時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Dear shrine maiden.

迂闊にエレベーターを呼んだら、上から生まれたてのリバイブが大挙して来るかもしれない。それを恐れた二人はとりあえずこの階を偵察することにした。
下の階は上にも増してシンプルだった。まっすぐな廊下の先にドアが一つ。顔を見合わせ一つ頷くと、ドアの両脇に立ちダストが扉を開ける為のコネクタを操作する。驚いたことに、ここには何のセキュリティもついていなかった。
「どうしてだろう?」
「ここにまで来る奴ァ誰もいねぇってことだろ。舐めやがって」
ピ、と小さな音がして、扉が開く。ぶわっ、と湿り気のある空気が二人を襲った。
「な、何だこりゃあ!」
「う、わぁ………!」
同じ声質で漏れた叫びは、驚愕と感嘆が同時だった。
――――そこは、楽園だった。 本物の草木が青々と生い茂り、色取り取りの花が咲き誇っている。清水が溢れ、小さな虫や小鳥までが飛び、この荒れ果てた世界の地の底に、全く別の世界を作り上げていた。
「凄い…この世界にも、まだこんなところが残ってたんだ…」
入り口で固まってしまっているダストを置いて、悠太は何の躊躇いも無く中に入ると、思い切り息を吸い込んだ。緑の匂いのする濃密な空気が肺を満たし、久々にまともな呼吸をしたような気がした。
「お、オイ! 入っても大丈夫なのかよ!?」
「当たり前だろ、ほら」
「う、わ、うわわっ!?」
立ち竦んだまま部屋に入ってこないダストを不思議に思い、何も考えず悠太はダストの手を引いた。中に引っ張り込まれたダストは、柔らかい地面にたたらを踏み、素っ頓狂な叫びを上げながら悠太の両肩にしがみついた。
「何やってるんだ? 只の地面なのに」
「だ、だってよ、なんだよこのぶにょぶにょした床…空気も変に湿っぽいし、気持ち悪ィ」
戸惑い、僅かに怯えさえしているその様子に気付き、悠太は小さく息を飲んだ。彼は、知らないのだ。匂い立つ大地も、緑の生い茂る世界も、その空気も。あの冷たく乾いた世界でずっとずっと生きてきた彼にとっては、こんな心地良い世界も違和感しか沸かない。
遣る瀬無さを堪えて、悠太は宥めるようにダストの両肩を叩いた。
「…大丈夫。人に害を与えるところじゃないよ。大きく、深呼吸して。気持ちいいから」
そう言って、自分も大きく息を吸って、吐く。ダストは胡散臭そうに相方を見遣り、おずおずと肩から手を離して、ややヤケクソのように思いきり息を吸った。
「どうだい?」
「…うー。まぁ、気持ち悪かねぇけど気持ち良くもねぇぞ」
やはりどうしても違和感が付きまとうらしく、口の端をゆがめたまま言う。
「そうかなぁ…」
「――――しっ」
納得のいかない悠太が首を傾げたとき、不意にダストの瞳が緊張した。辺りに警戒の網を張る気配を感じて、悠太も弾の残り少ない武器に手をかける。
ズシャッ…ズシャッ…
何かを、引きずるような音が聞こえる。それはゆっくりと、しかし確実に自分たちの方へ近づいてくるようだった。
「…何だ……?」
「……………ッ」
ズシャッ…ズシャッ…ズシャッ…ズシャッ…
息を詰め、硬直している二人の前に、それは木陰からぬう、と姿を現した。
「っ〜〜〜〜〜〜!!!」
「何ッだこりゃああああああ!!」
驚愕と恐怖のあまり悠太は声が出せず、ダストもそれのあまりにも常識外れの姿にもう一度絶叫した。そこに現れたのは。一つの獣の身体に三つの獣の首がついた、何ともグロテスクな生物だった。一つは獅子、一つは虎、一つは山羊。尻についた尾はぬめりと鱗が輝く大蛇であり、鎌首を擡げて二人を威嚇している。
ズ、シャッ!
足が止まり、合計八つの目が、ぎろりと二人を射程に入れた。
「ユータぁっ! こういうのもいんのかお前の世界にはッ!」
焦りで上擦る声で怒鳴られ、悠太は全速力で首を振った。ある意味こんなポピュラーな生物、ゲームの中でしかお目にかかったことはない。
ギュアリュリュウウウウウ!!
「うわぁああっ!」
「ぐっ…!」
獣が、吼えた。音の振動というか衝撃だけで、二人は圧力を感じたたらを踏んだ。ゆっくりと、獣が近づいてくる。
「な…めんなっ!!」ぎっと気合を入れ直すように叫び、ダストが銃を構える。その瞬間――――
ドンッ!!
獣が飛んだ。二人の間にまっすぐ飛び込んできた重圧な身体は、避ける間もなく二人を吹っ飛ばした。
「ぅあうっ!!」
「がっ!!」
反対方向に吹っ飛ばされ、湿った地面を転がる。
「ちっくしょ、速過ぎるっ…」
倒れながらも、それでも武器を構えようとしたダストに、ナイフ並みの鋭さと太さがある爪が襲い掛かる。咄嗟にダストは転がってそれを避けた。
「ダストッ!」
「馬鹿ッタレ来るなっ!」
咄嗟にダストの方に駆け寄ろうとした悠太は、相手の鋭い静止に慌てて足を止める。しかしその一瞬の隙をつくには、敵には目と耳がありすぎた。
ヒョウッ! ダアン!!
「―――がぁっ…!」
横殴りに、蛇の尾が悠太の頭を張り飛ばした。丸太で力いっぱい殴られたような衝撃に、方向感覚が狂う。地面に叩きつけられて世界が回る。脳味噌の中がぐわんぐわんと鳴っていて、音も聞こえない。二つづつの頭で二人を監視していた化け物は、弱い相手を先に潰そうと思ったのか、足を返して悠太の方へ向かっていく。
「っ…そォ! させっかよ!」
悠太が殴られた衝撃を同様に味わいながらも銃を構え、不自然な体勢からダストは引き金を引いた。
ガガガガッ!!
「んなっ…」
撃ち出された弾は分厚い毛皮と鱗に完全に阻まれた。全く鈍らぬ動きで、化け物は悠太の下へ向かっていく。
「あ…う」
ぐらぐらする頭を押さえて、どうにか悠太が立ち上がる。だが膝が言うことを聞かず、へたりこんでしまう。そこを逃さずに、鋭い爪が襲いかかる!
ザビュッ!
「うあああああ!」
「ぐあっ!!」
悲鳴を上げ、更に耳に別口の悲鳴が聞こえて、我に返った。そうだ、自分の痛みはダストにも与えられる。霞む目を必死に抉じ開けると、自分と同じ肩口を真っ赤に染めて蹲る銀色の髪の姿が、化物の足の間から見えた。
「…ぅ、は」
駄目だ。自分がやられたらダストもやられる。それだけは避けなければならない。必死の思いで、身体を動かす。だが獣は無情にも、その太い前足で悠太の身体を踏みつけ、抑え付ける。
「うぐっ…」
「ユータァ…!」
ダストの叫びが聞こえる、が、腕も足も動かせない。六つの紅い瞳が自分の方を向き、三つの口から涎が垂れて頬に落ちる。それを不快に思う気力も、もうない。それでも、悠太は目を閉じず、必死に化物を見つめていた。それしかもう、抵抗する手が無かったからだ。三つの口が、我先にと争うように悠太に向かい――――――



(ヤ   メ   テ   ――――――――――!!!)



「―――――!?」
「ギュアアアアアッ!!」
「あああっ!?」
凄まじい、音、というか、衝撃、が、脳味噌を劈いた。思わずダストは耳を塞いだが、そんなことはお構いなしに頭の中でがんがんと反響する、音、音、音。



(コ   ロ   シ   チャ   ダ   メ    !!!!)



「ギュガリュウウウ!!」化物が、四つの脳を同時に責められて悲鳴を上げる。直接脳味噌をシェイクされるような衝撃に、さしもの化物もよろよろとよろめき、悠太は解放された。しかし悠太も、立て続けの音の攻撃に身を起こすことも出来なかったが。



(フ   タ   リ   ヲ   コ   ロ   シ   チャ   ダ   メ   ―――――!!!)



「――――!?」
わんわんと響き続ける音が、明確では無いにしろ声となって悠太の耳に届いた。その声は明確に、自分達と化物にかけられているものだった。そして今までそう考える余裕も無かったが、この声色は―――――



(ダ   ス   ト   !!     オ   ニ   イ   チ   ャ   ン   !!     ニ   ゲ   テ   !!!)



「………マリ…ン…!?」
確証は持てない。自分の頭の中の嵐を耐える事で精一杯だ。でも、彼女は確かに自分のことを、お兄ちゃん、と呼ぶのだ。
「ギュグギュギイイアアア!!!」
はっと意識を現実に戻すと、目から脳漿を溢れ出させて、化物がゆっくりと倒れるところだった。
「…の野郎!!」
それを逃さず、ダストは一番大きな獅子の口へ向かって銃口を突っ込み、引鉄を思いっきり引いた!
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガッガガガ!!!
ガチッガチッガチンッ!!
「はー…はー…」
体内まで鋼鉄製とまではいかなかったらしく、口の中を血塗れにしたまま獣は完全に動かなくなった。弾の切れたマシンガンを牙の間から引き摺りだし、ダストは最後のマガジンを差し替えた。
「ユー…タ、生きてっか…?」
「あぁ…ダスト、今の」
「あ?」
「今の…マリン、の、声だった…?」
「何、言ってやがる…なんで、マリンが」



(ダ   ス   ト   …   オ   ニ   イ   チ   ャ   ン   …)



「―――――!」
「あ!!」
先程よりは小さく、音が二人の三半規管を震わせた。間違いなかった。
「マリン!! マリンなのか!? どこにいる!?」
「マリン!!」
驚愕に目を見開き、必死に虚空に向かって問う。暫くの沈黙の後、小さく答えが返ってきた。



(………   シ   タ   ニ   イ   ル   ノ   )



顔を見合わせ、辺りを見回す。
「ダスト、あそこだ!」
悠太が指差す先、木立の中に隠れるように先程のものとは別のエレベータがある。
「行くぞユータ!!」
全速力で駆けより、もどかしげにドアを開ける。



(………   ワ   タ   シ   ズ   ッ   ト   ネ   ム   ッ   テ   タ   )



ドアの間に我先に滑りこみ、何度も何度も下へ向かうスイッチを押す。



(   ワ   タ   シ   ズ   ッ   ト   ユ   メ   ミ   テ   タ   )



高速のはずのエレベーターが、酷くのろく感じる。



(   オ   ネ   エ   チ   ャ   ン   タ   チ   ト   ワ   カ   レ   テ   、   ヒ   ト   リ   デ   ト   ケ   チ   ャ   ウ   ユ   メ   )



ポン、と小さな音がして、苛立つほどにゆっくりとドアが開く。



(   コ    ワ    イ    コ     ワ イ   コ    ワ    イ     コ   ワ  イコ    ワ    イ  コ ワ    イ )



声にはたまに昂ぶった感情が混じり、未だ本調子で無い二人の脳味噌を揺さ振るが、気にならなかった。却ってそれがマリンの無事を示すのだ。嬉しかった、と言っても良い。



(      デ      モ        ) 



「ここは―――!?」
「なんだ!?」
降り立った部屋は、不思議な部屋だった。辺り一面の壁面が、薄い黄色の液体が満ち溢れたプールになっている。その部屋の真ん中に、半分に切って伏せられた卵のような装置が一つ。



(  モ ウ         ダ  イ  ジ ョ     ウ     ブ    ) 



「これが…転送装置なのか…? マリンは!?」
「マリン! マリンどこだよ!」
卵には沢山のエネルギー補給用の管が取り付けられており、プールの水を送っているようだった。



(    フ   タ   リ   ト  モ    、        キテ    ク レ     タ    カ   ラ   )



「マリンどこだ!? どこにいる!?」
「マリン! 教えてくれ!!」
嫌な空気が、二人を叫ばせた。マリンの声は、ゆっくりと途切れがちに、優しくなっていく。



(    ダ        イ   ジ     ョ ウ      ブ       )



そして、二人は気付く。
「う………あぁああ!!」
「ちっ……くしょおおおお!!」



(   ワ   タ    シ      モ   ウ   ト ケ  チ   ャ ッ     タ   ケ   ド 、  ダ     イ  ジ     ョ     ウ       ブ     )