時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Information gathering.

『本日のドロップ達の反乱は無事鎮圧。回収18名、回収不能41名…』
部屋の角に置かれた旧型の立体モニターからは、無機質な機械音声のニュースが続いている。その反対側、毛布が積まさっている簡易過ぎるベッドの上に、小さ目の毛布に包まった一人の少女が座っている。ばさばさの緑かかった黒い髪と、虚ろの灰色の瞳。ただ黙って、じっとそのニュースに耳を傾けている。
と、ぴくりと身体を動かし、急に少女が立ちあがった。この部屋に一つしか無いドアを抜け、もうひとつの部屋の方へ駆けていく。ガチャガチャと音がして、続き部屋のもう一つの扉が開いた。
「ただいま、マリン!」
最初に入ってきたのは、青い髪の少女。といっても小さな少女よりは年上だ。胸と腰もそれを主張している。マリンと呼ばれた少女は何も言わず、その豊満な腰にぎゅっとしがみつく。よしよしとその頭を撫でながら、青い髪の少女―――レイが中に入る。その後にヴォーイが続く。
「ほら、お前も入れ」
次に入った白髪の青年、ダストがもう一人の腕をぐいっと引っ張る。見慣れない人間を視界の端に捉え、びくっとマリンの身体が強張る。
「大丈夫よ、マリン。ダストの友達よ」
「違ぇよ」
「もーっ、安心させてあげようとしたのに!」
慰めるようなレイの言葉が、ずばっと一言で遮られる。それを言ったダストはフンと鼻を鳴らし、乱暴に部屋の奥に悠太を放り込んだ。最後に、下水道を警戒していたシェイドがドアを閉めた。ここは、嘗ては下水道を管理するためのモニター室だったらしい。今では完全にコンピュータ制御され放棄されたので、人間はいない。そこが、「彼ら」の今の砦だった。
「で、貴方の名前は何て言うの? 襲われてたってことは、『ナンバー』じゃないわよね。ドロップなんでしょ? あ、あたしはレイ。この子はマリン。んー、あたしの妹分ってとこかな? ヨロシクね」
ぼうっと立っていた悠太に、レイは矢継ぎ早に質問を浴びせる。この降って沸いた「お客様」が嬉しくて仕方がないらしい。他の人間はやや距離をとり、胡散臭げに悠太を見ている。
「なごんでんじゃねぇよ。大体ダストぉ、なんでこんな奴連れて来たんだ?」
「うるせぇな。成り行きだよなーりーゆーき!」
「えーっとそれから、金髪の長いのがヴォーイ。そっちの『リバイブ』がシェイド。大丈夫よヴォーイの持ち物だから。で、白髪の貴方にそっくりなのがダスト。これであたしたちのチームは全部ね」
「………あ、の」
「ん?」
ようやっと、虚脱状態から脱出できたらしい悠太が口を開く。
「ここは一体どこなんだ? あんた達何者だ? あのロボットみたいな…兎に角、攻撃してきた奴ら、一体なんなんだ!? どういうことなんだよこれはっ!!」
話しているうちに、混乱と恐怖が襲ってきたらしい。どんどん言葉のテンションが上がり、叫びになる。ダストは胡乱げにそちらを見、ヴォーイはあからさまに一歩下がって慌てて戻った。目をぱちぱちさせたレイは、ずいっと近づいて来た悠太の顔にずいっと自分から近づく。長い睫の瞳と柔らかそうな唇が近距離に近づき、ぎょっとして悠太は仰け反った。
「えーっとね。ここはドーム『エレン』の地下下水道Sブロックにあるあたし達のアジト、あたし達はここに住んでるドロップ、攻撃してきたのはリバイブ、どういうことって何が?」
質問に彼女が答えられるだけ答え、最後の問には問で返した。
「わかんないよ…どれもこれも、全くわからない! 教えてくれよっ、俺は一体どうなったんだ!?」
「ねぇ、ちょっと落ちついて。わかんないって…どういうこと?」
「夢なら覚めてくれよ! それとも俺はやっぱり死んでこれが死後の世界だっていうのか!? 冗談じゃない、誰かどうにかしてくれよ!!」
「オイ、何パニクってんだ! 黙れよ」
頭を抱えてしゃがみこんでしまった悠太の襟首を無理矢理掴んで凄んだのはダスト。自分と同じ顔が目の前にあり、一瞬悠太の動きが止まる。
「ちっ…気持ち悪ィ。なんでテメェみたいな奴が俺と同じ顔してんだ!」
「そ、そんなの俺には関係な…」
「あるね。お前がぼやぼやしてたせいで、またチャンス逃しちまった。この責任、どう取ってくれるんだ? えぇっ!?」
ガンッ!
間髪入れず、ダストの拳が悠太の左頬を叩いた。衝撃に、悠太は吹っ飛ばされ、壁にぶつかって止まる。自分と同じぐらいの細い腕からは想像出来ない程のパワーだった。
「ちょっと、乱暴しないでよ!」
「いでっ!!」
思わずレイが制止の声をかけた瞬間、突然ダストの首が殴られた様に傾いだ。左頬を押さえ、ぎっと唇を噛む。
「おい、何やってんだダスト?」
「まただ…」
戸惑ったようなヴォーイの声に答えず、ダストは吹っ飛ばされたまま動けない悠太の襟首をまた掴み上げ、ぐにっ! と左頬を抓った。
「「いででででででっ!!」」
悲鳴がユニゾンした。ダストが慌てて手を離し、紅くなった左頬を擦る。しかしダストの薄い青の瞳はすぐにきりきりと吊りあがった。
「何でだ? 何でお前が痛いと俺も痛いんだ? なんだよこれっ!!」
ダストの方もやや戸惑っているらしく、苛立たしげに床を蹴った。一同が呆然としている中、ずっとレイの腰にしがみ付いていた少女、マリンがそっと離れ、てくてくと二人に近づいていく。
「…? 何だ、マリン?」
妹分である彼女の姿を見て少し落ちついたのか、すとんと膝をつく。と、紅くなった頬が白くて細い指でそっと撫でられる。まるで、その痛みを取ろうとするように。その手はすぐ離れ、無様に床に転がって上体だけ起こしたままの悠太に近づき、その頬も同じようにそっと撫でた。
「……………ふしぎ。ふたつが、ひとつ。だすとと、このひと。…おなじなの。いっしょ」
ぽつ、ぽつっと細切れに、囁かれる小さな声。それなのに、広めの部屋にそれは綺麗に響いた。
「どういうことなの、マリン…?」
一番最初に立ち直ったレイが、ひざまづいてそっとマリンの頭を撫でる。
「………分析、終了。通常モード移行」
と、今まで黙ったままヴォーイの後ろに立っていたシェイドが、声を発した。
「解ったのか、シェイド?」
振り向く主に軽く頷き、悠太の方を向く。感情の篭らない瞳を向けられ、悠太の腰が少し臆した。
「身体を構成している分子レベルが酷く不安定になっている。その人間は、この空間に存在しきれていない」
「…どういうことだ?」
首を捻る主の方を見て、シェイドは少し解り易く説明することにする。
「おそらく、別の世界から転送されてきた人間の可能性が高い。ダストとの痛覚の共有に関しての因果性は不明」
「何ぃっ!?」
ダストの方がその説明に反応する。更に胡散臭げに未だ座りこんだままの悠太を見下ろす。
「ええ〜っ! ホント、シェイド!」
「可能性が高いだけだ」
「だからって…マジかよぉ!」
俄かに騒ぎ出す青年達を、まだ悠太は呆然と見ていることしか出来なくて。と、まだ熱を持っていた頬に冷たい白い指が触れた。横を見ると、マリンが静かな瞳でこちらを見ている。
「…………なまえ、なぁに? どんな、ところから、きたの?」
小さな、純粋な問。混乱を続けていた悠太の心が、やっと少し落ち着いた。
「俺の…俺の、名前は――――」
少しずつ、話し出した。




「ニッポンの、トウキョウ? そんなドームがあるの?」
「い、いや、ドームじゃなくて…そんなの、球場ぐらいだよ。…空に屋根なんてないんだ」
「え、何だよそれ。だってよぉ、『外』って出たら死んじまうだろ?」
「なにそれ…出たこと、無いの? 街の外に?」
驚く悠太の声に、一同全員頷く。
「年代は記録されていないが、大規模な熱量による破壊で、地上の90%は焦土と化した。生き残った人類は皆、ドーム都市を作りそこに移り住んだとされている。外には大量の紫外線と放射線が降り注いでいる為、人類の活動は不可能」
「なんだそれ…もしかして、ここって未来なのか? 西暦何年なんだ?」
「セイレキという年代換算は存在しないが、年数を答えるのならASG106年だ」
「…本当に、違う世界、なのか…?」
認めたくないが、認めざるを得ないところまでは悠太も納得したらしい。人に話して、自分の中でも考えがまとまったのだろう。
「…なぁ。なごんでるとこ悪ぃんだけどさ」
興味に輝くレイとヴォーイの頭の間からにょきっと顔を突き出し、ダストが座った目を悠太に向ける。
「な、何?」
またちょっと腰が引ける悠太に、ダストはぎゅっと自分の頬を抓った。
「…………」
悠太の身体には何の変化も起きない。
「………っ、なんでお前は痛く無いんだよー!!」
「お、俺に聞かれてもっ!!」
目の端に涙を浮かべながらまたダストが悠太の襟首を引っ掴む。
「恐らく、未だに彼の身体の存在が不安定なせいだ。二人の身体の痛みに共有制があるとしても、彼にそれが届いていない」
「不公平じゃねーか!! 大体何か!? てことは、コイツが死んだら俺も死ぬのか!?」
「可能性はある」
冷静過ぎるシェイドの声が更にダストをヒートアップさせるらしく、白い肌が紅潮している。
「…っ、冗談じゃねぇ!!」
がっと悠太の襟首をそのまま掴み、ずるずると引き摺りだす。
「ちょ、ちょっと、離っ…!!」
悠太の叫びは当然無視された。奥の部屋の壁に付けられていた梯子を登り、マンホールの蓋のようなところを開けると、予想に反してそこも薄暗い部屋だった。ダストはそのまま悠太を引き摺り上げ、その部屋の階段を更に昇っていく。ビルのような階段をどんどん昇っていき、突き当たりのドアをガン! と蹴り開けた。
ひゅう、と肌に風を感じた。この世界に来て始めての風だった。
「あっ……」
思わず、と言う感じで悠太の唇から声が漏れた。高い高い空の上に、灰色の薄汚れた天井が見えた。どこに光源があるのか解らないが、確かに明るかった。
ここは、異世界。
それが完全に実感できて、悠太の膝の力がかくんと抜けた。一体、これからどうすればいいのか。一体、これから自分はどうなるのか。そんな問だけが、脳味噌の中をぐるぐる回る。
完全にひび割れたビルの屋上にへたり込んでしまった悠太を無視して、ダストはそこに放り出してあった鉄パイプのようなものを2本、カンッと足で蹴り上げて掴む。そして一本を悠太の方に投げた。
「っ、うわ?」
ガランガラン、とすぐ側に転がった重みに、悠太が仰け反る。ダストは眉間に皺を寄せたまま、自分の持った武器の先をびっと悠太に向ける。
「持て。構えろ!」
「え、え?」
「お前を鍛えてやる。んな馬鹿な理由で死ねるか! 冗談じゃねぇ! 少なくとも絶対俺より長く生き延びろ!!」
「お、おい!?」
「行くぞッ!!」