Eternal separation.
そのプールには、沢山の人間のパーツが浮かんでいた。
或いは目、或いは内蔵、或いは腕、或いは―――
兎に角、数百人に昇るであろう人々の一部分が、水槽の中をたゆたっていたのだ。
それは自然に段々と融けていって、液体となり――――この装置を動かしているのだ。否、正確にはこの街の動力全てを。
マリンもきっと、この中に落とされたのだ。身体を溶かされ、恐怖におののき、それでも意識だけになって、二人の接近を感知して待っていたのだ。
( 「 チ カ ラ 」 ガ ア ル ト 、 イイ エ ネ ル ギ ー ニ ナ ル ッテ 、ラ グ ラ ン ジ ュ ガ イ ッ テ タ )
「う、ぐ――――…っ、んんん!!」
込み上げる吐気を、悠太は必死に堪えた。ここで吐くことは、マリンと、沢山の犠牲になった人々達にとって失礼である事を知っていたから。目を逸らすわけにはいかなかった。
「マリ、ン…」
ダストは普段の苛烈な色をその瞳に含まず、呆然として水槽の表面をそっと撫でた。
( ダ ス ト 。 オ ニ イ チ ャ ン 。 ア リ ガ ト ウ )
「なんで…どうしてっ…! あああああ〜〜〜ッ!!」
床にしゃがみこんで、絶叫する悠太。
「ウソ…だろ? お前まで―――」
額を水槽に擦りつけ、かたかたと震えるダスト。
そんな二人に、マリンはただ礼を言った。
( ア リ ガ ト ウ 。 タ ス ケ ニ キ テ ク レ テ 。 ズ ッ ト ミ エ テ タ カ ラ 、 コ ワ ク ナ カ ッ タ ヨ )
「マリン…マリンっ…!」
「なんで、だよ…?」
( オ ニ イ チ ャ ン 。 ワ タ シ タ チ ヲ ツ カ ッ テ 、 コ コ カ ラ ニ ゲ テ 。 オ ニ イ チ ャ ン ノ セ カ イ ニ 、 カ エ ッ テ … … … … … … )
「嫌だ、マリン! 消えちゃ駄目だっ!!」
「マリン…マリン…マリンッ……!!」
( ア リ ガ ト ウ ア リ ガ ト ウ ア リ ト ウ リ ウ ア ・ … … )
声はどんどん遠くなって。
やがて、完全に、掻き消えた。
「何で…何で、ありがとう、なんだよ! 俺達…何も出来なかったのにっ…!!!」
床を叩いても、何の音もしなかった。悠太はその場に蹲り、自責で押しつぶされそうになるのを必死で堪えた。
「―――――――ユータ。まだ、撃てるか?」
「……え………?」
泣き濡れた顔をあげると、驚くほど表情を無くしたダストが目の前に立っていた。そのまま、ダストは無言で銃を構え、ひたりと水槽に銃口を向ける。それを見て、悠太もがくんと一つ頷き、武器を手にとった。
「――――わあああああああああああああああああああっ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫。そして―――――――――――
ガガガガガッガガガッガガガッガガガガッガガガッガガガガッガガガガガッガガッガガガガガガッガ!!
ビシビシビシビシビシッ!! と弾痕に合わせて沢山の亀裂が入る。それでも二人は、引鉄を引くのを止めなかった。
「あああああああああああああああああああ!!!」
「らあああああああああああああああああっ!!!」
ピシ、パキン、と欠片が床に落ち。
ドボォアッ!! と凄まじい水圧が、部屋に溢れた。
「う、わ!」
その水圧に足を取られ、悠太が派手に転ぶ。どろりとした液体が身体に絡みつき、泣きそうになった。
「っ…………」
一つ息を吐いて、ダストは最後の弾を使いきった武器をその水中に投げ捨てた。
そしてドボ、ドボ、とぬかるみの中を歩き、部屋の真ん中の装置に辿り着くと無言で電源を入れた。フィン、と小さな音と共に機械が作動し出す。
「…やっぱりな。まだ使えるだろ、一回くらい」
「ダスト…?」
満足げに頷き、ダストは呆然としゃがみこんでいる悠太の手を取り、立たせた。
「ユータ。お前はこれで、もとの世界に帰れ」
「ダスト!?」
「頼む」
激昂も、憤りもない、驚くほど静かなダストの願いに、悠太は何も言えなくなった。
「あいつの、生きた証を使ってくれ。このまんま、無駄になるのだけは我慢ならねぇ。―――安心しろ、お前が行ったらすぐこれごとぶっ壊すさ。もう、この街も終わりだ」
泣きそうな、顔をしているのに。やはりダストは泣いていなかった。どこか口元に、満足げな笑みさえ浮かべて。
「ダストは…ダストは、どうするんだ」
「今更、何もねぇさ。満足だ。胸糞悪ィコイツを、ぶっ壊せただけでな。――――ありがとな、ユータ」
「何…言って…っ。俺、何も出来なかったじゃないか…いっつも、いつも…ダストに頼りっきりで…! レイもヴォーイもシェイドも、マリンもっ…! 助けられなかったじゃないかぁ…!!」
「あぁ……そうだけど、な」
泣き顔を隠そうともせず、首を振りながら叫びを上げる悠太に、ダストはやはり少し笑った。
「それでも。お前が―――ここに、来たおかげで。俺達には希望が見えた。チャンスを与えられた。それだからここまでこれたんだ―――。生も死も無意味なこの世界で、俺達は生きられた。お前のお陰なんだ」
「違うよ…違う…」
「行けよ。とっとと行かねぇと、エネルギー無くなっちまうぞ」
背を押し、機械の方へ促すダストの手を、払い除ける。
「だったら! だったらダスト、君も一緒に行こう!」
「――――あ?」
「平和で、退屈で…それでも、良い世界なんだ! きっと慣れるし、気に入るよ! 一緒に行こう! 君も―――」
「馬鹿ッタレ。何言ってんだ、ほら、行けって」
本気の誘いに、ダストの青灰色の瞳が一瞬だけ揺らいだ。それを押し殺し、開いた卵の中に無理矢理悠太を押しこもうとする。
「嫌だ!」
「行け!」
ぐいぐいと押し合いへし合いしているうちに、ふとダストは。
部屋の入り口のエレベータから、ぎくしゃくとした動きのリバイブが降りて来るのを目の端に捕らえた。
「――――――――ユータッ!!」
咄嗟にダストは、卵の中に悠太を押しこみ、自分の背中で蓋をした。
『ダストッ!?』
くぐもった声に、ああちゃんと入ったな、と安堵した。
ババババッババッバ!!
熱線の、音がして。あ、と思った瞬間、喉の奥から血が涌き出てきて軽く咳きこんだ。
「ぐ、ふっ、」
『ダストオオオオッ!!?』
ずるり、と窓にへばりついていたダストの身体が滑り落ちる。そのガラス面は、真っ赤な液体でべとべとに汚れて良く外が見えなかった。
惨劇を起こしたリバイブは、ギ、ギイシ、と音を立ててすぐに動かなくなった。命令系統への動力が無くなったのだろう。
「……った、く…タイミング、悪過ぎだぜ…」
悪態をつきながらも、ダストは計器類を適当に動かして起動スイッチを押した。少なくとも、こことは別の世界に行けることは間違いない。―――もう、ダイジョウブだ。
『ダスト! ダスト!!』
もう完全に装置は密閉され、お互いの声も聞こえなくなった。小さな窓にへばりつき、悠太は必死に届かぬと知らず名を呼び続ける。ダストはその場にしゃがみこんだまま、緩く笑みを浮かべていた。
「…あんとなく…解った気が、すんな…なんで、俺がお前のぶんまで苦しまなきゃなんねぇのか…」
『ダスト! 嫌だダスト、ここを開けてくれ…!!』
「お前を護んなきゃいけなかったから…そうだったんだと、俺、思う、ぜ」
『嫌だ! 君と、君とまで別れるなんて!』
「は…ばっかみて…けどなんでかな…こんなに、安心したのなんざ…始めてだ…」
『あの世界に、君以上大切な人なんていないんだ! ここに来て始めて、俺は―――!!』
「…よく、みえね…な。もう、いっちまった、のか?」
ずる、と身体を押し上げ、窓の中を覗きこむ。悠太は泣きながら窓に両手を押し当て、触れられぬ頬に触れようとする。
視線を合わせられないまま、同じ顔は向かい合った。
『誰かを信じたり、誰かを大切だって、思えたんだ! 君と一緒に行きたいんだ!! 頼むよ、頼むからっ…』
ゆっくりと、装置が淡い光に包まれる。子供のように泣きじゃくる悠太の身体は、だんだん薄れ始めていた。粒子化が始まったのだ。それに気付き、悠太は必死に自分の身体を擦る。
『あ、ああ、いやだ、嫌だダストおおっ!』
「なぁ……つれてってくれるか…? 腹いっぱい、飯が食えて…ゆっくり、眠れる、世界、に――――」
既に光を失っていた瞳が、ゆっくりと瞼に閉ざされていく。
『ダストおおお―――――――――ッ…!!』
それを確認するかしないか、その瞬間機械は発動した。
シュパアッ!!
一瞬で。
悠太の身体は、その中から掻き消えた。
その時既に、ダストは。
卵に寄りかかったまま、ぴくりとも動かなかった。
或いは目、或いは内蔵、或いは腕、或いは―――
兎に角、数百人に昇るであろう人々の一部分が、水槽の中をたゆたっていたのだ。
それは自然に段々と融けていって、液体となり――――この装置を動かしているのだ。否、正確にはこの街の動力全てを。
マリンもきっと、この中に落とされたのだ。身体を溶かされ、恐怖におののき、それでも意識だけになって、二人の接近を感知して待っていたのだ。
( 「 チ カ ラ 」 ガ ア ル ト 、 イイ エ ネ ル ギ ー ニ ナ ル ッテ 、ラ グ ラ ン ジ ュ ガ イ ッ テ タ )
「う、ぐ――――…っ、んんん!!」
込み上げる吐気を、悠太は必死に堪えた。ここで吐くことは、マリンと、沢山の犠牲になった人々達にとって失礼である事を知っていたから。目を逸らすわけにはいかなかった。
「マリ、ン…」
ダストは普段の苛烈な色をその瞳に含まず、呆然として水槽の表面をそっと撫でた。
( ダ ス ト 。 オ ニ イ チ ャ ン 。 ア リ ガ ト ウ )
「なんで…どうしてっ…! あああああ〜〜〜ッ!!」
床にしゃがみこんで、絶叫する悠太。
「ウソ…だろ? お前まで―――」
額を水槽に擦りつけ、かたかたと震えるダスト。
そんな二人に、マリンはただ礼を言った。
( ア リ ガ ト ウ 。 タ ス ケ ニ キ テ ク レ テ 。 ズ ッ ト ミ エ テ タ カ ラ 、 コ ワ ク ナ カ ッ タ ヨ )
「マリン…マリンっ…!」
「なんで、だよ…?」
( オ ニ イ チ ャ ン 。 ワ タ シ タ チ ヲ ツ カ ッ テ 、 コ コ カ ラ ニ ゲ テ 。 オ ニ イ チ ャ ン ノ セ カ イ ニ 、 カ エ ッ テ … … … … … … )
「嫌だ、マリン! 消えちゃ駄目だっ!!」
「マリン…マリン…マリンッ……!!」
( ア リ ガ ト ウ ア リ ガ ト ウ ア リ ト ウ リ ウ ア ・ … … )
声はどんどん遠くなって。
やがて、完全に、掻き消えた。
「何で…何で、ありがとう、なんだよ! 俺達…何も出来なかったのにっ…!!!」
床を叩いても、何の音もしなかった。悠太はその場に蹲り、自責で押しつぶされそうになるのを必死で堪えた。
「―――――――ユータ。まだ、撃てるか?」
「……え………?」
泣き濡れた顔をあげると、驚くほど表情を無くしたダストが目の前に立っていた。そのまま、ダストは無言で銃を構え、ひたりと水槽に銃口を向ける。それを見て、悠太もがくんと一つ頷き、武器を手にとった。
「――――わあああああああああああああああああああっ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫。そして―――――――――――
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ビシビシビシビシビシッ!! と弾痕に合わせて沢山の亀裂が入る。それでも二人は、引鉄を引くのを止めなかった。
「あああああああああああああああああああ!!!」
「らあああああああああああああああああっ!!!」
ピシ、パキン、と欠片が床に落ち。
ドボォアッ!! と凄まじい水圧が、部屋に溢れた。
「う、わ!」
その水圧に足を取られ、悠太が派手に転ぶ。どろりとした液体が身体に絡みつき、泣きそうになった。
「っ…………」
一つ息を吐いて、ダストは最後の弾を使いきった武器をその水中に投げ捨てた。
そしてドボ、ドボ、とぬかるみの中を歩き、部屋の真ん中の装置に辿り着くと無言で電源を入れた。フィン、と小さな音と共に機械が作動し出す。
「…やっぱりな。まだ使えるだろ、一回くらい」
「ダスト…?」
満足げに頷き、ダストは呆然としゃがみこんでいる悠太の手を取り、立たせた。
「ユータ。お前はこれで、もとの世界に帰れ」
「ダスト!?」
「頼む」
激昂も、憤りもない、驚くほど静かなダストの願いに、悠太は何も言えなくなった。
「あいつの、生きた証を使ってくれ。このまんま、無駄になるのだけは我慢ならねぇ。―――安心しろ、お前が行ったらすぐこれごとぶっ壊すさ。もう、この街も終わりだ」
泣きそうな、顔をしているのに。やはりダストは泣いていなかった。どこか口元に、満足げな笑みさえ浮かべて。
「ダストは…ダストは、どうするんだ」
「今更、何もねぇさ。満足だ。胸糞悪ィコイツを、ぶっ壊せただけでな。――――ありがとな、ユータ」
「何…言って…っ。俺、何も出来なかったじゃないか…いっつも、いつも…ダストに頼りっきりで…! レイもヴォーイもシェイドも、マリンもっ…! 助けられなかったじゃないかぁ…!!」
「あぁ……そうだけど、な」
泣き顔を隠そうともせず、首を振りながら叫びを上げる悠太に、ダストはやはり少し笑った。
「それでも。お前が―――ここに、来たおかげで。俺達には希望が見えた。チャンスを与えられた。それだからここまでこれたんだ―――。生も死も無意味なこの世界で、俺達は生きられた。お前のお陰なんだ」
「違うよ…違う…」
「行けよ。とっとと行かねぇと、エネルギー無くなっちまうぞ」
背を押し、機械の方へ促すダストの手を、払い除ける。
「だったら! だったらダスト、君も一緒に行こう!」
「――――あ?」
「平和で、退屈で…それでも、良い世界なんだ! きっと慣れるし、気に入るよ! 一緒に行こう! 君も―――」
「馬鹿ッタレ。何言ってんだ、ほら、行けって」
本気の誘いに、ダストの青灰色の瞳が一瞬だけ揺らいだ。それを押し殺し、開いた卵の中に無理矢理悠太を押しこもうとする。
「嫌だ!」
「行け!」
ぐいぐいと押し合いへし合いしているうちに、ふとダストは。
部屋の入り口のエレベータから、ぎくしゃくとした動きのリバイブが降りて来るのを目の端に捕らえた。
「――――――――ユータッ!!」
咄嗟にダストは、卵の中に悠太を押しこみ、自分の背中で蓋をした。
『ダストッ!?』
くぐもった声に、ああちゃんと入ったな、と安堵した。
ババババッババッバ!!
熱線の、音がして。あ、と思った瞬間、喉の奥から血が涌き出てきて軽く咳きこんだ。
「ぐ、ふっ、」
『ダストオオオオッ!!?』
ずるり、と窓にへばりついていたダストの身体が滑り落ちる。そのガラス面は、真っ赤な液体でべとべとに汚れて良く外が見えなかった。
惨劇を起こしたリバイブは、ギ、ギイシ、と音を立ててすぐに動かなくなった。命令系統への動力が無くなったのだろう。
「……った、く…タイミング、悪過ぎだぜ…」
悪態をつきながらも、ダストは計器類を適当に動かして起動スイッチを押した。少なくとも、こことは別の世界に行けることは間違いない。―――もう、ダイジョウブだ。
『ダスト! ダスト!!』
もう完全に装置は密閉され、お互いの声も聞こえなくなった。小さな窓にへばりつき、悠太は必死に届かぬと知らず名を呼び続ける。ダストはその場にしゃがみこんだまま、緩く笑みを浮かべていた。
「…あんとなく…解った気が、すんな…なんで、俺がお前のぶんまで苦しまなきゃなんねぇのか…」
『ダスト! 嫌だダスト、ここを開けてくれ…!!』
「お前を護んなきゃいけなかったから…そうだったんだと、俺、思う、ぜ」
『嫌だ! 君と、君とまで別れるなんて!』
「は…ばっかみて…けどなんでかな…こんなに、安心したのなんざ…始めてだ…」
『あの世界に、君以上大切な人なんていないんだ! ここに来て始めて、俺は―――!!』
「…よく、みえね…な。もう、いっちまった、のか?」
ずる、と身体を押し上げ、窓の中を覗きこむ。悠太は泣きながら窓に両手を押し当て、触れられぬ頬に触れようとする。
視線を合わせられないまま、同じ顔は向かい合った。
『誰かを信じたり、誰かを大切だって、思えたんだ! 君と一緒に行きたいんだ!! 頼むよ、頼むからっ…』
ゆっくりと、装置が淡い光に包まれる。子供のように泣きじゃくる悠太の身体は、だんだん薄れ始めていた。粒子化が始まったのだ。それに気付き、悠太は必死に自分の身体を擦る。
『あ、ああ、いやだ、嫌だダストおおっ!』
「なぁ……つれてってくれるか…? 腹いっぱい、飯が食えて…ゆっくり、眠れる、世界、に――――」
既に光を失っていた瞳が、ゆっくりと瞼に閉ざされていく。
『ダストおおお―――――――――ッ…!!』
それを確認するかしないか、その瞬間機械は発動した。
シュパアッ!!
一瞬で。
悠太の身体は、その中から掻き消えた。
その時既に、ダストは。
卵に寄りかかったまま、ぴくりとも動かなかった。
