんま近づくなよッ、そんなに心細いのか?」
「だ、誰が!」
「はん、図星かよ。そんなんで良く今まで生きてこれたな」
「だから! そんなことに気をつけなくたって生きていけるんだよ!」
「誰が信じるかそんな話! 大体ホントに転送されてきたのかっていうのも充分怪しいぜ」
「二人とも、あまり声を出すな。センサーが音を聞き漏らす」
平行線のまま段々エキサイトしていく会話に、三つ目の静かな声が割り込んで不毛なやりあいはようやく止まった。ばつが悪そうに二人とも目を逸らすのを確認して、一番前を歩いていたシェイドは再び視線を前に向けた。無言になった三人達の周りに、カツーン、カツーンという靴音だけが響く。
「…………なぁ」
程無く、沈黙に耐え切れなくなった悠太が、ぽつりと口から漏らした。
「あん?」
同じくそれに小声で返すのはダスト。喧嘩をするなら黙っていればいいのに、どうにも自分と同じ顔で自分と性格が正反対の男が気に食わなくて苛ついてしょうがないらしい。胡乱げだが、ちゃんと返事をした。
「どうして、彼が…シェイドが一緒だとナンバーだと思われるんだ?」
先程の会話でどうしても解らなかったので聞いてみたのだ。ちなみに冷たくドライに見える無表情な張本人に話し掛ける度胸は当然悠太にはない。
「ああ? 当然だろ、アイツはリバイブだから」
馬鹿にしたように、否実際馬鹿にしたのだろう故意に裏返らせた声にむっとするが、やはり意味が解らないので悔しさを堪えて続ける。
「だから、その意味が解らないんだって。リバイブって何?」
本格的に馬鹿にしている目で見られて、ちょっと怯んだ。
「…リバイブってのはあの胸くそ悪ィラグランジュが作った警備やら何やらに使われる凡庸アンドロイドのことですーでもってフツーラグランジュの命令受けて動いてるけどそのへんの機能がイカレたアイツはヴォーイが『落ちた』時に無理矢理連れてきた子守り用のヤツでヴォーイの命令が一番なワケそんで今でも俺達の仲間ってことになってますオーケイ?」
ワンブレスで声の調子を変えないままつらつらつらっと吐かれた早口の言い様に腹が立ったし、目の前を歩いているロボット(!)が人間と寸分違わない動きをしているのに驚いたものの、一応説明はしてもらったので、
「…オーケイ」
精一杯皮肉げに返してやった。
「五月蝿い。黙って歩け」
「「はーい」」
び振り返ったシェイドにまたしてもハモった答えを返してしまい、唇を曲げながらお互いそっぽを向いた。それを見たシェイドはまた前進を始めたので、彼は勿論悠太も気付かなかった。
彼の背中を、ダストがじっと見ていることに。しかもその視線が、悠太に向けられる苛立ちとは比べ物にならないほど、負の感情に塗れていることにも。